異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

17.バカとハサミは使いよう1

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「……ガー……ランド……」
「あの縄をどうやって抜けたんだ? 本当に油断ならねぇ子猫ちゃんだ」

 肩を掴まれて、無理矢理ガーランドの方に向き直らせられる。
 美形と言えども下卑た表情ではやはり嫌悪感しか湧かなくて、俺は思いっきり顔を顰めて相手を睨みあげた。
 ここでビビッて舐められたらしまいだ。負けてたまるかってんだよ。

「変な名前で呼ぶな。あと触んな。っつーかここどこだよ!」
「どこだっていいだろぉ? そうさな……ここは霧の海ってところだ。お前は海に飛び込んで逃げようと思ってたようだが、そんな事をしたらこわーい怪物に食われちまうからやめた方が良いぜ? クックック」

 かーっ、この悪役っぽい笑い方。
 わざとやってんのかと思ってイラッとしたが、まあ世の中には変な笑い方の奴もいるんだ、こんな事で感情を高ぶらせてポカをやらかすわけには行かない。
 俺は改めて気合を入れながら、未だに警戒しているという風を装って、ガーランドから体を離そうと船の縁に体をつけた。

 とにかく今はこいつから上手く情報を引き出さなきゃ。
 捕まってしまったなら捕まってしまったで、色々とやる事はある。

 怪物がクラーケンの事だとするなら、この船はまだクジラ島の近くにいるって事になるし、だとしたら逃げきる事も可能だ。
 白煙壁はくえんへきかこう範囲の広さに比べると霧の厚みはそうでもない。
 方向さえ分かれば、なんとかして逃げられるんだが……。
 いや、それを考えるのは後だ。とにかく、今は情報だな。

 睨み付けたガーランドは、俺が何と返事をするのかを待っている。
 その返事にどう答えるかと少し考えて、俺は眉間に皺を寄せて鼻を鳴らした。

「怪物? そんな脅しに乗るかよ。どうせここはまだクジラ島の近くなんだろ? なら、怪物はクラーケンだ。あいつは近付かない限り攻撃してこないじゃないか。海に飛び込んでも魚につつかれるだけで死にはしないよ」

 そう言うと、ガーランドは実に嬉しそうに顔を歪めた。

「フフ……流石だな。そう、ここは霧の壁の中……間違いなくクジラ島近海だ」

 おや、随分と素直に話してくれるじゃないか。
 バカなのかどうかは知らんが、話が進みやすくて助かる。

 内心ほくそ笑みながらも、俺は相変わらずの顔でガーランドに言葉を返した。

「つーか、正々堂々の勝負で俺を奪うんじゃなかったのか?」
「ハハハ、海賊が口約束なんて守るかよ! 血判状もえんだ、笑って諦めるのが普通だぜ? まあ、おかの連中は知らなかったようだから仕方ねえけどな!」
「ぐぬぬ……」

 確かに口約束なんて信用するもんじゃないが、こうも「破って当たり前」なんて言われるとムカムカするぞ。約束ってのは守られるって前提があるから約束として成り立つんだろーが! 全員が約束破ってりゃその言葉の意味自体が失われるっつーの! アウトロー言語使いは自重しろ!!

 いや「しろ」っつっても無駄だけど、でも一応ね、怒っとかないとね。

「ま、何にせよお前はもう俺のモンだ」
「は?」
「後はあね……いや、用事が済んだら出航だからな。その間に俺がみっちりとお前に海賊の妻の仕事ってのを教えてやるぜ」
「…………」

 この世界では、性別が男であってもめとられた方が「妻」になる。解ってる。それは解ってるんだが、普通鳥肌立つよね? どんなに好きな人であっても、相手が女じゃなけりゃ「妻にする」とか言われたらサブイボたつよね?
 俺男だよ、どっからどう見ても男だよ。おっぱいないですよ。
 妻って。妻ってなんだよ。そこらへん異世界なんだからもうちょっとマシな翻訳とかしてくれてもいいでしょぉおおおお。
 なんでやねん! なんで俺が妻やねん!!

 姉御の用事ってなんじゃいとか、何教える気だとか、色々思う所はあった。
 もっと突っ込んで聞けばポロっと何か喋るんじゃないかとも思ったけど。
 しかし、俺的にはもう、妻って言われたので限界だった。

「だ……」
「だ?」
「誰が妻じゃ――――――ッ!!」

 叫んで、俺は思いっきりガーランドの鳩尾に拳を突き立てた。

「げふぅっ!!」
「こ、この下衆男め……」

 人間、言っていい事と悪い事が有るぞ。
 お前は俺の逆鱗に触れた!

