異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

  怪しい奴の名前は大概おかしい2

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 レストラン、なんて言葉を久しぶりに訊いた気がする。
 普通この世界では食堂だの料理店だのと言う物だが、こういうオペラハウス的な場所に入っている食堂は、彼らとしては「レストラン」と呼ぶのだと言う。

 サロンといいレストランと言い、なんだか本当このハーモニックって国には俺の世界と似通っている所が多い。まあ、この二つの言葉は北の国発祥らしいんだけど……もしかして、言葉的には北の国のが俺の世界と近いのかな。
 案外、モンスターやギルドって単語もそこ発信とか?

 いやそれとも、東方じゃなく北の国に俺と同じ異世界から転移してきた人がいたりして……なワケないか。そんな事があれば、シアンさんが気付いてるだろうし。

 とにかく、俺は不満を漏らすクロウのお守をロクに任せて、施設の最上階にあるレストランへと足を運んだ。
 ロク、今まで寝たり起きたりはしてたんだけど、基本的にはサロンで留守番して貰ってたから出番がなかったんだよな。なんかこういう時にばっか頼ってごめん。後で美味しい物持って帰るから……。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、これは仕事だ。やらなきゃいけない事なのだ。

 心を入れ替えて、俺は準備万端の出で立ちで事に臨んだ。

「ツカサ君今日も女の子みたいに可愛いね!」
「うるさい何も言うな」

 長い黒髪のかつら、上半身はそのままで、下半身は辛うじて布を巻いたスカート……パレオって言うんだっけ? とにかくそれを穿いている。
 音の鳴る装飾品やエッチな露出はないが、それでも女装には違いない。

 それを「女の子みたいで可愛い」なんて言うブラックは、鬼だと思う。
 俺が早く普通の服装に戻りたい事を知っているくせにぃいいい。
 あああでも特に理由もないし戻れないぃいい。

 設定上、俺はいわゆる「女性役をやる男」という事になっている。歌舞伎では女形おやまってのがあるが、性愛フリーなこの世界でもやはりそう言う役はあるらしい。
 そう言うのは男の娘的な物ではなく、ちゃんと「職業として女装してるだけで、中身は普通の男」と言うのは周知されている。
 良かった。俺はまだそこまでメタモルフォーゼしたくない。

 そんな感情を必死で押し込んで、俺達はレストランへと足を踏み入れた。

「おぉ……」

 ドラマとかで見るレストランってちょっとレトロな感じだけど、まさにそれだ。
 だいだい色の明かりの下に椅子や机が並んでいて、その間をウェイターが忙しそうに走り回っている。アコール卿国きょうこくでブラックに連れて行って貰った店も雰囲気満点だったけど、こっちはそれよりも高級な感じがした。
 うーむ、ウェイトレスさんが居ないのが残念。

 そんな俺の思惑はともかく、俺達は受付の人にシムラーの事を言い、彼の所へと案内して貰った。

 シムラーはどうやらVIP席を予約していたらしく、俺達はどんどん奥へと案内されていく。こりゃヤバいんじゃないのか、と思っていたら、唐突に目の前に赤いカーテンが現れた。どうやらこの向こうにいるらしい。

 俺達はゴクリと唾を飲み込んだが、とりあえずトルベールが軽く先陣を切った。

「遅くなりまして申し訳ありませんー……」

 カーテンを開けて、トルベールが俺達を向こう側へ迎え入れる。
 備え付けられたソファに楚々として座っていた相手が、真正面に現れた俺達に気付いてワインの入ったグラスを置いた。

「やあ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ……」

 ウェーブがかった金髪に、青い瞳。この世界では一般的な色味を持った、美形。
 顔を見て、俺はやはりこいつは油断ならない人間だと思った。

 だって、目が笑ってるような感じがしない。
 警戒しつつも俺はシムラーの隣に座った。ブラックは俺の左隣で、トルベールはシムラーの横に座った。つまり、俺とトルベールがシムラーを挟んだ形になる。

 そう、これはいわゆる接待の陣。
 またの名をいい気にさせるまで逃さないの陣だ。

 相手もこちらに対して何らかの思惑が有るのだろうが、それはこっちも同じ事。何かを掴むまで返すわけにはいかない。
 とにかく俺はなんとかしてコイツをいい気分にさせなきゃな……。

 うかがうようにシムラーを見上げると、相手は少し儚げな笑みで俺に笑いかけた。

「ルギ君、だったよね」
「あ、はい」
「光栄だよ。あれだけ人を寄せ付けなかった姫君が、私に心を開いてくれたなんて……。舞台で君が踊る姿を見た時から、ずっと食事に誘いたいと思っていたんだ。だけど君は深窓の令嬢のようで……まさか私を選んでくれるとは思わなかったよ」

 微笑みながら、俺の手を取るシムラー。
 ちなみに俺はクグルギのルギをとって偽名にしているが、そんなことはどうでもいい。うわー。やっぱり背筋がゾクゾクする。
 女子にする事を男にもするのが普通の世界だっていうのは解っているけど、本当慣れないなあ、こういうの……。

 しかしそんな事は言わずに、俺は少しぎこちなく微笑みながら目を逸らす。

「……いえ、そんなつもりでは……」

 とかなんとか言いつつ、目を伏せてみる。
 期待させるだけさせておく作戦だけど、やってみると案外難しい。
 ぶりっ子ってのも天然じゃないと中々なりきれないもんだな。

