異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

14.薄暗い場所でのデートは物凄く危険

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 困った事になった……。
 ヅラ着用で、女装のまま疑惑の人間とデートしろだって?
 冗談じゃない、ただでさえこの格好でぶりっ子すんのもキツいのに!
 この上二人っきりでおデートして情報とってこーいだなんて、無理だってば!

 ……でも、悲しいけどこれ、依頼なのよね。
 ってなことで、トルベールがゴーサインを出した以上、俺は絶対にやらなければいけない訳で。

 ぎこちない食事会が終わった後、俺は二日後のシムラーとの(ゲンナリ)に備えるべく、再びサロンにこもる事となった。もちろん、シムラーにどう取り入るか。その場合、どう安全に過ごすかって事を考えるために。

 俺としては尻を掘られる危機について怯えていたのだが、どうやらトルベールは貞操の危機よりも「俺が殺されやしないか」と言う事について考えていたらしく、色々と策を練ってくれていた。
 確かに裏社会じゃケツ掘られるより殺される方が可能性高そうだな。
 最近あまりにも他人にセクハラされるから、その発想が無かったわ……。

 よくよく考えてみれば、ここはまともな場所じゃない。
 殺し殺されが普通の裏社会だ。出会った人が狂人ではないとは断定できないし、気を抜いていたら首を切られるなんて事も有りえるのだ。

 トルベールの話では、施設内では殺しはご法度で、それを封じる術が掛けてあるらしい。なのでとりあえず、人が多い場所に居れば殺される心配はなさそうだけど……そんな術を掛けにゃならんほど危険だって事が解ると、余計に怖くなる。

 つーか防刃魔法? みたいな奴ってライクネスの王宮とかラッタディアの白亜の宮殿にかけられてる奴だよな。そんな金掛かりそうな術をかけて貰ってるのか。
 もしや、それくらいしないと暴動が防げないとか……いや、考えるのよそう。

 とにかく、二人っきりの場所に行かなければいいって事だ。
 そんな訳で、トルベールはこの施設の見取り図を見せて、俺に「絶対に行っちゃダメな場所」を教えてくれた。観劇するだけなら通らない場所も有ったが、トルベールの念には念を入れるべきという言葉に従い、俺は素直に覚えておいた。

 幸い、俺の記憶力はそれほど悪くない。
 ブラックからも観劇の時のマナーなどを習いつつ、急ごしらえながらもなんとか体裁を整えた。一応、女寄りのお辞儀の仕方だとかなんとかも。

 ……どうでもいいけど本当にブラックって色々知ってるな。
 食事のマナーだってブラックから教えて貰ったし、観劇の作法なんてトルベールですら知らなかったもんな。
 ああいう豪華な場所での観劇って、一般的じゃないのかな。
 やっぱこういう場所は貴族専用なんだろうか。

 色々と気にはなったが、とにかく今は少しでもシムラーの警戒心を解くのが先決だ。疑問は置いておくことにして、俺は二日間みっちり「淑女」の訓練を行った。
 ……うん、もうこれ終わったら速攻忘れてやるけどな。

 と言う訳で、当日。
 俺はシムラーの所まではブラックとトルベールに案内して貰い、エントランスで待っているシムラーに落ち合った。相手は時間よりも先に来ていたらしく、俺の姿を見て駆け寄って来たが、あんまり嬉しくない。

 俺は相変わらずの女装だし、今回は二人っきりだし……。
 美形と二人でいるのは、正直自尊心が大いに傷つけられるので嫌だ。
 ブラックみたいに自分の容姿を毛ほども気にしてなかったり、トルベールみたいにチャラ男の権化みたいな奴だったら変な仲間意識を感じちゃうんだけど、正統派美形は無理。やっぱ無理だー。

「ルギ君、来てくれてよかった!」
「あ、あの……遅れてしまいましたか? すみません」
「いや、私も今来たところだから……それでは、ルギ君を一時お預かりします」

 俺にさらっとイケメン発言を放り投げながら、シムラーは俺の背後に控えていたブラック達に深々と礼をする。いかにも好青年だ。
 というか、裏社会でもやっぱオモテみたいにちゃんとした礼儀は通すんだな。

 裏社会だからこそ、やっぱ仁義ってのが大事なのかしら。

 などと思っている俺に構わず、ブラックはやけにニッコリと笑いながらステッキをトントンとこれ見よがしに絨毯に突き落とす。

「この子はウチの大事な稼ぎ頭なので、くれぐれも……キズをつけるような事がないようにお願い致しますね」

 要するに「いやらしい手で触ったら殺す」という事だ。
 ブラックの嫉妬癖も今はありがたい。心の中で調子よく拝む俺を引き寄せながら、シムラーは解ったと言った様子で深く頷いた。

