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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
3.嵐の前の静けさ
しおりを挟む「もうすぐ砂浜アル! 一気にいくヨ!」
ファラン師匠の大声に、男らしい返答が帰る。
目の前にはクジラ島の砂浜が見えているが、ガーランドの船が視界を遮るように水飛沫を上げるので、正直見え辛い。嫌がらせかよコンチクショウ。
そんな俺達を余所に、先頭を走っていた一位のファスタイン海賊団はもう砂浜に到着しており、船番と食材を探すチームに分かれて散ろうとしていた。
やっぱりあの人達速いわ……。
俺も負けずに頑張らなきゃな。とにかくガーランドは無視だ。
ムカムカするけど、相手にしてたら時間の無駄だもんな。
ラストスパートだとブラック達に発破をかけていると、実況の声が戻ってきた。
『さあ島の裏側で大きく走力が落ちたのか、二位をガーランド海賊団に明け渡し熊さんチームが今海岸へ到達しようとしています! いやあ島の裏側でどんな攻防があったのか、本当に気になる所ですねぇホードエルさん』
『あれですねえ、毎年の事ですが、裏側には魔物が潜むみたいな感じですねえ』
魔物って言うか、妨害工作するライバルたちの仕業って言うか……。
まあそんな奴らもある意味モンスターと言えなくもないか。
断定はできないし偶然の可能性も有るけど、やっぱ俺にはガーランドが何かの仕掛けをして俺達を追い抜いたとしか思えない。
レースで妨害工作なんてよくある話だが、実際にやられると腹が立つ。
抜かれちまったもんは仕方ないが、俺が主役の料理勝負ではそうはいかないぞ。
「ツカサ君、船をつけるからファランと一緒に森に入って!」
「その間にオレ達が調理の準備をしておく」
「よっしゃ! ありがとな、二人とも。頼むぜ!」
砂浜に乗り上げると同時に俺と師匠は船を飛び下り森へと入った。ジャングルのような森だが、何度も来ているから道に迷う事は無い。
まずはシダレイモを取りに行こうと話して、俺達はさらに森の奥へと進んだ。
「あっ、ファスタインの連中アル」
走る最中に師匠が呟く。思わず左の方向に視線を寄越すと、そこでは屈強な海の男達が何かの木の実をせっせと採取していた。
小さい何かをぷちぷちと採っている姿はシュールだが、しかし彼らは何を作る気なんだろうか。木の実を採取するって事は、ソースを作るとか付け合せとか?
何にせよ、重たいメニューにされると厄介だな。
ファスタイン海賊団は正々堂々と勝負している分、逆に行動が読み辛い。
どうか軽い食事で済みますように……と願いつつ、俺達はシダレイモが群生している場所へと急いで向かった。体力がないと言いましても、俺だって成長期だし、前よりも長い距離を走る事が出来るようになったんですよ。ふふん。
まあそれは置いておくとして、今は出来るだけ急がねば。
ブラックとクロウの頑張りに報いるためにも、絶対に材料を確保しなきゃな。
そう思い、群生地に辿り着いた……のだが……そこに既に待ち伏せしていた連中を見て、俺は思わず足を止めてしまった。だって、そこには。
「が……ガーランド……」
しまった。ガーランドの船の方をもっとよく観察しておくんだった。
師匠は背中に付けた斬月刀の柄を握り、俺は師匠の後ろにさっと後退する。
自分の実力を解っていればこそ、近付くなんて危ない事はしない。そんな事して捕まればボコられる未来しか見えないからな。
悲しいかな、俺は相変わらず喧嘩はからっきしよ。
そんな警戒モードな俺達二人に、ガーランドは相変わらずのいけ好かない笑みを浮かべて一歩近付いて来る。
「やあ、君達も食材探しにまでこぎつけたか」
「ええやっと。私達は貴方達のように霧の中を迷わずに進む事は出来ないからネ」
この言い草、やっぱり師匠もおかしいと思ってたようだ。
しかしガーランドはその笑みを崩さず、また一歩近づいてくる。その目は獲物を狙うかのように、俺の事をじっと見つめていた。
だ、だから男に見つめられても嬉しくないんだってば!
