異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

14.一歩進んで二歩下がる

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「っ……ぅ……っう……」

 ……誰か、泣いてる。
 誰だよ、まだ頭働いてないってのに……。
 腰が痛い。変な違和感がまだ残ってる。一番最初の時みたいに全然動けないって訳じゃないけど……回復薬の効果だったとしたら、ありがたいやら悲しいやら。

 でも辛いのには変わりない。
 俺がそんな大変な思いをしてるってのに、泣いてるのは誰だ。
 いつの間にか壁に頬をくっつけて床に伏していた俺は、体を起こす。そうしてドロドロになってしまった体でゆっくりと振り返ると、そこには。

「…………このクソ野郎」
「うう~っ、うぇえっ、ぐず、ぅぐっ、つ、つがざぐ……」
「なんで俺じゃなくてテメェが泣いとんじゃコラぉおん!?」

 振り返ると奴がいた、なんて生温い解説じゃ我慢できない。
 俺の体が万全だったら、今すぐ殴り飛ばしてやりたい光景がそこにあった。

 なにせ、俺の目の前には……股間丸出しで膝付いてずびずび泣いてる情けなくて気持ち悪いオッサンが居やがったのだから。
 でも俺も破けたシャツと靴だけっていう逮捕大決定スタイルですけどね畜生!
 これやったの目の前の丸出し不審者ですけどね!!

「ぅえぇえ」
「泣いて許されると思うなよこのお前コンチクショウッ、お前よくもさんざん俺の事疑ってあ、あっ、あんなっあんなはずかしいっ」
「つがざぐっ、ひっぐ、が、がわいい゛」
「泣きながらアホな事いうなクソ中年!!」

 だあああもう畜生泣きたいのは俺の方だっていうのに!

「お前いい大人だろ! なんでそんな簡単に泣くわけっ!?」
「ご、ごめ……だっぇっ、だ、って、だって」
「もぉお……ほら、ちゃんとパンツ履いてっ、俺のズボンと下着も返して! 畜生もうなんで俺がこんな……こらっ袖で拭わない、ハンカチ! ったくバカみてーに毎回毎回泣いてお前って奴は……!」

 ぶつぶつ言いながらも、体裁を整えた俺はダダ泣きしてるブラックの顔をハンカチで拭く。なすがままの中年は、相変わらずえぐえぐしたままだ。
 ……あのさー、これ普通子供にやることだよ。
 っていうか本当なら俺がして貰う方なんじゃないの? 年齢的にさあ。
 俺も泣きたいんだけど。さっき泣きまくって涙とかで顔の感覚最悪なんだけど。

「うっ、うう……」
「俺怒ってるんだけど、あんた解ってる?」
「ごめっぇ……だ、だって……も、考えてっ、わけ、わかんなく、て」
「んんん……くそ、もう分かった、分かったから。深呼吸して、ゆっくりでいいから落ち着いて」

 乱暴に動かしていたハンカチの攻撃を緩めて、一緒に深呼吸をする。
 まだムカムカしてるけど、先に泣かれちゃどうすることも出来ない。
 俺はとにかくブラックが落ち着くのを待った。そうしてやっていると、ほどなくしてブラックの嗚咽が無くなる。まだ顔は真っ赤で情けないけど、涙は出尽くしたようだった。

「……で、なんで泣いたの?」

 ウンザリ感丸出しの声で俺が問うと、相手は窺う様な目つきで俺を見る。

「…………正直に言ったら、怒る?」
「もう怒ってるから正直に言わないと殴る」
「うう……。その……あの、ね……さっき、正気に戻って……そしたらね、なんか…………申し訳ないって気持ちと、嬉しいって気持ちと、なんか、僕……どうしてこうなんだろうって……そう思ったら……」
「……うーん」

 申し訳ないのも嬉しいのも、コイツのさっきまでのハッスル加減を見てたら理解できなくもない。俺がラスターとえっちしてなくて滅茶苦茶嬉しかったのと、疑ってあんな酷い事してごめんって気持ちが綯い交ぜになったんだろう。
 でも、反省してるんなら、せめてもうちょっと反省してる理由がほしい。
 俺の要求の意味を見抜いているのか、ブラックはしょぼんとした顔で俯いた。

