異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
1,123 / 1,149
酔現嫌夢サプロアリコン、束の間揺蕩う憩いの村編

13.毒とは身を守るためのもの

 
 
 ブラックも可愛さについての理解はまだまだだなと思いつつ、毒草らしき植物達を慎重に避けながら暗がりへと近付くと、確かにそこに暗い紫色の沼が広がっていた。
 しかも暗いっていうか……なんか泥が混じった感じのくすんだ紫だ。

 もう少しこう、紫芋か紫キャベツみたいに美味しそうな色なら良い気持ちで見られたような気がするんだが、やはりこういう重い色で底が見えないほど濁っている水だと、危険な沼だと思わざるをえない。
 昔婆ちゃんに口酸っぱく言われたけど、こういう水って入るだけで危ないんだよな。

 曰く、汚い水を平気で飲んだおじさんが死んだ、とか、下痢が止まらなくなり今でいう脱水症状で倒れて行方知れずとか、寄生虫が皮膚に入っておぞましかったとか……そういう昔あった子供の頃の思い出を夜な夜な聴かされたのだ。
 あと、水場と関係ないけど破傷風になった子供の怖い映画も見せられた記憶がある。

 …………俺が清潔にしようと努めるのは、婆ちゃんから色々聞かされて怖かったトラウマが有るからかも知れんな……。

 まあこの世界に微生物とか菌が存在するかは謎だし、超回復力を持つ俺が内臓だけ弱いなんて事もないんだろうけど、しかし用心はしておくべきだ。
 そもそも俺は自己治癒能力がえげつないだけで、痛みも苦しみもちゃんと味わうしな。
 だから、普通の人と同じように気を付けなければいけないのは同じなのだ。

 ……今更ながらにちょっと不便な能力だよな。
 でも、痛みを感じられなくなったら人としてヤバい事になるっていうし仕方ないか。

 これはこれで良かったのだ、と今関係あるんだかないんだか判らない事を考えつつ、何かの危険が無いかと気を付けながらじっくり近付いて行くと。

「ぐっ……や、やっぱりなんか凄い臭いがするな……」
「そうだね……でも、これは毒の臭気というより単純に水が腐ってるんじゃないかな。上の方は木々が密集してるから、雨も流れ込まないままで淀んでるんだろう」
「なるほど……しかも出ていく場所もないみたいだしな」

 周囲には、水が流れたような跡も川があったかのような窪みもない。
 ということは、完全にここは閉ざされた水場と言う事になり……下手したら何十年も新しい水が入って無い熟成されまくった場所になってるってことか。
 そりゃ水も腐るよな。でも腐臭をまき散らす花よりはマシだ……っ。

「きゅふ~」

 俺達より嗅覚が鋭いペコリアは、早速お鼻を両手で覆って鼻の根にシワを寄せている。
 そうだなあ、くちゃいよなあ……ああでも可愛くて癒されるぅ。

「うーん……まあ、近付くくらいは大丈夫かな。魔素で変質した沼でもないみたいだし、人の体には悪影響も無いだろう」

 ブラックの呟きに、そういう物もあったなと思い至る。

 そっか、魔素か。
 この世界では植物を朽ちさせたり物を腐食させたりする「気」の一種なんだよな。
 だからこの世界の人達は魔素を恐れるのだ。

 しかしただ闇雲に恐れてるってワケでもない。ちゃんと恐れるべき理由も知っている。
 例えば、人族が取り込み過ぎると悪影響になるとか、魔族やモンスターが活動するために必要な物だから同族で争ったりするってのもちゃんと周知されていて、それゆえこの世界の人達は魔素に対して警戒気味ってワケなのだ。

 とはいえ、悪い物じゃなくて必要な存在なんだよなあ。
 物が腐らないと自然に還元出来ないワケだし。

 それは人族も分かっているのか、敬遠はするけど忌避してないって感じだ。

 ……けど、不思議だよな。
 結構科学的な話だと俺は思うんだが、この世界の人達はボンヤリながらも魔素の必要性を理解して、無暗に恐れたりしてないんだよ。こういう専門的な話って、それこそ学者とかの領域で一般人はノータッチって感じなのにさ。

 もしかしたら、伝承とか口伝でふわっと伝わってるんだろうか?
 迷信や教えって意外とそういう理にかなった物もあったりするから侮れないよな。しかし、それを「当たり前」って領域に行くまで周知させてるのも妙な話だ。
 いくら口伝でも、色んな人に伝わるもんかな。

 曜術師でもない普通の人は、曜気が自分の体内に巡ってるって事もぼんやり認識な事が多いのに、なんでそういうきっちりしたサイクルみたいなものは知れ渡ってるんだろう。
 うーむ……俺の頭が良ければ仮説とか思いついたんだろうけど、サッパリだな。

 まあそういう疑問は頭が良いヤツにお願いするとして、今は目的の毒草を探そう。

 にじり寄って毒沼の濃い臭気に曝されないよう気を付けて進む、が、意外な事に沼の臭いは酷いとはいえ、近付いても強烈に臭ってくるというほどではなかった。
 淵から覗いても「う゛っ」となる程度で、悶絶には遠いくらいの控えめさだ。
 とはいえ、長時間ここに居たら服にニオイがついちゃうだろうし、入ったら底のヘドロなどが一気に掻き混ぜられてとんでもないことになるんだろうが……。

「うっぷ、想像するだけで気持ち悪くなってきた……」
「ツカサ君は想像力が逞しすぎるんだよ……。まあ、この程度の水なら聖水を入れればそこそこ浄化されそうではあるけどねえ」

