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遠日幻望ユグドラシル、崩壊兆す瀑流の寇盗編
10.不審物にはご用心
◆
「ん゛…………」
耳に何かの音が届いて、ぼんやりとした意識に感覚が戻ってくる。
今の姿勢につらさを感じたので無意識に動こうとする、と……ずきりと色々な場所が鈍く重い痛みに襲われる。
足を動かそうとすると、何故か股関節のあたりとケツが酷く痛んだ。
…………あれ。
……あれ?
一瞬、自分がどこにいるのかも何をしていたのかも理解できなくて、いつベッドの上で寝たんだろうかと素直に疑問に思ってしまったが、もう少し動くと尻のあまり説明したくない場所から更に酷い痛みが伝わってきて、俺は顔を歪めた。
ぐっ……こ……この、イヤというほど覚えがある感覚……まさかブラックの野郎、俺が気絶したのを良い事に好き勝手やりやがったな……!
痛みで意識がハッキリして周囲を見回すと、隣ですっきりした顔をしているオッサンが髭を濃くしてぐーすか寝てやがる。
体に何かが残っているような違和感はないが、ブラックも俺も裸な所からして絶対に俺の体でなんらかの性欲発散を行ったに違いない。っていうか絶対にケツに挿れやがったに違いないのだ。
でなかったら、このっ……そ、その……広げられた感覚と痛みとじんじんした感じはなんだっつーんだよ!!
「くそぉお……さ、最近はえっちするって騒がないから安心してたら……っ」
何とか体を横になるように動かして、ブラックの方を向く。
……よほど満足したのか、相手は起きる気配が無い。緩んだ顔をして半開きの口から涎を垂らしつつぐーすか眠っていた。
こ、こいつ。せめて俺を好き勝手してごめんねっつう罪悪感は無いのか。
思わずイラッとして頬を引っ張るが、相手は「はひぇひぇ……」という間抜けな声を漏らすだけで安らかに眠ったままだ。
もう俺の方がチクチクが増したヒゲに耐え切れず手を退くが、やっぱり人の気配に気付きもしないブラックは目を閉じていた。
「いつもは人の気配に敏いくせに……」
恨み言が出るが、俺の不満な心とは裏腹に声は軽く詰るみたいで恥ずかしい。
……ホントに怒ってるんだぞ俺は。
でも……ブラックが警戒心ゼロで眠るのって、大抵俺と一緒に寝てる時だけで……こ、こういう……えっちした後とかに、良く見るなって感じの……。
「うぅ……」
全然許してないのに、寝顔を見てると何だか色んな感情が綯い交ぜになって行く。
べ、別に……そんなこと思ってないけど。
でも、なんていうか……。
「…………アンタ、ほんと……なんでこういう時に寝ちゃうかな……」
起きていれば、まだ好き勝手に怒ったり喚いたりできたのに。
なのに、なんでよりにもよってそんな顔見せてくるんだよ。
…………俺を好き勝手した後でなきゃ、ちょっと、可愛いかなって……思ったりとか、しなくもないんだけど……。
「……な、なに言ってんだか……ああもうやめやめ、とりあえず水かお茶……」
喉が掠れて変な声しか出てこない。
というか、喋るのもつらい。こんな状態じゃ曜術を使う集中力も出ないから、バッグの中から【リオート・リング】を取り出して麦茶でも飲もう。
そう思い、ベッド横にあるサイドテーブルを見たのだが……俺の所持品が無い。
ベッドの下にもそれらしいものは無かった。
「あれ……ど、どうしよ……」
こんな状態だと誰にも会えないし、っていうか今気付いたけど俺裸だし、さっさと服を着てしまおう。ここでブラックがうっかり起きたら、また余計な事になるかも知れん。普通は自意識過剰で終わる話だけど、コイツに限ってはそうならんからな……。
これ以上の惨劇は阻止しないと。
「ぐぅう……」
体を何とか必死に動かしつつ、自分の服がないかとベッドの周りを見渡す。
が、俺の一張羅であるズボンやシャツが見当たらない。
そもそも俺が居る場所って一体どこなんだ、と、今一度周囲を確認すると……段々と俺が何をしていたかが思い出してきた。
ああそうだ、俺、アドニスとの約束で、ブラックとロサードと一緒に……う、ううう。
「お、思い出すな思い出すな……! えっと……あの部屋に似てるし……ここは港の商館の部屋なんだよな……?」
あまり思い出したくないが、この部屋は四人でいかがわしい事をしてしまったあの部屋に似ている。少し広いけど、使用人部屋か何かの一つだろう。
ということは、ロサードやアドニスもどこかの部屋に居るのかな。
俺のバッグは例の部屋にあるんだろうか?
