異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編

  同意

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「ツカサ君……寝ちゃったか……」

 自分の優しい言葉に安心したのか、服をたくし上げられ扇情的な姿になっている恋人はすやすやと寝息を立てだした。
 コートの中の服は首の所までたくし上げられ、ズボンも下腹部があらわになる程にずり下げられていると言うのに、それでも彼は抵抗もしなかった。

 酒のせいで前後不覚になっていたのは確かだが、けれど甘えるような声音で名をささやき抱き着いて来たのは、ツカサがブラックを「恋人」だと認識していたからだ。
 内緒だった事を暴露して泣きながら懺悔ざんげして来たのも、ブラックに嫌われたくない一心からだったのだろう。それを思うと、無意識にほおゆるんだ。

「ふ……。ほんと、可愛いな……」

 うっすら赤い痕が付いた肌に手を滑らせて、もう一度胸に唇を寄せる。
 強くと脈打つ心臓と呼吸で上下する肌は、相手のせいを感じさせて、それがどうしようもなく愛しくて、ブラックはまた音を立てて肌に痕を残した。

(ああ、犯したいな……。このまま全部脱がして、じ込んで、揺さぶって……)

 無意識にツカサのズボンに手をやって、太腿ふとももなかばまでずり降ろしてしまったが、妖精達に戻ると約束している手前てまえ今ツカサを犯すわけにはいかない。
 仕方なくツカサの服を整えると、そっと毛布を掛けてやった。

「ん……んん……」

 暖かい感触が心地良かったのか、ツカサは幼い声を漏らす。そのあどけない声に、先程の涙ながらの謝罪が思い出されて、ブラックは心中で舌打ちをした。

 ――……別に、ツカサに怒っている訳ではない。 
 今回の場合、ツカサは完全に被害者だし、それに彼は思った以上に必死な態度で自分に謝り倒してくれたのだから、怒る理由もなかろう。
 そもそも、ツカサが不貞をやらかしたのは、自分達が取り決めた約束をツカサがすんなり信じてしまったからに他ならない。

 ツカサのお人好しな性格と現在の状況を考えれば、無暗にツカサを怒ることなど出来なかった。それに、必死で謝ってすがってくれた相手を突き離すなんて芸当は、ツカサ以上に彼に縋っている自分には出来そうにもない。

(でも、驚いたな……あんな風に必死に弁解して来るなんて……)

 ……普段のツカサなら、子供らしく泣きながら謝ってくる事など絶対にしない。自分に無体を働いた悪漢をかばうのはいつもの事だったが、しかしそこに「ブラックに嫌われたくない」と言う気持ちをはっきり明言したのは初めてだった。
 その素直さは、十中八九じゅっちゅうはっく酒の力にる物だろう。

 ツカサは生来の意地っ張りだ。その性根が邪魔するせいで、極限まで追い詰められなければ泣いたり抱き着いてきたりはしない。
 だから、酒で自尊心が抑えられたことで、彼の本来の素直さが現れたのだろう。

 そう。酒に酔っていても、ツカサのあの思いは本物だ。それは確かなのだ。
 ツカサの本当の感情が判らないほど、ブラックも愚昧ぐまいではない。

 だからこそ、怒る事が出来なかったし……意識が混濁してもなおあの憎き獣人をかばおうとするツカサの態度に、いきどおりを感じずにはいられなかった。

(まいったね、どうも……。自分でもこんな変な気分になるとは思わなかったよ)

 許す気持ちはあるし、実際ツカサを糾弾きゅうだんするような事は考えていない。
 だが、心の中でどうしても納得できない思いが湧いてくるのだ。
 そしてそれは、他人に抱く殺意や嫉妬にとても似ていた。

 ……例え、ツカサの自分への愛情が最上の思いだとしても、彼がクロウへ向ける献身的な感情や暖かな思いは本物だ。それは、ある意味ではブラックへ向ける恋慕と同等の物だと言える。そのくらい、ツカサはあの熊の事も大事にしていた。
 つまり、ツカサは“ブラックにやっと体を許したのと同様の”深い思いで、クロウの事も受け入れているのだ。

