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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
26.どこまですれば許してくれますか
しおりを挟むその後、俺達はリリーネさんの船に乗り、港へ帰ると現状を報告して参加者達の救出に励んだ。とは言っても、港の船の一斉にだしたら二度の往復程度で参加者を拾う事が出来たので、そこまで苦では無かったが。
もちろん、ファスタインことタイネの警備隊への引き渡しとガーランドの処罰については、同時進行でリリーネさんがテキパキとやってくれた。
タイネは騒擾罪という罪で裁かれる事になり、一方のガーランドはタイネに加担したとはいえ、人質に捕られた俺を救おうとしたと言う事で、リリーネさんの計らいで特別にギルド内での贖罪行為によって監獄行きを免除になった。
……まあ、俺が提案したんだけどな。
ガーランドは小悪党だけど、人を助けようと思う程度の良心は残っている。
それに、あんだけ部下に慕われてるんだし、それなら更生できると思ったのだ。
でもまあ小悪党である事は確かなので、街の人達へやってきた悪い事をちゃんと清算して、真っ当な海賊になって貰わなきゃですけどね!
祭りが中止になってしまったのは残念だけど、参加者達が憔悴してる今の状況じゃ街の人達だって楽しめないからな。
今はみんなには休息が必要だ。リリーネさん達も、参加者も、そして勿論……俺と、ブラックとクロウも。
「…………しっかし、いつ起きるのかねー……この熊さんは」
そんな感じで今までの事を回想しつつ、俺は目の前のベッドで昏々と眠る大きな熊を見やった。……ああ、比喩ではない。マジで熊。
あの後、クロウは傷による体力の消耗と謎の能力の使い過ぎか何かで、後は頼むと言い残してその場に倒れて寝てしまったのだ。
そうして、ベッドに寝かせたらこんな風に急に獣の姿に戻ってしまった。
どうやら、クロウは体力を著しく消耗すると、本来の姿に戻ってしまうらしい。
そうしてある程度体力が戻るまで、このように眠ってしまうようだ。
……らしいようだってまるで的を得てない発言だけど、俺達にも良く解らないんだから仕方がない。クロウが丸二日眠ってるのだって、予想できなかったんだし。
そう。クロウはもう、二日ほどぐっすり眠っているのだ。
最初は冬眠でもしたのかと焦ったが、師匠が「獣人は酷い怪我を追ったりすると、体力を回復させるために獣の姿に戻って眠るらしいアル」と言っていたから、恐らくそうなのだろう。今は師匠のうろ覚えの言葉を信じるしかない。
何せ、この人族の国には獣人族の情報なんてないんだ。
多くの種族が暮らしているハーモニック連合国の図書館になら資料が在ったかもしれないが、獣人族とあまり交流が無いこの国ではそんな資料などゼロだ。
祭りの後に連絡が取れたシアンさんにも聞いてみたけど、寝せておきなさいってアドバイスしか貰えなかったし……はあ、相手のステータスが判らないってほんと辛いなあ……。
今回は黒曜の使者の力で助かったけど、だからってこのチート能力も万能じゃあないんだよな。今回の事ではっきりわかったけど、俺の無制限の能力は“俺だけ”じゃなく“相手”も望まないと、その能力が使えないんだ。
だから、クロウも途中までは死にかけて大変な事になっていた。
これがマジだとすれば、俺の能力は己の意思のみで使える曜術にある程度の限度があって、無制限に開放するには必ず他人が必要になるという事になる。
つまり、神の力が使えたとしても、俺一人で好き勝手には使えないのだ。
…………本当に現実ってままならないな。
「相手のステータスも見れない、自分の願いだけじゃ他人を絶対に救えるって保証もない、オマケに私利私欲に使い過ぎたら危ないカモって……チートにあるまじき制約すぎる……」
そもそもチートって、ゲーム中にある制約を飛び越えて好き勝手出来るツールを使うって事なのに、どういう事なの。
いやでも、チートもやり過ぎるとエフェクトが壊れたりゲームバランスおかしくなってつまらなくなったりするし、現実的に考えるとこっちが正しいのか……?
