異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編

14.練習試合だと言っているのにこの中年は

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「それじゃあ……まずは、今使える最小限の威力でやってみようか。僕は逃げ回るから、頭か胸……足でも良いね、とにかく体に向けて撃ってみて」

 四方を高い壁に囲まれたコロッセオで、観客はクロウ一人だけ。審判は、先ほど俺達に優しくしてくれた、受付のマッチョなお兄さんに変わっている。
 だから、なにも恥ずかしい事は無いのだが……そこまでハンデを付けられたらやっぱりいい気はしない。俺だってそこそこ戦闘経験積んでるってのに。
 そりゃあブラックからしてみれば、俺は弟子だし素人だろうけど、逃げ回るだけなんて舐めてるよな。くそう、こうなったら実力を見せてやる。

 俺だって、やるときゃやるんだからな!

 気合を入れるためにコートを脱ぎ、改めて術式機械弓アルカゲティスを腕にセットする。
 ガシャン、と音を立てて武器を本来のクロスボウの姿に戻した俺は、弾倉の板を引き出して手をやった。

「おっ、両者やる気だな。それじゃあ……試合始めっ!」

 マッチョなお兄さんが軽く笛を鳴らす。その笛の音を聞きながら、俺はやる気満々で真正面のブラックに構えた。
 しかし、相手はいつもと変わらない様子で気楽そうに頭を掻いている。
 この野郎、完全に俺を舐めきってやがるな。

「さて、どんな手で僕を攻撃する? 対人戦は初手が大事だよ。相手はモンスターと違って姑息こそく狡猾こうかつだ。一歩目を間違えたら命取りになる事だって有り得る」
「わ、解ってるよ」

 アドバイスをしてくるが、ブラックが何かを仕掛けてくる様子はない。
 俺がどう出るか待ってる訳か。むう、悪意がないだけに余計にムカッと来るな。

 普段は勝ち負けとかどうでも良いと思ってるけど、やっぱこういう時は俺だって見返してやりたいとは思うよ。だって、俺はブラックとクロウとパーティーを組んでるんだぜ? なのに、仲間にすら最弱だって思われてたらくやしいじゃん。
 そりゃ俺は頼りないけど、守られたい訳じゃない。
 俺が目指すのは、目の前の相手を守れるくらいの実力者って位置なんだ。

 まあ、その……最近黒曜こくようの使者の力に胡坐あぐらをかいてた感は否めないが……ええいとにかく一泡ひとあわ吹かせてやるんだからな!
 そのためにはまず考えなければ。
 初手が大事。と言う事は、初手で全力を出してはならないと言う事になる。
 確かにブラックみたいなからめ手も上手い相手に実力全部を見せ切ったら、すぐに対処されて倒されちゃうもんな……。

 俺の術式機械弓アルカゲティスは、弾を五発装填できる。と言うことは、初手を含めた五発分の予測が必要となる訳だが……そうか、そこまで予測しなきゃいけないのか。バトル漫画読んでた時はそんな事考えてなかったけど、えらく厄介だな。

 拳銃なら後は技量と駆け引きの差だけど、俺の武器は属性魔法をめられる魔弾のようなものだ。一発目で束縛系の木の曜術の弾を使って堅実に戦いたくなるが、その狙いが万が一外れてしまえば相手に警戒されるだろう。
 むう、なるほど……確かに初手と言うのは大事なようだ。

 今回は武器の性質が相手に知られているが、他の奴と戦う時には気を付けなきゃな。……なんかチュートリアルやってる気分になって来たが、まあいい。そう言う事なら、頭を使ってブラックの度肝を抜かせてやる。

「どうしたの? 早くやろうよツカサ君」
「ぐ……その余裕、絶対崩してやるんだからな……!」

 弾倉に一気に五発分の魔弾の矢をセットし、ブラックへと照準を合わせる。
 にこやかなブラックを睨み付けて、俺は構う事なく――一発目を放った!