 そんな事実を改めて思い知らされて、面白いと思える者がどこにいるのか。
 しかも、その憎き恋敵は【ツカサが絶対に切り離せない大事な存在】という地位にまでのし上がり、今現在非常に調子に乗っている。
 これに殺意を覚えぬ男がいるのなら、お目にかかりたいものだ。

「……まあ、なんにせよ……このままで済ます訳がないけどね」

 ツカサに向けた甘い声音とは正反対の冷たく重い独り言を吐き捨て、ブラックは無邪気に眠るツカサにもう一度キスを落としてから小屋を出た。



   ◆



 宴もたけなわとなり、やがて囲った火が消える。
 それを合図として、長老の言葉で宴はお開きとなり、それぞれが自分の寝床へ帰って行った。

 しかし、ブラックはツカサの寝ている小屋へと移動する事は無く、クロウを呼びとめて集落とは少し離れた場所に移動していた。

「用事とはなんだ、ブラック」

 一応は自分の命令も聞く態度を見せているつもりなのか、相手は警戒もせず自分の後ろについて来ている。
 その飼い慣らされたような態度を装っている所が気に入らない。今となっては、何もかもがブラックの胸のムカつきを倍増させてしまっていた。

「……ああ、この辺でいいかな……」

 集落からだいぶ離れた、少し開けている場所。
 まるで決闘をするための場のような様子に昏い笑みを浮かべ、ブラックは背後の熊を振り返った。

「これほど離れるとは……ツカサ達には聞かせたくない話でもあるのか」

 クロウは薄暗い中でも堂々と立っており、まったく警戒していない。
 ブラックが何を思っているかも知らない相手に、ブラックはにっこりと笑い、ゆっくり距離を詰めるように近付いた。……その体が、間合いに入るまで。

「ああ、そうだね。有るよ……ツカサ君にはとてもじゃないけど、見せられない……大事な用事がね……!!」

 己の足が、相手に届く場所に到達する。
 刹那、ブラックは強く回転を付け、目の前の腹を全力で蹴り飛ばした。

「グァアッ!!?」

 人間とは違う叫び声をあげて、クロウの体が軽く吹っ飛ぶ。
 しかしそれだけでは許せず、ブラックはすぐに地を蹴って相手に肉薄し再び体をひねって容赦なく二度目の蹴りを入れる。
 その衝撃に大男の体は加速し、重苦しい音を立てて木の幹に叩きつけられた。

「……っ……グ……ッ……」

 何が起こったのか解らないのか、それとも痛みで動けないのか。
 立ち上がれない相手を見下しながら、ブラックは舌打ちをした。

(チッ……気絶もしないか……)

 だが、こんな下衆げすにわざわざ拳を使いたくはない。使いたくはないが、ツカサを抱いたであろうその上体を今すぐ滅茶苦茶に引き裂いてやりたかった。
 そうでもしないと、体を震わせるほどの怒りは収まらなかったからだ。
 けれど、今はその時ではない。そうするべきではない。
 こらえて、ブラックは憎悪の籠った目で無様な相手を睨んだ。

「お前……今度こそ本当に殺すぞ……?」

 冷えた声でそう呟きながら、木に叩きつけられて尻餅をついたクロウの腹にまた強い蹴りを入れる。鳩尾みぞおちに爪先を思い切り突きこまれた相手は、嘔吐おうとするような声を上げてびくんと体を動かしたが、ブラックは構わずにもう一度強く蹴りあげた。

「う、グ……ッ……!!」
「ツカサ君の僕への思いを逆手にとりやがって……。そんなにツカサ君を抱きたかったか。嘘をくくらい、ツカサ君を抱きたかったのか? そんなにツカサ君の体は良かったか? え? 言って見ろよ!!」

 よりにもよって、ツカサが抱いている自分への全幅の信頼を利用して、ツカサに欲望を擦りつけるような真似をするなんて。
 また一度相手を蹴りあげて、ブラックは己の荒い息を噛み殺した。
 だけど、心が鎮まらない。

 この男は、ツカサを犯したいがために嘘を吐いたのだ。
 ブラックが「触れる事を許した」なんていう、あまりにも度し難い嘘を。
 許せない。自分への愛情を利用するなんて許せない、ツカサの従順さを利用して騙したなんて許せない、何もかも、何もかもが憎らしい。