「…………」
正直言うと、今はあんまり誰かに会いたくないし、例の部屋にも戻りたくはないんだが……ブラックが俺に何かして、この部屋で寝てるんだったら……ちょっとは時間が経ってるって事だよな?
窓の外を見ても真っ暗なままだから何時間たってるかは不明だが、きっとアドニスもロサードも寝たりしてる……はず。
なら、こっそり部屋に戻って服やバッグを持ってきても大丈夫かな。
「でも服が……」
と、思っていたら、ベッドの真向いの机に布が畳んで置いてあるのが見えた。
おお、あれは服じゃないのか。
なーんだ、ブラックも最低限の俺の尊厳は守るつもりだったんだな!
額に肉とか鼻の下に鼻毛とかの落書きをしてやろうかと思ったが、鼻毛は勘弁してやってもいいかな。肉は絶対に書く。
ともかく善は急げだ。さっさと服を着ようと思い、俺はベッドからゆっくり降りて、ガクガク震える足をなんとか立たせると、赤ちゃんより頼りないヨチヨチ歩きで何とか机に辿りついた。ふ、ふう……これで服さえきればいい。
そう思い、畳んである布を広げると。
「…………」
いや、服かこれ?
待て、待て待て。なんだこの布は。留め具をつける場所があるが、これは腰に巻く布であってスカートですらないぞ。上着は、まあ……黒いストレッチ生地みたいな物だろうか、袖なしで何故か非常に丈が足りない気がするんだが、手触りも良いしこの際マトモに着れれば不満は無い。
だが、ズボンらしきものが無い。
どこを探してもズボンが無いのだ。
ブラックの野郎、まさか俺にノーパンでこの布を巻いておけと……?
やっぱり鼻毛付けて瞼に目を足そう。もう許さん。絶対に許さんからな。
そんな事を想いながら腰布を再度広げようと持ち上げた途端、パサッと何かが机に落ちた。おやっ、もしかして鼻毛帳消しチャンスのパンツか!?
思わずそれを摘まむと、確かにパンツらしき形はしていた。
だが、この世界で主流であるトランクスっぽいパンツではなくて……。
「……これ、女性用では……?」
上着と似たような生地の、シンプルな黒い下着。
だがそれは男性用ではない短さと小ささで、どうみても女性用に見える。
もしくは、もうエロの世界でしか見かけないブルマとかいう夢の体操着のようだ。
「まあ、でも……フルチンよりは着用した方が……。腰布があればなんとか隠す事も出来るだろうし……ってそのための布だったのか?」
だとしたら、俺が恥ずかしがると踏んでブラックが用意してくれたんだろうか。
コイツの事だから、スケベ心がまだ収まって無い状態でアドニスやロサードに服を渡されたら腰布を隠しそうだしな。ちゃんと選んでくれたんだろう。
服に関しては、これしかなかったってことなのかな。
きっと、俺が半分以上思い出せないし思い出したくない数時間前のアレで、俺の服は大変な状態になってしまったのだろう。
だから、洗濯をしてくれているに違いない。この服はその代わりなのだ。
……無暗に女性用の服を用意しないのは優しさと思っておこう。
「し、仕方ないな……」
まあ、女の子っぽい服じゃないし……これくらいならいいか。
そう思い、俺は一刻も早く全裸から抜け出すべく、足をガクガクさせながらも上着を頭から被り、いつも付けている指輪のネックレスを服の上から再度付け直すと、黒い小さなパンツを穿き腰布を巻いた。
「うぐっ……だ、だからなんでブラック達が選ぶ服は露出度高いんだよ……!」
