異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編

17.海の記憶を宿す場所1

 
 
「ハァッ、ハァッは……っ! や……やっと思いっきり息が吸える……!」

 やっとのことで青く光る水たまりの階層に戻った俺達は、その空気が正常な事に気が付いて思い切り息を吸い込む。
 だがそれだけではどうしようもなく、俺はその場に倒れ込んだ。

「う゛……うお゛お゛……くう゛ぎがおいじいぃ……」

 黒く艶やかな岩盤の床に突っ伏して息を吸うと、ひんやりした新鮮な空気が一気にくちから入ってくる。がたい悪臭を避けるため、極力呼吸をしないように走ってきたからなのか、空気が美味い。肺がふくれて喜んでいるのがわかる。

 肺の感覚なんて普段はまったく考えなかったが、こうなると空気を思い切り吸える事に感謝したくなるな……。

 ブラックもそう思っているのか、胸をらして何度も深呼吸をしている。
 アドニスに至ってはちょっとんでいるありさまだ。職業柄しょくぎょうがら、激臭のする薬も取りあつかっているだろうに、それでもやっぱり悪臭には耐え切れないのか……。

 まあ、そんな二人よりも、俺の横でお腹を地面にぺったりくっ付けてすうはあと息をしているロクほど可愛い物は無いんだがな!!

 へ、へへへ、お腹いっぱいに空気を吸い込んで手足を浮かせてるロクったら可愛いとしか言いようがないな。思わずその水風船くらいふくらんだ可愛いおなかをツンツンしたくなっちゃうぞ。
 まあ苦しいに決まってるのでやらないがな!

「キュフー……ふしゅー」
「ロクも落ち着いたか?」
「キュ~」
「はぁ~……ったく、本当に魚とか無理なんだけど……。ねーねーツカサ君、僕変なニオイついてないよね? 臭くないよねえ?」

 間近まぢかで悪臭爆弾を喰らったせいか、ブラックは自分の嗅覚をイマイチ信用できなくなっているようだ。鼻に悪臭の記憶が残っちゃってるんだろうな。
 俺はゆっくり起き上がると、ブラックに近寄ってすんすんと鼻を鳴らした。

「うーん……? 俺も鼻がイカレてたらごめんだけど、大丈夫だと思うぞ?」
「そ、そう? はぁ~、良かった……これで風呂に入らなくて済むよ」
「いや風呂は毎日入れよ」

 そういえばコイツ、昨日は風呂に入ってる素振そぶりすら見せなかったな。
 今日は悪臭の件もあるし絶対に風呂に入れなければ……。

「悪臭をまき散らすと言うワリには、案外あんがい臭いが消えやすいですねえ……。海中での使用を前提としているから、空気中では霧散しやすかったのか……」

 アドニスはそでなどのニオイを確かめながら、また独特な事を言う。
 臭いがツライとかよりも、攻撃の仕方について気になっているらしい。 

 いや凄いなあんた。嗅覚のうったえより知的好奇心の方が勝つんかい。

 さすがは研究者だなと思いつつ俺も自分のニオイを確認していると、いつも俺達を案内してくれるのたのた君が近付いてきた。
 一瞬、自分は本当に臭くないかと心配になったが、やはり悪臭は一時的な物だったらしく、のたのた君は特に気にしていないようだった。

 ううむ、あまりにもヤバイ臭いだったせいで、もうずっと気にしちゃうな……。

「ヌヌ?」

 うーん相変わらず可愛い見た目なのにダンディな声。
 でも顔をしかめたりしてないから、ニオイはしてないみたいだ。良かった……。

 ホッとしている俺をよそに、ロクちゃんがまた何やら話しかけている。
 どうやら下層フロアにいた悪臭チョウチンアンコウの事を話しているみたいだな。それを聞いたらしいのたのた君は、あまりの恐ろしさに震えていた。

 さもありなん、巨大なくちだし悪臭だしで、普通なら近付きたくないだろうからな!

