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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
14.誰だってこうなればドキドキするはずだ
「毒消しの効果がある薬草は、多種多様です。……が、当然、強いか弱いか、即効性なのか遅効性なのか、どんな毒を中和するのか、はたまた緩和するのか……それらは野草によって様々です。この違いを見極めるのも、高度な薬師の技ですが……今の君にそのような真似は無理なので、素直に正解を教えましょう」
俺が謎の不安感に首をひねっている間に、アドニスはなにやら横から取り出す。
なんだろうかと見やると、相手の片手にはシソのような葉っぱが握られていた。
「これは、抗毒作用のある薬草です。【半日草】と呼ばれていますが、適度に日の光を浴びつつも陰が無いと枯れてしまうのが由来ですね。この草を何枚か浸した水の中に、この【パロハリカ】の実を入れます」
どこで用意していたのか、アドニスは金属製のボウルを俺の視界の外からひょいと持ってくる。その中には水がたっぷり入っており、【半日草】が数枚沈んでいた。
この中に木の実を入れるのか。
「それだけでいいの?」
さっきの不安など飛んで行ってしまい、答えを知りたくてアドニスの顔を見ようと腰を捻るが、相手は口に微笑みを浮かべたまま首を振る。
「いいえ、ここからが木の曜術師の仕事ですよ。この薬草水の中に入れたら、曜気を【半日草】の方にだけ流しながら緩やかに手を動かして流れを作るんです」
「え……半日草だけ……?」
なんだか難しそう。
二つあるモノの片方だけに曜気を注ぐなんて、結構な集中力がいるのでは?
そのことをアドニスに質問すると、すんなり返答が帰ってきた。
「薬草を触っていると、次第にその植物が持つ曜気の流れが分かってきます。それを理解できれば、目で見ずとも自然と出来るようになりますよ」
「……出来る気がしないんだが」
ある意味では、俺の世界の薬作りのように難しいかも知れない。
俺は曜気を感じたり注いだりすることなら難なく出来るけど、そういえば直接植物の曜気を知るという行為はしてこなかった気がする。
これもいわば【鑑定】みたいなものなのかな。
「練習すれば君も出来るようになりますよ。……まあ、そこらへんの薬師でここまでの事をするような者などいないとは思いますが」
「やっぱそんなに高度な術なんだ……」
「ええ、まあ。野草の曜気を識る事さえできれば、毒の有無や効能も察せられますが、それを把握するだけの知識や経験が必要ですから。……なので、今回はツカサ君も見学ですね。ただし、私の気と植物の気の流れをよく“視て”いること」
「はあい」
やっぱそうだよなあ、こういうのも【鑑定】と一緒で経験が必要か……。
この世界の【鑑定】って、チートもの小説の便利な【鑑定】スキルと違って、熟練の人や知識がある人しか使えないものだもんな。
考えて見りゃそらそうよって話なんだが、でも小説の便利スキルに慣れている俺にとっては、こっちの方が珍しく感じてしまう。
目利きが必要だなんて、これじゃ俺の世界と変わんないもんなぁ。
うーん、俺もいつか使えるんだろうか……【鑑定】……。
「さあ、始めますよ」
アドニスが少し姿勢を前かがみにして、俺の体の横から両手をボウルへ伸ばす。
「っ……」
う、うわ、更にアドニスの体が密着してる。
しかも手を伸ばされたら、余計に俺のいるスペースが狭まって、アドニスの両腕に挟まれる感じになってしまうじゃないか。
これは、その、さすがにちょっと……!
「あまり動かないで下さいね。気が散ると失敗しますから」
「う゛……」
逃げたい気持ちでまごついてたのがバレたようだ。
こうなっては、もう黙っているしかない……膝に乗せられてるだけでも耐えられんというのに、この密着した状態でどうすればいいと言うんだろう。
つい体に力が入ってしまい硬直した、が、そんな俺を知ってか知らずか、アドニスは更にとんでもない事をやりだした。
「……ちょっと見づらいですね。ツカサ君、失礼しますよ」
「ひゃあっ!?」
ちょっ、なっ、なに、いきなり顔の左側がくすぐったく……って、アドニスが俺の左肩の方から顔を出してる!?
待て待て待て近い、顔が近いってば!
しかもサラサラの髪の毛が頬や首筋にかかって、く、くすぐったい。
ただでさえ背中はアンタの体と密着してるのに、こんな事されたら余計に逃げたくなっちまうじゃないかあああ。
アンタ自分が美形の自覚がないのか、それともこれは嫌がらせなのか!?
いや待て、落ち着くんだ俺。
こんなのブラックにさんざんやられてるヤツじゃないか。
ブラックやクロウに抱きつかれるのなんて日常茶飯事だし、今更ドキドキとか……いや、するっちゃあするんだけど……慣れるくらいには、やられてるはず。
だから、アドニスの顔がすぐ横にあるからって慌てる必要はないはずだ。
いくら整っている顔とはいえ、相手はブラックのようなスケベ丸出し男ではない。
変な事を言われたけど、今だって変な事はされてないんだし、変に意識する必要は無いはずだ。そ、それに、アドニスだって今は真剣なんだ。
変に意識しちゃう俺の方がおかしいって言われそうだし……ここは我慢だ。
アドニスだって何とも思ってないんだから、俺も心頭滅却しなければ。
その……あ、アドニスの足って細そうなのに、案外筋肉がしっかりついてて、座ると柔らかくは無いんだなとか、髪の毛サラサラで間近で見ると黒に近いけど深緑色が透けて見えて綺麗だなとか、薬草っぽさがあるけど、い、良い匂いするとか……っ。
あああああ俺なに考えてるんだよっ。
ダメじゃん、意識しちゃってるじゃんかあ!!