ストレッチ生地っぽい袖なしのハイネックな服は、脇が露出という話どころではなく、乳首が隠れるギリギリの所まで前の布が削られている。背後の布がたっぷりあったし黒い記事だったので騙された。
それに腰布もそうだ。
留め具を付けたら余裕が股下数センチしかなくて、激しく動いたらパンツが簡単に見えてしまう。いやこれミニスカートでもこんな短くねえよなんだこれ。さっきはもっと長い布に見えてたのに、アレは腰に何重かに巻いて留め具を付けたら短くなる仕様になっていたらしい。なんだその騙し討ちみたいな仕様は。
しかも、留め具で止めたら左足が骨盤辺りまでほぼ露出してしまった。
…………ああ、間違いなくブラックのおバカが選んだ服だよこれは……。
「そ、それにやっぱり、パンツも変だし……」
あまり確認したくないが、パンツも上着と同じストレッチ生地みたいなものなのか、グッと引き上げると……その……こ、股間に張り付くって言うか……。
……い、いや、気のせいだ。気のせいだと思おう。
俺は敢えて触れない事にすると、相変わらずの痛みと違和感に苛まれながら、足を何とか動かして部屋を出た。
「うう……ホントに人が居なくてよかった……」
廊下は水琅石の明かりで夜も明るい。
部屋を出た事でやっとわかったが、俺達が寝ていた部屋は例の部屋と同じ廊下に繋がっていたらしい。見覚えがある廊下だ。ということは……向かい側の部屋のどれかがあの部屋だろう。えーと確か……少し奥だったよな。
「ぐっ、ぅ……うう……歩きにくい……」
ずる、ずる、と足を引きずりながら歩く。
さっきはギョッとした服だったけど、上着もパンツも案外動きやすいな。もしかして、これってリュビー財団の新たな商品だったりして?
俺が着られる服が無かったから、サンプルを貸してくれたとか……。
うーん、十分あり得る。だって、この世界って基本的に俺より背の高いヤツが多いし、女の人でも俺が負ける身長の人の方が多いんだもんな。
外国人風の人達が溢れる高身長世界だったら、俺みたいなのにピッタリな成人の服なんて在庫も少ないだろう。仮に俺と似たような背丈の人がいたとしても珍しいから、物を売る側はそれほどたくさん作らないだろうし……って、何で俺はこの世界での服の難儀さを考えてるんだよ。
いや、でも、冒険者用の店に行っても俺が着られる服ってマジでいつもの「どこででも買える安価な服」しかないからな。
安価だからこそ色々なサイズがあるんで、作って貰ったりしなくていいのだ。
「でも、裁縫で服を作るとか、いつかは覚えるべきなのかなぁ……」
いつもの服も気に入っているが、強い敵と戦うなら鎧とかが必要だろう。
俺だって一応異世界転移した人間なんだからな。ちゃんと戦うってんなら、武器や防具は必要だろう。でも絶対オーダーメイドになっちゃうだろうから、イザって時には自分自身で裁縫や鍛冶が出来るようになっておかないと……。
……いや、現実で考えるとチート主人公本当すごいな。
家事とか普通に考えて出来ないってばよ。
「おっと、ここかな……? なんか扉の古さに見覚えがあるぞ」
自分の凡人さを噛み締めつつ、そっと耳を当てて中に人がいない事を確かめると、ゆっくり扉を開いた。
おお、やっぱり誰もいない。薄暗いしもう後片付けとかは終わったらしい。
中の様子を知りたくて、短い部屋の中の廊下を通って部屋を覗く。
と……覚えがあるがあまり嗅ぎたくは無かった臭いが微かに鼻を突いた。
「う゛……」
お、思い出すな思い出すな。
えーと俺のバッグは……あれっ、ないぞ……?
