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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編
4.出来る事は少ないけれど
しおりを挟む「いま茶を淹れますでな、座ってお待ちくだされ」
不思議に思いつつも家の中に入ると、外観とは裏腹にうちの婆ちゃんの家みたいな土間が有って、その先に一段高い室内が有った。
子供達が上がれるように四角い石が置いてある。おお、あれは俺も知ってるぞ。
あの石は「沓脱石」って言って、昔の家は玄関と土間……つまり靴を脱ぐ所の段差が凄くあったので、ああいう石を置いて上り框に座り、靴を脱いだって言われてるんだよな。今は玄関と土間の段差はそう無いから、田舎じゃないと見かけないけど。
婆ちゃんの家の近所の元棟梁の爺ちゃんが言うには、武家屋敷なんかでは石じゃなくて「式台」と言われる板を引いてる所も有ったらしい。
地面に降りずに籠に乗るための設備だったんだって。まあ身分の高い人だと、早々籠から降りたりしないから靴なんていらなかったんだろうな。
……とまあそんな事はともかく、そう言えば子供達が昨日「ポートスの礼儀」とか言ってたから、たぶんここで靴を脱ぐのが正しいんだよな?
まあ俺は石を使わなくても玄関に座れるくらいには背が高いですし、そのまま脱ぎますけどね! ふふん、昔は婆ちゃんの家の玄関も縁側も石が無いとサッと上がる事が出来なかったが、俺はもう大人だからスマートに腰を降ろせるんだ。偉かろう。
なんて事を考えドヤ顔で靴を脱いで揃えると、背後から「ほう」と声がした。
「なるほど、我々の礼儀を心得ておるな」
「だろ? しかも靴も揃えんだ。こんな行儀のいい冒険者なんて滅多にいないよ」
クスクス笑うアレイスさんに、村長のお婆ちゃんも笑う。
何だか恥ずかしかったが、まあ嘲っているような笑い方じゃないので良い。美女とお婆ちゃんには笑顔が良く似合うのだ。
「えっとそれで……お話なんですが……」
「おおそうじゃったな。そこに座ってまたれい」
上がった所から少し奥にあるのは、やっぱり囲炉裏のようなものだ。
そこには既に四人の子供達が居てぬくぬくしていた。珍しい景色に興奮して忘れてたけど、ここ山だから結構寒いんだっけな。うう、意識したら冷えて来た。
アレイスさんと一緒に囲炉裏へ近付いて温まりながら待っていると、ふすまも無い開け放たれた廊下から、村長のお婆ちゃんがお茶を持って来てくれた。
街の人には少々キツいかもしれないが、と言いながら渡されたお茶は、確かに独特の味だったが、これは風味が薄いドクダミ茶のような感じだ。全然飲める。というか、コレも婆ちゃんがよく作ってたな。
文化が違う場所だけど、やっぱ習慣が似てると色々共通点が出てくるのかな?
ホントに不思議だなあと思いつつ茶を啜る俺に、アレイスさんのみならず子供達もビックリしたような顔をしていたが、お婆ちゃんがゴホンと咳をして切り出した。
「さて……手違いとは言え、せっかくここまで来て下すったのですから、話をせぬわけにも参りませぬな。少し込み入った話になりますが、聞いて下さいますかな」
「は、はい……」
手違いって……俺がただの迷子だってお婆ちゃん解ってるってこと?
あれ、ちょっと待って。やっぱりこれ変だよな。アレイスさんも子供達も、俺の事なんて少しも説明してないのに、どうしてお婆ちゃんはその事を知ってるんだ?