「さ、ルギ君いきましょう。もうそろそろ劇が始まります」
「あ……は、はい……」

 手を引かれて、俺はブラック達から離される。
 やがてブラック達が見えなくなり、急に心細くなったが……そんな場合ではないと怖さを振り切り、俺はシムラーの歩調に必死に付いて行った。

 しかし、劇って何を見るんだろうな。

「あの、シムラーさん……」
「ティオと呼んでください」
「じゃあ……あの、ティオさん。劇ってどんな内容なんですか?」
「ふふ、それはまだ秘密だよ」

 口に指当てて秘密だよってお前。
 ツッコミそうになったが、ぐっと堪えて「ホホホ、いやですわねぇ」って感じで笑って見せる。

 今更だけど、俺本当基本的にイケメン嫌いなんだなあ……。
 こんな事でもなけりゃ、今頃はもう逃げてるだろうな。だってさあ、イケメンのイケメンな言葉だけでサブイボ立ってんだもんよ。もう正直帰りたくてたまらん。だけど我慢だ。頑張れ俺。

 エリアが変わったのか、周囲は赤を基調としたレトロな映画館のロビーのような様相になっていく。その先には木製ながらも重厚な両扉があって、その前には映画館のようにカウンターが設置されていた。
 あそこでチケット買うのかな。

 考えながらも付いて行くと、シムラーはカウンターのお姉さんに何やら見せて、再び俺の手を取って扉の中へ悠々と踏み入れてしまった。
 あれ、もしかしてここも予約制?

 すげーな裏社会のオペラハウス。マジで一言さんお断りな感じじゃん。

 おっかなびっくり後ろを振り返っていると、不意にシムラーが俺の名を呼んだ。

「今日はルギ君のために、とっておきの席を用意したよ」
「えっ? あっ……うわ、すご……!」

 前を振り返った俺は、思わず素の声で驚いてしまった。
 何故かって、俺達が入った劇場は途轍もない施設だったからだ。
 後ろに気を取られていて気付かなかったが、この劇場は俺が想像していた以上に広くて豪華だ。なにより、思った以上に洗練されていた。

 すり鉢状になった半円形の劇場は三階まであり、壁には舞台に近い所に特別な貴賓きひん席が造られている。上を見ると巨大なシャンデリアが釣ってあり、どこもかしこも落ち着いた赤と金の装飾で彩られていて、俺達が想像する「貴族がやってくる劇場」そのものだった。うわー本当欧風貴族の豪華な歴史って感じ?

「ルギ君、私達はこっちだ」

 再び手を引かれ、豪奢な階段を登らされる。
 まさか貴賓室はないよなーと思っていたら、そのまさかだった。

 そう、シムラーはレストランでのVIPルームに続き、今度も最高級の席を俺に用意してくれていたのだ。……うーわー困るー! 逆に困るー!!
 やめてそういうの、俺庶民なんだから、お金かけないで勿体ない!!

 それに、シムラーになびく事なんて絶対ないと自分でも解っているから、こうもお金を掛けられると物凄く申し訳なくなってしまった。
 相手が悪人でも、なんか自分の為にお金使わせるのってすげーヤダ……。

 ブラックの時も思ったけど、やっぱ身内でも無い人に遊びの為の金を出して貰うのって凄い怖い。小遣いせびるのって、親だったからやれた事なんだな……。

「ここに座って……眼鏡……ああ、普通の眼鏡じゃなくてね、これは観劇鏡かんげききょうって言って、遠い舞台をよく見るための物なんだけど……それを使って見るんだ」
「そうなんですか……」

 くそーコイツ俺が知らない体で話してやがる。
 まあ俺もブラックに教えて貰わなきゃ知りませんでしたけどね!
 これ俺の世界ではオペラグラスって言うんですよね、多分!

 でも良い。こういう時は、かわいこぶりっこの技発動だ。

「ティオさんって、物知りなんですね。……私、仕事が忙しくて、観劇なんかした事なかったので……凄く助かります」

 キンピカ豪華なペアシートに座りつつ、はにかみながらシムラーを見上げる。
 どうだ。これが男を立てておだてる作戦だ。
 可愛い女の子に言われたら俺だってコロっと行っちゃうぞ。

「そうかい? 嬉しいな、美貌の踊り子の君に頼って貰えるなんて……」

 やっぱりイケメンでも、こういうのはまんざらでもないらしい。
 良し良し、この調子で行くぞ。

 と言う訳で、俺はしばしシムラーと一緒に劇を鑑賞する事にした。

 劇はいわゆる「大人の恋愛もの」で、俺には所々理解できない……というか感動できない部分が有って正直退屈だったけど、女優さんの歌や踊りは素晴らしい。
 オペラや劇なんて見た事なかったけど、ハマる人がいるのも解る気がした。

