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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
19.古い記録が残すもの1
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このアーゲイアの街の全てを掌握する書物が眠っている部屋は、案外すぐ近くに在った。というのも、ネレウスさんが鍵を渡してくれた「書庫」は、寝室から二部屋隣に造られていたのである。なんというかめっちゃ近い。
まあ、お蔭で苦労も無く案内して貰えたわけだけど、それにしたってこんな警備の薄い所に大事な書物が有る書庫があって良いんだろうか。
ネレウスさんの話だと、そこに重要な文献が保存されてるらしいんだけど……。
うーむ……泥棒とかに盗られちゃったりしないんだろうか。
チート小説の漫画とかでも、さすがに大事な文書は執務室の鍵付き引き出しの中に収められてるのになあ。契約書の類は無いから良いのかな?
でも、この世界でも本は高価なものだし、それもどうなんだろう。
それとも実は、この鍵が無いと絶対に入れない「書庫」だとか?
でもそんな凄そうな術、普通の領主のお屋敷で使うもんなのかね。
色々と思う所は有ったが、考えていても仕方がないので俺達は素直に執事にお礼を言い、書庫の扉の鍵を開けて中に入った。
ううむ、何か結界が解けたみたいな感じはしないな。やっぱし普通の部屋なのかなぁ。よく分からないけど、そんな事はどうでも良いか。とにかく俺達はクレオプスが毒性を失う理由を調べなければ。
それと……出来れば、あの百眼の巨人みたいなモノの正体と、ネレウスさん一族の病気の原因が少しでも判ればいいんだけど。
「狭いけど、わりと良い趣味してるね」
「え? あー……確かに」
おっとイカンイカン。
妙に張り切ってしまったのか、部屋の事すら気にしてなかった。
気を取り直し、しっかりと扉を閉めると、俺は意外と手狭な書庫を見回した。
「なんか本棚が凄く凝ってるな」
ブラックが言う通り、書庫の本棚は結構イイ趣味だ。
飾り彫りがなされた幾つもの本棚は飴色にツヤツヤとしていて、古めかしい感じがするにも関わらず、まるでつい今しがた作られた新品のようだ。
そのしっかりとした五段ほどの横長の本棚は八畳程度の狭い部屋に二つ並べられていて、窓際に小さな机と椅子が配置されていた。
壁には布……えーと、タペストリーって言うんだっけ? 綺麗な絵が描かれた織物が掛けられている。埃っぽくも無く、なんだか……お爺ちゃんの書斎って感じの懐かしさすら感じる狭い部屋だった。
いや、この大きな本棚さえなければ広いんだけど、それはともかく。
確かに、これはブラック好みかも知れない。
煩い装飾もないし、本も沢山あるし、ヘンに広くも無いもんな。ブラックって本を読む時は自分の世界に入っちゃうから、広くて周囲の気配が気になるような場所よりも、こう言う所が良いのかも。でも、ここまで褒めるなんて珍しい。
さっきはあんなにブスッとして無言で突っ立ってたのに、何で急に気分が良くなったんだろうか。不思議に思っていると、俺の言いたいことを察したのか、ブラックは少し笑って俺の肩を掴んだ。おい、またひっつくのか。
「何も、内装の趣味が良いって言ってるんじゃないよ。ここの本棚とか、そこの織物には、本に染み込む水の曜気や部屋を汚すホコリなんかを退ける工夫が仕掛けられているからね。それが凄いなって思ったんだ。……本棚の艶出し塗料は水気除けの成分がある物を使ってるし、織物だって変な獣の毛を使った物じゃない。一般人の書庫にしては、かなりのものだよ」
「へぇ~……本棚一つとってもなんか色々あるんだな」
「ここまで気を使ってる家は滅多にないし、酔狂の域だけどね。でも、僕は結構嫌いじゃないな」
そう言いながら俺を連れて本棚に近付くブラックに、少し微笑ましくなった。
ブラックは自分の過去を喋りたがらないけど、でも本に関してだけは別みたいなんだよな。過去の記憶に一番結びつく物だろうに、興味を引く物は躊躇いなく読んだりするし、その知識もすんなり教えてくれる。
要するに、心の底から本が好きなんだ。
だから、本を大事にしてる部屋を見て少し気分が良くなったんだろう。
それを思うと、なんだかブラックの小さい頃の純粋さを知ったような気がして、俺は密かにちょっとドキドキしてしまった。
……だ、だって、こういうのも一応ブラックの一部なワケだし……。
それに、ブラックが素直に喜んでるのは俺だって嬉しいし。
…………い、言わないけどな。そう言うのは思ってても言わないけど!
ええい、何を考えてるんだ俺は。
今はとにかく情報、色々解決するには情報が必要なんだ!