「それより子猫ちゃん……ツカサと言ったな。君は今回の美食競争、どんな料理を作る気なんだい? 俺だけにちょーっと教えてくれないかな」
「だ、誰が……別に、あんたらは二位なんだからさっさと食材採って、料理作れば順当な点数貰えるでしょ……」
「そうアル。ツカサ君が何を作ろうがアンタらには関係ないネ」
斬月刀に手を掛けたまま、師匠は俺の事をさらに隠そうとしてくれる。
うう、師匠男らしいっす。俺が女ならキュンと来てます。
だけども「アンタラには関係ないでしょう」と言おうが、相手もチンピラ根性の権化みたいなもんで、こっちが嫌がれば嫌がるほど面白がって距離を詰めて来る。
「いやいや、俺達は料理が苦手でねえ、参考までに教えて貰えると助かるんだが」
そう言うガーランドの後ろで、三人ほどの男達がこれまたムカつく笑みを浮かべながらヤジを飛ばしてくる。
「あのオッサン達もうめぇエサで釣ってんだろぉ?」
「それとも体か? お前冒険者にしちゃあ抱かれ慣れた体してるもんなァ」
「ハハハッ、ちげぇねえ! そんなら普通に料理作るよりも、自分の体を差し出した方が審査員にもウケがいいだろうな!」
そんな事言われて、激昂しない男がいるってんならお目にかかりたい。
後ろめたい事なんて何一つしてないし、例えそれらが事実であっても、俺自身を貶めるような事を言うような奴らには怒らずにいられなかった。
それに、こいつらは暗にブラック達の事もバカにしてるんだ。
余計に許せない。人を何だと思ってんだ。
あいつらはお前達みたいな低俗な奴じゃない。
そりゃ、確かにスケベだし、うんざりする時も有るけど、でも、俺に転がされるような底の浅い人間じゃないんだ。それを知らずに好き勝手言いやがって。
頭がカッと熱くなり、俺は反射的にガーランドにつっかかろうとした。
だが、寸での所で師匠に引き留められる。
「この……っ!!」
「つ、ツカサ君落ち着くアル! 実況、見られてるアルヨ……!」
「っ……!」
その言葉で、俺はやっと相手が何を狙っていたのかを知って立ち止まった。
実況が聞こえないとは言え、この島には事の次第を中継している曜術師がいる。ということは、俺達が喧嘩をしている所も中継されてしまう訳で……それをもし祭りの審査員に見られてしまったら、心証が悪くなりかねない。
それどころか失格も有り得る。
今の状況だと、一方的に俺達が殴りかかったようにしか見えないしな……。
リアルタイムで様子を見られると言っても、それはあくまでも映像だけで現場の音声を聞ける訳じゃないんだ。この状態では、俺達が悪者になってしまう。
その事に気付いて退いた俺に、相手は片眉を上げて笑みを薄めた。
「おや、怒らないってことは、そう認めていると言う事かな?」
余裕綽々で言ってくる相手に、師匠が聞いた事も無い冷たい声で返す。
「下らない戯言に付き合うほど落ちてないだけネ。それより、そちらは素材を集めなくていいアルか? まさか、殲滅のガーランドと言う二つ名を持つ御仁が、こんな陳腐な方法で人を蹴落とそうとしたなんて事はないと思うアルけど」
そう言い捨てた師匠に、ガーランドは目を細めたものの、余裕を崩さずまたもやニイッと笑ってその場から退いた。
「まさか。俺達は正々堂々と勝負して、そこのカワイコちゃんを頂きますとも」
「そうであって欲しいものネ。……さあ、ツカサ君早く行くアル」
「は、はい」
やっぱ凄いなあ、大人の男ってのは……俺なんかカッとして殴りかかりそうになってたってのに、師匠は怒っていながらも余裕を持って対応してるんだもん。
俺もこういう大人になりたい。
ブラックやクロウとは違う、ちゃんとした分別のある大人に!
……いや、そりゃ恋人だし好きだけど、ああ言う大人はちょっと……。
そんなどうでも良い事を考えつつ、俺達はニヤニヤしてるガーランド一味の横を通り過ぎて、シダレイモのイモ部分を傷付けないように切り取った。
今更だけど、掘らずにイモが採れるって結構便利だよなこれ。
シダレイモって寒冷地以外の森ならどこにでも生えるし、芋づるとかを生かしたままで保存出来たら、いつでもどこでもイモが食えそうなんだけどなあ。
とにかくイモは手に入れた。このままガーランドたちに凝視されているのも嫌だし、さっさと魚を釣ってブラック達の所に帰ろう。
再びガーランド達を無視してその場から離れ、俺達は川原へと向かった。
無視した事で相手も興が削げたのか、川原まで俺達を追いかけてくるような気配はない。真面目に食材を探しに行ったみたいだ。
そうそう、ちゃんとやる事やってりゃいいんだよ。
もう他の船も到着し始めてるだろうし、俺達も急がなきゃな。
「……えーと、まずは釣竿をグロウで作って…………」
お手製の木の釣竿は、何度も作っていたせいかもう力を入れて考えなくても簡単に作れてしまう。俺の木の曜術もかなり上達してきたらしい。
ま、まあ、黒曜の使者で創造しまくってたし、多少はね。
ってなわけで即席の釣竿を作りつつ用意をしていると、師匠が川の中の魚群を見ながらふと思いついたように聞いてきた。
「ツカサ君、魚はここでシメて持って行くアルか?」
「あ、そっかそこは考えてなかったな……良いや、そのまま持って行きますよ。俺、日の曜術師だから水の術使えるんで……」
「なるほど、水の玉を作って、その中に魚を入れるアルネ!」
さっすが師匠。ギルド長なだけあって、察しが良いですな!
