異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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酔現嫌夢サプロアリコン、束の間揺蕩う憩いの村編

2.“候補者”のために、ご協力ください1

 
 
『……なるほど。ヤバいことになったな。相手はクソなタイプの金持ちだから、ぐー太や野蕗の家くらいは特定してるだろうとは思ってたが……まさか、バカにバカを重ねるような行動をするとは思わなかったぜ。車まで用意するなんて、ヤクザかマフィアかよ』

 真面目な声で茶化すようなことを言う尾井川だったが、そのいつもの軽口が俺を安心させようとする台詞であることを俺は知っている。
 そんな相手の思いやりにまた少し心が落ち着くのを感じながら、俺はスマホを握った。

「ど、どうしたらいい……? 下手に動いたら母さんまで目を付けられかねなくて……」
『そうだな、ここまで好き勝手やるバカどもだ。思い通りに行かないと、無関係な奴まで巻き込みかねない。……だが、お前一人じゃどう考えてもゲームオーバーだ。俺が今からそっちに行っても十何分かは掛かるし……その間にお前を待たせているのもヤバいな……最寄の交番って何分かかるんだっけか』
「え、えっと……二十分くらい……」

 以前、俺の周囲が“神隠し”の件で騒がしかった時、刑事さんと近くの交番のお巡りさんが家に来てくれて、何かあったら電話してくれと交番と刑事さんの番号を教えてくれた。
 が、さすがに関係のない件で刑事さんに電話をするわけにはいかないし、交番に電話したとしても、到着に時間がかかるだろう。

 その間、アイツらが待っていてくれるかは分からない。
 ……俺が駅から出たって情報を掴んでいる以上、周囲を探そうとするかもしれない。

 そんなことされたら、俺も見つかっちまうかもしれないし……俺だけならどこかに避難する事も出来るけど、家の前にたむろされている以上敵前逃亡するだけじゃダメだし……。

『二十分か……学校に来るより遠いな……。交番か刑事に電話を掛けるのは絶対として、お前らの安全をどうするかだ。お前の母さんって結構血の気が多いから、直球で危ないっつっても、お前のために外に出て来ちまいそうだしな……』
「それは絶対にある……」

 俺の母さんって、ちょっと若作りしたどこにでもいるやかましい母ちゃんタイプだけど、時々俺がドンビキするくらいオラオラする時があるからな……。
 子供の俺が不安になるくらいに喧嘩っ早くなるから、出来るだけこういうヤバい状況からは遠ざけたい。例え強かろうと、親が人に突っかかって行く姿は居た堪れないものなのだ。
 ていうか単純に相手が男四人組とか普通に危険だし!!

『……仕方ねえ、お前の母さんには俺が“手伝いが必要だったからお前と駅で合流した。今は一緒に居る”とか言っとくから、まずお前は交番に駆け込むことだけ考えろ。それなら多分俺の近くにいるってんなら安心してくれるだろう。今は夕メシ時だし、料理してるんなら外に出て来ることは無いはずだしな』
「あ、ありがと尾井川……」
『まあ警察に連絡したら遅かれ早かれ何があったかはバレることになるが』
「うわぁあああ」

 い、いやでも、俺達が殴られたりとかそう言う事をされた話は出ない……はず……。
 だとしたらまだ取り乱すには早いか。よ、よし、その尾井川の提案で行こう。

『とりあえず、俺も今からそっちに行くからお前は交番を目指せ。その場所じゃアイツらが車に近付いて来たらバレる』
「わ、わかった……」
『俺も今から顧問に話しつけてそっちに向かうから、お前は無事にそっから離れたら交番か刑事に連絡しろ。とにかくスマホで誰かと話し続けるんだ。いいな。一旦切るぞ!』

 尾井川の言葉に頷いて、俺は通話を切る。
 ……えらいことになってしまった。

 でも、尾井川と話したおかげで少し心が落ち着いたぞ。それに「今からそっちに向かう」と言ってくれたことで、冷静さも取り戻せた気がする。
 やっぱり、尾井川に電話をしてよかった。

 こんな風に泣きつけるのって、なんだかんだで尾井川くらいしかいないし……尾井川には、俺の情けない所も恥ずかしい過去も全部バレてるからな。
 それでもダチで居てくれるんだから、本当に俺には勿体無いほどの親友だよ。

