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酔現嫌夢サプロアリコン、束の間揺蕩う憩いの村編
アノ村どの村どんな村?2
「うわ……なんていうか……貴族趣味……?」
あんな路地の入口だったから中は狭いのかと思っていたが、宿のエントランスは俺の想像とは全く異なったものだった。
――真っ赤な絨毯の床に、小さいながらも煌びやかなシャンデリアの照明。
壁紙は貴族趣味よろしくどこぞの紋章のような細かいデザインが並ぶもので、天井からは「酒場はこちら」とか「個室」とかお洒落文字で書かれたプレートが下がっている。
カウンターは見当たらないけど……かなり高級そうなのがわかるな。
本当にこんな宿に泊まるなんて大丈夫なんだろうか。と、思っていると。
「ようこそお越しくださいました、お客様」
「ヒッ!?」
ななななに誰っ。
慌てて振り返ると、そこには軽くお辞儀をした従業員の人がいた。い、いつの間に。
思わず目を見張るが、相手が大よそ宿の従業員とは思えない格好をしている事に気が付いて、俺は思わずロクと一緒にブラックの背後に隠れてしまった。
何故そんな事をしたかというと、相手が顔の上半分を覆うマスクを付けていたからだ。
そう、マスク。仮面だ。
目を覆い隠す仮面は獣耳のような尖りがあり、絵筆で細かい紋様を付けられていて、どことなくオオカミっぽいマズルまでつけられている。
仮面舞踏会で人気になりそうな仮面だが、突然現れるとビビるのでやめてほしい。
だが相手は紳士的な微笑みを口に湛えたまま、俺達の態度に対しても何も言わず、再び軽くお辞儀をして見せた。
「ああ、お客様を驚かせてしまい、真に申し訳ございません……この仮面はお互いに対しての【認識遮断】の効果を発揮する曜具でもありまして……お客様の素性を暴かないための配慮でもありますので、どうかこの姿であることをお許しください」
「お、お互いに……?」
「つまり、僕達も彼もお互いの顔がボヤけて見えなくなってるってことさ。付加術には【視覚拡張】って術があるでしょ? それを応用したものだよ」
そういや“大地の気”を使う無属性の術……【付加術】には、そういう身体強化も出来る術が沢山あるんだっけな。
【視覚拡張】は確か術で視野を広げたり、視力を強化するのが基本の術だったが、それらをデバフに使う事も出来るのか。うーむ、今まで考え付かなかったけど【付加術】って思ったよりも応用が利くもんなんだな。
怖さも少し薄れて感心しつつ頷く俺を見てか、宿の従業員の仮面お兄さんは微笑む。
「御高察、痛み入ります。仰る通り、宿の基本方針としてわたくしどもは“互いの顔を見せぬ事で得られる真の癒し空間”を掲げておりまして、それゆえ従業員は全てこのような曜具の仮面を装着しております。異様と思われましょうが、どうかご理解下さい」
「は、はい……驚いちゃってすみません……」
緊張と恐怖が和らいだので、オッサンの肉盾をやめて俺は再び横に並ぶ。
驚いちゃったけど、配慮という話なら仕方ないけど……しかし変な宿だな。
ブラックに連れて来られただけなので、俺には「高級そうな宿」という情報しかない。けど、いくら高級ったって仮面を従業員全員が装着しているのは何だか妙だ。
うーん……。新しい施設だし、俺の思いもよらないサービスが有ったりするのかな。
理由があるから顔を隠してるんだよな。なら、それ由来のサービス……とか?