「――っ!!」

 鋭い射出音が響いた瞬間、光の矢がブラックの腹部めがけて飛ぶ。
 しかしブラックはそれを予測していたらしく、軽く避けた。

 標的を失った矢は背後の壁に叩きつけられて、多量の水となってはじける。

「ははっ、ツカサ君はやっぱり優しいなあ。僕の体に負担が掛からないように水の術を使ってくれるなんて!」
「うっせえ!」

 避けて油断したブラックの横っ腹にもう一発射出する、が、それもまたかわされて背後の壁に水跡が広がった。
 この位置じゃ駄目だと思って横に移動しようと照準を合わせながら駆け出すと、ブラックは笑いながら両手を広げてさあ来いと言わんばかりに俺を挑発する。
 だああこいつ敵に回すと滅茶苦茶ムカつくなあもう!

 三発四発と連続して別の角度から打ち込んでみるが、ブラックはまるでダンスのステップを踏むかのように、最小限の動きだけで俺の弾を避けやがる。
 確かに逃げるだけだが、こんなの逃げるなんて言わない。それが悔しくて、俺は畳み掛けるようにブラックの動きを予測して、五発目を打ち込んだ。

「おおっ……!」

 戦場の端からクロウの声が聞こえる、多分クロウには何が放たれたのか見えているのだろう。ブラックは一瞬そのクロウの声に気を取られ、真正面から矢を受ける――……かと思われたが、すんでの所で身をひるがえして避けた。

「ああっ、ちくしょう!」

 叫ぶ俺の先で、矢が壁に突き刺さる。するとそこにはつたが発生し、幾重いくえにも伸びた蔦がぎっちりと壁の隙間に根付いてしまった。
 その光景を見て、ブラックは少し驚いたように口端を引くと、俺に振り返る。

「なるほど、今のは良かったよツカサ君! 僕が教えた事をちゃんと解ってくれたみたいだね。その場で相手を拘束する技は、相手がどう動くかを見極めてから放つ方が警戒され難いし命中率も上がる……でも外れて残念だったね」
「だああもう、うるさいうるさい!」

 自分の思惑をニヤニヤした顔で説明されると恥ずかしい。
 なんだか「それじゃ僕の領域にまで届いてないよ」と言われているようで、それが無性に腹立たしくて、俺は弾倉を再び引き出すと弾を込めた。
 くそう、このリロードの時間も惜しい。これももっと練習しなくちゃ。
 
 だけど、それだけちゃブラックには一泡吹かせられない。
 負けるのは解ってるけど、でもこのままだと俺だけ成長してないみたいで悔しいじゃないか。どうにかして、ブラックの裏をかかねば。
 あせってそう思い……俺は、有る事を思いだした。

 そうだ、俺は気の付加術の一つである、物体を浮遊させる【フロート】の強化版……浮遊させた物体を操る技術を身に着けている。
 このオーデル皇国には大地の気が存在しないから、本当なら気の付加術は使えないが、黒曜の使者である俺は別だ。だったら……。

「ほらほらツカサ君、早くしないと熊男の出番がなくなっちゃうよ」

 本人はあおっているつもりはないんだろうが、いつもの笑顔で息も乱さずに言われたら凄く傷つくんですけど!

「くっそぉおお……こうなったらイチバチかだ!」

 破れかぶれになって弾倉に曜気を込める。だがそれだけでなく、俺はフロートが矢を射出する先端に宿るようにイメージし、ブラックの鳩尾みぞおちを狙った。
 俺にだってプライドがある、もう何が何でも当ててやるからな!

「またお腹かい? まあ狙いやすい位置ではあるけど、動きを止めるなら……」
「うるせー! これでもくらえ!」

 そう言って再び射出した魔弾の矢は、一直線にブラックの腹へと向かう。だが、ブラックはまたもやそれをいとも容易くかわした。
 だが、今度はそれで終えるはずが無い。俺はブラックがよけきって完全に油断した所を見極めて……弓矢に添えていた指を、くいっと曲げた。
 瞬間、また壁にぶつかるかと思われた矢が急激に曲がり、背後がガラ空きだったブラックを強襲した!

「うわぁあッ!?」

 これには流石のブラックも驚いたのか、声を上げて慌てた様子で避ける。
 しかしこれで終わる俺ではない、何度も曜術を使って来た俺を舐めるなよ!