俺は釣竿を振って耐久力を確かめながら手を挙げた。
「ご明察! ちょっと集中力が必要ですけど、両手で持ってれば保てるくらいには俺もちゃんと曜術使えるんで」
「それ結構凄いことだけど……ツカサ君って、何級の曜術師アルか?」
「あ、忘れかけてますけど一応どっちも二級です」
「ええ!? それ計測間違いアルよ! 水球を保ったままで持ち運べる実力って、商会やら何やらに勧誘されてもおかしくないアル……充分一級の実力アルヨ」
「いやー……えっと、俺は冒険者やってたいんで、その、二級でいいかなーって」
川に竿を振りつつしどろもどろで言い逃れすると、師匠は「実に勿体ない」という顔で首を傾げた。う、うう、やっぱそう言う反応が普通ですよね。
でも俺は隠蔽したい能力を持ってるし、出来れば平穏に行きたいんですよー!
企業に勧誘とかやだ、絶対やだ。社会のしがらみに縛られたくない!
ってか十七歳にバイト以上のことやらすなや!
「ツカサ君は本当に謙虚アル。でも、ギルド長としては勿体ないネ」
「まあ、ほら、あの……ブラックもそう言うの凄い嫌がるんで」
「目立ちたくないから嫌だ」って言おうと思ったけど、遺跡の財宝で一発当ててやろってのが常の冒険者がそんな事を言っても「んなわけあるか」と突っ込まれるだけだもんな。
ブラックには悪いが、まあ間違った事は言ってないし言い訳に使わせて貰おう。
そんな軽い気持ちで言ったのだが。
「ああ……そうアルね……。ブラックさんは絶対に嫌がりそうアル……」
なんか物凄い納得して貰った上に同情的な目で見られてしまった。
……うん、いや、まあ……間違っちゃいないけど。
つーか、俺達の関係って、はたから見たらどんな感じに見えるんだろう。なんか怖くなってきた。一応言っておきますけど、今はお互い納得の上ですよ。別に何も強制されてませんからね師匠。
「と、とにかく魚を釣って早く料理を作りましょう!」
「そうアルね、あのいけ好かないクソ美形にだけは絶対に負けないネ!」
「師匠めっちゃ素の悪口出てますね」
ディスりがもてない俺のソレと酷似してるんだけど、やっぱり同類だと罵り言葉も似るのか……うう、おいたわしや。師匠、俺が必ずリリーネさんに良い所を見せられるようにしますからね……!!
そんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、川魚はすぐさま針に食い付いた。好機とばかりに吊り上げ、間髪入れずに水球を作り出す。
数秒竿に釣られて暴れていた魚だったが、水球に入ると驚くほどに大人しくなり、その限られた水の中ですいすいと泳ぎ始めていた。
「うーん……やっぱり凄いアル……」
「いや、多分水の曜術師さんだったら誰にでもできることかと……」
正直、ラッタディアの時は辛かった思い出しかないけど、アタラクシアでやった時は全然楽に出来たんだよな。だから、慣れれば誰にだって出来る事だと思うんだけど……でも、これって俺が強くなってるって事なんだろうか。
曜術の難しさって、イメージしやすいかどうかで決まるものだと勝手に定義してるんだけども、そう言うのって普通だとやっぱ熟練度とかの数値が増えたみたいな感じになるのかな。それとも、単純にレベルアップ?
うーん、やっぱゲームとかネットの小説の奴みたいに能力値が知りたいよなあ。
目に見える物が無いと、自分がどうやって強くなってるかが解らなくて不安だ。
現実なんだからしょうがないけど、魔法の力って実際筋肉とかスタミナみたいに肌で感じられる「強くなったな」って感じがホントに無いからなあ……。
さすがに、毎度毎度術を発動して確認するってのは危険だよな?
俺の世界の魔法使いって、どうやって自分の能力が強くなったかを知ってたんだろうか。悪魔と契約する時とかで実力を知ってたのかな?
まあ、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
今は見えない実力よりも目に見えて解る料理の腕の方が大事だ。
この魚とイモ、そしてこの島に自生しているカンランの油で上手い料理を作ってやるぜ。祭りじゃもう輝ける場面が無い分、ここで頑張らなきゃな!
自分で言っててなんか悲しくなるけど、気にしない!
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