 しかし、俺達が倒した事は伝わったのか、のたのた君はヌゥヌゥと悩ましげな声をらし、なにやら太い尻尾をあげてパタパタしはじめた。

 すると、青く光る水たまりの中や上層のフロアから、続々とのたのた君の仲間達が集まってくる。急な集合に驚いてしまったが、どうやら彼らには考えがあるらしい。
 ロクちゃんが身振り手振りをまじえて教えてくれた事によると、彼らが次のフロアを綺麗にしてくれるらしく……あんな中にこんな可愛い子達を入れていいのだろうか。

「え、なに? コイツらが下のフロアを綺麗にする? 死肉でも喰らうの?」

 俺の説明に、ブラックは嫌そうな顔をする。
 こんな可愛い動物になんちゅうことを言うんだ。

 思わず顔を歪めてしまったが、そんな俺に同調するようにアドニスがなじった。

「なんてことを言うんですか。あんなおぞましいものが主食なら、こんなに温厚な生物になるはずがないでしょう」

 お前も酷い事を言っている気がするんだが。
 というツッコミは置いといて……何をしてくれるのか気になったので、のたのた君軍団と一緒に再び地下に降りる事にした。

「う゛……やっぱり下の階層に近付くにつれて悪臭が強まってくるな……」
「発生源の死体があるからねえ……。どれだけ消えやすい臭いだろうと、階層に充満するくらい大量に溜まってりゃ残るんだろうな」
「うう……こんなとこにのたのた君達を連れて来て大丈夫かなぁ……」

 【ライト】で道を照らす最中も、臭いが執拗しつように鼻に入り込もうとして来る。だが、のたのた君達はニオイを物ともしていないようだ。
 いや、それどころか、数匹ののたのた君が何やらムムッとりきんだような顔を見せて、背中から青い蛍のような光を散らし始めた。なんだこれは。

 水の曜気……じゃないよな?
 でも、似たような感じがする。ブラック達は気が付いてないっぽいから、水の曜気が混ざっているのは確かだろう。

 少し気になって触れてみると、蛍のようにちらちらと舞っていた光がはじけた。
 途端、さわやかな空気がふわりとただよってくる。これは……浄化された空気ってこと?

「ヌヌー」

 入口が見えてくると、のたのた君達は次々にフロアに入って行く。
 すると、やはり小さな子も大きな子も同じように体を震わせて、背中から青い光を一斉いっせいに散らす。その光の群れは浮かび上がったかと思うや否やすぐにはじけて、重苦しい悪臭を一気に浄化していった。

「わ……」
「あっ、つ、ツカサ君、せめて鼻をおおった方が……」

 驚いてフロアに入ろうとする俺に、背後のブラックが忠告する。
 振り返ると、ブラックは手で鼻をおおいアドニスはそでで顔の下半分を隠していた。
 あっ、そうか、二人には見えてないんだっけ。

「大丈夫! のたのた君達が空気を綺麗にしてくれてるおかげで、もう臭くないよ」

 深呼吸をしてみるが、アンコウに近付かなければまったく問題無い。
 そうしめして見せた俺に、半信半疑な顔をしつつもブラックとアドニスは警戒をいた。一二度軽く呼吸をして、ハッキリと違いが分かったようで、二人とも驚いた顔をしている。ふふふ、そうだろうそうだろう。

 俺がた事を説明すると、二人はすぐに納得した。

「なるほど、浄化か……。にわかには信じがたいけど、こんなすぐに悪臭が消えるって事は、間違いないんだろうね」
「浄化と言うよりは、魔素をしとっているのかも知れません。モンスターは魔素が生命力のみなもとですから、それが結果的に浄化になっているのでしょう」

 とても珍しい能力ですが、とアドニスは眼鏡を指で直す。
 確かに、ヒトのためになる能力を持つモンスターってのは珍しいよな。

 もしかすると、この海蝕洞かいしょくどうがヤケに綺麗なのは、のたのた君達が汚れや魔素なんかを食べてくれているからなのかもしれない。いわゆる掃除屋さんってヤツだな。
 偉い。とても偉すぎる。

