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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
22.潜入開始
◆
「こちらになります。どうぞ」
イスヤ学院長が、太い木の枝に降り立つ。
既に三度目の訪問となっていた俺達も危なげなく降り立つが、いつも降りる場所とは様子が違っていて、ドーム型の天井に近い枝は採光の邪魔にならないようにか、枠のようにして円形の壁に沿って枝を変形させている。
下から見上げた時は遠すぎて分からなかったけど、近くに行くと、この一番上の枝の異様な変形具合が分かるな。
しかし……まさかこの【杯の棟】こと研究棟の上部が【大樹迷楼ハイギエネ】というダンジョンに繋がっているとは思いもしなかった。
確かに、言われてみれば建物の壁の至る所から無数の巨大な枝が生えてるのは変だし、この研究棟の地下にダンジョンが在るとすれば納得だけど……にしたって、この幹の太さだと【大樹迷楼】ってとんでもないデカさの樹木なのでは。
地下のダンジョンがどんな風になっているのか想像もできないな……。
そんなことを思いつつほっそりした女性の後ろ姿を頼りに歩いていると、イスヤ学院長はぐるりと回る枝を歩く時間が勿体無いと思ったのか、ダンジョンについて説明し始めた。助かるけど、まあ突端まで行くのに大分時間がかかるモンな、ここ。
「あらかじめ言っておきますが……この【大樹迷楼】は、私や数少ない“ダンジョンの存在を知る人々”でも、全貌を把握出来ておりません。というのも、第三階層と言える“広場のように突き出た瘤”のあたりで幻惑効果のある花粉が出てくるからです」
「花粉、ですか?」
「ええ。これが、未だに解毒方法も分からず……少なくとも、百年は閉ざされているのですよ。なにぶん高所で下が見えないもので、木の曜術師だけでは危険でまったく動けず……」
そう言いながら、学院長はブラックをチラリと見やる。
護衛役として付いてきたブラックだが、入るにあたって学院長には「月の曜術師」であり凄腕の熟練冒険者である事を説明している。なので、幻惑花粉の先へと行けるんじゃないだろうかと期待されているんだろうな。
ブラックもそれは気が付いているだろうが、それでも面倒臭そうな顔をしていた。
お前は本当に他人の思う通りにならんのう。
まあでも、頼りになるのは確かだからな。
俺もブラックならいい案を思いついてくれると思っているから、そこまで行ったら素直に頼らせて貰おう。まあ……そこまで無事に辿り着けるかどうかが先だが。
「では、その先は学院長もご存じないと」
アドニスの問いに、彼女は俺達から見える後頭部を横に振った。
「いえ……代々、ここの学院長のみに伝わる文書によると、とても珍しい【炎と木】の複合曜術師が在籍しておりまして、その方の協力で当時の学院長は最下層近くまで到達したことがあるのだそうです」
「ほお……」
そんなに。
じゃあ情報はバッチリだなと思ったのだが、学院長の背中は何だかガッカリしたような雰囲気を漂わせていた。
「その時の階層は十階層程度だったそうですが、花粉の先は蔓で覆われていたり、樹液によって滑りやすかったりと、中々に危険だったそうですよ。ただ、ここは魔素により生成されたダンジョンではないので、モンスターはおらず単純に体が動くかどうかが重要だったようですがね」
「ちょっと待て、その時は十階層程度ってのはどういうことだ」
ブラックのツッコミに、学院長は一歩立ち止まった。
そうして、何だか困ったような顔で振り返る。
「私達は定期的に【大樹迷楼】の気の流れを測定しています。もちろん、万が一、ここにモンスターが発生した時のために、代々記録を残しているのです。その記録と今の大樹の曜気を照らし合わせると……明らかに流れが下へ行って戻ってくる距離が異なっていることが分かりまして……詳細は不明ですが、大樹は下へ下へと空間を押し下げ、かなりの成長を遂げているようなのです」
それって、つまり……今は何階層あるか分からないってこと……!?