でもなー、ネット小説じゃチート能力って万能スキル扱いなんだけどなぁー……。
「むー……せめてこう、俺の傍に超可愛い治癒術専門の美少女とかが居たら」
「ツカサ君なに言ってるの」
「にゃ、にゃんでもないです」
び、びっくりした。まさかいつの間にか部屋にブラックが入って来てるなんて。
こいつ本当は魔法剣士タイプじゃなくてアサシンなんじゃねーのかもう。
無駄にドキドキしながらクロウの寝てるベッドから離れる。何で離れるかって、いつもならブラックはそのまま俺に近付いて来るからだ。そんで、抱き着いて来てまた面倒臭い事を言う。それがいつもの事だった。
だけど、何故か今日は違っていて。
「…………」
ブラックはどこか冷めたような顔で立ち止まると、俺に近付くことも無く傍らにあるテーブルに就いた。そうして、俺の事を少し離れた所からじっと見つめる。
……これ、もしかして……怒ってるのか……?
いや、もしかしなくても怒ってんだよな……だってクジラ島の事も有るし、それに昨日ブラックにクロウの事も含めて色々話したら、怒りはしなかったけど凄い顔で眠ってるクロウの事を睨んでたしな……。
それからはずっと朝からどっかに行っちゃってて、話も出来なかったし……。
だから俺は今日はずっとクロウの傍にいたんだけど、それがブラックには余計に気に入らなかったんだろう。
理解は出来るけど、でもだからといって平然とは受け入れられなかった。
いや、勿論クロウに襲われた事は話してないよ?
でも「船上で俺が何故クロウの口にキスをして力を与えたか」って事の経緯は、どの道話さなきゃいけないだろ? ブラック自身がそれを聞きたがってたんだし。
だけどそれを話すには、クロウの苦悩とか、俺に何をしてほしかったのかとかを話して説明しなきゃ行けない訳で……でも良く考えたら、そんな言い訳みたいな話、聞きたくないよな。
俺にとってはそうじゃないけど、ブラックにとってはクロウの気持ちの話なんて、彼女に横恋慕してる奴の擁護と似たようなもんだ。
だからこそ、俺は浮気をしたと思われても仕方がない訳で……。
もし俺が普通に彼女を持ってて、その彼女が相手を救う為とはいえ、自分以外の奴とキスをしたって言われたら、やっぱいい気はしないもんな。
今の俺の場合、相手は大人だし色々ある奴だから、他人とキスしたって言われても我慢出来てしまうけど……ブラックはそうじゃないし。
でも、責められたって文句は言えない。
俺にとっては大事な奴を助けるための行為に過ぎない事でも、ブラックにとっては自分を傷つける行為だったんだから。
「…………ツカサ君」
何も言えずにただ黙っていると、ブラックが冷えた声で俺の名を呼ぶ。
いつも俺に向けられているはしゃいだ声じゃない、興味のない人間に向けるかのような声。それが怖くて、なんだか目の奥が熱くなってきて、俺は息を吸った。
「……なに?」
震えそうになる声を堪えながら、ブラックを見る。
すると相手は、不機嫌そうに目を細めた。
「恋人の僕より、その熊の方が大事なの」
「はっ……?」
「その熊の為なら、人前でキスしたって何されたってかまわないの?」
「だっ……だって、そりゃ、それで仲間が救われるなら……」
「じゃあ僕の事も救ってよ。なんで? なんで僕が『して』って言った時はしてくれないの? 僕だって君が欲しいんだ、救われたいんだよ、だったらしてくれても良いじゃないか!!」
「ッ!!」
拳が、勢いよくテーブルに叩きつけられる。
その凄まじい音に思わず身を竦めた俺に向けて、ブラックは怒気を増した声音でまくしたてる。
「どうして僕と手を繋いだりキスするのは、他人に見られると恥ずかしいんだよ、なあ、どうしてその熊のために命を賭けたりするんだ!! 君は僕の恋人じゃないのか!? なのになんであの熊にはそんなに優しくするんだよ!!」
「だっ……だって、それは、あの時はクロウが死ぬかも知れないって思って必死だったし、それに……」
「それに、なんだっていうんだ?」
いつもとは違って荒い口調になっている相手に、その怒りが本気である事を思い知る。それだけで何故か涙が出そうだったが、泣いてるだけじゃ相手に伝わらないと思って、俺は歯を食いしばった。
泣きたくなるのは、きっと、怖いからなんだろう。
だけどそれは、ブラックが“怒る事”が、じゃない。
俺は多分……ブラックに“嫌われる事”が、怖いんだ。
