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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
シーポート炭鉱窟―計画―2
しおりを挟む「テレパシー?」
「そう。えっと……平たく言えば、自分の考えてる事を相手に伝えられる能力って感じかなあ……」
「なるほど、相手に意思を伝える方法に関してはそういう名前が有るんだね。……で、そのテレパシーを使ってどうするの?」
「それはまあ、ちょっと目を閉じて」
宿に帰ってきた俺は、早速自分の作戦をブラックに伝えるべく行動していた。
扉を開けるなり俺が「とにかく目を瞑れ、良い案を思いついたんだ」とまくしたてるもんだから、ブラックは面食らっていたようだったが、そこは流石の大人。俺の話をだいたい呑み込むと、素直に従ってくれた。
そんなブラックの鼻先に、俺はロクを突き付ける。
「よし、ロク……よろしくな」
「キュウッ!」
「え、なに? ロクショウ君がなに?」
「いーから、目ぇつぶって!」
有無を言わさずブラックを黙らせて、俺はロクに目配せをした。
ロクも心得たとばかりに頷き、ブラックに顔を向けて目を閉じる。すると。
「うっ、うわっ!? なんだこれっ、ろ、ロクショウ君の記憶……?!」
「そう。ロクの目から見た道順だよ。解るか?」
「これは……まるで自分が体験したかのようだよ……。凄いな、ダハってこんな事まで出来たのか……」
ブラックが驚くのも無理はない。
何故なら、今ブラックが瞼の裏で見ている光景は、ロクが今日見て来たものなのだから。そう、つまり、ロクにはテレパシーを使ってブラックに療養所や鉱山の様子を伝えているのである。
勿論、こんな事が最初からできた訳ではない。俺がロクに「こんなこと出来ないかな?」と問いかけてみて、初めて出来たワザなのだ。
本人……本ヘビ? も、相手に意思を伝える能力は自覚していたけど、こういう高度なテレパシー能力が使えるとは思ってなかったらしい。
でも、クロウと話したあの時点で、ロクは「相手の状態を知る」って新しい行為をやってたからな。出来るって確信してたね、俺は。
万が一無理だったら、俺がマッピングとかしてブラックに伝えようと思ってたんだけど……本当ロクったら最近成長してるよなあ……見習わねば。
あ、でも一応簡単な地図は作ったから、ブラックが覚えてなくても大丈夫だぞ。俺ってば実は結構絵を描くのはウマいんだ。もちろん二次元エロ絵を描くために……いやそれは今はどうでもいいか。
アホみたいな話の逸れ方をしていると、どうやらロクの「道順案内」が終わったらしく、ブラックが溜息を吐きつつ椅子に凭れかかった。
「はあ……いや、凄いねこの能力……どれほどの範囲まで使えるかは判らないけど、これなら遠く離れていてもお互いに連絡を取る事が出来る。しかも、その連絡は他人に知られる事もない……本当に凄い能力だ」
「キュッキュー!」
「うんうん、ロク偉い! 俺も相棒として鼻が高いよ」
頑張ったな、と頭を撫でると、ロクは嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせる。
この世の中にこんなに可愛いヘビがいるだろうか。いや居まい。
「で……僕も一応は“療養所”と炭鉱への行き方は解ったけど……これでどうするんだい。僕が道順を知ったとしても、獣人達を解放する手段にはならないと思うんだけど……」
「まあそりゃそうだが……昨日ブラックの話を聞いて、俺ちょっと思いついた事が有るんだよね。ほら、守護獣の譲渡の方法って……元々の契約主が首輪に触れて、新しい主が首輪に血を垂らすんだろ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、別に契約主が気絶しててもいい訳だよね」
俺の言わんとする所がやっと理解できたのか、ブラックは微妙な顔をして片眉を顰める。
「兵士達を全員倒す気かい? 穏便に事を済ませなきゃいけないのに、そんな事をしちゃ元も子もないと思うけど……なにか案が有るの?」
「あたぼーよ。……ただし、すっごいヤだけど」
「ほう、その心は」
興味津々で机に肘をついて来る対面のブラックに、俺は目を泳がせる。
いやー、言いたいんですけどねえ、あんた絶対騒ぐからねえ……。
「ツカサ君、僕に言えないような事なの。言えないような事なんだね」
「お前だからなんで俺の思ってること解るの」
「ツカサ君顔に出やすいんだよ! あと愛の力!」
「えっ、ちょっとリアルに引くからそういう事言うのやめて……」
あんたどう見ても三十後半には入ってる本格的中年でしょ、もう分別の付くいい大人のはずでしょ、なんで愛の力なんてミラクルおバカな発言をするのかな。
あと顔近付けないで。怖い、怖いから。
「ツカサ君、誤魔化さないでよね。また僕を心配させるつもりなのかい」
「そ、そんな滅相もない……」
「考えてみれば、今日は帰って来てからずーっと変だよね。また何かされたの?」
「べ、べつに何もされてないし……」
「ふーん。まだ嘘つくんだ……。どう見ても『僕に言ったら怒られるような事されました』って顔なのに。ふーん」
う、うそ。俺分かり易過ぎない!?