 俺が「異世界に行った」って話も、現実主義なアイツなりに考えて信じてくれたしな。

 だから、自分の行動が情けないと思っても、尾井川にだけは素直に頼ろうとしてしまうのかも知れない。……ダチにこんだけ寄りかかっちまうのも、ちょっとキモいとわれながら思うんだけどさ。まあ、最近の状況がこんなんだし仕方ない。

 俺はこっちの世界では普通の高校生なのだ。
 チートなんて何にもないんだから、自分一人で解決せずに頼れるやつに頼らねば。

「……よし、じゃあとにかく今は交番に向かおう」

 電話を掛けながら走りたいが、下手に動くとアイツらに気付かれる可能性がある。
 俺はスマホをズボンのポケットに捻じ込むと、駐車場の奥の方で待機している車に気付かれないよう慎重に移動することにした。

「…………」

 うう、やっぱりまだ心臓がドキドキしてくる。
 夏の暑さのせいか、余計に呼吸が苦しくなって額に汗が滲んだ。

 ……でも、どんだけドキドキしてもなんとか逃げないと。
 アイツら四人組は、そこそこ距離があるから逃げられるかも知れないが、車に気付かれたならオシマイだ。とにかくここから離れなければならない。

 なんとしてでも、交番にかけこまなければ。そう思い、俺は慎重に移動を始めた。
 出来るだけ車の後ろの僅かな隙間を通って、マンションの前に居るであろうアイツらの声も気にしながら、やっとのことで駐車場の入口まで移動して再び周囲を確かめる。
 よ、よし、あんまり時間が経ってないから、奴らは未だに余裕で喋ってるみたいだな。そのまま煩く会話しててくれよ……。

 一生懸命祈りつつ、ヤツらが俺の家を見上げている僅かな隙を狙い、駐車場から抜けて電柱の陰に隠れる。
 心臓が痛いくらいにドキドキしているが、あの距離なら俺が多少はみ出していても誰かが隠れているとは分からないはず……あとは慎重に、角を曲がるまで音を立てずに……。

「……っ……」

 また、会話が聞こえてくる。
 俺が帰ってくるのが遅い事に不満を言う内容だ。

 ……さっき、アイツらは「俺がシベの弱点だ」とか言ってたけど、そういう会話っぽい。

 けど……俺が弱点だって言われても、なんかピンと来ないんだよなぁ……。

 確かに、案外友情を大事にしてくれるシベにとって、友達である俺は弱点かも知れない。けど、何故ターゲットを「俺だけ」に絞ったんだろう。
 「友達」というのなら、尾井川やクーちゃんやヒロだってそうだ。なんなら、尾井川とシベは話が合うせいかたまに俺より仲が良いような気もするし……それなのに、どうして俺だけを弱点と言ったのかわからない。

 うーん……。
 まさか、俺だけ助けて貰ってる回数が圧倒的に多かったからなのか?

 いや、でも、申し訳なくなるくらい助けて貰ったのって、例の“神隠し”騒動で青柳さんの所の病院に入院させてもらった所からだし……アレを抜かしても、他に助けて貰った事と言うとテスト勉強とかくらいだし、それはクーちゃんもだし……。

 っていやもう、なんで俺なんだよ。
 マジでなんで俺ばっかり狙うの!?

 他のダチに目が向かなかったのは不幸中の幸いだけど、でもよりにもよって一番ザコな俺に目を付けるとかお前らには人の心が無いのか。
 いや、人の心が無いからザコの俺を狩ろうとしてくるのか……いたずらに殺されるスライムの気持ちが分かってきたぞ俺は。

 ともかく、今は逃げるのみだ。
 そう思いつつ、俺は距離を取りながら交番に電話を掛けた。

「…………で、出ない……。もしかして巡回してるのか……?」

 何度かコールを聞いたが、結局交番からの応答は無い。こうなったら、担当外の話だが、刑事さんに連絡をしてどうにか助けてもらうしかない。
 そう思って刑事さんの番号をタップしたのだが――――こっちは「電波が届かない所か、電源が入っていない」と言われてしまった。

 刑事だし、もしかすると何かの潜入捜査中なのかもしれない。
 けど、ことごとくタイミングが悪すぎるよお!