 そんな思いばかりが湧き上がって来て、目の前の存在を焼き殺しそうになる。
 相手を見るだけで本能的に排除する事が思い浮かび、最も酷い方法で苦しめて殺してやりたいという衝動に駆られた。もし許されるのなら、ツカサを自分からかすめ取ろうとしたこの盗人を消し炭にして存在を抹消してしまいたい。
 それほどまでに、ブラックは憎悪に染まっていた。

「僕が素股を許した? お前の汚い小枝をツカサ君に触れさせるのを許したって? ふざけるなよ家畜……思い上がりも大概にしろよクズがッ!!」

 だれが許すか、そんな事。内心で強く呟き、ブラックは拳を握りしめる。

 ツカサの体に触れる事を許しているのは、この男が「二番目」だという己の立場をわきまえていたからに過ぎない。犯さないと約束していたから、ツカサに触れる事を許していたのだ。なのに、結局この間男はツカサを犯そうとした。

 しかも、ツカサのブラックへの信頼を利用し「素股までは許されている」という汚い嘘をついてまでこの下衆げすはツカサを籠絡ろうらくしようとしたのだ。
 殺したいと思うのも当然だろう。
 こんな事をされて怒らない男がいるなら、お目にかかりたいものだ。

 そう思いながら、ブラックは鬼のような形相でまた小汚い体に蹴りを入れる。

「ツカサ君の体を使って自慰をして、気持ちよかったか。人を騙して甘い汁をすすった気持ちはどうだ。最高か? ほこり高い獣人が聞いてあきれる……!」

 出来るなら顔や陰部をズタズタにしてやりたかったが、そんな事をすればツカサが自分をどう思うかは明白だ。ツカサに怖がられて突き離されるような事は絶対にしたくなかった。だが、この場ばかりは彼の純粋さに酷く苛立いらだちを覚える。

 もし彼が自分のように捨取選択が出来る人間なら、こんな間男に流されはしなかっただろうに。自分のこの断罪行為ですら、認めてくれただろうに。
 ツカサの博愛主義も、今は憎らしい。
 けれど、今のツカサだからこそ、自分は彼に救われたのだ。
 だからこそ、全てを否定する事が出来ず悔しくてたまらなかった。

(クソッ……)

 蹴り続けたとて、死に至らしめるまでは蹴る事が出来ない。
 これ以上どうにもできず歯噛みをするブラックの耳に、不意に不格好な笑い声が聞えて来た。目の前で木にもたれて手足を投げ出している熊が、笑っているのだ。
 何を笑うことが有るのかと青筋が浮き立つような気がしたが、相手はブラックの形相にひるむ事も無く、痛みに歪む顔でこちらを睨み上げて来た。

「ッ……。ふ、ふふ……お前だって……ツカサの優しさに、付け込んで……ツカサを、手に入れたんだろう……。それを、オレがやって何が悪い……ッ」
「…………っ」
「ツカサが許してくれることを……っ、何故、お前に許して貰う必要がある……! そんなに他人に悪事を真似されるのが怖いか……っ」

 獣そのものの強い眼光を宿し、怨敵を射殺すがごとくブラックを見詰める。
 目の前の手負いの獣が言う事は、悔しいがその通りだった。
 だが、それを受け入れてもなお、この下衆のやった事は許せない。
 ブラックは小賢こざかしい相手に歯噛みをして、余裕ぶって笑って見せた。

「ああそうさ。そうだよ。僕はツカサ君が真っ白だったから、僕を受け入れてくれたから、けがして縋って僕を好きになってくれるまでずっと一緒に居た。だからね、ムカつくんだよ。お前のやろうとしてること全部がムカツクんだ」

 そう。自分も、同じ事をした。
 恋愛に奥手で、他人と肌を合わせた事も無いツカサを無理矢理に抱いて、睦言むつごとを囁いて、同情をひいて、彼をやっと手に入れたのだ。

 自分の全てを許してくれる、受け入れてくれる、唯一無二の存在を。

 だが、その外道染みた行為が褒められた事でないのは解っていたし、この行為を他の人間がツカサに行えば、どうなるかと思って内心恐れていた。
 ……何故なら、彼は優しすぎるから。

