異世界日帰り漫遊記

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

4.波乱の使者は島に集い1

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 川魚を釣り上げて砂浜へと戻ってきた俺達は、早速調理を行うべく砂浜の近くに作られている特設会場へと向かった。

 料理漫画だと何故かよくキッチンがずらっと並んだ特設会場が出て来るが、このクジラ島にもまさにあんな感じで幾つものかまど付きの台所がずらーっと設置されていた。全体を眺めると結構規模が凄い。

 その台所の群れの向こうには長机が有って、四人の人物が座っている。遠くから見ているのではっきりとは分からないが、様相からしてなんか審査員っぽい。料理が出来たら多分あの人達へ持って行くんだな。
 そんな審査員たちの後ろには、腕章をつけた数人の冒険者達がずらっと並んでいた。恐らくリアルタイム中継をする為の術者達だろう。

 でも二十人もいないから、本当にこれがギリギリの人数なんだろうなあ……運営委員会の人、色々とお疲れ様です。

「ツカサ君こっちこっち」

 内心頭を下げている俺に、ブラックが呼びかけて来る。
 ブラックとクロウは、審査員席近くの場所で準備をして待ってくれていた。
 ほらほら、やっぱ有能じゃん。ガーランドは本当人の上っ面しかみてないよな!

 とかなんとか、何故か自分が偉くなった気持ちになりながら、俺と師匠は駆け足でブラック達に近付いた。

「火はつけたけど……加減が判らないんだ。曜術で調節するから指示を頂戴」

 腕まくりをしつつブラックが見るのは、たっぷりまきがくべられたかまどだ。
 曜術が無いと点火するのも大変だが、幸いブラックは炎の曜術師だ。薪もクロウが持って来てくれているから、燃料切れを心配する事は無い。

 いたれりつくせりで悪い気がしてくるほど、二人はこういう時の気遣いが凄い。
 うんうん、やっぱこういう所は素直に凄いと思うべきだよな。
 普段の行いのせいで褒める為のハードルがダダ下がりしてる……とかいう訳じゃないと信じたいぞ俺は。

「いやー、マジで助かるよ。ありがとな二人とも! よーし、じゃあまずは下拵したごしらえからだな。魚をまな板の上に置いて……」

 水球の中で泳いでいた魚には申し訳ないが、かてになって頂こう。
 流し台の中に水球を入れようと移動させていると、今まで審査員席の後ろに居たスタッフさんがいきなり流し台の向こう側に現れた。
 な、なんか光を纏ってる。もしかして文字通りの「カメラマン」なのかと思っていると、司会者の声が聞こえだした。

『おおっと!? 熊さんチームこれは……魚を使った料理になるのでしょうか、前代未聞ぜんだいみもんの試みですよこれは! 魚は食用とならないとされており、今までの祭りでは一組も魚を使用した料理を作った事はありませんでしたが、さすが名前も一風変わった熊さんチーム! 嫌われ者の魚がどう変わるのか見ものだぁー!』
『水球で生きたまま運ぶ技も凄いですねえ。体力勝負と技術勝負でそれぞれ担当を分けている所があなどれない。これは大番狂わせになるかもしれません』

 ひっ、ひぃい……頼むからそんなに注目しないで……。
 体力勝負の場面だったら別に構わないが、こういうので注目されるのは本意じゃないんだってば。こんなに注目される事になるんなら、もう少し人が多くなるのを待って出てくりゃよかったかも……。
 くそー、打倒ガーランドの気持ちが強すぎて、焦ってしまった。
 でもまあ、始めてしまったんだから仕方ない。こうなったらやらねば。

「まずは魚をさばいて……」

 師匠に教えて貰った通りにすぐに尻尾を落としてから、鱗を取る。
 その様子をカメラマンのお兄さんもブラック達も興味深げに眺めていたが、気にしてても何も進まないので無視して準備を進める。

 魚の内臓を取ってさばき、骨を丁寧に取ってから、身を一口大の大きさに切る。
 この世界の川魚はどういう事か肉厚で綺麗な白身魚なので、そこまで行くと他の人達も魚の臭みなど気にせずに透き通るような白の食材を珍しげに眺めていた。

「ツカサ君、準備出来たアル」
「おっ、ありがとうございます師匠!」

 俺が魚をさばいている間に、イモの下拵えと仕上げの準備を師匠がやってくれていた。いつも一人で料理するけど、こうやって手伝ってくれるのはすげー楽だわ。
 母さんが何かと手伝えって言ってた気持ちが今はちょっと解る。
 やる事が多いと、それこそ「猫の手も借りたい!」ってなるんだよな。