 あまりにも間の悪い状況にワッと嘆きたくなったが、それでも交番に行くのは悪手じゃないはずだ。ちょっと遠いけど、大通りに出る事さえ出来れば多少の人の目はあるし、アイツらも下手に手出しできないはず。
 交番は遠いが、そこで諦めてくれたら……――――

「あっ! おい、いたぞ!!」
「っ!!」

 声が、唐突にぶつかってきた。
 間違えようなんてない、アイツらの中の誰かの声だ。こっちに放られた。気付かれた。
 ヤバい、やばい、やばいやばいやばい逃げなきゃ、逃げなきゃ!!

 頭の中にはその言葉しか思い浮かばなくなり、俺は思わず駆けだした。

「待て!!」
「おいっ、クグルギ待てよ!!」
「大通りに行く前に捕まえろ!」

 穏やかな話し合いになんてなりそうにない、強い制止の声。
 あんなもの聞かされて待てるはずがないだろうが。アンタらが俺に何をしようとしているのか、怖くて想像もできないけど、逃げ出す以外に選択肢なんてない。

 だけど、誰か一人が知恵を回してマンションに入って行ったりしないだろうか。

 急に怖くなって、走りながらわずかに背後を振り返ると――

「ひっ……!!」

 全員が、こちらに走って向かってきていた。

「なんにもしねーって!」
「おい、先輩の言うこと聞けよ!!」

 車まで用意しておいて何もしないわけないじゃん悪い奴はみんなそう言うんだよ!
 っていうかアンタら俺の腹を手加減なしで何度も殴ったじゃん、あの時も俺をどっかに連れて行こうとしてたじゃんか! これだから不良の言う事は信じられねーんだよ!

 やられた方は覚えてんだからなと心の中で悪態をつきながら、俺はスマホを手に握り締め距離を保とうと走り出した。

 もう考えてるヒマは無い、捕まったら終わりだ、海の藻屑になる。

 そんな事を言われた記憶なんてないのに、つい頭の中で「海の底に沈む、ヒトの頭付きのコンクリートブロック」が思い浮かび、俺は青ざめながら前方を見る。
 背後を振り返る余裕なんてない。もう足音が近付いて来ている。

 なんとか人のいる場所まで行かなくちゃ、交番まで、お巡りさんの所まで走らなければ。

 そう思い、走る事にだけ集中して足を動かし体を斜めにしながら角を曲がる。
 こけそうになったけど、なんとか曲がれた。
 だがまだ住宅街で人通りが無い。もうすぐ夜だ。夜になるとまた人が減ってしまう。いっそ反対方向に逃げられたら繁華街に行けたのに、もうここからじゃそれも無理だ。

 というか今交番に行っても、お巡りさんが居ないんじゃないのか。
 別の場所に行った方がいいんじゃないのか?

 学校か、交番。近くて人が多いのは学校だ。交番の方が安全だけど、尾井川がいるのは学校で、そこには先生もいるはず。でも、それだとまた人がいない住宅街を通ることになってしまう。息切れしたら、終わりだ。でもどちらにせよ逃げるしかない。

「ハァッ、はぁっ、は……っ、はぁ、はっ、ぁ……!」

 短距離走だけは得意で良かった。長距離は無理だが、先輩達から少し距離が取れた。
 このまま息切れしなければなんとかなる、人の多い場所に逃げ込めばいける。

 学校の方が交番より近い。でも人の目がなくなるのは困る。
 通学路は静かな住宅街を通る道がほとんどなんだ。
 大通りを経由したほうが良いと判断して、俺はいつも通る道ではなく大通りを進み、普段は通らない道から学校へ入る事を考えた。

 だが、それまで俺の息が続くとは思えない。
 アイツらを一度撒かないと、このままじゃ息切れして捕まっちまう。

 隠れた方がいいのか。けど、どこに隠れればいいんだ。
 迷っている間に、確実にあいつらは俺の方へ近付いてくる。逃げられなくなるんだ。
 尾井川どうすりゃいいんだ、もう電話を掛ける余裕なんてないよ。