いや、待てよ。サービスってのは金がかかるもんだ。
というか、これだけ高級な宿ということはお値段もお高いはずでは……。
「なあブラック、路銀あんまり残って無いんだけど……」
大丈夫かと袖を引くと、ブラックはニコッと笑って俺の肩をポンポンと叩く。
「だいじょーぶ! ツカサ君たら全然使ってくれないけど、僕お金持ちなんだからね? この宿に泊まるくらい何でもないよ」
「当店は様々なお支払方法を可能にしております」
そんな各種電子マネー使えますみたいな言い方しやがって。
本当に良いのかなと思ったけど、俺が何か考える前にブラックはススッとオオカミ仮面の従業員へ近付き、何やら会話をし始めてしまった。
「キュキュ~?」
「むむ……」
完全に蚊帳の外だ。
不思議そうに首を傾げるロクを肩に乗せながら、俺は自分が出遅れた事に唸ってしまう。
……普通、パーティーなら宿代は折半するモンだと思うんだが……俺とブラックはこ、恋人だからなのか、アイツは俺より先に動いて全部済ませちまうんだよな。
こっちとしては、格好よく払ってオトコを魅せたい気持ちが有るんだが……そう思って俺がどんなに背伸びをしても、やっぱりブラックに出遅れてしまう。
色々考えて焦っている間に、スマートに全てを済ませてしまうのだ。
く、悔しい。俺だっていっぱしの男のつもりなのに……っ。
……まあ、そんなに悔しいなら、強引に割り込んで「俺が払う!」とダダをこねてもいいんだが、もうダダをこねている時点で俺の負けだからなあ。
つまり、俺はこの時点で既にぐうの音も出せないというワケで……。
「ロク……大人のオトコって難しいな……」
「キュ~」
俺の言葉の意味がよく分からなかったのか、ロクは心配そうに俺を見つめてくる。
いや、ロクちゃんはそのままで良い。健やかに育ってほしい。
緑青色の綺麗なお目目を見返して頭を撫でつつ、俺はブラック達の会話が終わるのを待った。――と、ブラックがこちらを振り向き「じゃあ部屋に行こっか」と帰ってくる。
「支払いは?」
「僕がお金を預けてるバンクから勝手に引いてくれるから大丈夫」
言いながら、ブラックは俺の肩を抱いて強引に歩かせようとして来る。
なにそれお金持ちの払い方やないか。
思わず変なエセ方言が出てしまったが、まあ相手は実際金持ちだし仕方ないか。庶民の俺には想像できない払い方すぎるが。
「ふふ……僕がちゃんと案内してあげるね」
言い方が怪しいが、特に拒否する理由も無いので、肩を抱かれたまま「個室」という吊り看板が下がっている通路へと入る。エントランスからは三つ通路が伸びていたが、そういや最後の一つはなんの通路だか判らなかったな。酒場と個室の他に何があったんだろう。
不思議に思いつつも、ヤケに豪華な通路を歩いて行くと――右手に、ずらっと並んだ扉が見えてちょっとビビる。
一直線の通路の片方だけに扉が並んでいるから、何だか幻覚でも見ているみたいだ。
ちょっと夢に見そうだな……なんて思っていると、ブラックが不意に曲がって木製の階段を上がるように促してくる。手すりにまで彫刻が施された艶やかな飴色の階段を上って行くと、一階とは違い扉と扉の間隔が広い廊下に出た。
……扉同士の感覚が広いと言う事は、部屋も広いということだ。
…………ほ、ほんとにブラックにお金を払わせて良かったんだろうか。
「ブラック、どう考えてもこっちの部屋高そうなんだけど……」
「いーからいーからっ。ほらほら、僕達の部屋は突き当りの四号室だよ~」
上機嫌なブラックに連れられて廊下の奥へと移動すると、綺麗な花が浮き彫りにされた扉が目の前に現れる。……やっぱなんかいつもの宿と違うな。
今まで泊まってきた高級宿とも違って……なんかその……ちょっと、ソワソワする。
なんでだろう。
「鍵は複製が出来ないらしいから、僕が持っておくね」
「お、おう」
チャリ、と金属音を立ててブラックが鍵を鍵穴に差し込む。
と、あからさまに簡単な錠ではない重苦しく複雑な音が聞こえてきた。新しい宿だし、防犯設備はバッチリってことなんだろうが、変に緊張しちゃうな。
……あんまり考えないようにしてたんだけど……実はここが変な宿だったらどうしよう。
いやほらだって最初にすれ違った人達とか、この宿の雰囲気とか、明らかに普通の宿じゃない感じがするし……でも、ま、まさかな?
ロクショウも居るんだし、そんな直球のヤバイ宿になんて泊まらないよな……?