「あれえ……!? 俺の服と一緒にロサードが持ってったのか……?」
待て待てそれは困るぞ。
他の部屋に置いているとも思えないし……だとしたら一階か。
この弱々しい状態で一階へ降りるのはかなりキツかったが、しかし俺は幸いな事に自己治癒能力だけは素直にチートなのだ。
たぶん、歩いているうちに回復するだろう。たぶん。
そう希望的観測をつけながら、俺はなんとかそこそこ短い廊下を渡り切り、古い家特有の急な階段を慎重にギシギシと降りた。
急な階段なら婆ちゃん家がある田舎で何度も使ったから問題ないもんね。
そうやってなんとか降りると、俺はきょろきょろと周囲を見た。
さて……どこにあるんだろう。気が利いてるロサードなら、急用で留守にするって時も、俺が困らないように取り計らってくれるはず。
…………そ、それに、相手も顔を合わせづらいだろうし……だとしたら……。
「……あった!」
お互いに気まずさを抱いているとしたら、ロサードの事だからきっと俺と万が一顔を合わせられなくなってもすぐバッグを渡せるように、カウンターのどこかにそっと置いてくれているはず。そう思った俺の予想は当たっていた。
なんと、カウンターの裏側にある棚のように刳り貫かれた所に俺のバッグがメモと共に置かれていたのだ。
メモはこの商館のおじさん――助けたりババロアをあげたりしたおじさんに、俺達が泊まっているから、自分が出て行けなかったら帰りに渡してくれと書かれていた。
うーん、さすがは貴族の御用聞きでもあるリュビー財団の番頭役筆頭。
既に根回しをしてくれていたわけだ。
まあ、ブラックが起きたらバッグや服の事は話してくれただろうけど……なんにせよ、俺が分かる範囲の場所に置いてあって良かった。
そう思い、俺はバッグを取ろうとして……やめる。
……ここで俺が部屋に持って戻ったら、ロサードが慌てるかもしれない。
何も言わずに持っていくのと一緒だもんな。もし相手が早朝に用事があって商館を出ざるをえなくなった時にバッグが無かったら、ロサードは慌てて探すはずだ。時間をロスさせてしまうかもしれない。
そんな手間を掛けさせるわけにはいかないよな。
仕方がないので、ここは【リオート・リング】だけ持っていくことにしよう。
そう思い、ゴソゴソとバッグの中から腕輪を取って中から麦茶が入ったポットを取り出すと、俺は無作法にポットを自分の上で傾け口にお茶が流れ落ちるようにして喉を潤した。へへへ、家でペットボトルからお茶を取り出すのがもどかしい時によくやる手なんだよな。これなら口を付けてないから文句も言われないのだ。
「ふぅー……。でもまだ声はガラガラ……」
よっぽどギャアギャア騒いでしまったらしく、いつもよりカスカスで声が出ない。
ちょっと声音を高くしたら聞こえやすくはあるけど、無理をすると咳が出そうだった。
ぐぬぬ……おのれブラックめ覚えておれ。
「氷でも背中に入れてやろうかな……」
どうせそれでもビクともしないんだろうけど、ちょっとだけでも良いから「俺は怒ってるんだぞ」と主張しないと俺の腹の虫とケツの痛みが治まらない。
何をされたかはこの際どうでもいいというか知りたくないので、せめて一発くらいは重い拳で殴らせてほしかった。……どうせこれも「えっ、今のが本気……っ!?」とか言われて逆にドンビキされるんだろうけど。
「なんか余計に腹立って来たな……」
湿布薬でも鼻に詰めてやろうかと思いつつ、これ以上酷い復習も思いつかないので部屋に戻ろうかと決意を固め――――
「えっ?」
暢気に思考していた俺の視界に、何かが映る。
それは、カウンターの奥の方で蠢いていたようで、かなり小さかった。
「……ネコ……? いやネズミ……?」
とはいえ、実はこの世界でネコもネズミも見た事が無い。ネズミの獣人やモンスターと化したネズミなんかは見た事があるが、俺が知っているサイズの可愛い子ちゃん達は今まで出会ったことも無かったのだ。
しかし考えてみればここは港町……もしかしたらネコもネズミもいるのかも。
異世界のネコやネズミなんて、そんなの見てみたいに決まってる!