 ツカサは、こちらがどんな欲望を持っているかなど関係なく、抱き締めて貰いたいと思った時に抱き締めてくれる。優しく髪を撫で、触れる事を受け入れ、自分の身をていし慰めるために全てを捧げてくれるのだ。

 だから、ブラックは怖かった。
 この恋敵が自分と同じ事をしても、受け入れられてしまうのではないかと。

「自分がやったいやしい行為を他人にやられて怒るか、外道らしいな」
「ツカサ君以外にやるならどうでもいいよ。勝手にやればいい。だがな、.お前は僕のたった一つの希望を奪おうとしている……今回は踏みとどまったらしいが、今度そうならないとは限らない。だから、僕はお前に忠告してるんだよ。殺すと」

 おどしではない。ブラックは本気でそう思っている。
 ツカサのために必死で我慢しているが、殺す事が出来ない訳ではないのだ。
 面倒だからやらなかっただけで、裏で工作してツカサにバレないように始末すると言うのなら、それ相応に騙しきれる自信はあった。

 もとより自分に正義など無い。
 大事な存在を永遠に手に入れる為なら、それこそ本当の外道にもなれた。

 だが、相手もブラックと同じ臭いを持つ者ゆえか、ブラックの本音をめた台詞を鼻で笑って肩を揺らした。

「そのおどし文句でオレがひるむと思うか。ハッ、随分ずいぶんと自己評価が高くなったものだ。だが、お前の脅しより、ツカサが自殺の真似事でもした方が余程よほど肝が冷える」
「こういう時に限って口が達者だな。よっぽど死にたいらしい」

 凄みを含む声も、クロウは笑うだけで取り合わない。
 この場で殺されないと解っているからか、それとも開き直ったのか。
 決めあぐねてわずかに眉間の皺を深くするブラックに、相手は言葉を返して来た。

「オレに犯されてツカサがオレの物になると思ってるなんて、お前のツカサを信じる心も大した事は無いな。ふっ……クククッ……愛しい相手がこの程度の狭量な男とは、オレに奉仕して罪悪感に苛まれてるツカサが可哀想でならんわ」
「うるさいな!! ツカサ君は僕達よりもろいから仕方ないじゃないか!! 脆くて、そのくせ人の言う事を簡単に信じて、お前みたいなクズにもすぐにだまされて……不安にならないほうがおかしいだろうが!!」

 痛い所を突かれて、思わずカッとなり怒鳴ってしまう。
 しかしそれも仕方のない事だった。

「こんな事で怒るなんて、欲望の権化ごんげのお前らしくも無い」
「うるさいな、僕はお前よりも繊細せんさいなんだよ!」
繊細せんさいか。ならば問うが、目の前でツカサが無防備に入浴しながら『お前も一緒に入ろう』なんて言って来て、そのうえ自分の体を無邪気に褒めて来て、可愛い笑顔を浮かべながら頬を染めていたら……お前は我慢できるか?」
「うッ……!!」

 その言葉に、ブラックは思わず言葉を詰まらせた。
 何故なら、数日前非常に近い事が起こり、その時の自分も我慢できずにツカサを思う存分犯しまくったからだ。

 だが、お前の言う通り我慢できませんでしたとはとても言えない。
 何も言えずに悔しげに顔を歪めるブラックに、クロウは言葉をまくし立てる。

「目の前に犯せる相手がいるのに触れる事しか許されず、触れても抱く事は許されない。悶々とした思いを抱えて一人で処理して我慢してきた自分の目の前に、一糸いっしまとわぬ愛しい相手が、しかも己の淫らな手を嫌がらないという前提の相手が現れて、犯さないと言う誓いを守れると思うか?」
「ぐ……そ、それは……」
「高潔ぶった男ならまだしも、お前は露悪的な男だ。我慢など出来まい。オレとて一緒だ。ツカサにオレの子を産ませる事が出来るなら、自分の妻に出来るのなら、オレは何だってする。ツカサを騙して奪う事だって厭わない。だから、ツカサが受け入れてくれるのならオレは際限なくツカサを犯す。それはお前も同じだろう」
「………………」

