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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
18.奇妙な空間とよこしま思考
「えっ、ツカサ君も感じない!? なんかこう……桃色に包まれた空間って、ツカサ君の甘くて良い匂いに包まれてる感じがしてペニスから脳に途轍もないスケベの波動がくるっていうか」
「気持ち悪い表現すなよ!! なにそれ!?」
感じませんけど!? と大声でツッコミを入れてしまうが、ブラックは自分の感覚に確信があるのか、こんな会話でやらない真剣で格好いい表情をしている。
……おい。やめろ、そんな顔をするなやめい!!
「ツカサ君……ちょっとセックスして行かない?」
「いかねーに決まってんだろこのスケベオヤジ!!」
なんでピンクな光の空間に来て速攻で発情するんだよアンタは!
ロクちゃんの情操教育に悪いからやめてほしいっていうかそもそも発情するんじゃないっての、隙あらばスケベ心を持ち出しやがって……。
……ま、まあ、ちょっと暗めのピンクな空間って何かやらしく思えるねと言うなら理解できるけども……。でも理解できるだけなんだからな。
発情までしたらそれはちょっとおかしいんだからな!?
「あっ、どうしよう……こんな場所でそんな可愛く罵られたら、そういうお遊戯かと思っちゃって本気で興奮してきたんだけど……」
「もーお前目ぇ閉じてろよォ!!」
嘆きたくないのに嘆くハメになる俺の気持ちにもなってくれ。
こういう時は逃げるに限ると思い、俺はロクを引き連れて草原へ近付いた。
「……海藻の草原なんて初めて見たな……」
「キュ~」
青々とした普通の海藻の中に、先ほどの壁の記憶に映っていた異世界海藻っぽい物が混じっている。
ここは陸地なので流石に全く同じモノは無いみたいだったけど、様々な海藻が黒い洞窟の地面にしっかりと立っているのがなんだか奇妙に思えてしまう。
だって、海藻は海の中だから自立できて長く根っこを伸ばさずに済んでるんだぞ。それが地上に出てきてそのままなんてどう考えてもおかしい。
それに……こんなに元気そうに繁ってるのに、部屋から溢れんばかりの量になっていないのもヘンだ。
地上に適応しているなら、その適応力を繁殖にも当てているはず。
植物ってのは、自分に好ましい環境にいれば、そこで繁栄するために増殖を始めるものなのだ。それがないまま、ずっとこの不思議な場所の中央でささやかに生きているだけってのは、奇妙にしか思えなかった。
…………やっぱりこれも何かの曜術がかかってるのかな。
地上で自立するワカメみたいな海藻って、矛盾だらけにもほどがあるし。
「うーん……この中に【コーレルパ】があるかもと思ったんだけど、あるとしても、素直に持って行って良いものか……」
「キュキュ~」
俺の深い思案に、ロクも真似をして腕組みで首を傾げている。
間違いない可愛さだな、うむ。
考えすぎてイヤになってきそうだが、ロクの癒し効果でなんとか「うがーっ!」とならずに済んでいる。ロクちゃんセラピーとか開いたら大絶賛に違いない。
なんてことを考えていると、ブラックが横に並んできた。
「いや……近くで見ると本当に奇妙な光景だねぇ……。海藻って地上でこんなふうに自立できるモンなんだろうか?」
ブラックも俺と同じトコが気になっているみたいで、おおよそ真っ直ぐ成長できるとは思えないワカメみたいな植物を眺めている。
そうなんだよな。海中だからこそ柔らかい茎でもニョキニョキと巨大になれるのに、地上で重力に負けずに立っていられるはずがないんだもの。
なのに、ワカメみたいな海藻はすくすく真っ直ぐ育っている。
しかも部屋の中で何故か発生する微風にもそよいでみせる有様だ。
やっぱおかしい。おかしいってこの場所。
「ブラック、これ……仮に【コーレルパ】があったとして、持ち帰れるかな」
「どうだろうね。でも、あのダスダス言ってる若造の先祖は、この洞窟からちゃんと【コーレルパ】を持ち帰ったらしいし……案外平気なのかもしれないよ」
ためしに一つ採取してみたら、と言われて、俺は少しためらったが……何事も挑戦してみないとと気合いを入れ直し、ワカメのような植物の前でしゃがんだ。