 あ、もちろん途中途中で解説する相手を誉めそやす事も忘れてないぞ。
 ぶっちゃけた話、シムラーの解説は劇を更に理解しやすくしてくれたし、認めたくはないが彼のお蔭で二倍くらい劇を楽しむ事が出来た。

 その中で、劇が佳境になって主役の恋人たちが熱い抱擁ほうようを交わした時。
 シムラーの手が、俺の手をそっと上から包んできた。

「っ……」

 思わず、鳥肌が立つ。
 だけどそれを必死に抑えて、俺は相手の成すがままにさせた。

 二人っきりで呼ばれたって事は、相手は俺の事を憎からずは思ってる訳だ。
 ならば、好意を持っていてもおかしくはない。俺を恋愛対象として見ていても、全く変じゃないのだ。それは解っていた。解っていた、けど……。

 なんで、こんなに鳥肌が立つんだろう。

 人に触られるだけなら、別に嫌じゃない。
 嫌じゃないんだけど、どうしてもシムラーだけは鳥肌が立ってたまらなかった。
 なんでだろう……イケメンは嫌いだが、別にここまで嫌ってた訳じゃないのに。

「ルギ君、この話はね、原典が神話にあるんだ」
「あ……そう、なんですか」

 不意に話を振られて、意識が逸れる。よし、話を続けてサブイボを消そう。
 えーと……原典って、神話をモチーフにしたって事かな?
 首を傾げる俺に、舞台を見ながらシムラーは続ける。

「かつてこの世界にナトラという女神が居た。だけど、その女神は男によって地に落とされ、力を奪われた挙句にその男と結婚させられたんだ。……でも、暮らしは上手く行かなくて、その特異な力は周囲の人を不安に陥れ、混乱を生み出した。男はナトラの懇願の元に、彼女の力を返したという。すると彼女は男の所から去り、元の慈愛と博愛の女神に戻って天へ帰ってしまった……と。こんな話が元になっているんだ」

 それって……羽衣伝説となんか似てる。
 あれも、天女が羽衣っていうアイテムを男に奪われて結婚させられて、でも最後は羽衣を取り戻して男なんて捨てて帰っていくって話だよな。

 それと似た話をナトラって女神さまも持ってるのか。
 俺の世界の物とは関係ないと思うけど、凄い一致だな。
 しかもこっちは神さまって。

「まあ……この話は、超常的な力を持った女性を苦難の末に男が守りきるっていう幸せな結末だけど…………君は、まるでその女神ナトラのようだ」
「は、はいっ?!」

 あっ、やべ、思わず素で返しちゃった。
 でもシムラーはそんな事は気にしていないのか、驚く俺に目を合わせて、徐々に近付いて来た。ちょっとまって、近いっ、顔が近いってば!
 あとそう言う歯の浮くような台詞やめてっ、折角治まってたサブイボがあああ。

「あっ、あの、ティオさっ……」
「君は博愛の女神ナトラ……今この時も、君は私を特別な目で見てはくれない……私のために優しくしてくれているのは解っている。だけど……だけどね、ルギ君」

 思わずひいてしまった俺に、シムラーは切なげに顔を歪める。
 その表情は、とても裏が有る人間とは思えないような純粋な感情に満ちていた。

「ルギ君、私は……君を私だけの物にしたいと、そう思っているんだ」
「…………」
「ナトラを無理矢理に奪った男のような事はしない。君が望む事は何でもしよう。だから、せめて……せめて、この私が君にかしずく事を許してくれないかい……?」

 真剣なシムラーの表情に、言葉が喉につかえて出て来なくなる。
 こ……こういう場合って……どうしたらいいんだろう。

 えーと、えーと、ゲームではどうする。どうしたっけ。
 こういう時って高飛車お姫様系? ああもうなんでもいいや!

「…………私のことが、そんなに好きなんですか?」
「ああ、初めてあの舞台を見た時からずっと……」

 両手を握ってくる相手に背筋を凍らせながらも、俺は精一杯の虚勢きょせいを張って挑戦的に微笑んで見せた。

「じゃあ、もっと楽しい事を……俺に教えてください」

 そう言うと、シムラーは一瞬表情を失くしたが……表情を押さえる事すら忘れて、蕩けそうな笑みで俺の手に熱いキスをしてきた。

「ルギ君、ああ、ありがとう……っ、なんでも、なんでも言ってくれ……!」

 ……もちろん、俺は健全な意味で言いましたよ?
 でもさ、言葉のアヤってあるよね。

 俺の服装とか怪しい雰囲気とか薄暗い空間なら、勘違いする事も有るよね。

 なーんて事に気付いたのは、言ってしまった後だった。
 …………ああ、どうしようぅ……。











 
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