 腹を抑えながら、ギラギラとした目で自分を睨み付けて来る獣。
 ツカサの事に関しては一歩も引かない相手に、握り締めた拳が震えた。

 ――だから、ブラックに怒る資格はないとでも言うのだろうか?
 ここまで開き直られたら、いっそ清々すがすがしい。

 怒りなど通り越して、妙な親近感すら湧いてくる。己の思考と変わらないほどの醜い欲望を剥き出しにして、その事の何が悪いと牙を見せて威嚇してくるその姿は、飢えて見境が無くなった時の自分を見ているようだった。

「素股の何が悪い、お前との約束は守っているだろう。そも、側室とは本来本妻と同等に交尾を出来る存在のはず……それを我慢してやってるオレに、少しは感謝したらどうだ。お前の顔を立てて犯さないだけありがたいと思え」
「ふ……ふはは、よく言うよ横恋慕熊のくせして……!」
「お前こそ、この世界に一人で投げ出されたツカサの心細さに付け込んで、長い間ずっと監視し心を絡め捕って恋人に仕立て上げた外道だろうが。外道が外道に大事な物を奪われたとて、誰も同情なんてせん」

 ぐうの音も出ない。
 当初の怒りも段々と醒めて来て、ブラックは旗色が悪くなった事を自覚しつつも、無言の肯定をしたら負けだと思い言い返した。

「誇りとやらが大事な獣人みずからが、己を外道と言い切って、こんな間男そのものの行為を働くなんてね……」
「愛する存在の無邪気な痴態を見て、興奮しない方がおかしい」
「…………」

 真っ直ぐに物を言う相手に、今度こそ喉が詰まってしまう。

(…………そりゃ……そうだけど…………)

 確かに、ブラックも我慢は出来なかった。今さっきだって、酔って可愛げの増したツカサを見て、思わず裸に剥こうとしたのだ。
 好きな子があんなに愛らしい姿をしていたら、我慢なんて出来るはずがない。
 ツカサが無防備すぎる事も有ってか、そんな仕草をされるたびにブラックは我慢が利かなくなって、発情期の犬のように簡単に興奮してしまうのだ。
 だったら、熊男の言う事にも一理ある。

(……じゃあ、これは、怒った僕が悪いんだろうか……)

 考えて、首を振る。いや、そうではないはずだ。

 恋人を寝取られかけた事に怒るのは、恐らく普通の事だろう。それは正しい。
 だが、そこまで考えても、目の前の相手の言葉も理解出来てしまうのだ。
 ツカサを襲ってしまったのは仕方がない、と。

「…………あのさ、蹴り倒して置いてなんだけど……少し気持ちは解る……」

 理解出来るなら、本当は暴行などすべきではなかった。
 しかし、恋人としてのいきどおりは止める事など出来ない。
 どうしたら良いのかと困惑するブラックに、クロウは軽く頷いててのひらを見せた。

「後悔しなくていい。……今回は、オレが我を忘れて嘘を吐いた。全面的にオレが悪い。痛みで謝罪できるなら、それに従うつもりだった」
「お前それ、謝ってる奴の態度じゃない事解ってる?」
「普通に謝ってもお前は許さんだろう。オレが卑屈ひくつに地に這いつくばったとして、お前は満足できるか? オレはツカサを騙した事以外、謝る気持ちはない。お前が群れの長だとしても、オレがツカサを愛している事は曲げられないからだ。……それで土下座して、お前は満足して許せるのか?」

 確かに、土下座などされても自分は我慢できず結局こうなっていただろう。
 ブラックに譲れないものがあるように、この熊男にも曲げられないものが有る。
 それを無にして真摯しんしに謝られても、ブラックはきっと許しはしなかっただろう。
 ツカサをその程度の軽い感情で愛している奴なら、ブラックはクロウをそばに置く事すら許さなかっただろうから。

(はあ……なんでこう……コイツと話してると、自分自身に説教しているような気になって来るんだろう……)

 答えなんてとうに気付いているが、それを認めるのもまたしゃくだ。
 深い深い溜息をいて、ブラックは一気に体を弛緩しかんさせた。

「ああもう、いいよ。許す。今回の事は、そこまで決めてなかった僕も悪かった。ツカサ君を目の前にして我慢してる方が無理だ。……それは認めるよ」
「じゃあ素股は今後もやっていいのか?」
「駄目に決まってんだろクソ熊。娼館があったらそこで抜いてろ。どうしてもヤりたくなった場合は、僕に半殺しにされる覚悟でやれ」
「では月二回くらいは余裕だな」
「半殺し覚悟でヤろうとするな!!」