「……じゃあ、とりあえずコレを採ってみるか」
この海藻の草原の中でも特に数が多いみたいだし、一つくらいなら良いだろう。
そう思い、俺は小型ナイフを取り出すと出来るだけ根元の部分から茎を切った。
柔らかい感触で、ワカメに似た海藻はいともたやすく切り離される。
途端、重力に素直になってくたりと体を曲げた。
……採ってみた感触は、やっぱりワカメって感じだ。
すぐに腐るという事も無く、俺が手に入れたワカメモドキは本当に今しがた海の中で採取したかのように新鮮さを保ち続けていた。
やっぱり何かヘンだなこれ……。
「うわっ! ツカサ君見て!」
「えっ?」
ワカメモドキを握りしめていると、ブラックが唐突に変な声を出す。
何だろうかと草原の方に視線をやると――――
なんと、先ほど採取したワカメモドキの茎から、切り取ったぶんと同じくらいの葉と茎がニョキニョキ生えて来たではないか。
まるで早送りのように動いた海藻は、数十秒ですっかり元の姿に戻ってしまった。
「キモ……」
ブラックが物凄く嫌そうな顔をしているが、俺もちょっと同意せざるを得ない。
マジでおかしいってこの草原……いや、この空間自体がヘンなのか。
やっぱり、何かの術がかかってるのかな。
それとも……この採取したワカメモドキを含めて、幻か何かなのか。
でも、ワカメモドキの感触はホンモノだし、なんなら今さっき海から引き揚げた的なぬめりも感じるし……。
とりあえず【リオートリング】の冷蔵庫部分に収納しておくけど、幻とは思えないほどのリアルさだし、これが幻覚には思えなかった。
「ブラック、ここって何か曜術の気配とか……しないよな?」
「う……うん……。幻の類なら僕が一番に気が付いてるはずだから、これ自体は本物の海藻のはずだよ。でも、こんな奇妙な光景はちょっと理解しがたいね……」
「アドニスを連れてきたら何か分かるかな」
そう言うと、ブラックは露骨にムッとした顔をして「いらないいらない」と大げさに手をヒラヒラ動かした。
「あの陰険眼鏡に見せたら絶対にすぐ地上に戻れなくなるよ」
「う゛……それはそうかも……」
なんせ、のたのた君にすら興味を持って「先に行ってください」なんて言っちゃうほどの研究熱心なアドニスだ。
こんな奇妙な海藻の草原を見せたら、きっと講義も何もかもすっ飛ばして、丸一日この場所に留まってしまうに違いない。
どれもこれも、きっと海の深い所に生えてるだろうモノだもんな。
研究者としてはきっと垂涎のサンプルになるに違いない。
それを考えると、今アドニスに教えるのは得策では無いような気がした。
……帰ってから教えた方がいいなコレ。
研究者ってそもそもが自分の好きな題材に飛び付いちゃう性質を持っているのに、アドニスの場合妖精の血がそうさせるのか、一度なにかに興味をもったら、簡単にそれ以外のモノの優先順位を下げちゃうからな……。
多分薬学院の講義とか普通にブッチすると思うので、教えられないよ。
「じゃあ、俺達だけで【コーレルパ】を探してみるか」
「そうだね、ブドウみたいに房っぽく実ってるんだっけ? 運よく見つかれば、今日は昼前に帰れそうなんだけど」
そんな軽口を叩くブラックと一緒に、俺は小さな海藻の草原の中から目的の植物を探すことにした。
とはいえ、小さいと言ってもその規模は結構なものだ。
背の高いワカメモドキが繁茂している中を掻き分けて、背が低い他の海藻を探さねばならない。
色々な色の海藻がいっしょくたに集まっているし、どれも初めて見る植物だからか一々目が確認してしまい、探すのに時間がかかってしまう。
本当は一つ一つ調べてみたいんだけど……今はそんな時間など無い。
悔しく思いつつも、頭の中で【コーレルパ】の特徴を思い出しながら、密度の高い海藻の草原をかき分ける。すると、中央あたりまで差し掛かったところで。
「あっ……コレか!?」
草原の中央まで掻き分けたソコに、俺の膝よりも低い海藻が見える。
仄かに緑色に発光しているその植物はスズランのように茎を垂らし、その曲がった茎に沿わせるようにして、小さな実の集まりを生やしていた。
粒が小さくて数が多いが、ブドウのように実をつける海藻……。
そんなものは他に見当たらないし、これがきっと【コーレルパ】だ。