自分でも驚くが、俺はどうやらそこまでこの面倒な奴に取り込まれていたらしい。だから、こんなに信頼して、頼って、寄りかかってしまっていたんだろう。
……今更気付くなんて、本当情けない事だけど。
「ツカサ君」
苛立ったように俺の名を呼ぶ相手に、体が震える。
もしかしたら……こうやって真正面から咎められるのは、初めてかもしれない。
だけどそれを感情のままに撥ね付けてしまえば、本当に……ブラックに、愛想を尽かされてしまうかもしれない。それを考えると胸の辺りが冷たくなったが、そうならない為にも正直に気持ちを伝えるべきだと考えて、俺は拳を握った。
自分の気持ちを正直に言うのは、辛い。とても、恥ずかしい。
だけど恥ずかしさを覚えても、言わなくちゃいけないんだ。
覚悟を決めて、俺は歪みそうになる顔をこらえながら震える口を開いた。
「っ……ぶ……ブラックと、そう言うこと、すると……ドキドキして、俺が俺じゃなくなって、な、なんか……いつもの俺じゃ、なくて……!」
「…………」
「そんなの、なるの……アンタ、だけで……だから……人に見られるのが、は……恥ずかしくて、なんか……だから……っ」
冷たい目で見られてるのに、ブラックと人前で恋人らしい事をした時の事が脳裏に蘇って来て、顔が勝手に赤くなっていく。
そんな俺に、ブラックは溜息を吐いた。
「……だから、その熊への施しと、恋人の僕への行為は違うって? ……信用出来ないなあ。ツカサ君って誰にでも優しいから」
「そんな……っ」
「……信じてほしい?」
その言葉に必死で頷く。ここまで情けなくなれるなんて自分でも驚きだが、でも今はどうしてかブラックに嫌われたくないという気持ちが急いて、普段なら意地を張って言えない事も、最早口を突いて出るようになってしまっていた。
そんな俺の事を見て、ブラックはようやく目を弧に歪める。
だけどそれはいつものだらけた笑みじゃなく……どこか獲物をいたぶる獣のような酷薄さを滲ませた笑顔だった。
「じゃあ、今ここで服を脱いで見せてよ」
「え…………」
思っても見ない言葉に、思わず思考が停止する。
そんな俺を見つめながら、ブラックは笑みを深めて続けた。
「ツカサ君、そういうの嫌がるよね。嫌いだよね? だったら、大好きな僕のために、その嫌いな事してみせてよ。僕の事を好きなら……出来るよね?」
「ぅ…………」
クロウが寝てる傍で、全裸になって突っ立ってろって言うのか。
それを、アンタに見せろっていうのかよ。
そんなの、耐えられない。
裸になった時にクロウが起きてしまったらと思うと、どうしても怖くなって膝が震えてしまう。だけど、俺が絶対にやりたくない事をしなければ、ブラックは納得してくれない。
俺が普段からブラックにそう言う事を言えてないせいで、こんな押し付けるような真似をしなければ、ブラックは信じられなくなってしまったんだ。
ちゃんと望んで恋人になった事も、好きだって気持ちも、うまく言葉に出来ない俺自身がこんな事態を引き起こしてしまった。
それを思うと、何も言えなくて。
「…………ぬ、げば……信じて、くれる……?」
声が、泣きそうになってる。こらえろよ、俺。
情けない、格好悪い。
こんなことくらいで、すぐに恥ずかしくなって泣きそうになるなんて。
本当にどうしようもないくらい、俺は子供だ。涙が出て来る。
どうしたって変えられない性格が、憎くてたまらない。
そんな性格のせいで、ブラックにちゃんと「お前は特別だ」って言えないのに。
アンタしか頼れないって事も……伝えられないのに。
「……脱いでくれれば、信じるよ」
その静かな言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
「…………」
上着を脱ぐ。
汗を吸う為のシャツすら着ていない簡素な服装は、焦らせるほどの枚数は無い。
上半身はすぐに裸になり、俺の体を守るものはズボンだけになった。
「脱げないの?」
止まっていた手に、ブラックが容赦なく言う。
背後にクロウの呼吸の気配を感じて背筋が粟立つ。だけど、それ以上に心の中の淀んだ澱のような思いが苦しくて、俺はぎゅっと目を瞑ってズボンを掴んだ。
そうして、下着ごと勢いよく全てをはぎ取る。
「…………これで……いい……?」
声がか細くなる。自分の声じゃないみたいだ。
手で股間を隠したくなるが、ブラックの目が「やめろ」と言っている。