 月二回は半殺しでもいいだなんて、獣人の体力はどうなってるんだろうか。
 いや、問題はソコではない。半殺しにされても良いからツカサに自分のイチモツを触らせたいだなんて、この変態熊は一体どういう教育を受けて来たのか。
 自分が言えた義理ではないが、この男も相当頭がおかしいとブラックは思った。

(ああ、どうしてツカサ君はこんな面倒臭い熊を拾っちゃったんだろう……)

 こいつがもう少しまともな大人なら、横恋慕も寝取りもしなかっただろうに。
 だが、素肌をさらしたツカサを襲わずにいるなんてブラックにも出来ない事だったので、今回ばかりはこれ以上怒りようもない。

 せめて、ツカサがもう少し警戒心を持ってくれていれば、素股がどうのという話にはならなかっただろうに。
 そう思って、ブラックは盛大な溜息を吐いた。

「ツカサ君もツカサ君だよ……なんでそう、無防備に他人を風呂に招いてキャッキャしちゃうんだろうなあ」

 よくよく考えてみれば、ツカサが無防備すぎるのが問題なのではないだろうか。彼がもっと自分を大事にしていれば、この男と一緒に風呂に入らなかっただろうし、裸を見られた時もしっかり大事な部分を隠して拒否していたはずだ。
 そんな事を注意すればツカサは「俺は女じゃねぇ!!」とわめくだろうが、他人に性的な目を向けられているのだから、恥ずかしがって隠すのは普通だろう。

 本当に、ツカサは異世界ではどうやって暮らしていたのだろうか。
 あんな無防備さでまだ男を知らなかったなんて、ありえなさ過ぎる。本当に深窓の令嬢か何かだったのではなかろうか。

 今更ながらにツカサの性知識の無さに気付いて冷や汗を垂らしていると、クロウも同じような事を考えていたのか、深刻そうな顔で腕を組んでいた。

「確かに……考えてみると、ツカサは男に対して無防備すぎる。男は女よりも襲う事に長ける体格をしているのに、それを警戒する事もないだなんて……。自分が犯される側と言うのに慣れていないのか……。いや、異世界人だから、この世界での振る舞い方に付いていけていないのかも知れんな」
「……そっか……。ツカサ君、この世界の事まだほとんど知らないからね……」

 ツカサが女性の何気ない仕草や体型に興奮するのと同じように、ツカサの幼さを残した可愛らしい全てに興奮する男や女は少なくない。
 そう、この世界では、男も女も「抱く側」として興奮するのだ。
 ツカサの世界は異性愛至上主義で、男が女性のみを抱くのが普通らしいが、この世界では自分が「抱きたい」と思った相手が、「妻」であり「女」でもある。

 ツカサの世界では滅多にない価値観だと言われたものの、こちらからすれば男が「妻」にならない世界のほうが奇妙に思える。確かに、女性は魅力的な体格をし、なにより肉が柔らかく子供を産むのに適した体だ。ゆえにこの世界でも抱かれる側である比率は高く、抱かれる側は男女問わず「女」と呼称される事もある。

 だが、この世界の大多数は、男女問わず魅力的な人物に興奮する性質なのだ。女だって男を抱くし、妻にする。男が男を愛するのも普通の事だ。ツカサの世界の「男が同性に惚れるのは珍しい」という常識は、ここではありえない世迷言よまいごとでしかないのである。

 だからこそ、ツカサの同性への警戒心の薄さは問題だった。
 ……その辺りの事は教えたはずだと思っていたが……ツカサはいまだにそんな常識を良く理解していなかったらしい。

 いや、今まで住んでいた世界が違うのだ。
 その常識を数ヶ月で変えろと言うのはこくな話だろう。

「……ツカサ君は悪くないけど、あの無防備さはやっぱり問題だよなぁ……解って貰えるまで、本当に監禁でもした方がいいんじゃ……」
「それはやりすぎだと思うが、一度真面目に教育した方が良くはあるな」

