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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
15.君に「えっち」と思われたい
◆
「…………お前は俺をおちょくってそんなに楽しいか?」
広く豪華な部屋のソファに沈みながら、俺はアドニスに恨めし気な声を漏らす。
だがそれも仕方がない事だろう。何故なら、俺は今の今まで強制的にアドニスの膝の上に乗せられてたっぷり一時間ほど調合の“見学”をしていたのだ。
イケメンのかったい膝の上で、小一時間、腕の間に挟まれて見学。
そんなのどう考えても平常心でいられるワケがなかろう。
例え恋愛的な意味でなくとも、そんな状態になっていたら誰だって心臓がバクバクになって、居た堪れなくなるはずだ。
そんな状態を長々と強制させられて、しかもこっちがマトモな状態じゃないのに「しっかり見てなさい」だもんな……そんなの覚えられるワケないじゃないか。
絶対いやがらせだ、こんなのいやがらせでしかない。
俺はそう思ったから、解放されてすぐソファに逃げ込んでアドニスを睨むのだ。
しかし、相手は全ッ然悪びれもせず、それどころか「おやおや」とでも言いたげなほどに眉を上げて、肩を軽く竦めるジェスチャーをしてくる。
こ、こんの……欧米風「やれやれ」ポーズしやがって……。
「おちょくる、とは心外ですねえ。私は師匠として真面目に調合を教えていたつもりだったのですが……」
「だったらあ、あんな座らせ方しなくていーだろ!? あの後は結局座って見学してるだけだったし、すぐ降ろしてくれても良かったじゃないか!」
ヒステリーじみた声を出してしまうが、もう構っていられない。
自分でも情けないが、それだけ動揺していたのだ。
……だ、だって……今まで直接接触してくるタイプじゃなかった相手が、今になってこんなに密着したり触れて来たりするとか、明らかにおかしいじゃないか。
いや、触れてくる事が変だって言いたいんじゃなくて、その……そ、そういう感じでスキンシップしてくる奴じゃないって俺も思ってたから、急にこんなことになって戸惑うと言うか……ど、どう接して良いのか分かんなくなるというか……。
だから、とにかく待て、と。
落ち着く時間が欲しい。
って言うか、なんで急にこんな事をするのか理由が知りたいんだと!
ちょっとお互い冷静に話し合おうか、という、そういうワケなんだ。
……でも、現実の俺ってヤツは、未だに動揺が収まらない。
今までアドニスの膝の上に座らされていたんだと思うと、解放された尻がムズムズするし、アドニスの匂いとか密着していたことを生々しく思い出してしまって、頭を抱えながら悶えてしまいそうになるんだ。
そんな俺に、アドニスは呆れたように溜息を吐いた。
「ツカサ君。拒否するならするで、ちゃんと態度で示してくれないと……。そんな風に顔を真っ赤にして怒っているのでは、オスは『照れ隠しだ』と勘違いしますよ」
「はっ、はぁ!? 照れ隠しじゃないってば!」
「私に触れて欲しくないんでしょう? だったら、明確に言葉で拒否しないと伝わりませんよ。……まあ、ツカサ君にハッキリ拒否されたら、私もさすがに悲しくなってしまいますが……」
「う゛……」
や、やめろ。そんな片腕をぎゅっと握って顔を背けるんじゃない。
明らかにショボン……としたポーズを取るんじゃない!
アドニスの性格からして絶対傷付いていないのは解ってるが、しかしそんな態度を取られたら、実は意外と気にしてるのかもとか思っちゃうじゃないか。
やめろ、ふんわり傷付いたような表情をするな!
「ツカサ君は、私のことが嫌いですか? 触れて欲しくありませんか?」
「そ、そんなことは……」
「では、私が触れてイヤではない、と」
「話が飛躍し過ぎてんだよおめーはよぉー!!」
なんでギアフルスロットルで都合のいい解釈を持ってくるんだよ。
いやそりゃ嫌いじゃないけど。どっちかと言うと好きだけどさ、でもだからって過剰なスキンシップは男同士じゃお互い抵抗感があるもんだろ!?
いくら「好意がある」と言われても、その……ぶ、ブラックに内緒で、こんな風に長時間密着してるのは、いけないと思うんだけど……!
「……まったく、呆れるくらいに分かりやすいですねえ、君は……」
「な、なに」
「恋人に操立て、というヤツですか。けれど、私に触れられてもイヤでは無かったんでしょう? ……君は好意を寄せられると、博愛主義ゆえに抗えませんからね。そこは、あの中年も理解しているでしょうし、焦って拒否する必要はないんですよ?」
「みっみさおだて!? 違っ、いや、俺はその、男同士だから……」
「そんなに顔を赤くして同性ぶっても、説得力がありませんねえ。……むしろ、私としては、妖精心をくすぐられてしまいますよ」
「え……」
アドニスが近付いてくる。
このままの姿勢じゃヤバいと思って起き上がろうとするが、相手の歩幅は俺が思った以上に広かったのか、つかつかと近寄ってくると、片足でソファに乗り上げて俺に覆い被さってしまった。
「ほら、こんな事をしても……君は青くなるどころか、赤くなるだけじゃないですか。私に“好意を持たれている”と解っているから、意識してしまう。……君の“好き”の範囲は広すぎるがゆえに、人を拒めない。それが、オスを勘違いさせるんですよ」
「っ……ぁ……」
両腕を取られ、上でひとまとめにされる。
視界は全部アドニスで覆われていて、どこにも逃がす場所が無い。
ちらりと上を見ると、陰が掛かっているのにそれでも怪しく光る金色の双眸が、俺を凝視していた。
い……居た堪れない。逃げたい。
そうは思うけど、こうなってしまっては力の差があり過ぎて抵抗も出来なくて。
どうすれば良いのかと顔を歪めた俺に、アドニスは楽しそうに口を歪めた。
「けれど、そんな君だから……私もまだ望みがあると思えるんですよ。いくらでも、君に心を打ち明けて、好き勝手に振る舞っても良いんだと。ねえ、ツカサ君」
「な……何言ってんだか分かんないってば……」
「ええ、分からなくていいんです。……あの中年が、君を縛り付けずに自由にさせているのは、そういう君の心に甘えていたいからでしょう」
う……え、ええ……?
