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遠日幻望ユグドラシル、崩壊兆す瀑流の寇盗編
20.真価は土壇場で発揮される
セレスト・アシュテッド。
俺が初めて出会ったのは、無実の罪や軽犯罪で捕えられた人達が不当な労働を科されている、大瀑布【ギオンバッハ大叫釜】の流れが続く地下洞窟に作られた秘密の牢獄である【絶望の水底】の中だった。
最初はお互い、潜入者と監視者である立場を知らなかった。
俺も相手もただの囚人だと思い、俺はセレストのオッサンとして信用し、相手も俺の事を憎からず思ってくれていたはずだったんだ。
だが、お互いの正体が知れた時その関係は終わった。
セレストは、俺達を脅かす存在である【アルスノートリア】に協力しており、しかも――――その素性は、なんとシアンさんの出奔した息子だと言うのだ。
何故家出したのかは知らないけど、シアンさんは家出して行方知れずになっていた三人目の息子が悪人と関わっていることを知って、酷くショックを受けていた。
そんなシアンさんの様子は初めてで、俺達は結局今まで「三人目の息子」に関する事を詳しく聞けないままでいたんだが……――――
まさか、シアンさんを深く悩ませている元凶と、こんな特殊な場所で対峙することになるなんて、思ってもみなかった。
「お前……シアンの息子か」
ブラックが真剣な表情で低い声を漏らす。
モグさんと【全知全能の世界樹】たる“ラシル”に通じるための水晶を背にして守りながら睨み返す相手は、囚人として出会った時とは違う服装をしていた。
毛先が緩く撓む、肩に届くかどうかな長さの、乱雑に切り揃えられた栗色の髪。
その空色の瞳や薄い顎髭などの姿は全く変わっていないが、服装が異なっていると、まるで別人のようにも思えてくる。特に、表情は俺が覚えている「仲が良かった時」の表情とまるで違っていた。
人並みに整った顔は常に何かを睨むように鋭く、眉間の皺は威嚇の後のように深く刻まれている。高い鼻梁の付け根と目元に影を落とすその表情は、ただただ俺達への敵意と殺意だけが感じ取れた。
殺意、というのは、服装のせいもあるんだろうか。
その風体は、一見すると「放浪する弓引きの狩人」のようにも見える。
片側だけの肩当ては背後に背負う矢筒を掴むための物で、長身かつ肩幅も広い相手の風体は、ローブで身を包んで旅をする冒険者のようにも思えた。
だけど、この男がそういう類の人間ではない事を俺は知っている。
強引に建物を破壊して侵入してきた時点で、相手は「強盗」でしかなかった。
「へぇ。あのババア俺の事を覚えてやがったのか。純正のエルフサマってのは、頭も優秀らしいな」
乱暴で粗野な口調が、自らの母親を罵るように嘲る。
なんでそんなことを言うんだよ。あんた、シアンさんが嫌いなのか?
そりゃ、世の中には気が絶望的に合わない親子や、色々な事情で親子としての絆も持ちたくないって人がいるけどさ。でも、シアンさんはそういう親じゃないだろ。
シアンさんにだって色々問題はあったのかも知れないけど、でもあの人は自分の子をないがしろにするような人じゃない。
ブラックにだって、根気よく接し続けて心を開かせた人なんだ。
絶対に、自分の子供を見捨てたりなんてしない。
今だってアンタのことを思ってるからショックを受けて体調を崩してるんだぞ。
なのに、なんだよその口のきき方は。
そんなオッサンになってもまだ自分の親を「ババア」なんて言うのかよ。
高校生でそういう言い方してる時点でダサいって思われるのに、それをオッサンになるまで続けてるなんて何を考えてるんだ。
遅れて来た反抗期なんて恥を曝すだけだぞ。なのにそんな、優しい親に対して。
この…………っ……い、いかんいかん。
シアンさんを悪く言われて、ついカッとなってしまった。落ち着くんだ俺。
ここで感情を乱すと、溜めている曜気が霧散してしまう。
……相手が何をしてくるか分からない以上、俺も臨戦態勢を保っていなければ。
でも……どうして。
セレストのオッサン、あの時は俺に優しくしてくれたのに……なんで、惨い事ばかりを平気でやらせる【アルスノートリア】に協力なんてしてるんだよ……。
それになんでそんな目で俺達を見るんだ。
俺、知らない内に、アンタが殺意を持つほどの事をしちまってたのか?