「粉は小麦粉と……えっと、膨らし粉? で良かったアル? 芋は皮つきで適当に切って置いたアルけど……」
「完璧っす、さっすが師匠!」

 粉は丁寧に別々の器に分けられていて、イモも俺の想像通りのオールドタイプのポテトフライの形になっている。これこれ、これですよ。
 俺は早速白身魚に塩胡椒をし、深めのフライパン(っぽい調理器具)にカンラン油を大目にひいて火にかけた。
 それから粉と少々の塩を混ぜ合わせ、油の温度が上昇するのを待つ。

 火力が弱いかな……と思っていると、ブラックが横から俺を覗き込んできた。

「どう? 火の加減は丁度いい?」
「うーん……強火……えと、炎の音が少し強くなるぐらいにしてくれるか?」
「分かった。徐々に火力を上げて行くから、いい感じだと思ったら止めてね」

 そう言いながら、フレイムで火を強めて行くブラック。
 いや本当に助かるなこれ。
 ちょっと待って、油が適温になったかを衣を落として確かめると、俺はブラックに礼を言って火力をそのまま保って貰った。

「よし、ここで真打ちの登場だ」

 下味をつけた魚に混ぜ合わせた粉をつけ、俺はその魚達を油の中へ放りこんだ。焼けた地面に水が落ちたような少し驚く音がして、すぐにパチパチと弾けるような音に変わる。

『おおっと!? 熊さんチームが粉をまぶした魚を油の中へ……これは……』
『シンロンとヒノワ独特の調理法ですかね。なにやら、揚げるというものらしいですが、これで魚が美味しくなるんでしょうか?』
『観客も固唾を飲んで見守っております! 最初に審査員達の口に入るのは堅実なファスタインの定番料理か、それとも熊さんチームの想像を絶する謎料理なのか、はたまたガーランドの豪快な料理なのか~!』

 えっ、あいつらも料理作ってんの。
 何を作ってるのかちょっと見たいけど、でも、揚げ物からは目を放せない。
 俺は菜箸さいばし代わりの細長い二本の棒で揚げ物の色を見つつひっくりかえす。

「きつね色までもうちょっとだな。……しかし、腹減って来たなあ……」

 カラカラという喉を直接刺激するような音が、自然と食欲をそそる。師匠もそうであるようで、俺の揚げる魚をじっと見つめていた。

 恐らく、この感覚は「揚げ物」を知っている人間でないと解らないだろう。
 さっきの実況によれば、ブラック達大陸の人間には、揚げる文化がないらしい。
 俺の作っている料理はまさに西洋生まれの料理なのだが、この世界では揚げると言う調理法が一般的でないのなら、この音だって「なにこれ大丈夫な料理なの」としか思えないだろう。

 未知の料理ってのはいつだって口に入れるのに不安を覚えるけど、きつね色になった料理の素晴らしさは万国共通だと信じたい。
 焼きたてのパンにもスープにも、はあるはずだ。

 願わくばこの匂いでその事を思い出して、不安がらずに食べて欲しい物だが。

「不思議な料理だな……煮えたぎった油で肉を熱する調理法はベーマスにも有るが、粉を付けて煮る調理法は知らなかった」

 クロウは俺達よりも鼻が良いせいか、さして警戒もせずにふんふんと鼻先を動かして油の中で踊る魚を見ている。
 “おいしいもの”だと解ってくれているようで、ちょっと嬉しくて俺は笑った。

「国ごとに料理は違うしな。俺だって、そういう料理が在るって知らなけりゃ『肉を油で煮るの!?』って驚いてたと思うぜ」
「ツカサの国ではそういう調理法が在るのか?」
「ううん。別の国にあるんだ。俺はたまたま知ってただけ」
「そうか……博識なんだな」

 よ、よせやい。照れるじゃないか。
 そういう情報だってマジでネットで知っただけだし、にわか仕込みなんだよう。
 知識なんてブラックや師匠には遠くおよば……って怖い顔すんなそこの中年。

「ブラック、その顔やめい」
「だって駄熊がツカサ君に至近距離で」
「おバカ! 本当余裕ないなアンタは! ……ほらもう揚がったから試食せい!」

 こんがりきつね色の完璧な出来上がりになった魚のフライを、引き揚げて油を切ってからブラックの口に放り込む。
 相手はいきなりの事に慌てて口を動かしていたが、やがて咀嚼して、幸せそうな顔で口を緩めた。この反応は……上出来って事かな?