そりゃまあ、ブラックは俺に甘えまくってるけど……。
どうしよう、アドニスが何を言いたいのか分からない。
混乱しているのかも知れないけど、言葉の意味が理解できないんだ。
好き勝手に振る舞って良いって、アンタらは最初から好き勝手にしてるじゃないか。俺のことだって、俺が逃げようとしてもこうやって拘束して何のかんの言うし。
だから俺は困ってるんだよ。
恥ずかしいからやめてほしいのに、こんなことするから……。
「も……もう良いから離せってば……」
「……離してほしいですか?」
「そりゃ……」
…………うう、近すぎて顔が見られない。
視線を逸らすと、アドニスが吐息だけで笑った。
「困りましたねえ、君には約束も果たして貰うつもりだったんですが……」
「う゛……」
約束って、アレか。
なんか実験だか何かに協力しろっていう、どう考えてもヤバい約束……。
「今は、無理?」
わざとらしいくらいの優しい声音でそう言われて、思わず頷く。
正直もういっぱいいっぱいで、この状況が早く終わるなら肯定するしかなかった。
だって、心臓が痛いくらいばくばく言ってるし、顔が痛いくらい熱いんだよ。
これがラスターとかなら「やめんか!」って思いっきり突っぱねられるのに、どうしてかアドニスが相手だと力が萎えるっていうか、乱暴に出来ないっていうか……。
俺の中の女子センサーが、比較的たおやかなアドニスに反応してるのか。
屈強そうじゃないから優しくしないとって思っちゃってるのか!?
いや、相手がそんなタイプじゃないのはもうこの力量差で分かってるのに。なのに、俺はどうしてもアドニスに強気に出られなくて。
だからもう、嘘くさくても相手の慈悲に縋るしかなかった。
そんな俺にアドニスは忍び笑いを漏らす。
「ふふっ……良いでしょう。では、別の機会に協力して貰うことにしましょうかね。まあ、今は……師匠として、君に手取り足取り教えるべきことが有りますし」
「い、言い方が一々えっちくさいんだってば……」
俺の両腕を掴んでいた手が離れていく。
同時に影も離れて、やっと安堵の息が漏れた。はあ……ま、まったく、急に変な事をしてくるんだから……。ま、まあ、これがブラックだったら間違いなくヤバい事になってただろうから、アドニスがからかう目的だけで良かったけど……。
そう思いつつ、ソファの横に屈んでいるアドニスを見ながら上体を起こすと、相手は俺の何が面白かったのか、眩しげに眼を細めて表情を笑みに綻ばせると、俺の頬を指先だけで軽く撫でた。
「君の言う、その“えっち”という言葉は本当に可愛いですねえ。……ようやく私にも言ってくれるようになったと思うと、感慨深いものがあります」
「はぁっ? な、なんだよそれ……」
「要するに、私にも性的欲求が在るのだと、やっと認識してくれたのでしょう? 君に“えっち”だと思われるのは、存外心が躍ります。やはり、欲しいものや望んだことはハッキリと言葉で言った方が、君には効果的なようだ」
「~~~~~っ!?」
なん、っ、なに言って……。
何で俺に「えっち」だって思われるのを喜んでるんだよアンタは!
タイプからしてそういうのと一番程遠いじゃないか、むしろ、美男子って逆なんじゃないのか、どっちかっていうと汚いオッサンにあーれーされちゃう方で、えっちだって言われるより言わされる方なんじゃないのか!?
そ、それなのに、俺にスケベだと思われるのが嬉しいとか、どうかしてる。
いくらからかうのが好きだからって、エロザルの俺にえっちって言われたら終わりだぞ、考え直せアドニス!!
「何故いま青ざめるんですか君は」
「お前……俺にえっちとか言われたらどうしようもないんだぞ……?」
自慢じゃないが、女子に嫌われた俺にそんなこと言われたら不名誉だろう。
というか、俺に発情してるなんて思われない方が良いだろうに。
そんな思いだったのだが、アドニスはというと。
「はははっ、本当に君は……っ、おかしいですね……! そんな可愛い事を言われて欲情しない方がどうかしてると思うんですがねえ」
「わっ、笑うなっ、変なこと言うなってば!!」
だから何で今の台詞で可愛いと思えるんだよアンタは!
ああもう良いっ!
今のアドニスと話してたら、こっちが謎に恥ずかしくて死にそうになる!
く、くそう……いつもはすんなり話せるのに、なんで今日は会話がかみ合わないんだろう。俺が悪いんじゃないハズ。こんなの、急にえっちになったアドニスのせいだ。もうこうなったら早く部屋から出て行ってやる。
そのためには、丸薬の調合を早く終わらせなくては。
「と、とにかく! 寝かせた丸薬は、もうあとは丸めるだけでいーんだな!?」
「ふふ……はいはい、そうですね。では今日は、それだけにしておきましょうか。私も、他の毒薬の調合をしなければなりませんし。後で調合に関する覚え書きを渡しておくので、しっかり復習してくださいね」
「う゛……わ……わかった……」
……だから、なんでそう急に真面目になるんだよ。
もうアドニスのことが何も分からない。
分からないけど、ずっと心臓が変にバクバクしてて、生きた心地がしなかった。
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