異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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遠日幻望ユグドラシル、崩壊兆す瀑流の寇盗編

19.好奇心は猫をも殺す1

 
 
 「我慢しなくていい」となったら、ブラックはすぐに宝剣・ヴリトラで周囲の植物や枝を簡単に薙いで道を作っていく。

 アドニスの【グリモア】の力で作った植物ということは、多少なりとも耐久力は強い物だろうに、それでもスパスパと切って捨てているのだ。これって、ブラックも同じ本を宿しているからなんだろうか。
 それとも、ヴリトラに炎を纏わせているからなのかな?

 俺には判断できなかったけど、それでもやっぱりブラックが普通の枠には収まらぬほどに強い事は充分に理解できた。
 ……一緒にい過ぎてちょっと麻痺してるかもしれないけど、コイツ、曜術師としても剣士としても一流以上の存在だからなぁ……。

 そんな考えてもしょうがない事を考えていると、遂に目の前に枠しか残っていない温室の壁が見えてきた。

 あの音はよほどの衝撃だったらしく、温室の壁は一片のガラスも残っていない。
 天井を見上げながら通過したが、ガラスはすべてなくなっていた。
 この鬱蒼とした森が、結果的に天井からの破片を防いでくれたらしい。元は学生への嫌がらせでジャングルにしたんだろうが、まさか防護壁になるとは。まさに怪我の功名ってヤツだろう。……いや、アドニスは絶対そんな事考えてなかったろうが。

「にしても、【杯の棟】で何が起こったんだろう……」

 【杯の棟】の陰にあった温室から、唯一の入場口である【杖の棟】から伸びる外廊下の通路へ向かっていると、こちらからも大勢の騒ぎ声が聞えて来た。
 見えた外廊下には、今まさに避難している研究者たちがごったがえしている。

 慌ただしく動いてはいるが、みんな大人だからなのかそれとも、精製薬という物品の性質上ある程度「こういう事態」に慣れているのか、混乱してはいるが誰かを押したり焦ったりしているような様子は見えない。
 彼らが実験三昧の研究者でよかったな、と今更ながらに思いつつ、俺達は人々の群れの邪魔にならないように廊下の外を走ると、流れが切れかけていた入り口へと急いで滑り込んだ。

「うわっ……煙が……っ」
「鉱石で作った爆発物っぽいね。二度目の爆風で消えなかった黒煙が混じってる」
「そういうので作ったら黒煙になるのか?」

 俺の問いかけに、ブラックは迷いもなく頷いた。

「うん。曜術と違って、鉱石の粉なんかで作る爆弾は混ざり物だからね。術が使えない奴が壁を壊したりするのに使うけど、大体が鉱石同士の反発で爆発を起こすように作られてるから、こういう体に悪い黒い煙が出るんだ」

 確かに、周囲の煙はかなり焦げ臭くて黒っぽい灰色だ。
 外から見た煙は白かったような気がするが、内部の煙は自分達が見た者よりも煤けていて、明らかに吸い込むと危なそうだった。こりゃ体に悪いと言われるのも納得だ。

 俺は慌てて二人分のハンカチを取り出すと、【アクア】で濡らして一枚をブラックに渡す。その行動の意図を理解したのか、ブラックは剣をしまうと躊躇いなくハンカチを口に当てた。

「こうすると良いんだね?」
「おう、煙の原因に近付くからあんまり意味ないかもだけど……こうしてる方がマシなはずだから……」

 とりあえずブラックの動きを制限しないように降ろして貰うと、俺はこれが火災の時に煙の街を少なくする方法なのだと伝える。……まあ、こっちの世界だと勝手が違うかもしれないが、やらないよりはマシだろう。
 そんなことを手短に説明すると、相手は嬉しそうに笑った。

「えへへ……じゃあ早速上に行こうか」
「よし……とはいえ、この状況じゃゴンドラは使えないよな。まだ避難する人が残っているかもしれないし……。よし、ここは俺に任せてくれ!」

 ここでチートを使わないでいつ使う、と腕まくりをして見せたが、ブラックは笑顔を急に心配そうな表情に変えた。

「で、でもツカサ君、【黒曜の使者】の力を使ったら痛みが出るし、なにより本調子じゃ無かったじゃない。ねえ、僕が何とかするから……」
「今の状況で使い勝手がいいのは俺の木の曜術しかないじゃん」
「それはそうだけど……」
「大丈夫だって。痛みって言っても連続で使わなければすぐ治まるんだし、戦闘中に使う訳でもないんだからさ。それに、上の方で怪我をした人を見つけたら、その人の事を背負えるのはブラックしかいないし……だから、な?」

 体力は消耗するとすぐには戻らないけど、俺のチート能力は別だ。
 俺が痛みを感じるといっても、だから能力が尽きるって事はないし、ちゃんと時間を置けば痛みだって治まるんだ。

 なら、俺の根性次第で無限に使える力と体力を天秤に掛けたら、圧倒的に俺の力を活用する方がピンチになる事態は少なくなるだろう。
 それは、ブラックも理解しているはずだ。
 ……俺が、怪我人を放って置けないって事も。

 だったら、もう答えは決まったようなもんだ。
 「そうだろ?」とでも言わんばかりに、煙で薄く霞む相手の顔を見上げると。

「…………もぉ……。でも、無理しちゃだめだよ? 正直、ツカサ君以外のヤツなんて僕はどうでもいいんだからね。無茶したら何も協力しないからね!」
「解ってる解ってるって! じゃあ早速やるぞ!」