 しかしシムラーは余程純粋らしく、俺の態度を好意的な物と思っているようで、微笑みを深めて俺の手をさらに強く握った。
 これ、実際、相手が策士だったらこの態度も計略の内って事だよな。

 それを考えるとちょっと怖い。
 ブラックはいつも素直に俺に抱き着いて来るけど、それは別に計画が有っての事じゃないもんな。だってアレは、嘘じゃないもん。
 ブラックはただ、自分の素直な気持ちを表してるだけなんだ。

 シムラーみたいな、内情が見えない人間とは違う。

「ルギ君、今日は楽しんでくれることを祈っているよ」

 この言葉も微笑みも嘘だったとしたら。

「…………はい」

 なんだか無性に後ろを振り返りたくなったが、今はそうする事も出来ず。
 俺は静かに口を歪めると、シムラーのやりたいようにやらせた。

 ……それからは、普通に接待としての食事だ。
 相手に気を使いながら、相手の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを気にして食事をするのって、こんなに大変だとは思わなかった。

 なにせ、相手は裏切り者の容疑者だ。百戦錬磨の裏社会の人間を出し抜くほどの人間なのだから、ポロっと証拠を出したりはしないだろう。
 だからいつも以上に気にして、考えて、行動しなければならない。

 それはいつもの食事とは全く違っていた。
 いつもは楽しくて、味の事や今日あった出来事を話して笑う。そこに緊張感など欠片も無い。今みたいに相手の顔色を気にするなんて事ありえなかった。

 くそう、やっぱ料理の味が解んない。
 こんなのアコール卿国の時とラスターに屋敷に連れて来られた時以来だ。

 ラスター。そういやコイツと名前が似てるな……。
 いや、今はそんな場合じゃなく。

「美味しいですか」
「は、はい」
「それは良かった……このレストランはジャハナムで一番と聞いています。だから、みなさんのお口に合わなければどうしようかと……」
「私達にまで気を使って下さりありがとうございます」

 口をナプキンで軽く拭いながら、ブラックが何でも無いような顔で言う。
 言葉だけは紳士だけど、声の端々からなんだかいらついたような感じがする。
 気持ちは解るけど、抑えて欲しい。俺だって我慢してるんだよう。

 相変わらず味のしないデザートを噛みながら、俺はちらりとシムラーを見た。
 それがおかしかったのか、シムラーは少し苦笑する。

「な、なんですか?」

 変な顔だったかな。慌てて問いかけると、相手は苦笑のまま頭を掻いた。

「いえ……何だか、舞台で見る貴方と今の貴方はまるで違っていて……舞台よりも可愛らしくて仕方なくて……あっ、こんな言い方失礼でしたよね……すみません」
「あ、い、いえ……」

 くー。これか、コレが美形が相手を落とす言葉なのかっ。
 女だったらどうなんだろう。落ちるのかな。
 残念ながら俺はサブイボを立てるだけだが、一応恥ずかしそうな顔をしておく。

 そんな俺に微笑むシムラーに、頃合いが良いと思ったのかトルベールが問いかけた。

「ところでシムラーさん、こんな場所を予約できるなんて随分と仕事ができる方なのですね……ええと……斡旋業をなさっていると」
「ああ、ええ……でも、これは背伸びしただけですよ。私は個人でやっているので、正直な所あまり羽振りがいいわけでもなくて……」
「それでも素晴らしい事ですよ。いやあ、私どもも最近人材斡旋をやろうと思っていましてね……良ければ……」
「それはもう……」

 意外とトルベールとシムラーは話が合うようで、色々と話し出した。
 暗殺だとか裏取引だとかいう不穏な言葉が色々飛び交っていたが、聞きたくないのであえて耳を逸らす事にする。俺の出番はしばらくなさそうだと思って、俺はようやく右隣に居るブラックの方を向いた。

「…………」

 ブラックは、やっぱりいつもと違う。
 片目にはモノクルをつけて、ヒゲもさっぱり剃ってしまっている。
 だけど俺の思いを察してくれていたのか、顔を見たら目を細めて笑ってくれた。

 そうして、シムラー達に見えないように、体の間でそっと俺の手を握ってくる。
 ブラックがそうしてくれると、何故だか凄くほっとした。

「疲れてないかい」

 優しく問う声に、頷く。
 仲が良いと勘繰られたら困るから、あんまり話しちゃいけないんだ。

 早くこの接待が終わればいいなんて不謹慎な事を想いつつ、俺は体を戻した。

「ルギ君」
「はい」

 そのタイミングを待っていたかのように、シムラーが俺の両手を掴んで無理矢理に自分の方を向かせる。間近に現れた整った顔に目を白黒させる俺に、相手は優しい笑みを浮かべながら、声を弾ませて言った。

「今度は、ここの劇場で会おう。二人での観劇楽しみにしてるよ」
「あ、はい……?」

 え? 何の話?
 ポカンとしながらも頷いた俺に、シムラーの後ろでトルベールが「それでいい」とばかりに頷いている。何が何だかわからないながらも返事をしてしまった俺は、ようやくそれが「次のデートのお誘い」だと分かった。

 ん、ちょっとまてよ。
 二人での観劇?

 ブラックとトルベールさん、ナシ?

 お、おい、ちょっと待ってくれよー!!












※シムラーはまだ美形なのでハイオンよりかは拒否感がないという
 めんくいツカサ……(´・ω・`)
 
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