 ブラックが背後からの矢を避けると同時に俺は第二弾を放った。
 完全にこちらの事に失念していたブラックは、射出音に気付きその弾を避けようとしたが間に合わない。さあどうする、とほくそ笑んだ俺の目の前で……
 相手は一瞬真剣な表情になると、恐るべき速さで抜刀しその勢いで二発の魔弾を斬って捨てた。

「うっそ……!!」
「は、は、ははっ……つ、ツカサ君、今のはちょっとびっくりしたよ……」
「ぐぅううう! まだまだまだー!」

 まだ三発残っている。フロートが解除された今は再び次の玉にフロートを掛ける事が可能だ。弾が尽きるとしても、一種類の術を装填するだけなら精神にそう負担は掛からない。だとしたら、勝機はある!

 俺は弾倉の水晶玉を一気に水色に染め変えるとフロートを掛けた弾を打ち出した。そうして間髪入れずに、二弾三弾とブラックの意識が薄れる死角を狙って打ち込んでやる。

「おあぁあ! ちょっ、ちょっとツカサ君! ツカサ君やりすぎだって! 連射は精神に負担がっ」
「うるせーそう思うんだったら一発食らって倒れろー!!」

 今までお前があなどっていた我の力を見せてやろう、ぬはははは。
 何か悪役の気分になって来たが、ブラックが慌てて避けまわるのは実に面白い。最初はあんなに余裕だった癖に、こんなにコミカルな姿を見せてくれるとは。
 たぶん、俺の弾を装填する速度とフロートを掛け続ける精神力を甘く見ていたんだろうけど、俺だって精神力はそこそこスキルアップしてるんだ。
 いつまでも守られてる俺じゃないぜ!

「わはははは!! 逃げろ逃げろー!!」

 昔の漫画ばりに滑稽な姿で、乱射される弾を切ったり避けたりするブラックに、高らかに笑いながらドカドカ打ち続ける俺。
 そんな風景に、蚊帳の外だった二人の声が聞こえてくる。

「あの坊主、性格変わってるな」
「ツカサは調子に乗るとだいたいあんな感じだ」

 ええいうるさい外野のオッサン達。

「しかしつまらん。あんなに楽しそうなのに、オレだけ仲間外れとは……ツカサ、オレも参戦するぞ! 戦わせろ!」

 だから、次はクロウの番だからもうちょっと大人しく……って、え?

 外野に居たクロウの言葉に虚を突かれて思わず振り返ったが、そこには誰も居ない。しかし、頭上から自分を覆う影が現れた事で、俺はクロウの居場所に気付いてしまった。

 こ、こいつ……信じられんほど高く跳んでやがる……!

 っていうか戦わせろってあんた、もしかして……。

「おまっ……」
「っ……と。さあ、ツカサ的が二つに増えたぞ、戦いやすいだろう」
「こら! いきなり乱入して来るな熊公!」

 ひらりと影が着地したのは、もちろんブラックの側だ。
 ああ、やっぱり。クロウ、お前そんなに待てなかったのか。っていうかめっちゃ目ぇキラキラして熊耳もぴんと立ってるが、どんだけ戦いたかったんですかあなた。……いやでも、そこまで言うのなら答えてやるのが人情だろう。

 よかろう、二人まとめて俺の術式機械弓アルカゲティスの餌食になって貰おうではないか!

 俺は、やる気満々のクロウと若干疲れているブラックに照準を合わせる。
 そうして、ブラックにやったように、水の矢を一気に射出した。

「わはははは! 逃げろ逃げろー!!」

 ああもう俺ってば完全にハイになっている。自分でも判っちゃいるんだけど、高笑いがやめられない。ヤバイ、俺って実はこういう武器を持つと性格変わっちゃう奴だったのだろうか。いやしかし、この矢を打った時のわずかで確かな反動を感じれば、誰だってハイになっても仕方ないだろう。

 しかもブラックに一泡吹かせた事や、俺の攻撃に壁や地を飛んで逃げ回るクロウを見て、俺はかなり有頂天になっていた。
 連弾を徐々に避けられ、その矢の射出速度がだんだんと弱まっている事や、自分の意識がぼやけ始めて注意力が散漫になっている事に、俺は気付いていなかったのである。……だから。

「はははは! これは楽しい、楽しいぞツカサ!」
「お、おい熊!!」
「えっ?」

 何度目かの矢を射出した、瞬間。

 目の前にいきなり飛び込んできたクロウに驚いて、固まってしまった。

「――ッ!!」

 手が伸びて来る光景が、やけにはっきり、しかし静止画のように感じられる。

 獣のように伸びた爪は風圧で後ろへ傾いた俺の肩を掴み、そうしてもう一方の手で――――俺の服の胸部を、思いっきり引き裂いた。

 …………ひ、引き裂いた?