まさか心が読めるとか。いや、でもこう言うのって、アレイスさんが鷹とかに情報を括り付けて先に飛ばしたって可能性もあるしな……。
でも、村長というだけあってお婆ちゃんの雰囲気は底知れない。
それが「特殊な能力を持っているのでは」と思ってしまう要因になって、俺はまたもや背を伸ばさずにはいられなかった。
しかし、話が始まる前に何やらレドルというヤンチャボーイがまた騒ぎ出して。
「オサバア正気かよ! コイツは草原人だぞ!? しかもヒョロチビだしアー姉よりも弱そうだってのに、何でコイツに全部話そうとしてんだよ!」
「これレドル。鎮まりなさい」
「おれは協力するとかゼッテー嫌だからな!! おいっいくぞお前ら!」
お婆ちゃんの言葉にも反発して、レドルは立ち上がり他の子供達に怒鳴る。
と、三人は渋々と言った様子で立ち上がって外に出て行ってしまった。
……どうやらアイツはガキ大将キャラっぽいな。
「お客人、申し訳ありませんな……レドルはワシが甘やかして育てたせいか、どうも他の子よりワガママ放題で……」
「あ、いえ、アレが普通だと思います。俺だって、得体のしれない奴に何もかも託すなんてバクチはしたくないですし……。それに、あの子達……何か、怖い目に遭ったんじゃないですか? だったら、俺を警戒するのも仕方ないと思います」
深々と謝るお婆ちゃんに、俺は心からそう言った。
だって、そもそもの前提がおかしいもんな。村からあの山小屋までかなりの距離が有ったワケだから、子供四人……そのうち一人はまだ小学校入るかどうかって感じの子だったのに、あんな距離を歩いて来られるはずも無い。
しかも、アレイスさんは最初に出会った時に子供達の所に帰ろうと急いでいた。
あれは普通の焦り方じゃ無かったから……多分、子供たちの身に何かが起こって、それでアレイスさんが山小屋に一時的に避難させていたんじゃないかな。
子供達が小屋から出て来た時の縋りようも、なんとなくそういう感じだったし。
だから、まだ不安が有るんだと思う。
俺を警戒して離れるのは仕方がない事だよ。
「……お客人、名前は」
不意に問われて、俺は少し焦りながらも答える。
「あ、えっと、潜祇司……ツカサが名前です」
「ツカサ殿、その深い見識を見込んで……全ての事を包み隠さずお話しましょうぞ。貴方はどうやら、器以上の何かをお持ちのようじゃ」
村長のお婆ちゃんの瞼がまた少し上がって、黒い瞳が俺を射抜く。
その深い色は、やはり何か特別なものなのではと思わずにいられない。思わず唾をゴクリと呑み込んだ俺に、お婆ちゃんは語り出した。
「実は、このアルフェイオ……半月ほど前から盗人どもに悩まされておりましての。どこから聞き付けたのか、我々が古い時代から守り育てて来た獣馬を奪い、この村の富を我が物にしようと襲ってくるのですじゃ」
「盗賊……!? じゃあ、あの子供達も……?」
「獣馬を繋いだ幌馬車に隠れておったのを、一緒に連れ出されましてのう。それを、この村一番の戦士であるアレイスが追いかけて奪還したのです。幸い、我々が使う“霧の道”は盗賊どもも知らぬようだったので、あの山小屋に一時子供を隠し、この子には討伐の依頼を出しに行って貰ろうておったのです」
ははあ、なるほど……。だから、あんな場所に子供達を置いて行ったのか。
最初に「盗賊」と聞いた時に、あんな場所に置いといたら危ないんじゃないのかと思ったけど、アレがアレイスさんにとっては一番良かった訳だな。
……まあ、馬車を動かしてる途中で盗賊に会ったら、最悪の場合殺されちゃうかも知れないし……あの夜は霧が出ていて、そう言えば馬車道のような物も無い所を登って来てたから、ディオメデを奪おうとするあいつらに解るワケ無いよな。
だって、ディオメデは蹄の上にある獣の鉤爪で地面を掴んで走る事も出来るから、小石だらけの道だって構いやしないんだ。それどころか、足場のない崖すらも豪速で駆け上るとされている。人に慣れたディオメデを盗もうとしている奴らなんだから、それを察知できるはずも無い。
だから、道なき道に建っていた小屋も解らなかったってワケだ。
……しかし、そんな奴らがどうやってこのアルフェイオ村に来れたんだろう……?