「はぁっ、はっ゛……ぐっ……はあ、はっ、はっ……っ!」

 泣き言を言いたくなったけど、そんなことをしても状況は変わらない。

 俺は必死に足を動かしながら、バスが通るような大通りの道へ出ようと前を向く。
 だけどその度に背後から複数の足音が徐々に近付いてくるのが分かって、まるで悪夢の中で追いかけられているみたいで、体が冷たくなっていく。

 走っていて熱いはずなのに、足が震えそうになる。体の中が寒くてたまらない。
 全力で足を動かしているつもりが、いつもより足が遅い気がする。悪夢の中みたいで、頭がクラクラする。息が続かない、どんどん、どんどん怖いのが近付いてくる。

「止まれやクソチビ!!」
「停まらないと俺ら怒っちゃうよー?!」

 罵倒と脅迫が、怖い。
 さっきよりも近くなった声から逃れるように腕を振って、もうすぐ見えてくるはずの大通りに飛び込もうと地面を蹴った。が。

「オラァッ! 手間かけさせんじゃねーよ!」

 後ろへ振った手を、知らない何かが、掴んだ。

「――――!!」

 前方へと進んだはずの体が、後ろへ引っ張られる。
 途端、腕だけでなく肩にまで何かが強く掴んでくるような感触があり、俺の視界は急転回して、背中に強い痛みが走った。

「っあ゛……!!」

 痛い。なに、なんだこの感覚。
 思わず顔を歪めて目を細めたが、薄暗い視界に影がかかって俺は反射的に前を見る。

「ハァッ、ハァッ、く……クソが……っ、殺すぞ……!」
「は、ハハッ、やっと捕まえた……っ」

 俺の腕と肩を捕まえているのは、二人。
 背中が痛かったのは、コイツらが俺をムリヤリ引っ張って塀に打ち付けたからだ。こいつらは、特に足が速い奴らだったらしい。追いつかれてしまったんだ。やばい。どうしよう、どうしよう、怖い。怖くて顔が見れない。

 吸い込む空気がどうしようもなく熱くて、息が出来ない。汗が流れて止まらない。

「っ……は、離せ……っ!」
「ハァ……? 離す、わけ、ないだろ……!」
「はっ、ははっ、私服可愛いーね。中学生みたいじゃん」

 息を切らせながら脅したり馬鹿にしてくる二人。
 あの、ヨッシーとか言われてたリーダーっぽい奴の後ろにいた二人か。

 顔を見ておけば後で何か有利な証言が出来るだろうかと思ったけど、どうしても顔を上げることが出来ない。怖い。無意識に前回殴られた場所に視線が落ちて、無意識に警戒してしまっていた。だけど、二人はそんな俺の顎と髪を引っ張り無理やり顔を上げさせて。

「っ、う゛……!!」

 髪が引っ張られて痛い。顎に爪を立てるみたいに顔を固定される。
 肺や胸が酸素を求めて忙しなく動いているのに顔は動かなくて、そのちぐはぐさが余計に恐怖を煽った。逃げたい、けど、もう、足が重くて動かせない。

 いやだ、このままだと結局コイツらの思い通りになっちまう。
 尾井川に心配をかける、母さん達にまた悲しい思いをさせる、いやだ、いやだそんなの。

「あっははぁ。泣く? 泣いちゃう? 可愛い~。なんか俺クグルギ君ならイケるかも!」
「は? 男じゃん趣味悪」
「イジメがいありそーならいーじゃん。時代はジェンダーレスなんだろ? あはは」

 なにか、変なこと言ってる。
 俺を怖がらせようとからかってるんだ。意味分かんない、本当に趣味が悪い、最低だ。俺に触るな、やめろバカ。そう言いたいけど、言葉が出ない。
 息が苦しくて、知らないヤツに触られているのが怖くて、イヤで、体が固まって。

「ヨッシーもお前もマジ趣味わかんねー。キモ」
「とかいってお前もどうせ一発キメたら参加するクセにしょーもねーなー」

 片方が何か言って、片方が笑ってる。
 理解したくない。それより早く。早く呼吸を整えて逃げないと。動け、手を動かせ!