「は、ぇ……」
「ははははは! ツカサっ、ツカサ楽しいな! 負けだぞお前の負けだ、あそこで一発撃ってくれていればオレも倒れたのにお前はそれをしなかったっ、どうだ、参ったか、参ってないだろうまだやるぞ、ツカサ、さあ立て今度は服が無くなるまで引き裂いてっ」
「だー!! このクソバカ駄熊――――!! 練習なのに何ツカサ君傷つけて押し倒してるんだゴルァアア!!」

 え、押し倒されてる?
 ブラックの怒り狂った叫び声にようやく何が起こっているのかを理解して、俺は目を見開いた。
 そうだ、俺は今地面に倒れている。そして、俺の上にはギラギラした目を見開いて、荒い息で笑っているクロウがいた。

「おら離れろ! もう終わりだ終わり! 審判、僕達の勝ちでいいね!!」
「お、おう」

 ブラックの声が聞こえて、俺に圧し掛かっていたクロウが撤去される。
 何事かと思って体を起こすと、胸から腹にかけて寒さが襲ってきた。
 あ、そうだ。
 俺ってばクロウの一撃に対応できなくて服を思いっきり引き裂かれ……。

「引き裂かれぇえ!? ちょっ、お、おまっ、なんで服を!?」
「戦いに犠牲はつきものだ」
「練習試合に犠牲も何もないだろバカー!!」

 思わずクロウを罵倒ばとうしてしまったが、そのくらいは許してほしいと思う。
 だってどうすんだよこれっ、つくろったって見た目が悪くなるだけだぞこんなん!
 俺また新しい服買わなきゃならんのか!?

 コートを事前に脱いでおいたお蔭でそっちは無事だがそういう問題じゃない。
 殴るのは良いよ、だって戦いだもの。俺男だもの。それくらいはあるあるだと思って笑って済ませるよ。だけど服だけってどういうことなの。

 まさか、クロウの中では、練習試合って殴り合いじゃなくて服のぎ合いとか、そういう感じの認識なの……?

「あの、クロウ……」
「なんだ?」
「もしかして、練習試合だから服を剥いだのか……?」

 恐る恐る訊いてみると、ブラックに背後から羽交はがめにされたままのクロウは「うーむ」とうなって、あっけらかんと答えた。

「いや、ツカサと試合をするなら、傷つけたくないし何より服を剥いだ方が楽しいなと個人的に思ったもので」
「あ、その気持ちは解る」
「おーまーえーらぁあああああ」

 今この場で炎の矢を浴びせてやろうかと思ったが、もう体力が尽きかけていたので今回はこれくらいにしといてやらあ。
 ああもう、なんかどっと疲れた。調子に乗って撃ちすぎたからかも知れないが、罵倒する気力もない。やばいな……どれほど連射したか覚えてないけど、今度からは体力にも気を使わないと……。

 そう思って溜息を吐くと、どこかから声が聞こえた。

「おい、お前らつええなあ」
「……え?」

 声がしたのは、遥か上。もしかして観戦席だろうか。
 三人で二階のバルコニーを見上げると、そこには見知らぬ男が居た。

「おもしれえモン見せて貰った礼に、一杯おごってやるよ。一緒に飲みに行こうぜ」

 いつから見ていたんだ……と思ったが、酒を飲ませてくれると言う謎の御仁ごじんに、酒好きのオッサン二人は間髪入れずに「あい」と頷いていた。
 ああっ、このダメおやじどもー!
 相手の素性も解らないのになんで酒って聞いたらすぐに釣られちゃうんだよ!

 まあでも、この二人なら例え罠でも大丈夫なんだろうけど……酔っぱらった二人を連れて帰る俺の身にもなってくれ。

「……はぁ……なんでこう次から次へと厄介事が……」

 本当ならこれ、ちゃんとした練習が出来て俺もスキルアップしてる場面ですよね。なのに、相手がブラックとクロウってだけで、どうしてこんなトンチキな事になっちゃうのか。
 ああ、王道のチート小説が恋しい……。
 何だか酷く疲れてしまい、俺は自分の情けない姿を見て溜息を吐いたのだった。









 
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