「ツカサ、オレも食べたい」
「後で作ってやるから、今は我慢してくれ」

 そう言うと、クロウは分かりやすく耳をしょぼーんと垂らして肩を落とす。
 う、うう。駄目だってそう言うの。俺そう言うの弱いんだって。
 でもこれ以上食べさせたら審査員に持って行く量が減るし……。

「ツカサ……」
「うー……あ、後で。後でな?」

 困ってしまって、俺は子供に言い聞かせるように優しく言うと、ロクにしてやるように思わずクロウの頭を撫でてしまった。
 すると、相手はすぐに機嫌が直ったのか、熊耳がぴょんと立ち上がる。

「たくさん食べられるか?」
「うん、食べられる食べられる。だから、まだ我慢しててな?」
「分かった。ツカサの言う事は俺は絶対に聞く」

 だぁーもー、こういう所すっごくロクに似てて困るうぅ。
 モンスターって、仲良くなって懐いたらみんなすぐこんな可愛い感じになるの? そういやパルティア島の保護施設に居たモンスター達も凶暴っぽいのにかなり人懐ひとなつっこくて可愛かったよなあ。

 っていうか、オッサンでも美形なら可愛く見えるからずるいよなあ……。

「ツカサ君! 魚! 冷めちゃうよ!!」

 物思いにふけっていた俺をいさめるためかそれともクロウの頭を撫でているのが気に入らなかったのか、ブラックが俺に抱き着いて来てクロウから引き剥がす。
 まったく嫉妬深い奴だなあもう。でも魚が冷めるのは困る。
 イモは師匠が別の鍋で揚げてくれてるから良いが、アツアツにしないとどっちも美味しいピークが過ぎちゃうしな。

「師匠、イモの方はどうです?」
「抜群にうまくできたアル! これで……あ、そうだツカサ君、付け合せにリモナの実を乗せたらどうアル? ソースがないのは寂しいし……」
「そういや付け合せの事すっかり忘れてた……師匠、アドバイスありがとうございます。それやりましょう!」

 俺はマヨネーズが作れるから良いけど、この美食競争はそもそもが「海上で栄養失調にならないようにする為の美味しい料理」を作るための競技だもんな。
 この世界のご家庭にマヨネーズはない。っていうか船の上じゃ作れない。冷蔵庫なんてないし、卵も長期間は保存できないもんな。

 なので、栄養と保存と言う事を考えれば、レモンのようなものを添えるのが正解で、それにより味もいっそう完璧になるだろう。
 リモナの実なら採取も簡単だし、店でもたくさん売ってるからな。
 冒険者が気付け薬として持ってく位だから、保存も効くだろう。

 とりあえず不機嫌なブラックから離れて、俺は分担して作っていたモノを一皿に集めて美味しそうに盛り付けた。
 これで、俺の料理は完成だ。

「ふっふっふ……西洋と言えばイギリス、イギリスの代表的料理と言えばこれ、フィッシュアンドチップス……!!」

 そう。俺が今まで作っていたのは、簡単で尚且つ美味しく、誰でも及第点くらいには作れてしまうありがたい料理……フィッシュアンドチップスだったのだ!
 まあ話してしまえばバレバレだったような気もするけど、いいのだ。この世界にはこの料理を知ってる奴はいないんだし!
 いやーそれにしても気分がいい。なんせ俺ってばついに人前でネット小説みたいな事をやってしまったんだからなあ!

 ふふふ、これがネット小説で主人公が感じる優越感と言うものか。
 ゲスい話だけど、やっぱ美味しい物や凄い物を自分だけが知ってるって感覚はかなりの快楽だよな。それを人に教えてやるとなれば、何だかよく言い表せないが、自分が偉くなったように感じるのだ。

 コレがやめられないのは本当解る。だって気持ちいいんだもん。
 でも、俺自身のスペックがそれで上がってる訳でもないし、結局は先人達の知恵を拝借してるだけだから、後で申し訳なくなるんだけどな……。

 はあ、このネガティブ感があるせいでチート主人公になれないのかなあ俺。
 異世界で料理作ってお姫様扱いなんて男のやるこっちゃじゃねーぞ本当。
 ハーレムだ。俺はハーレムが作りたいんだ。ケモミミとかの。

「ツカサ君、何考えてるのツカサ君」
「ハッ! い、いま俺の別の未来が見えた……じゃなくて、なんだっけ」
「料理だよ! 早く持って行って点数つけて貰おうよ。もうファスタインが料理を持って行っちゃってるよ」
「マジか! い、急ごう!」

 幸い俺達の他にはまだ料理が完成した奴はいないようだ。
 審査員たちの舌が疲れてない内に、早く持って行かなきゃな!









 
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