 ってそんな場合じゃない。こうなってしまっては逃げるしかないぞコレ。
 その場に崩れ落ちるガーランドから咄嗟に離れると、俺はどこかに落水しやすい場所がないかと探した。や、やっぱ落ちるの怖いじゃん、出来れば海に落ちやすい所があればいいんだが……船首は絶対ダメだよな。

 そうなると、やはり船の中央部か。
 顔を上げて甲板をみやると、帆を上げる柱の近くに縄が積まれているのが見えた。しめたぞ、アレを使えば楽に逃げられるかもしれない。
 慌てて駆け寄り、早く縄をどこかに掛けようと腰を屈めたが。

「うわっ!?」

 急に襟首が引っ張られて、そのまま甲板へと思いっきり叩きつけられる。
 何が起こったのか解らず目を回す俺の視界に、ゆっくりと大きな影がかかった。

「ククク……本当に体力はからっきしなんだな? せっかくの急所だったってのに、こんなよわっちい拳じゃ襲われたって相手を倒せないぜ」
「っ……ぅ……」

 受身すら取れなくて、痛みが引かない。
 ただ床に転がる俺に、ガーランドはニヤニヤと笑いながら圧し掛かって来た。

「それにしても、猫って言うよりじゃじゃ馬だな……。これはちーっと教育してやった方がいいかな……?」
「離せっ……」

 クロウに襲われたばっかりだってのに、また襲われてたまるかこんちくしょう。
 しかし、気合だけあってもどうにもならない事はある訳で……。
 体力のない俺には、やっぱりガーランドを突き放す事は出来なかった。

「さて、どうしたら大人しくなってくれるのかな~っと」

 今度は不意打ちも駄目だろうし、どうしたら良いんだろう……。
 とにかく、変な事される前に逃げなきゃいかん。このままだと間違いなく性欲処理イベントだろうし、なにか、何かもうちょっと……。

「とりあえず……服を脱がしてつるすか」
「…………は?」

 え? ちょっとまって、予想外なんですけど。
 服を脱がすのは解るよ、解るけどつるすって何。拷問? 拷問なの?
 そう言えば、海賊ってよく罪を犯した者を叩きまくって縛り付けるよな……潮風の中で、ボコった傷に海水を当てて痛がらせ反省させるって……。

 え、アレ? アレを俺にやらせるの?

「いやいやいやちょ、ちょっと待って、待ってって! 素っ裸って!」
「そのくらいすりゃ子猫ちゃんも反省するだろ?」
「いやしたしたスゲーした今した物凄くしたから反省!! ごめんね鳩尾みぞおち!!」

 流石に素っ裸を晒しものは嫌ですぅ!
 どう考えてもいじめじゃん、俺何も悪い事してないのにいじめじゃんこれ!!

 冗談じゃないよとばかりに反省しましたと言いまくると。

「お? 反省したならまあいいや」

 軽くそう言いながら、ガーランドはあっけなく俺から離れた。
 ……よ、良かったぁ~。ガーランドがわりとおバカで……!

「じゃあ俺の妻って事でかまわんな?」
「は、はい……」

 ううう……男なのに妻ってなんなんだよもうぅ……。
 でも仕方ない、ここは変な事をされて心が折れる前に自分の身を守らねば。
 俺は気を取り直してガーランドのご機嫌取りに注力する事にして、とりあえず身を守る作戦に移る事にした。こ、こうなったら夜更けにこっそり脱出してやる。
 とにかく今は身の安全が第一だ……。

 そんな俺の思惑を知らないガーランドは、俺が素直になったことに満足して頷きつつ、改めて俺を舐めまわすような視線で爪先から頭の先までを観察した。

「よしよし、じゃあまずは俺のベッ……」
「あーっと! 俺、腹減っちゃったなー! ご飯とか食べさせて貰えますか、体力ないんでご飯食べないと何もできなくって俺ー!!」

 言わせねぇ、言わせねえぞ!
 必死の思いで腹が減った事をアピールしつつガーランドに詰め寄ると、相手は俺の勢いに気圧されたのか、少し後退りながらも片眉を上げた。

「は、ハラ? まあそうだな……俺も呼び出しのせいで朝飯がまだだったしな……よし、一緒に食堂に行くぞ。丁度いいからそこでお前の事も部下に説明しよう」

 そう言いながら俺の肩を抱くガーランドに、俺はぎこちない笑みを浮かべた。

「あ、アハハ……ど、どんな説明されるのか楽しみですねー……」
「そりゃお前決まってんだろ、俺のモンって報告だよ、アッハッハッハ!」

 報告だよ、じゃねぇえええよ!
 ちくしょう、絶対隙を見て逃げてやるんだからな……!!









 
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