慌てて顔を両手で押さえたが、なんともない。
その言葉がブラックの嘘だと気付いた頃には、俺はもうベッドに放り投げられていた。
「うわぁっ!」
「話してくれないなら、体に聞くまでだ」
「ああああ待って待って話すから! 話すから聞いても怒るなよ!」
「…………あんまり酷いと保証はしないけど」
ぐうう……しかし俺の計画には今日の嫌な出来事が深く関係している。
ブラックに協力して貰うのなら話さなければダメだろう。
俺は仕方ないと溜息を吐き、ハイオンに兵士達の慰労を強要された事と、兵士達は俺で興奮するほど欲求不満で、俺が微笑むだけで簡単に釣れるって事を話した。
無論、内腿のキスマークとコスプレの件は絶対に言わない。
話したら最後、またとんでもない事になるしな。
それに、今話した分だけでコイツもうビキビキしてるし。血管浮いてるし。
「ブラック……」
「……ねえツカサ君、そのハイオンとか言う身の程知らずの害虫とクズ兵士達さ、いっそ施設ごと燃やし尽くしていいんじゃないかな? そうすれば証拠隠滅だよ。炎にまかれて毒ガスで大爆発して、全員骨も残らなかったって言えば良いんじゃないかな。ねえ、良いんじゃないかな?」
「いっ良い訳ねーだろバカ! ガチの悪人より悪人になってどうすんじゃい!」
人に大暴れするわけにも行かないしねえとか言っておいてこのオッサン!
断固拒否の姿勢を示すように両腕でバッテンを作る俺に、ブラックは圧し掛かったままで不満げな顔をしていたが、しぶしぶベッドから降りた。
……はー、助かった。
やっぱこれ、セクハラの事まで正直に喋ってたらまた犯されてたな。
「じゃあどうするんだい」
「ロク……はやっぱ寝ちゃってたか。どうりで静かだと……。うーむ、じゃあ想定通りプランBだ。とにかくロクのお蔭で道順を伝える手間は無くなったから、これでお前も鉱山に来れるよな? ならコレの出番だ」
「これ?」
ベッドから降りて、ウェストバッグの中に入れていた薬瓶をブラックに投げる。
相手は苦も無くそれを受け取って、不思議そうにしげしげと瓶の中身を見た。
「それは睡眠薬だよ。俺はまだ高度な調合の知識がないから、液体の薬だけど……それを使って兵士達を眠らせるんだ。そして、眠らせた兵士を小屋まで連れてって俺達で契約の上書きをする。俺一人じゃ難しいけど、アンタが来てくれたら大柄な男達を引っ張っていけるしな」
「でもこれ効くの?」
「俺の自家製だぞ。三時間程度は絶対起きないってのは保障するぜ」
「ふーん……? いつ作ったの?」
ぎくっ。
い、いやあ別にアコール卿国の頃から持ってたとかじゃないですよ。
お前に使ってたとかじゃないですよ。
「これはアレだよ、必要に応じて……な! それより作戦だよ、聞け!」
「うーん、はぐらかされてるような気がするけど……どうせ押し問答になりそうだから今はいいか。で、どういう作戦なんだい」
不満げに腕を組みながらもまずは話を聞こうとするブラックに、俺は出来るだけ簡潔に作戦を教えてやった。
長々話すとまた余計な所を突っ込まれるからな。
「簡単に言うと、俺が色仕掛けで兵士を油断させて薬を飲ますから、眠らせた奴から順にお前が兵士を小屋につれて行き、獣人達と契約して首輪外す……という」
「よーし却下、却下だ、今すぐ鉱山爆破しに行こう!! 大丈夫骨まで焼き尽くすから誰にも解らない、僕達は犯罪者じゃないよ! 虫を殺しただけさ!!」
「ぶらっくぅううううう」
つっこむまでもなく発狂しやがったー!!