問いかけたかったけど、明確な殺意を持った目で睨まれているせいなのか、俺の口からは言葉が出てこなかった。
そんな俺を余所に、ブラックは相手を睨み返しながら表情を険しくする。
「……へえ? 神族ってのは、知識を蓄え理知的に生きるために長生きしてるんだと思ってたけど、中には人族みたいに幼稚で未熟なヤツもいるんだなあ」
いつもの調子とは少し違う低い声だけど、それでも言葉はいつもの憎まれ口だ。
口が悪い相手に対して、ブラックも対抗しているみたいに思える。けど、多分これは……ブラックも、怒ってるんだ。シアンさんの事を悪く言われて。
本当の息子じゃないけど、それでもブラックだってシアンさんに息子のように大事にされて、愛されている。だからこそ、相手の言い草にムカついたんだろう。
普段は嫌がるような態度ばっかりだけど、ブラックも本心ではシアンさんの事を大事に思っているんだ。……緊迫した状況なのに、なんだか心が熱くなってしまう。
けれど、本来の息子であるはずのセレストのオッサンからは、そんな感情は微塵も感じられない。それどころか、ブラックの挑発に不機嫌そうな表情を強くして、イラつきを隠しもせずに片方の口端を吊り上げて歯噛みする様を見せていた。
「チッ……テメェみてえな薄汚ねえ諸悪の権化が言えた義理かよ。外面だけは良いババアにちょっと優しくされただけで息子面か? めでてえこったなクソが」
明確に――空気が、冷えた。
セレストのオッサンの酷い言葉に耐えかねたのか、それともここまでの発言の中にブラックの虎の尾を踏むような言葉があったのか。
俺には判らなかったが、ブラックから一気に「何か」が消えて、表情に言い知れない怖い陰がかかったような気がした。
「……どんなに模範的な親だろうと失敗することはあるってよく分かったよ」
眉の梁の下で影になった目には、全てを飲み込み渦巻くような怒りがこもった菫色の瞳が光っている。もし自分に向けられていたら、きっと体が凍っただろう。
だが、相手はそんなブラックの静かな怒りを向けられても、腕を組み堂々と空色の瞳で抵抗するかのように睨みつけていた。
互いに譲らない怒りがぶつかり、空中で火花を散らす。
それを時間の無駄だと思ったのか、再び相手が口を開いた。
「くだらねえ。テメェが何を思おうが勝手にしやがれ。大人しくそこらへんに転がって、殺されるのを待ってりゃいいんだよ」
「自分を殺す側だと思ってるなんて、ずいぶん自信家みたいだな。爆弾なんて低能な手段で強盗を働くような頭じゃ無理もないか」
「ハッ。随分と口が達者だが、そのぶん臆病者みてえじゃねえかよ。まあ、ババアに甘やかされて喜ぶ程度のオツムじゃ無理ねえか」
ああっ、また周囲の温度が下がった。
くそっこのままだと俺達の方が凍えそうだ――――
「ツカサ君横に動いて!!」
「えっ」
前方から届いた声に一瞬思考が途切れる。
が、背後から強く何者かに肩を掴まれて俺の体は横へ投げ出された。
ばしゃ、と、水の中に突っ込むが自分が今なにがどうなっているのか理解できず、俺は慌てて上体を起こした。
「ごすずんだいじょぶもすか!」
モグさんが台座の後ろから声を張る。
そうか、モグさんがブラックの声を聞いて俺を助けてくれたのか。と、振り返ると――、台座の一部にヒビが入った痕が視界に入ってきた。
……え……。
そこって、今まで俺が立っていた……とこ……。
「テメェッ!! ツカサ君に何してんだァアア!!」
意識する間も無くブラックの怒声が響く。
何が起こったのかと振り返ると、そこには既にセレストへ剣を構え駆け出すブラックと、背後に無数の水球を浮かべているセレストの姿があった。
「おっと、お前らの大将から離れていいのかよ?」
ブラックの速過ぎる動きを目の当たりにしているにも拘らず、相手はニヤリと不敵に笑い、人差し指と親指を立てて「拳銃」のような形を手で示し、天へ掲げる。
すると、俺が何か思う間もなく水球が一気に槍の切っ先の形へ変化し、伸びた。
いや伸びたのではない、水の軌跡を残しながらこちらへ向かってきたのだ。
「――――!!」
ブラックの剣がその刃のような水を複数切り落とす。
だが間に合わない。
俺が動くよりも先にその鋭い水が届く。と、思った刹那。