ってなワケで、俺とブラックはとにかくこの書庫にある本や紙束を片っ端から読んでみることにした。背表紙で関係が無いと解る物はとりあえず置いといて、とにかく手当たり次第に読み進めていく。
――と言っても、九割はブラックの速読の力で読み進めていて、俺が確認できたのは、ほんの数冊だけだったんだけどな……っていうか今も四苦八苦してるし。
「ううむ……」
窓際の机の上で古めかしい本を開いて、俺は唸る。
形だけはいっぱしだが、実際は本の解読すらすんなりいかない有様だった。
この世界の言葉は単純で、日本語を記号に置き換えたような言語なので、俺でも読み取る事が出来るんだが……しかし、言い回しが妙に古かったり俺には解らない所があったりして、どうにも読み辛いんだ。
それに、特殊な文字が有って、それがまだ俺にはチンプンカンプンなんだよなあ。
おかげで俺が読み終えた本はまだ三冊くらいだ。
全体が解ればそれで良いってブラックは言ってくれるけど、ほんと俺ってば肝心な時に役に立たないんだから……。
「はぁ……」
アーゲイアの街の区画整理の遍歴……的なモノの記録……だったらしい本をやっと読み終わり、俺は机にベッタリと寝そべった。
……小一時間四苦八苦して読んで、その挙句に成果がゼロとは情けない。
しかも「らしい」「的なモノ」で内容がぼんやりしてるし、これじゃあ読んでるんだか読んでないんだかって感じだよ。自分自身でも辟易する。
何故俺はこう、使えない奴なんだろうか。
そうでなくとも、ほとんどブラックに読んで貰ってるってのになと思い、ちらりと後ろを見ると……件の相手は、こんな時でも変装用の眼鏡を外さずに、真面目な顔をして本を読んでいた。
「…………」
白い襟付きのシャツに、品の良いベストとスラックス。おまけに眼鏡を掛けた横顔と来たら、そりゃあ……まあ、格好いいよな。だってこのオッサン、顔は美形だし。
鼻も高いし骨格がハッキリしてるし、顔に格好いい陰影が掛かっている。その顔に掛かる緩くうねった長い赤髪は、相手の凛々しさを引き上げているようだった。
そのうえ背丈も申し分ないくらい高くて、足なんて羨ましいぐらいの長さだ。
無精髭さえなければ、ホントに一昔前の濃い顔の映画俳優みたい。
男の俺だって狼狽えちまうレベルの美形っぷりで、現にいつも顔を近付けられるとついドキドキしちまうワケだけど……改めて考えると、凄く理不尽で悔しい。
同じ人族だってのに、何でこうも違うんだろう。ホントにずるいよなあ。……そう思い溜息を吐きそうになるけど、本当はそんな事を考えてるワケじゃ無いんだ。
それは自分が一番分かっていた。
……俺は、自分のしょうもなさに落ちこんでるんだよな。
そのくせブラックの真剣な横顔を見てドキドキなんてするもんだから、自尊心とか理性とかで自分が情けなくて仕方なくて、モヤモヤしちまうんだ。
こんな事を考えるくらいならさっさと読んで貢献すれば良い話なんだけども、それが出来ないから俺は嫉妬マンに成り下がっているワケで。
はーあー……俺って奴はホントにしょうもない……。そんな事を考えているヒマがあったら本を読めってんだよな。次持って来よ。
ブラックみたいには出来ないけど、俺も出来る限り真面目に調べないとな。これは、俺が受けた依頼みたいなモンなんだから。ブラックにばかり苦労させられない。
俺は本を閉じて立ち上がると、今まで読んだ本を棚に戻した。
えーと……それで、どこまで終わったんだっけ。
「ブラック、どこまで読んだ?」
不意に問いかけるが、ブラックは俺の問いに気付かなかったようで。数秒本を読む姿勢のまま固まっていたが、すぐに気付いて俺の方を向いた。
「あ、うん、えっと……後は……この一冊かな?」
そう言いながら、棚の端の方に収まっていた分厚い本を抜くブラック。
しかし俺は別の所に驚いてしまった。
「えっ、もうあと一冊なのか!?」
思わず突っ込んでしまうが、ブラックはキョトンとして首を傾げる。
眼鏡越しの青い瞳が、何を驚いているのかと不思議そうだ。
いや、だって、あんた小一時間でこの膨大な本をほとんど読んじゃったんですよ。凄いとかそういう次元じゃないでしょうに。
「んん? よくわかんないけど、これあと一冊だし……一緒に見よっか」
「む……う、うん……」
「じゃっ、一緒に座って!」
そう言った瞬間、ブラックは片手に本を持って俺を掬い上げ椅子に座った。
おいっ、またお前膝抱っこか! やめろ!
「ブラック!」
「だってこうしないと一緒に座れないよ? 椅子は一脚しかないんだからさ」
「そ、そりゃそうだけど……」
「一緒に読むならこうしないと。ねっ!」
「ぐうう……」
もう完全にブラックの好き勝手にされているが、あと一冊の所まで本を読んだのはブラックなので、俺には何も言う筋合いが無い。
「さー、どんな事が書いてあるのかなーっと」
チクショウめ、なんでこうコイツはやりたい放題なんだ。
俺だって、頭が良かったらこうも転がされてないってのに!
悔しさに唸りながらも、俺はブラックの硬い膝にケツを預けて机の方を向いた。
最後の本は分厚い皮の表紙で、他の本よりかなり古い。
なんだか端の方や表紙の所々が掠れていて、この小奇麗な書庫からすると少し乱暴に扱われていたかのような本だった。
でも、多分、乱暴に扱ったとかそういう事じゃ無いんだよな。
この本がかなり古いから、こうして傷が付いちゃってるんだろう。
本の雰囲気は、そう思わせるほどの重厚さだった。
「明らかに……何か、古い事が書かれてそうだよねえ」
そう言って少し面白そうに呟く声が後ろから吹きかかる。
俺はその声に背筋がぞくりとしたが、息を飲んで耐えると、頷いた。
「と……とにかく……読んでみよう」
「僕が音読してあげるねっ! ツカサ君の可愛い耳のそばで……っ」
「だーうるせえっ!!」
そう悪態をついてしまうが、まあ結局、音読して貰わないと俺には何が書いてあるのか解らないワケで。……ぐうう、相手の掌の上で踊らされている気がするけど、文盲の俺には何も言う筋合いは無かった。
→
※(´・ω・`)調子が出なかった…遅れて申し訳ないです……
ちょっと予定がズレたので、明日も一話更新します!
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