ま、待て待て待て、だとするととんでもないぞ。
俺達はどこまで降りればいいんだよ。
「……そもそもの話、ダンジョン化した大樹を下りずに知識を得る方法は無いのか? 知恵の樹自体がダンジョンになっているなら、下に降りる必要は無いだろ」
混乱した俺の頭に、横からブラックの不機嫌な声が飛んでくる。
…………確かにそうだな。
そもそもダンジョン自体が秘匿された大樹なんだから、第一階層からでもアクセスできる手段があるんじゃなかろうか。
とは思ったけど、どうもそう簡単にはいかないらしい。
「そう出来れば良かったのですが、この【全知全能の世界樹】から知恵を授かるには、遥か下へ潜ってしまった根の股の辺りにある“水晶”に手を添えて願わないと、知識を授かることが出来ないのだそうです。かつては、そうすることで世界の知識を得る事が出来たのだと書いてありましたから」
「うわ……面倒臭さ……」
真っ正直に声を漏らしてしまうブラックだが、俺も正直肯かざるを得ない。
最初の頃はそれで良かったんだろうけど、異常成長を遂げた今はただただ険しい道でしかないもんなぁ……。
そりゃアドニスに「ダンジョン化した世界樹」と言うはずだ。
ダンジョンは最下層や最終地点にお宝があるもの。これは、この異世界でも変わらない不文律だ。それを学院長も知っているからこそダンジョンと呼んだのだろう。
とはいえ、最下層が何階か分からないダンジョンてのも恐ろしいなぁ……。
「ふむ……。学院長、一つお聞きしたいのですが……ダンジョンとなった世界樹は、何かに覆われた状態なのですか? それとも、周囲の壁と大樹は大分離れているのでしょうか」
俺がしみじみダンジョンの怖さを考えている横から、アドニスが妙な事を聞く。
学院長は不思議そうにしながらも、再び歩き出しながら問いに答えた。
「ええ……ダンジョン化した場所の例に漏れず、【大樹迷楼】も大規模な空間変異を起こしておりまして、大樹の周囲は雲に囲まれた空域と化しております。恐らくは、壁を探そうとしても見つからないでしょう」
「ほう、それもまた珍しいですね。ダンジョンは基本的に内部を変異させるのに、大樹は自分の周囲を変異させてしまうとは」
確かに、言われてみればそうかも。
ダンジョンって、外から見た限りは普通の洞窟にしかみえない……みたいな感じの所も多いモンな。外見まで変化するってんならまだしも、周囲まで影響が及ぶレベルのダンジョンには出会った事が無いや。
チートもの小説だとわりと珍しくない設定のような気もするけど、実際にそういう話を聞くと、やっぱり内部を変化させるものより異質に思えてしまう。
「だが、例が無いわけじゃない。【空白の国】と一体化したダンジョンや、強力なボスモンスターが発生した場合だと周囲まで変質してしまう事もある。ダンジョンの外に毒沼が発生したり、木が枯れたり、雨が降り続いたり……ともかく、珍しくはあるけどそう構えるほどの事じゃ無いさ」
「へえ~……ってかやっぱりそういうのって難易度が高いダンジョンなんだ……」
ブラックの言葉を参考にすると、今から挑む【大樹迷楼ハイギエネ】も難易度の高いダンジョンってことになりませんかね。
……も、持って来た装備で大丈夫だろうか……。
不安になってしまったが、その不安を解消してくれる人は誰もいない。
ブラックも、アドニスも、学院長でさえも全貌が分からないダンジョンなのだ。
そりゃまあ誰も楽観的な事なんて言えないよな。
けど、行くとなったら弱音は吐いていられない。
アドニスだってストレス解消のためとはいえ、ダンジョンに挑むのだから真面目な気持ちで挑んでいるだろう。
俺も多少は冒険者としてダンジョンに潜って来たワケだし、よっぽどのことがなければ、ブラック達に付いて行けるはず。
……あ、足を引っ張らないように頑張ろう。
そんな事を考えていると、壁に一人分くらいの入口がぽっかり空いているのが見えてきた。ちょうど降り立ったところから反対側の壁なんだけど、もしやここから入るんだろうか。ブラック達と一緒に覗いてみると、階段が下へと続いていた。
ま、また下り坂か……しかも終わりが見えないくらいの……。
「ここが入口です。ああでも安心してください、このダンジョンは出てくる時は親切で、どこから上へ戻っても、すぐに【杯の棟】の壁から出る枝のどこかに出ますから」
「それは便利な……」
「まあ、帰りは楽だと言うのなら気負う必要は無いでしょう。今回は問題の第三階層まで行ってみましょうか」
そんな事を言いつつ、アドニスは先陣を切って階段へ入って行く。
おや、アドニスらしからぬやる気だな。
でもまあアドニスにとっても興味深い場所だろうし、ワクワクするのも無理ないか。
そう思ってふとブラックの方を見やると、相手は呆れたように眉を上げて両肩を軽く竦めて見せた。
「僕達も降りようか。アイツ一人に行かせると何をしでかすか分からないし」
確かにそうかも。
今は大人しいけど、アドニスって結構研究に関してはマッドだからな……。
もしかしたら木の皮を剥いだりし始めるかもしれない。そんなことしたら大樹が怒って俺達を出禁にするかもだし、ちゃんと目を光らせておかないと。
よしきたと頷き、俺はブラック、ロクショウに続いて階段を下りることにした。
……最下層までいかなくても済むように、早く“謎かけ”の答えが分かると良いなあ――とか、弱気なことを思いながら。
→
※ちょっと体調を崩しまして大幅に遅れて申し訳ない…(;´Д`)
だいぶ回復しましたが、修正などはもうちょっと
お待ち頂けると嬉しいです
更新だけは遅れてでもアップするから心配しないでね!
しかし無理はするもんじゃないですね(´∵`)
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