――――――目の前を白い何かが遮り、その白い隔たりの先で何かが爆発した。
「ッ!?」
「もすーっ!」
モグさんが俺を庇うように覆い被さってくる。だが爆発した「なにか」の飛沫は防ぎきれず、俺達を襲った。
水飛沫と、白い煙。そして夥しい爆発物の焦げた臭いだ。
だがそれはセレストのオッサンが発した攻撃ではない。
俺は即座に理解して、目の前の壁……いや、俺達を庇うように立ち塞がっている、そのひょろ長い背中の主に俺は問いかけた。
「ラスコーさん、大丈夫ですか!?」
その背中が少し動き、横顔がこちらに向けられる。
――瓶底眼鏡の隙間から見える、長い睫毛と切れ長な瞳。
無精ひげが生えただらしない学生の目とはとても思えない凛々しい瞳が覗いて、俺はグッと声を詰まらせる。そんなこちらに、ラスコーさんは微笑んだ。
「ここはワスが守っから、安心して欲しいッス!」
俺とブラックに言い聞かせるように、ラスコーさんが叫ぶ。
その声に、セレストが少し余裕を失くした声で怒鳴った。
「オイッ! なんだそのふざけた口調の野郎は!!」
まさか、今まで黙って立っていたひょろ長い頼りなさそうな学生が、こんな攻撃的な事をしてくるとは思わなかったのだろう。
だがラスコーさんは怒鳴り声にもひるまず、両手の指の間に無数の試験管を溜め、その試験管の中で様々な色をした液体を揺らしながらセレストを睨み返した。
「ワスはここの学生ッス。……お前が【ハイギエネ】を脅かしたり、ワスの恩人であるツカサさん達に危害を加えるなら、排除するだけだす。……それ以外に、お互い何も知る必要などないっしょ」
いじめられて体を丸めていた人とは思えないほど、堂々としている。
その姿に、セレストは眉間の皺を深めた。
「クソが……ッ! テメェも死にたいらしいなっ……――ッ!!」
話す間に、ブラックが剣を振り下ろそうとする。
それを間一髪で避けた相手は、回避を繰り返しながらも再び俺を睨んだ。
どれほど攻め込まれようと、逃げていようと、忘れられることなく向けられる殺意。
何故そうまでして俺に殺意を向けるのかと息を詰まらせた俺の視界を、また白い服の背中でラスコーさんが遮った。
「無礼者に見せる花は無ぇッス」
「チッ……爆弾野郎になにが出来るってんだ……!」
ブラックの攻撃を避けながらも、セレストは再び空中に水球を創り出す。
だがその光景を見ても、ラスコーさんは怯えたりしなかった。
それどころか。
「爆弾野郎? ……ハハッ、こりゃ面白れえ勘違いだす。ワスの元々の専門分野は“毒物”……――精製技術を用いて、毒物を毒物のまま良薬へと転ずる研究が本来ワスがやりたかったことだス。爆散薬もその一つに過ぎないと、覚えておいた方が身のためスよ。爆弾野郎さん」
自分のことを堂々と語り、ラスコーさんは立ち塞がる。
曜術でも体術でもないラスコーさんの攻撃に、相手は戸惑っているらしい。それが、ラスコーさんに自信を与えているのか……それとも、この状況が彼にいつもとは違う力を宿らせているのか。
俺には判断がつかなかったけど、正直頼もしい。
「……どの道、お前らは殺すつもりだ。小細工ごときで俺に敵うと思うなよ」
脳天をかち割ろうとするブラックの大振りを高い跳躍で避けたセレストは、素早く何事かを呟いて、再び自分の周囲にいくつもの水球を創り出す。
水面から吸い出すでもなく空中に出現したその水の塊の群れに、俺は息を吸って冷静さを保とうと腹に力を込めた。
何が何だか分からない。
けど、今分かっている事はある。
相手が目的を持ってこの場所に来ただろう事と、俺達はその企みを阻止しなければいけないってことだ。
ただし、誰一人、死ぬことなく。
「…………」
だが、出来るだろうか。
そんな不安が何故か消えなくて、俺は震えそうになる腕をグッと掴み堪える。
なぜそんな事をしたのか。
それは――――
俺の目に映るセレストの周囲には、目も眩むほど強い青の光が湧き立ち、炎のように揺らめいていたから。
→
※めちゃめちゃ寝落ちしてしまいました_| ̄|○スマン…
お昼に更新したかったけど昼休みの時間が無かったヨ…
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