俺はカウンターの後ろにあるドアのない入口から、そっと中を除く。
――――そこは廊下で、これと言って変わった所は無い。
……気のせいだったのかな?
少し残念に思いつつ、見るのをやめようとして体を一歩退いた、その時。
「うわっ!?」
廊下の暗がりから、何かランプの明かりにギラつくような物体がこちらへ飛び出した。
そしてそれは、カウンターから乗り上げて玄関へ向かおうとする。
な、なんだ。アレはなんだ!?
一瞬考えるが、目には確かに相手の正体が映っていた。しかし、俺はそれを「どういう生き物であるか」と判別できなかったのだ。
慌ててカウンターの出入り口から出て、妙なモノが向かった玄関に向かう。何が何だかよく分からないけど絶対にソレを取り逃してはいけない気がしていた。
いや、杞憂かも知れないけど。でも逃がしたらヤバいと思ったんだ。
「まっ、待て……!!」
だってその謎の生き物は、ラグビーボールくらいの大きさのスライムみたいに、水気でしか出来ていないような姿なのに――――
その体内に、何かの重そうな鉱石を包み込んでいたのだから。
「ヤバいヤバいヤバい、あれ絶対この商館のモンだろ……!!」
丁度玄関に合ったローブを拝借しドアを開いて、スライムに似た物体がズザザザと音を立てて逃げ去る港の奥へ俺も追従していく。
……もしかしたら俺の取り越し苦労かも知れないんだが。
でも、だとしたってあのスライムは変だ。
この世界のスライムって、一般的なゲル状やジェル状の小さな存在じゃないんだ。多くが遺跡にしか生息していない謎の生物で、俺が退治した者は遺跡を守るために配置されていた。洞窟にも生息しているらしいけど、少なくともこの世界じゃ絶対に、この常春の国に居るはずがない強敵なんだ。
だって、ここは「昼間は弱いモンスターしか存在しないライクネス王国」だぞ。
いくら夜に凶悪なほど強いモンスターが出る世界だと言っても、ライクネスならば他の地域よりも確実にモンスターのランクは下がるだろう。街中に出たなら退治されているはずだ。
それに、スライムがあんな風に民家に侵入するってのも怪しい。
いや、本当はスライムじゃないのかも知れないけど……でも、人様の家から急いで逃げたってのは、もうそういうことだろ。
あの体内のゴツい石は、絶対に盗品だ。
盗まれたら困る石かも知れないし、絶対に見失わないようにしなきゃ。
戦えなくても、アイツの住処か操っている奴くらいは特定しておかねばロサード達が大変な事になるかも知れん。
ああでも、せめてブラックに一緒に来てほしかった。
俺だけじゃ突然の事態に対処しきれない……っつーか、お前のせいでケツと足腰が痛いんだよ走ってて激痛なんだよこのー!!
し、しかも、うっかり裸足で飛び出しちゃったし……ああローブがあそこに掛かっていて本当に良かった。体と頭をすっぽり覆い隠すこのローブが無ければ、俺は外には出られなかっただろうしな……。
ったく、なんでこんな時にこんな服着せられてんだよ俺はぁ!