 沼の底が見えないかと少し身を乗り出すブラックの言葉に、俺は目を剥く。

「えっ、聖水で浄化できるの?」
「ん? だって、腐ってる毒沼には腐るだけの魔素が入ってるってことでしょ? 腐ったモノを完全に浄化するのは無理だけど、魔素を抜けば臭いも多少はマシになるんじゃないかな」
「なるほど……」

 俺の世界からすると何だか不思議な話だが、まあ腐る原因が魔素なんだからゾンビなどと一緒って事なのかもしれないな。
 とはいえ、聖水でお掃除だなんて考えもつかなかったが……。

「なるほど……激☆落ちくんみたいなものなのか聖水は……」
「よく分からないけど絶対違うと思うよツカサ君」

 ブラックの冷ややかな目が俺を突き刺す。何だお前は。
 毎度のことながらいつも甘えてくるクセにこういう時は無情なオッサンだ。

「ともかく、一周回ってみようか。遠目から見たら小さい沼のように見えたけど、こうして見ると案外広いみたいだしね」
「お、おう……」

 軽くいなされたような気がするが、まあいい。
 この場所に長くとどまるのはペコリアにとっても良くないし、早く調査してしまおう。
 俺達はとりあえず沼の周りを歩いてみる事にした。

「……なんだか夜みたいに暗いな」
「やっぱりこの変だけおかしいね。他の場所も上の枝葉が密集しているけど、沼の周りだけは日差しが当たらないように覆い重なっている。……けど、ここまでわかりやすく他の所とは違うのがひっかかるなあ……まるで、何者かが沼を覆い隠してるみたい」
「そう言われると確かにそうだが……沼の水が何か作用してるとかなのかな」
「どうだろうね……奥がどうなってるのか判れば、理由も判るかな……」

 沼の奥の方へと歩いて行くと、まるでトンネルの中に入ったかのように空が暗くなる。
 見上げると、本当に木々が生い茂って天井みたいだ。一見して森の中だけど……ブラックの言うように沼の周辺だけが暗いのは異様だな。

 けど、沼を覆い隠しても別になんの得にもならないだろうしなぁ……。
 俺の世界だと光が照らしたらヤバい化学物質が空気中に漂って近隣住民が大変な事になったみたいな事件もあったから、こういう毒沼を封じるためって可能性もありそうだが。
 しかし、この世界は剣と魔法の世界だしなぁ。

 うーむ、どういう理屈でこうなっているんだろう。
 不思議に思いつつ、ぐねぐねと縁が安定しない沼に浸からないよう気を付けながら沼の奥へ進もうとするが、ブラックの言う通りかなり沼は広いみたいで中々最奥に到着しない。

 そのうちに周囲からの光はどんどん失われ、本当の闇が迫ってくる。
 ……なんか変だな。この森って、こんなに広かったっけ。というか、森を上から見た時は、異様に葉が覆っている場所なんて目立たなかったよな?

 だとしたらここって……。

「…………ツカサ君待って」
「っ!?」

 俺の手を引いていたブラックが、急に立ち止まる。
 どうしたのかと顔を見上げると――――その横顔が険しくなるのが分かる。

 前方に何か見えたのか。
 息を飲んでゆっくりと前を見やる、と。

「――――ァ……――」

 まるで油を差し忘れた歯車が動くかのような、軋んで掠れた音。
 その音を発した物体は、辛うじて光が届かない場所に立ち、ゆらりと揺れる。

「お前、何者だ?」

 人間か、否か。
 そう問いかけながら剣の柄を握ったブラックに、同じくらいの背丈の何かはゆらゆらと揺れながら、薄明りの限界にゆっくり踏み込んできた。

「お、まエら……こそ……だぁレ、ダ……」

 老人のようにしゃがれた、けれど老人にしては言葉を発するのに慣れていないような声。
 まさか、人の声を真似るモンスターなのかと俺も構える、と、相手は顔を曝す。

 外から差し込む明かりに辛うじて露わになったその「存在」は――――

 「人族である」とは、決して断定できないような奇妙な姿をしていた。











※11時には間に合わなかったけど深夜の早めで⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!

 
感想 1,277

あなたにおすすめの小説

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

ただのハイスペックなモブだと思ってた

はぴねこ
BL
 神乃遥翔(じんの はると)は自分のことをモブだと思っていた。  少年漫画ではいつだって、平凡に見えて何か一つに秀でている人物が主人公だったから。  その点、遥翔は眉目秀麗文武両道、家も財閥の超お金持ち。  一通りのことがなんでも簡単にできる自分は夢中になれるものもなくて、きっと漫画のモブみたいに輝く主人公を引き立てるモブのように生きるのだと、そう遥翔は思っていた。  けれど、そんな遥翔に勉強を教わりに来ている葛城星 (かつらぎ ほし)は言った。 「BL漫画の中では、神乃くんみたいな人がいつだって主人公なんだよ?」  そう言って、星が貸してくれた一冊のBL漫画が遥翔の人生を一変させた。  自分にも輝ける人生を歩むことができるのかもしれないと希望を持った遥翔は、そのことを教えてくれた星に恋をする。  だけど、恋をした途端、星には思い人がいることに気づいてしまって……  眉目秀麗文武両道で完璧だけど漫画脳な遥翔が、お人好しで気弱な星の心に少しずつ少しずつ近づこうと頑張るお話です。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。