「盗賊どもは、恐らく誰ぞ悪い輩から吹き込まれたのじゃろうて。……だが、気難しい獣馬は盗んだとて手懐けられる物は少ない。モンスターを従えた経験もなさそうな賊どもが、一体獣馬を何につかうのやら……」
「今まで三回襲撃に遭って……十頭連れて行かれた……! 街では、五頭だけでも五年は遊んで暮らせる大金になる。きっとそれが狙いだ、盗賊どもは金欲しさに我々の獣馬を奪って行ったんだ!!」
唐突に、アレイスさんが木製の床を叩いた。
どん、と音がして思わず地面が揺れた事にビクッとしてしまったが、アレイスさんはこちらに構わず悔しそうに歯噛みをして拳を強く握る。
「だがそれよりも……我々の友を、共に助け合い生きて来た仲間達を、そんな下賤な理由で奪って行った奴らが許せない……!!」
「アレイスさん……」
「落ち着きなさい、アレイス。……ともかく、この村に脅威が迫っているのは確か。これ以上獣馬を奪われぬためにも、策を講じねばならぬのです」
「それで……俺に、何か出来る事があるのではと」
でも俺、討伐依頼なんて二度しかやった事無いし、しかも俺の場合はその時後衛で完全にサポート役だったから、盗賊達に敵うとは思えないのですが……。
アレイスさんの期待には応えたいけど、己の力を過信して「任せて下さい!」とは言えない。だって、キャパオーバーだった時に迷惑が掛かるのは、俺じゃなくてこの村の人達なんだ。俺の過信のせいで誰かが死ぬ可能性が有るなら頷けないよ。
この世界は、人の命が軽い。盗賊なんてモンスターと同じように討伐対象だ。
それは俺も重々承知しているし、相手が向かって来るなら容赦はしない。けど……だからって、巻き込まれる人達まで死んで良いってワケじゃないからな。
まあでも無益な人殺しはしたくないから、出来るだけ生かして捕まえるけど。
でも……どの道、このままじゃジリ貧って事なんだよな……。
しかし俺が居ても焼け石に水になる可能性が有るし……なんて考えていると、村長のお婆ちゃんは俺の考えを読み取ったかのように、掌をこちらに見せた。
「唐突に連れて来られたのだから、その迷いは当然のこと。しかし、知る所によると、ツカサ殿は水と木の全き日の曜術師と言いなさる。実は……この村は度重なる襲撃に疲弊しておりましてな……作物の収穫もままなりませぬ。それに、獣馬を奪われて狩りに出られる者も限られておるのです……ですから……」
そこまで言われて、やっと俺が呼ばれた意味が解り、俺は顔を輝かせた。
「なるほど、俺が少しでも食料を支援できればってことですね!? それなら任せて下さいよ。俺、植物育てるのにはちょーっと自信あるんで!」
戦闘は残念ながらからっきしだが、そういう事なら自信を持ってお手伝いできます、と思わず乗り出すと、二人は何故か破顔した。
あ、あれ、俺何かおかしいこと言いましたっけ……。
「ふふっ、ははは、本当にツカサは子供みたいだな!」
「うむうむ、冒険者にしておくのは勿体ない子じゃ」
………褒められてるのかこれは。
戸惑う俺に、アレイスさんが気にするなとバンバン肩を叩いて来た。
「まあなんだ、その感じなら……やってくれそうだな!」
「やって貰えますかな、ツカサ殿……報酬も無論お支払いしますでの」
「いえいえそんな! 近くの町まで送って貰えたら、俺はそれで大丈夫ですよ。あっ、でも……その……作物が上手く育ったら、少し分けて貰って良いですか?」
高山地帯の食料なんて見た事無いから凄く気になるし、俺が料理出来てそれなりに美味いのならアイツにも食べさせてやりたい。……まあその、これで許してくれないかなってご機嫌伺いもあるけど……。
とにかく、こんなチャンスを逃してなるものか。
それに……あわよくば、ディオメデの馬房とか見れたりするかもしれない。
俺もちょっとディオメデには思う所があるので、見学してみたいのだ。
と言う訳で欲得ずくの了承だったのだが、それでも二人は笑って頷いてくれた。
いやー本当、民族系の女性って俺みたいなのでも信じてくれるからありがたいよ。これが街なら、絶対に「えぇ……?」て怪訝な顔で見られていただろうしな!
まあでもこの世界じゃブレザーの制服なんて見かけない服なんだから、そりゃ警戒されても仕方ないんだけどさ!
「まったく、本当に冒険者らしくないなお前は!」
「まったくじゃのう」
……あの、ちょっと笑い過ぎじゃないっすかお二人さん。
そ、そんなに俺、冒険者に見えないかな……ううむ……。
「ああ、それじゃあ早速畑を見て貰おうかね。アレイスは引き続き警戒を頼むよ」
「解った。……じゃあなツカサ。一旦お別れだ」
そう言いながら、アレイスさんは立ち上がる。アッ、この角度から見たらすっごい腰がくびれてる。スタイルめっちゃいい、この見上げる角度からの構図たまらん!
じゃなくてああっ、アレイスさん行っちゃうんですか……!
「心配せんでも、ツカサ殿にはお供を付けますので安心してくだされ。そやつも中々の使い手ですので、こき使ってやって大丈夫ですのでな」
そんな事でガッカリしてたのではないのだが、女戦士のアレイスさんとの何らかの素敵なハプニングを期待してたんです……とは言えず、俺は項垂れながら頷いたのであった。……はぁ。願わくばお供の人が女性でありますように……。
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