って言うかなにその台詞、どう考えてもサイコパス殺人犯じゃねえか。どうしてお前はそう考え方まで真っ黒けなんだよ。名は体を表しすぎだろ。
あくまでも穏便にって昨日から口を酸っぱくして言ってんのにこの中年んんん。
「道順はもう覚えたよ、さあ、僕のツカサ君に勝手に手を出した罪を償って貰おうか……やっと傷も治ったから、練習の的としては丁度いい……」
「わーバカバカ! シアンさんの遣いが二日後くらいに来るっつってんだろが! 怒られてお仕置されてもしらねーぞ!!」
いきり立つブラックに抱き着いて必死にそう訴える、と。
「…………怒られ、る……?」
フハハハハと悪役笑いをしていたブラックが、俺の言葉にぴたりと止まる。
どうやらシアンさんにお仕置されるのが怖いらしい。
おっと、これはいい弱点を発見したぞ。使わない手はない。
俺はブラックに縋りついたままで、言い聞かせるように続ける。
「そーだぞ、シアンさんに報告したのはお前だろ? だったら、兵士達をボコボコにしたのを報告されでもしたら、とんでもない事になるぞ」
「…………」
おや、ブラックの体がなんか震えてる。
見上げた顔は、先程の鬼の形相とは打って変わって青ざめていた。
「そ……そう、だね。今回はまあ、これくらいにしておいてあげよう、うん、それより獣人達を助けないとね、ね!」
「ブラック……あんたにも怖い物はあったんだな……」
なんだかよく解らないが、シアンさんに怒られるのが怖いらしいな。
こんなしおらしいブラックなんて初めて見たかも。
「そんなにシアンさんのお仕置って怖いの?」
「怖いなんてもんじゃないよ……あれはただの地獄だ……」
「どんだけ酷いんだよそれ、俺も怖くなってきたじゃねーかやめろ」
ブラックが地獄って言う程なんだから、そうとうヤバいんだろうな。
怒られるところを見てみたい気もするけど……今はそんな場合じゃないな。
まあ大人しくなってくれただけ良しとしよう。
「んじゃ、今から詳しい内容を話すぞ。この作戦には、お前の力が絶対に必要なんだ。だからちゃんと聞けよ」
「え……そうなの?」
「だって、俺には兵士達を引き摺れる力なんてないし……それに、押し倒されたら俺はどうにも出来ねーんだぞ。……お前が居てくれなきゃ、また昨日の二の舞だ」
「ツカサ君……」
「…………頼むぞ、ブラック」
俺がそう言うと、ブラックは顔を明るくして頷いた。
「うん。絶対に、危険な目には遭わせないからね」
さっきは青ざめる程怖がっていたのに、俺に頼りにされていると解ったら、もうニコニコ笑ってら。まったく本当に表情がよく変わるオッサンだよな。
でも、なんだかホッとする。
悔しいけど、アンタを頼りにしてるのは本当だよ。
そんな事言えば興奮して調子に乗るだろうから、言ってやんないけど。
「…………俺も丸くなったなあ」
「どうしたの?」
「何でもない。で、お前が付いて来るためにだな……」
そう言って説明を始める俺に、ブラックは嬉しそうに口を緩めていた。
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