「さあ、中に入って入って!」
「うわあっ!!」
ブラックに背中を押されて、考えている途中で俺は強引に部屋に入らされる。
マズいものが有ったらヤバいと思って咄嗟に顔を上げたのだが――用意されていた部屋は、俺が思っていた場所とはまるで違っていた。
「おお……!?」
「ウキュキュー!」
ブラックが取ってきた部屋は、なんとびっくり普通に良い宿だった。
薄くベージュが混ざった目に優しい白い壁に、落ち着いたカーキ色の絨毯の床。
調度品は淡い色でまとめられており、部屋の窓からは【アノ村】の防壁を越えて広い草原が見られる素晴らしい眺望だ。
女の人用に化粧台も設置されており、なんと二人分のバスローブまで用意されている。
この世界だと金持ちの泊まる場所にしか用意されてないのに!
「うおおっ、部屋に小さいキッチンとお風呂もある!! 排水設備まで完備なのか!?」
「大きな街みたいに上下水道は無いらしいけど、地下にソレと似たような施設を作ってあるんだって。最近金の曜術師が流れて来たから色んな技術が使えるようになったらしいよ」
そ、それってプレイン共和国が崩壊したからなのでは……。
……い……今はそこは考えないでおこう。
俺は脱衣所へ入るドアを開けると、洗面台と脱衣所が有る事もしっかり確認した。
細かい水回りの設備が有るって事は、気にせず水を使えるってことだな。
じゃあお風呂にも入り放題じゃん。やったぜ。
「あ、ツカサ君。ちなみにお風呂広いから一緒に湯船にはいれるよ!」
「そういう説明はいらん!!」
嫌な予感に慌てて脱衣所を出たが、ブラックはニコニコと笑ったまま何も言わない。
何故そう上機嫌なんだと俺の本能がちょっと違和感を訴えたが……そんな俺の心の中を読んだかのように、ブラックはマントや上着などを脱ぎ始めた。
一瞬身構えたが、どうやら相手には“その気”は無いらしい。
ただ、装備を外してラフな格好になりたかっただけのようだ。
これじゃ身構えちゃった俺の方が意識してるみたいで恥ずかしい……も、もうやめやめ、変な場所じゃ無かったんだし、疑うのはやめよう。でないとヤブヘビになりそうだし。
俺も荷物を軽くするか、とベッドに近付くと、ブラックが後ろから声をかけて来た。
「ツカサ君、荷物を置いたら早速市場にでも行ってみようよ。宿に頼んで食事を作って貰う事も出来るけど……今日は僕、ツカサ君の手料理が食べたい気分気分だしっ」
「えっ……そう? まあ二人が食べたいんなら俺が作るけど……」
……あれ。もしかして、上機嫌なのってそういうこと?
俺の手料理が食べられるとか、二人っきりの時間が出来るかもとか……そんな感じの事を考えているから、村に入ってからずっとニコニコしてたのか?
「ツカサ君早く早くぅ」
「お、おう……」
そんなことで喜ばれたら、何にも文句言えないじゃん。
こんなこと口が裂けても言えないけど、ブラックに料理を作ってとせがまれるのも、悪い気はしないし……美味しいって食べてくれるの、嬉しく無くはないし……。
…………。
ま……まあ良いか。ブラックには今までずっと干し肉移動生活させてたんだし、ロクショウと一緒に美味しい料理をいっぱい食べて貰って満足してほしいもんな。
風呂の大きさへの言及とか色々アヤシイけど、今は置いておくか。
俺もどんな食材が有るのかお店をひやかすのは楽しみだしな。
そんな事を思いつつ、持っていく荷物を湧けようとベッドにウエストバッグを降ろす。
と――――部屋の入口からは気付かなかったベッドの向こうの壁にドアが有る事に気が付き、俺は何のドアだろうかと目を瞬かせた。
「…………?」
トイレは脱衣所にドアがあったし、キッチンは部屋に併設されている。
ワンルームみたいな部屋なんだから別に部屋を作る必要もないと思うんだが……もしや、ドアの向こうはウォークインクローゼットとかなんだろうか。
「ツカサくーん、早く行こうよぉ」
「おっ……分かった分かった!」
まあ、帰ってきてから中を確かめればいいか。
そう考えて俺はバッグの中から必要なものを取り出すと、ブラックの急かす声に踵を返す。
クローゼットなら別に今すぐに確かめなくても良いか。
そんなことより、まずはどんな料理が作れるかしっかりお店で食材を確かめないとな!
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