 霞んでもはっきりと判る綺麗な菫色の瞳にニカッと笑って、俺は周囲を見渡した。
 人が見ていない……というか見えないこの場所なら、俺の曜術も使える。
 俺はブラックと「入り口から離れいて、壁から生える巨大な枝がない場所」に場所を移動すると、その地面に両手を向けた。

 心を落ち着かせ、緑色の綺麗な光が自分の中から溢れだすイメージを作り――

「咲き誇る蓮の台よ、ここに出でて我らを望みの場へ押し上げろ――
 【グロウ・レイン】……――!!」

 自分達を安全に乗せてくれる植物――お釈迦様が乗るような蓮の花の“うてな”を想像し、それが頂上近い幹まで巨木のような茎を伸ばすイメージを強く持つ。
 詠唱によって掌に集めた強い緑色の光を解放したと、同時。

 ズ、と巨大な何かが這いずるような音が聞こえたと思った瞬間、体が急激にグッと押し上げられ地面が硬い物から柔らかく沈む何かに変化した。
 下を見やると、黄色い花芯が集まった場所に足が少し沈んでいる。周囲には、先端を淡い桃色に染めた大きな花弁が俺達を囲うように咲き誇っていた。

 やった、成功……っ、ぐ……い、痛い……ッ。

 大蛇が移動する音のようにずるずると蠢くような音を立てる巨大な蓮の花は、ここが水辺でないにも関わらず、俺の意志に従って茎を伸ばし上の方へと俺達を運んで行く。その速度は煙の流れを遮り乱すほどで、ブラックが俺の口にもう一つの濡れたハンカチを押し当てて呼吸を守ってくれた。

 でも、い、痛い。
 このくらいのチートですぐに痛みが来るなんて、明らかに悪化している。
 けれど、未だに我慢して冷や汗をかきながら維持していられるのは、俺がこの痛みに慣れて来たからなのか、それとも痛みが弱まっているからなんだろうか。

 分からない。分からないけど、手や腕のビリビリする感覚が、なんだか……段々と、心臓の方へ寄ってきている気がする。

 “原因”が、痛覚の弱い場所に移動したから緩和されたって事なんだろうか。
 だとしたら恐ろしいが……今までのように酷い痛みで術が乱れるよりも良い事なのかもしれない。……俺が不死の体じゃ無ければ、絶望的な症状だが。

 とはいえ、今はそれを考えていてもどうにもならない。
 俺は全身から噴き出る冷や汗と体の中央から腕へと伝わる痛みに耐えながらも、何とか蓮を目的地まで押し上げて見せた。

「ツカサ君、もう術いいよ! 解いて!」

 ブラックが再び俺を抱え、巨大な枝の上に飛び移る。
 自分の体を横抱きにする感覚に一瞬気が遠くなった瞬間、体から痛みが消えて、両腕に圧し掛かっている衝撃が消えた。

 途端に、体が楽になる。

「っ……ふ……はぁっ……はぁ……っ」
「逃げ遅れた感じの奴はいないみたいだ。……爆発した場所に行くよ!」

 天井に近い場所まで来ると、煙が白煙に変わっている。
 それどころか外からの強い風で白煙が散り始めており、俺達は視界が開けた場所を見渡し「原因」を探った。

「あっ……ツカサ君、見て! ダンジョンへの入口が開いてる!!」
「っ……!?」

 ブラックの鋭い声が向けられた方向を見やる。と、壁に沿って癒着している巨大な枝の通路の先に、あの隠し通路がぽっかりと口を開けていた。
 だけど、俺達が入った時と違って、そこは強引に開けられたように焦げている。

 あれ……なんか変だぞ。
 あの爆発は実験が原因じゃないのか……!?

「……どうもおかしいね。他の場所が焦げた様子もないし、白煙の発生場所は部屋じゃなくてあの爆発した天井自体から起こってるみたいだ。焦げ跡も、天井の割れた所にしかない……外部から爆発したみたいに」
「え……そ、外から……!?」

 じゃあ、この爆発騒ぎは実験の結果じゃ無くて、誰かが外から天井を爆破して侵入したって事なのか。っていうか、それしか考えられないよな。
 でもどうして。出入りできる所は一つしかないと言っても、学院内に侵入できるならそんな事しなくても良かったはず。何の意味があるってんだ。

 意味が分からない爆破犯の行動に戸惑っていると、ブラックは眉間にしわを寄せて低く呟いた。

「…………もしかしたら、犯人は最初から最短距離でダンジョンに入るつもりだったのかも知れない」
「ダンジョン……【ハイギエネ】に……!?」

 だけどあそこは、限られた人しか知らない場所のはず。
 誰がその存在を知ったと言うのか。

 思わず瞠目してブラックを見やるが、そんな事をしても答えは見つからない。

「とにかく入ってみよう。……ここに人の気配はないし、あの場所が開いている以上は、誰かが通ったはずだろうからね」
「……うん……」

 何が起こっているのか、いまだに把握できていない。
 だけど、もしブラックの言う通り、外から誰かが強引に【杯の棟】に入ってきて、あの秘密の扉の中に入って行ったんだとしたら――――

 ……何だか嫌な予感がする……。

 早く“ラシル”とモグさんの所に行かなくちゃ。
 あんな乱暴な手を使って侵入してきたヤツが、穏便に済ませるはずがない。もしも乱暴者な盗賊か何かなら、モグさん達が危ないぞ。

 相手がなんの目的で【ハイギエネ】に入ったのかは謎だが……なんにせよ、爆発物を使うヤツが穏便に済ませるわけがないんだから。

 そう思って焦燥感をじりじり感じながら、俺はブラックに抱えられたまま再び異空間のダンジョンへと向かうべく長い階段を降りはじめたのだった。












 
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