 いつか自分達以外の人間にもあんな事をしてしまうかもしれない。
 クロウの深刻そうな言葉に、ブラックは怒りも忘れて眉根を寄せた。

「教育、か…………」

 性教育、と言う奴だろうか。
 聞く所によると、高級な娼姫は人を誘うためのすべを学ぶと言う。
 だったら、自分達は「誘われるような事をするな」と教えればいいのだろうか。しかし、好きな物事以外の勉強が苦手なツカサに覚えられるか不安だ。
 そこまで考えて、ブラックはふと思いついた。

(要するに“こんな風な態度をしていたら襲われる”って教えれば良いんだよな。と言う事は、手取り足取り教育してあげれば解ってくれるんじゃないか?)

 ツカサは勉強が苦手だが、それでも、興味のある事には貪欲どんよくだ。
 そして、彼は非常に快楽に従順で、ブラックに教えられたそのテの事を忘れずに忠実に守っていたりする。ツカサに言わせている淫語なんて、その最たるものだ。
 だとすれば、ツカサには実地訓練が一番適しているのではないだろうか。

(ふ、ふふ……そうか……そうだよね……教えてあげた方が、ツカサ君も危ない事をしないようになるし……直接体に教えてあげた方がいいよねえ)

 教育という大義名分が有るのだから、ツカサもこちらのやる事に文句は言えないだろう。なにせ、これはツカサの身を守るための勉強でもあるのだ。
 決してやましいことではない。
 じっくり体に教え込んでやると言うのも、また一興だ。
 そう考えると何だか楽しくなってきて、ブラックはニヤリと笑った。

「お前、またツカサを虐めるような事を考えているな」

 こちらの笑みに早速何かを嗅ぎつけたのか、クロウが不満げに言う。
 だが痛くもかゆくもない。笑みを深めてブラックは大仰に肩を竦めた。

「真っ当な常識を教える事のなにが虐めなんだ? 僕はただ、一番効果的な方法を考えていただけだよ」
「効果的な方法、か。どうせツカサが泣くような方法だろう?」

 良く解っているではないか。 
 ……いや、この変態熊も同じような事を考えていたから、こちらの言う事を理解出来たのだろう。まったく、そう言う所まで理解してしまうとは小賢しい。
 けれど今は妙な優越感が有って、ブラックは座り込んでいる相手を見下ろした。

「大人しくしていれば、お前も混ぜてやってもいいよ」
「本当か」

 途端に獣の耳をピンと立てて、ブラックに期待したような目を向けて来る。
 あまりにも欲望に素直な相手に苦笑が浮かび、ブラックは息を吐いた。

(やっぱりそういう奴だよなあ、お前も)

 もし相手が真っ当な性格の男だったら、ブラックのやる事を止めただろう。
 だが、そんな真人間ならブラックはクロウをパーティーに入れはしなかった。
 そもそも、この厄介者を受け入れる羽目になったのは、この男が建前をかなぐり捨てて自分にツカサへの感情をぶつけて来たからだ。

 クロウは、本気で自分にぶつかって来て、本気で「同類」だと認めている。
 だから、ブラックはこの忌々しい熊を二番目の雄として認めざるを得なかった。

 そんな相手に油断してたのだから、今回は痛み分けだろう。

「まったく、忌々いまいましい横恋慕熊だ」

 心の底から思った言葉を吐き捨てる。
 言葉とは裏腹に軽い口調になってしまったが、クロウはそれに軽く笑って、初めてブラックに対してわずかな笑みを見せた。

「奪うと決めた以上、本気で食らいつかなければ嘘になるだろう」

 その言葉に、今度はブラックも思い切り笑ってしまった。

 ――――常人であれば、きっと理解出来ないことだろう。
 だが、だからこそ自分達だけが理解出来る事も有る。

 そんな事がなぜか嬉しい事のように思えて、ブラックは先程の怒りも忘れて、清々しい気持ちに浸っていた。











※というわけでどっかでエロまみれの章やりますんでよろしくお願いします。
 今のうちにオッサンどもがエグい調教してすんませんって謝っておきます。
 いいよね18禁だし……:(;^ω^):
 
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