思わず声を上げた俺に気が付き、ロクとブラックが隣に並んで発見物を見る。
「確かに特徴が一致するね。なるほど、こういう植物なのか……」
「キュウゥ~……」
おや、ロクは何故か怖がってるみたいだな。
何となく伝わって来るが、そういうタマゴを生むモンスターがいて、それを思い出しちゃったみたいだ。
アレかな、たぶん巨大カマキリの卵とかそういうのかな。
遠目から見れば、葉っぱに産み付けられたムース状の何かに見えるかも。
イクラみたいに粒が小さいから、俺が想像するブドウとも少し違うかもな。
まあでも、房っぽくなっているのは確かだろう。
他に似たような海藻も無いし、ここが洞窟の最下層だから……あるとすれば、この植物でしかない。
房を落とさないようにコレも慎重に切り取って採取すると、俺はブラックの勧めに従って、軽く湿らせた布を敷き詰めている大きな瓶の中に入れた。
【リオートリング】に入れるとしても、寝かせて置くわけにもいかないもんな。
そんな事をして粒が零れたら回収も大変だし、何が起こるか分からない。
ワカメモドキはそういう心配がないから良いけど、これは依頼の品だからな。
熟練冒険者のブラックがしてくれたアドバイスを守り、やりすぎだと思えるくらい丁寧に取り扱っておこう。
んで、新鮮なまま持って行けるようにリングの中に入れて……ふう、これで一応は目的を達成したって事だろうか。
「この海藻があれば、ラスコーさんが【完璧な回春薬】を作れるんだよな? これで、イスヤさんに成果物が集まる場所を見せて貰えるってことか」
ようやく、俺達が探していた「魔女の薬に関する研究」の本を見ることが出来る。
思わず喜んでしまったが、ブラックは何やら浮かない顔をしていた。
「うーん……そう簡単にいくかなぁ。この展開だと、なーんかまだ頼まれそうな悪寒がするんだけど……」
「そんなまさか! ラスコーさんだって他の材料が足りないなんて話はしてなかったじゃないか。きっとこれで大丈夫だって」
「いーや、あの手の輩は絶対に後から条件を追加してくるタイプだよ。忘れてたとか言って追加でしょうもない依頼をやらせようとするんだよ」
こんな所も熟練の経験が滲んでるな。
あったのか。過去にも面倒臭げな顔になるくらいの同じ経験をしたのかブラック。
後出しじゃんけんはそら勘弁してくれってなるけど……まあイスヤさんだって何も言ってなかったし、大丈夫だろう。
「とりあえず上に戻ろうぜ。長居してたらアドニスが降りて来ちゃうかも」
「そうだね。あのクソ眼鏡にこの海藻の草原を見せたら帰れなくなるし……悩むのは洞窟を脱出してからにしよう」
このピンク空間に来た時はシモネタで真面目な雰囲気をぶち壊してたのに、面倒が起りそうになるとシモネタも放棄するらしい。
ま、まあ……ここで興奮され続けて襲われるのも困るんだけどさ。
でも、コロコロ変わるから翻弄されるこっちの身にもなって欲しいよ。
そんなんだから、こっちだって慌ててしまっていっつも反射的に拒んじゃうのに。
……って、俺も何を考えてるんだか……。
やっぱり、このちょっと暗めのピンクな空間のせいなんだろうか。
どんな術が掛かっているのか、どういう仕組みなのか全く分からない場所だけど、長くここに留まっていたら良くなさそうな事だけは分かるぞ。
……特に、ブラックと二人っきりになると危なそうだ。
俺もおかしな考え方に行っちゃうくらいだし……何気に、ブラックが真面目に変な事を言ってたのもそのせいなのかも知れない。
やっぱアレかな、回春薬の材料だからこんな風になるんだろうか。
だとしたら、こんな場所からはさっさと逃げるに限る。
じゃないと何が起こるか分からないからな。
いや、まあ、このオッサンと密室に二人きりになったら、こんなピンクの部屋じゃなくても弄り回されるんだから、あんまり変わんないんだけど。
「…………コイツは回春薬とかなくても大丈夫そうだな……」
「え? なにツカサ君? いまなんかやらしい事でも言った?」
「言ってない! お前の耳はどうなってんだよ!!」
やっぱりコイツのスケベ心のボルテージが上がってる気がする。
ヤバい事になる前に退散だ、退散!!
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