だから、顔が痛いくらいに赤くなっても、俺は手を足にくっつけ全てを曝した。
これでブラックが認めてくれるのなら、許してくれるのなら。そう、思って。
「……後ろでクマが寝てるけど……ツカサ君を犯しながら起きるのを待ってたら、こいつどんな顔をするかな。やっぱり、絶望するのかな」
「ぶ、ブラック……」
「あはは、しないよ。だってツカサ君、ここで脱いだだけで泣きそうだもんね。……顔を真っ赤にして、肌の薄いとこ全部染めて、それでも僕に全部をみせてくれてるんだもんね……」
少しだけ交じった嬉しそうな声音に、許してくれたのかと無意識に顔が歪む。
だが、そんな俺を見て、ブラックはさらに畳み掛けた。
「ねえ、ツカサ君。コレ飲んでよ」
懐を探った相手が取り出したのは、透明な色の小瓶。
見覚えのない色に眉を顰めて、俺はわずかに首を傾げた。
「これ……なに?」
「睡眠薬」
「え……」
「今の姿のままで、これを飲んでくれるかな」
どういう事だと今度こそ困惑に表情を崩した俺に、ブラックは薄らと気味の悪い笑みを浮かべながら捲し立てた。
「これを飲んで、眠って欲しいんだ。……でも、次に目覚めた時にどうなってるのかは保証しないけどね。今の状態のまま眠って、僕に何をされても良いと思えるのなら……この睡眠薬を飲んでよ」
「保証しないって……外に、放り出すとか……?」
殺す、という選択肢は不思議な事に俺の心の中には無かった。
そんな俺に、ブラックはにっこりと笑うと肩を揺らす。
「あはは、僕がそんな事するわけないじゃないか。……そうだなあ……例えばね、ツカサ君の四肢が失われて、どこかの部屋に鎖で縛られて監禁されて、しかもその体がぐちゃぐちゃに犯されてたり……もう二度と、外に出られないような姿にされてたりとか……そうなるかもしれないってこと」
「…………」
「それを僕にされて、大丈夫だと思うなら……飲んで」
とんでもない事を言われて、薬を手渡される。
普通ならここで怯えるのだろうが、しかし、何故か俺はそれが許されるための鍵のように思えて、気付けば素直に薬を飲んでしまっていた。
苦くとろりとした薬が喉を滑り落ちる度に、頭が冷静になっていく。
それが俺の罪を浄化してくれるものにすら思えて、俺は瓶をブラックが肘をついているテーブルに置くと、俺を凝視している相手に少しだけ微笑んだ。
「アンタは、そんな奴じゃないよ」
「…………ホントに、そう思って薬を飲んだの?」
訝しげに俺を見るブラックに、ちょっと言葉に詰まる。
う、うーん……勢いで飲んじゃったけど、まあ正直そう言われると……。
ここは素直に訂正しておいた方が良いかと思い、俺は首を振った。
「……いや、今のはちょっと格好つけすぎた」
「えぇ……」
「ゴホン、えっとまあ、とにかくだな…………もし、俺が寝てる間にアンタが俺を監禁してぐっちゃぐちゃにしたとしても……別に、怒りゃしねーよ。目が覚めたら、殴って説教して外に出して貰う。それだけだ」
「それ、だけ……? ツカサ君をめちゃくちゃにしちゃうかも知れないのに……それだけで、良いの……?」
目を見開いて子供のようにぽかんと驚くブラックに、俺は苦笑した。
段々と視界がおぼろげになり、目の前の相手ですら色でしか捉えられなくなる。
だけどこれだけは言ってやりたくて、俺は揺れる意識の中最後の力を振り絞ってブラックにその想いを伝えた。
「…………それ、くらいで……嫌いになれたら……俺だって、苦労しねーよ……」
ああ、駄目だ。目蓋が重い。
もう何も見ていられない。 膝から力が抜けて地面に激突してしまう。
だけどそれを防ぐ力は俺にはもう無くて、崩れ落ちようとした……のだが、俺の体は何かに受け止められて、ふわりと引き上げられた。
これってもしかして……ブラックの……。
そこまで考えて、俺は猛烈な眠気に耐え切れず頭を支える力を失った。
瞼が閉じ、もう何も判らなくなる。そんな俺の体が浮き上がって、何かに押し付けられたような感覚がした。そして。
――――本当に、敵わないなぁ。
薄れゆく意識の中でそんな声が聞こえた気がしたが、それもまた不快な物ではなく、俺にとっては優しい言葉に聞こえていた。
→
※次はブラック視点、クロウとの話し合い
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