「うううっ、でも走りやすくはあるかも……っ」
ぺたぺたと音を立てながら、俺はひたすら港を逃げる変な生物を追いかける。
――――まだ、夜は明けていない。月の光のお蔭で、スライムがゆらゆらと光って見失わずに済んでいるが、それでもやはり薄暗くて、気を付けないと転びそうだ。
港の地面は大小さまざまな飾り石で装飾され、穏やかな海は月の光の道を作っている。こんな状況じゃなきゃ綺麗だなと見惚れることが出来たのに、今の俺は縺れそうになる足を無理矢理動かして、スライムを追いかける事しか出来ない。
ええいくそっ、波止場を一直線に走ってるから追いやすいけど、このままじゃ息切れしちまうよ。もういっそ何か、足止めをすべきなのか。
だけど、真正面を見ても荷受けのために広くスペースを取ってある波止場は、周囲に障害物が無い。
少し距離を話した所に倉庫や商館などの家屋が並んでいるけど、あそこから何かを拝借するのにも時間が足りなかった。
ぐうううっ、チートか。やっぱりチートを使うしかないのか。
でも今の状態で使えるかな……めちゃめちゃケツが痛いのに……。
しかし、集中できなくてもやるしかない。
俺が意を決して片手をスライムに伸ばし息を吸おうとする、と、相手は俺の攻撃を見透かしたのか否か、急に方向を変えた。
うわっ! そ、倉庫とか館のある方に行かれたら見失っちまうぞ!
どこかに入られでもしたらそこで終わりだ。
俺は必死に食らいつき左に急転回すると、スライムを追って倉庫と倉庫の間にある細い道に入った。でも、ここは人がすれ違うくらいの幅があるから動きやすい。
しかし、こんな所に入って何を……あっ! また曲がりやがった!
逃がすものか、と俺も更に細い通路に入る。
うげっ、く、暗いっ……!!
いやでも微かにスライムが見える……あれ……泊まって無いか?
行き止まりの、木箱が色々と置かれている場所。
背の高い倉庫のせいでほぼ月光が遮られていて、目を凝らさないと何があるのかすら曖昧になってしまう。そんな場所の突き当たりで、スライムはぷるぷるしていた。
もしや観念したのか。
そう思い近付こうと、ペタペタ鳴りそうになる足を制してゆっくり路地へ入る。
…………静かだ。
波止場は波が岸壁に当たる音が聞こえていたけど、ここは何もない。
高い壁が周囲の音を遮断してしまうのか、やけに静かだった。
「…………」
なんだか、緊張する。
ゴクリと唾を飲み込みながら、留まっているスライムとゆっくり距離を詰めていく、と。
「ッ……!?」
スライムが急に、宙に浮く。
かと思ったら急にパンッと弾けたではないか。
思わず息を呑んでしまった俺の目の前で、暗がりからヌッと手が出てくる。
手…………手ぇっ!?
ま、まさかこんな場所に人間が潜んでたってのか。いや、ヤバい。
この通路には隠れる場所が無い、しかも俺は相手に気付かれる距離に……――
「なんだ、テメェは」
腹に響くほど低くて、とても不機嫌そうな大人の男の声。
何故か無意識に危機感が頭の中で湧き起ってきて、俺は逃げようと相手に背中を向け走り出す――つもりだった。
だが。
「ん゛ぅうっ!?」
なっ……く、口っ、口を塞がれた。
いや、ちょっと待って。俺なんか拘束されてるんですが、なんか誰かの片腕に両腕ごと囚われてしまったみたいなんですが!?
「…………」
「ん゛うーっ!」
うわっ、ヤバい、ヤバいヤバいやばいって!
引きずられていく、どんどん路地の出口が遠くなっていく。逃げようとしているのに体が全然動かない。勝手に後ろに移動していく。
その内、月の光がほとんど届かない陰に、視界が染まって。
「俺が良いと言うまで喋るな。……騒ぎやがったら殺すからな」
どこかで聞いた事のあるような怖い声が、背後から俺を脅した。
→
※なんとか深夜…!!
ちょっと遅めですが戻していきたいです(;`ω´)
ひと段落ついたら修正もまとめてやっていきますね…!
いつもご支援いいねエールありがとうございます♥
\\└('ω')┘//やる気出ますううう!
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