「……僕は、君がラスターに抱かれたって思った時、物凄く嫉妬したんだ。殺したいってくらいに。……だけど、それと同時に……僕みたいなのに好かれて、ツカサ君は嬉しいのかなって…………僕よりも、若くて格好良い貴族のラスターに惹かれるのは、しょうがないんじゃないかって……でも、それが僕には辛くて、悲しくて、どうしても……どうしても、嫌で」
「…………」
「僕は、君を失いたくなくて……だけど僕に出来る事なんて、君を奪う事しかなくて、だからもう、何をしたらいいのか解んなくて……っ」

 ブラックの綺麗な菫色の瞳から、また涙があふれてくる。
 見違えるくらい綺麗な格好をしているけど、泣き顔はやっぱり、温泉郷の時みたいな情けなくて怒気も失せちゃうような顔で。

「気付いたら、ラスターの為に動いてる君を見たら、もう、我慢が効かなくて、どうしても……っ、どう、しでも……っ……だっ、て、君は……君が、いないと、僕は……っ、ぅ……僕は……っ!」
「分かった、もう分かったから……もういいよ、泣くなって……ほら、折角落ち着いたのに……」

 下を向いてまた涙を零す、ださい中年。
 ……ずるいよなあ、本当。マジでムカツク。
 泣けば許される……なんて思っては無いだろうけど、だからこそ泣いちゃって、同情誘って、俺の怒る気すら無くさせるくらい情けない顔しちまってさ。
 こんなんじゃ、俺が泣けないじゃん。
 なんでコイツが年上なんだろう。本当は、俺の方が泣きたいのに。

「ごめ……ツカサ、君……ごめん……っ、ぼ、ぼく……ぼくは……」
「うん」
「ぜんぶ、ほんとうの気持ち、だから……だから、嫌われるのが、怖くて……っ、したのは、僕、なのに……言ったのは、ぼく……なのに……」
「……だから、体だけでも繋ぎとめようとしたのか」
「…………う……ぅ……」

 鼻を鳴らして頷くブラックに、俺は大きく溜息を吐いて――ブラックの顔を両手で掴んだ。そうして、ゆっくりと顔を上げさせる。

「俺の事、そんなに好きなの」

 言えば心臓が痛くなるような事をあえて問いかけると、相手はたいめらいもせずにまた頷いた。散々ぐちゃぐちゃ言って泣いてるくせに、これだけは、即答で。
 余計になんか心臓が痛くなった気がして、俺は口角を引いた。

「あのな、ブラック。俺はちゃんと『ラスターとは何もない』って説明しようとしたけど、お前は聞かなかったよな? でもお前は勝手に先走って、俺の言うことを信じようともしないで、また無理矢理犯したよな」
「ぅ……」
「俺の事、信じられないのか? なのに、好きっていうのか?」

 お前は自分のやり方に反省して傷ついてるのかもしれないけど、俺だって心も体も傷付いてるんだ。アンタに信じて貰いたくて説明しようとしたのに、アンタは俺の言葉なんて一言も聞きゃしなかったじゃないか。
 だから、俺は怒ってるんだ。

 これから一緒に旅するのに、あんなに俺の側に居たっていうのに、まだ俺の事信用できないっていうのかよ。俺の事好きって言ったって、そんなんじゃ信じられないじゃないか。だから、俺だって……。

 でも、そんなこと言える訳がなくて黙っていると、ブラックは目を潤ませた。

「僕は……僕は、わがままなんだ…………どうしようもない、もう、直せないくらい駄目な人間で…………だけど、君は……僕を抱き締めて、くれた」
「ブラック……」
「だから、頑張って、我慢して……だけど……っ、だめだ、僕は、ほんとうに好きな人が出来たら、どうしていいのかわからなくて、不安で、君が離れていくのが……怖くて……だから僕、君を……ツカサ君を……どうしても、失いたくなかったんだ……ごめん、ツカサ君……本当にごめん……」