でも、さすがに逃げ道を塞がれたらもう考えないようにするのも無理だってば。
真正面以外全部アドニスの気配がして、動きや呼吸しているのが伝わって、背後に密着している相手の体温が伝わって来るみたいで、居た堪れなくてしょうがない。
ブラックの時は、多少覚悟も出来ているし、それに……お、俺達は、恋人だし……いつもムリヤリ座らされるから、心のどこかでは納得してしまえるんだけど。
けど、アドニスは仲間で……好意を持ってくれてるとはいえ、今までこ、こんな風に、直球で密着してきた事なんてなかったから……。
なんか、その、ラスターの時とはまた違う逃げ出したさが……っ!
「この木の実は、こうして中和させることによって表皮の毒が溶け出し、色が薄白い緑色に変化します。これが、毒が消えた証です。残り水は必ず捨てるように。曜術師が曜気を注がなくなると、半日草の効果が薄れてすぐに溶けた痺れの成分が表出してしまいますからね」
ほら、アドニスは真面目に説明してくれてるじゃないか。
俺がドギマギしているってのに、何も変な事なんて考えてない。密着して、俺の顔のすぐ横で喋っているけど、そのまなざしは真面目なもんだ。
それなのに俺ってヤツはイケメンにこんな事をされたのなんて初めてだから、変に意識してしまって……は、恥ずかしいのは俺の方じゃないか。
いや、でも、男にしか見えないとはいえ、それでも中性的な美男子に至近距離まで近づかれたり密着されたら、誰だってドキッとするだろ!?
ブラックは男らしすぎて同性の俺でもついクラッとくるって感じだけどさ、アドニスの場合は多少女性っぽさがあるからか、男としてドキッとしちゃうっていうか……。
ともかく俺がおかしいってワケじゃないはず。
誰だって、綺麗な人に近寄られたらドキッとしちゃうだろ。
だからこのドキドキはおかしくない、はず……。
けど、こんなんじゃアドニスにからかわれちまうよ。
相手は何とも思ってないのに、俺ばっかりこんなに慌ててるんだ。
こんなの、皮肉屋のコイツには格好のおちょくり材料だろう。
俺に好意を持っているって言うくせに、アドニスは俺を虐めるのが好きなんだ。
気付いたら、絶対突いてくるに違いない。でも、そうは思ってもこの距離で相手を意識するなって言うのが無理だって。
視界に入れなくたって、体温とか感触とか匂いとか、い、色々嫌でも感じるのに。
それなのに……。
「ツカサ君、聞いていますか?」
「びゃっ!? ななななにっ、なにっ!?」
い、いきなり驚かすなよばかー!!
飛び上がってアンタの顎を肩でゴツッてしちまうトコだったろうが!!
危ない事をするなと横にある顔を見るが、相手は眼鏡奥の金色の目を不機嫌そうに細めて見返してくるだけだ。
こんにゃろ、アンタのせいでこっちは大変だってのに……っ。
「聞いてませんね。君は勉強する気があるんですか」
「あ、あるけどやっぱこんな状態じゃ無理だってば! 頼むからもうちょっと普通の椅子とかに座らせてほしいっていうか……っ」
ともかく、気が散って仕方がない。
今何かを言われても忘れちゃうよと顔が熱くなりながらも懇願する。
頼むから、教えてくれるならもうちょっと普通に教えて欲しかった。
そんな俺を間近で見つめていたアドニスは――――フッと笑って。
「意識してくれているんですか? ……だったらまあ、今回は許しましょう」
「はへ……」
な、なにそれ。
アンタやっぱり、この膝抱っこは……。
「君が私に動揺して顔を真っ赤にする様を見るのは、悪くありませんね」
「わ、悪いコトに決まってんだろ!?」
「ふふ……まあ、良いじゃないですか。ほら、続きをやりますよ。今度は木の実の皮を剥いて種を出す作業です。これもちゃんと教えてあげますからね」
「え……」
も、もしかしてそれも……手を覆われながらやるのか。
っていうかまだ工程あるの!?
勘弁してくれとつい顔を歪めてしまったが、そんな俺が実に面白い玩具に見えるのか、アドニスは意地悪な猫のようにニィッと目を弧に歪ませてこう言い放った。
「あとの作業は他の薬と然程は変わりませんが……これは、大事な処理ですからねえ。師匠として、どういう風に丸薬を作るのかしっかり見せておかないと」
…………コイツ絶対に面白がってる。
俺がこんなに困っているのに、そんな俺の顔を見て楽しんでやがるんだ。
う、ううう……くそう、逃げ出していいならもう逃げてるのにい……。
「ふふ、これくらいで気もそぞろとは、仕方のない弟子ですねえ。……ここからは、私の手だけを見て、しっかり学んでおくんですよ」
アンタの膝に座らされている限り、絶対に無理だってば。
そう叫びたかったが、こうなってしまってはもうそんな気力も出てこなかった。
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