 無限に褒めてあげたい……などと思っていると、今度はアンコウの死骸の方に数匹向かい始めた。もしかして、アレも掃除してくれるんだろうかと思っていると。

「ンヌ!」

 数匹ののたのた君達は、軽く頭を上げると――――
 白い木工用ボンドのような粘性のある液体を思いっきり吐き出した。

「わ゛っ……」

 牛乳のように真っ白なので別の変なものを想像する事は無かったけど、しかし、くちからボンドのような液体が出て来たのは衝撃的だ。
 しかも、次々に吐き出された液体がアンコウにかかった瞬間、しゅわしゅわと奇妙な音を立てて、液体が掛かった部分がへこみ始めた。

 いや、あれは溶けているんだ。
 ってことは……これは溶解液か……!?

「……なるほど、コイツは本当に掃除屋らしいな」
「敵に回さなくて良かったですね。ある意味このデカブツよりも恐ろしいですよ」

 それはちょっと同感かも……。
 のたのた君達は可愛いけど、集団で襲いかかられたら勝てる気がしない。
 つくづく相手が温厚で良かったなと思っていると、ブラックが何かに気付いたようで、小さく「あっ」と声を漏らした。どうしたんだろう。

「ブラックどした?」
「いや、次の階層に降りる道があるなって……」
「…………行ってみる? 流石さすがに同じヤツはいないだろうし……」

 まあそれは俺の願望と言うか切なる願いなんだが、しかしこんな所で撤退てったいするワケにもいかないのだ。何としてでも【コーレルパ】を取って来ないと。
 そんな俺の気合いだけは伝わったのか、ブラックもうなずいた。

「そうだね……このクソッタレな洞窟から早くおさらばしたいし……」
「では二人でちょっと見てきて下さい。私はこのモンスターの消化液にとても興味があるので、後から行きます」
「お前はそこで一生ナマモノとたわむれてろ」
「ブラック!」

 ったくもう、すぐに喧嘩けんかしようとすんだから。
 ともかくザッと調査して来るだけなら良いだろう。またあのアンコウみたいなモノが居るなら対策をしなきゃいけないし、探索はとても大事だ。

 俺とブラックとロクは、重い足取りながらもさらに下へと向かう事にした。

「……道は変わりないな」
「それどころかちょっと滑りやすい気がするよ。ツカサ君気を付けてね」
「お、おう」

 確かに、今までの階層とくらべるとなんだか地面とか壁が湿しめっているっぽい。
 ということは、下の階層はもしかして海に通じているのだろうか。

 だとすると【コーレルパ】も生えていたりするのかな?

 しかし次の階層の想像がつかず、俺達は慎重しんちょうにゆっくりと下へと進んでいく。
 前の階層より、だいぶ坂道が長い。もう上の明かりも見えなくなったなと前方をジッと見つめていると――――なにか、青い光がうっすら見えてきた。

 下へと進むと、その光は徐々に強くなっていく。
 もう【ライト】を消しても全く暗くない。

 だけど、まだ次の階層も見えていないのに、道全体が明るくなるほどの光がれてきているなんて、なんとも不思議だった。
 それに、壁が光ってる感じもしないんだよな。

 この黒曜石みたいな洞窟の壁や天井が、光を反射しているんだろうか?
 首をひねりながらも前を見やると、ようやく次の階層への入口が見えた。

「うわ、めちゃめちゃ青く光ってるよ……」
「敵、かな……?」
「どうだろう、覗いてみようか」

 小さな声でヒソヒソと話し、今回も壁の際によってそっと中を確認してみる。
 と、思っても見ない光景に俺達は思わず目を丸くした。

「な……なにこれ……!」
「これは……」

 思わず声を漏らしてしまうが、仕方がないだろう。
 なにせ、俺達が目撃した光景は……あの水たまりの階層よりも不可思議なものだったのだから。













 
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