「あ? なにコイツ腕掴んで。きっしょ」
「あははぁ、抵抗してんの~? か~わいっ。俺の手も掴んでみ? ん? あはは、よっわ、底辺ザコなのに一生懸命抵抗しちゃうんだ? マジ興奮するわぁ」

 息を詰まらせるくらい力を込めて二人の手を引き剥がそうとしているのに、動かない。
 なんだよコイツら、なよなよしてるのになんでこんな力が強いんだよ。二人がかりで押さえつけられたらこんなに動けないモンなのか……!?

「っ、う、うぅう……っ!」
「ほーら頑張って! ほらほら頑張れば俺の手浮いてくるよ~? 早くしないと、ヨッシー達と車のお迎えが来ちゃうよクグルギ君っ。楽しい“お持ち帰り”まであと何秒かな~」
「~~~~っ……!」

 怖い、なんでそんなこと言うんだ、やっぱり嫌いだ、こいつら嫌いだ。逃げなきゃ、こいつらの股間を蹴ってでも……っ!!
 二回も恨みを買うことになるけどもう、そんなこと言ってられない。コケてもいい、なんとか腕から逃げないと。そう思い、俺は油断している二人に思い切り両足を振り上げた。

「うわっ!」
「ん゛ッ!?」

 股間を蹴るつもりだったのに、肩や顎を掴む腕が俺の体を塀に強く押しつけていたせいか、体が思った以上に浮き上がって二人の下腹部に爪先が斜めからめり込む。
 その衝撃に思わず二人が手を緩めた瞬間、俺の体は地面に落ちた。

 でも構っていられない。痛みを感じるのなんて後だ。
 四つん這いで何とか這い出し、学校まで、尾井川が来てくれている所まで逃げようと立ち上がろうとする。だが。

「テメェッ……!!」
「う゛あ゛っ!!」

 足を掴まれて再び転ばされる。
 痛い。掌が痛みでジンジンして皮膚が擦り剝けた感覚と熱さが滲んでくる。肘も強く打ったのか、鈍痛がじわじわと侵食してきた。

 だけど、逃げないと。逃げなかったら、俺、俺は……っ。

「はは、俺もちょっとイラッっとしたし、こりゃお仕置きしないとなぁ~」

 背後から、足音が近付いてくる。
 足を掴まれて立とうにも立てない。痛みと、息が出来ない苦しさと恐怖で、思うように体が動かなくなってきて。

 ――――もう、本当に、だめかもしれない。

 絶望的な考えが、思い浮かんで、息が詰まる。
 その、視界に――――なにかが、映った。

「なんだテメェ!?」
「うるせえ、そこどきやがれ!!」

 乱暴な野太い声が聞こえた瞬間、背後で重い音が聞こえて足が軽くなる。
 何が起こったのか分からず咄嗟に振り返ると、そこには。

「チッ……やっちまった……。ああクソッ、もう仕方ねえか……!」

 聞いた事のない声。
 腕まくりをしたよれよれのワイシャツの背中と、そのシャツの裾をしっかり入れたスラックスの足が俺を守るように視界に立ちはだかっている。

 軽く膝を曲げて低い姿勢を取る大股に開いた足の隙間から、この広い背中の人物の顔を見上げて驚いているアイツらの顔が見えた。

 ……仲間……じゃない……?
 誰か、知らないおじさんが助けてくれたってこと……!?

「お、おじさん……っ」

 でも、危ない。アイツらは権力と金で相手をねじ伏せるタイプの悪い奴らなんだ。
 俺を助けたりなんかしたら、おじさんの方が危ない。逃げて貰わなきゃ。

 そう思って思わず声をかけた俺に、相手が横顔も見えない程度に振り向く。
 だけど、その顔が笑っているのが何故か分かった。
 まるで……「何も問題は無い」とでも、言っているみたいに。

「安心しろ。俺ぁ刑事だからよ」

 刑事。
 え…………刑事……!?

 でも、こ、このおじさん、知らない。
 俺に電話番号を教えてくれた刑事さんは、もう少し若い刑事さんだった。
 あの人の知り合いなのか。それとも、偶然俺を見賭けて助けてくれたってだけ?

 分からない。
 分からないけど……

「刑事のおじさん、助けてください……っ」
「おうよ」

 これほどありがたい「偶然」は、この世界では生まれて初めてのような気がした。










※またもや遅くなって申し訳ない_| ̄|○正月明けつらいね…
 ちょっと長くなってしまったので続きます

 
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