 ……なんだよ。
 そんな、普通に謝られたら……そんな……。

「…………」
「ツカサ君……」
 
 本当に好きな人が出来たらって、それって、俺の事?
 どうしたらいいのか解らなくて欲望に従っちゃうくらい、俺の事……好きって事なの。それくらい、本気って事?
 俺、この世界の人間じゃないのに。災厄を齎すものなのに。
 なんにもなくて、この力も俺の物じゃなくて、俺は、ただのガキなのに。
 チートも無双も全然できない、人の正体も見破れない、弱くて歯痒くて仕方ない、それだけの……ただの……。

「ツカサ君……泣いてる……」
「っ……あ」

 また、勝手に。
 拭おうとした手を取られて、また壁に押し付けられた。

「ツカサ君、泣いてる」
「こ、これは、ちょっと……」
「ごめん、ごめんね……僕なんかが君を好きになって、ごめん……だけど、駄目なんだ……君だけなんだ、僕を救ってくれるのは……僕を、こんなに情けない僕を、抱きしめてくれたのは……だからどうしても、離れたくないんだ……っ」

 ぎゅっと、抱き締められる。
 ブラックらしくない爽やかな香水の香りがして、だけど、確かにブラックのにおいがした。いつも俺に抱き着いて来る、面倒くさいおっさんのにおいが。

「嫌いになってもいい、だから……だから……一緒に、居させて……」

 ああ、こいつ。
 本当に俺の事、好きなんだ。
 解ってしまうと……もう、怒れなかった。

「俺……これからこんな風に、あんたの世話しなきゃなんないの?」
「して、くれるの?」
「…………俺は、アンタしか……頼れる奴なんて、いない」

 俺の素性を知っていて、俺じゃなきゃダメで、俺のために、一生懸命に、泣く。
 そんな奴、アンタしかいないだろうが。
 だから、どんなに嫌な事されたって結局許してしまう羽目になるんだ。
 あんたが、そんな情けないくらいに俺の事ばっかりいうから。だから。

「僕を好きって、言ってくれる時が来るまで……ずっと一緒にいるよ。好きって言ってくれたら、もっと一緒にいるから」
「なにそれ……嫌いって言ったらどうすんの」
「じゃあ永遠にずっと、一緒にいられるってことだよね」

 うるさいこの迷惑中年。
 俺が甘い顔し続ける限り、ずっと張り付いてる気かよ。
 だけど、悔しい。顔が……熱い。

 こんなんでもいいのかよ、アンタは。
 アンタのこと全然尊敬してなくて、けど都合のいい時ばっかり頼って、自分でも可愛くないなって思ってんのに。変な力もってて、何するか、分かんないのに。
 これからもっと、アンタに迷惑かけるかもしれないのに……。

「俺が、迷惑かけたって……離れないのか」
「ツカサ君に迷惑かけられたことなんて、一度もないよ」
「でも……俺…………これからもっと、迷惑かけるかもしれないし……」

 そう言うと、少し体を離してブラックは微笑んだ。
 ラスターとは違う、大人っぽくて、でも少しやに下がった人懐こい笑みで。

「僕は、ツカサ君だから……側に居たいんだよ」
「……っ」

 声が、出なくなる。
 そうかよって、それだけ言って、この話を終わりにしたかったのに。
 だけど正直ブラックに抱き締められて、分厚い胸に顔を押し付けられると、もう何も言えなくなって。疲れてるからかもしれないけど、もう、どうでもいいかって思えて来てしまう。……俺、こんな場合じゃないんだけどな……。
 どうやって、建て直したらいいんだろう。
 困っていると、ブラックはもういつもの調子に戻ったのか、何事か嘯き始めた。

「でも、敢えて言うなら……そうだね……」
「……?」
「僕はいつでも君とこうして抱き合って……もっと言えば、いつでもずっと繋がってたいけど……それが出来ないっていうのが、辛いってくらいかな」

 良い雰囲気ぶち壊しな最低な発言に拳を繰り出してしまったのは……正当防衛だと主張したい。









 
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