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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
22.あなたが覚悟を決めるなら
このままでは、アーゲイアが危ない。
必死に走って紫の巨人に追いつこうとするが、俺を抱えたせいでブラックの機動力が落ちているのか、相手の歩幅が大きすぎて差は開く一方だ。
巨大な足が地を踏むたびに、ズシンと音が鳴るが、もしかしたら街の人達にはこの巨人がもう見えてしまっているかも知れない。下手したら大パニックだ。いや、それよりも、もっとヤバい事が有るぞ。
ここは辺境の地、とんでもなく強い冒険者達が闊歩しているんだ。万が一、彼らに目を付けられでもしたら……。
「うっ、ぶっ、ブラック、俺を置いてけ!」
「えぇっ!?」
「お前だけの方が早いだろ! 頼む、このままだとネレウスさんが他の奴らに殺されちまうかもしれない、そうなったら今よりもっと酷い事になる!」
俺を抱えて走っているブラックにそうは言うが、相手は難色を示すように顔を歪め素直に頷いてはくれない。ええい、何を躊躇ってるんだよお前は!
何故そうも渋い反応をするのかと睨むと、ブラックは口をへの字に曲げた。
「こうなったら遅かれ早かれ街には到達しちゃうよ。それに、ツカサ君さっきの戦闘を見ただろ? 僕の剣だけじゃ全く歯が立たない。そんな奴を僕一人で足止めしろったって絶対に無理さ。出来もしない事をやるほど僕はデタラメじゃないよ」
「いつもデタラメなのに!」
「その言葉そっくり返すけどね!?」
素っ頓狂な声でそう言われて、俺はぐぬぬと口を歪める。
た、確かにチート能力を持ってる時点でデタラメってのは当然だけどさ。
でもブラックは強いし曜術も使えるし、なにより【紫月のグリモア】まで獲得したような凄い曜術師じゃないか。なのに、それでも歯が立たないと言うのだろうか。
そんなバカなと思ったのが伝わったのか、ブラックは風に長い赤髪を靡かせながら難しそうな顔で言葉を返してきた。
「買い被ってくれるのは嬉しいけど、さすがに僕も無鉄砲に向かって武器をむざむざ破壊したくなんてないし、あの感じじゃ生半可な曜術を使っても焼け石に水だ。紫の巨人は頑丈すぎる。本気で焼き尽くすような術を使えば、周囲に被害が及ぶよ」
それでも術を使って欲しい? と言われて、俺は思わず口を噤んでしまう。
巨人を止めたい。だけど、ブラックが「手加減できない」と言うって事は、街だけじゃなくて人にも被害が及んでしまうって事だよな。
曜術は想像力で発動する術だから、基本的に「攻撃したい対象」にしか術の効果が発揮されないけど、暴走してしまえばその制御は簡単に効かなくなってしまう。そのせいで、仲間にまで攻撃してしまうことだってあるんだ。
下手をすれば……周囲にいる生物全てを殺してしまいかねない。
自分でも制御なくなるほどの力を行使するってのは、それくらい危険な事なんだ。仮に、そんな力を使えたとしても……躊躇うのも無理はなかった。
だけど、止めなかったら止めなかったで巨人が殺されるかも知れないじゃないか。
ああもうどうすりゃいいんだ、足止めも出来ないんなら何をしたらいいんだ!
頭を抱えてしまったが、最早追いつく事すら出来ない。
巨人は丘を軽く早足の速度で降りて行ってしまう。このままじゃ、いずれは街の人に気付かれる。
「ブラック、炎の壁か何かないの!?」
「……あるにはあるけど、周囲を燃やさずに止めろってのはちょっとムリかな……」
「う、ううう」
ここで俺が格好良く「飛び火したら水で掻き消してやんよ!」と言えれば良いんだけど、残念ながら俺は広範囲を制御する術を使用した事が無い。それどころか、そういう大規模な術は【黒曜の使者】のチート能力でどうにかしてて、巨大な術を細かく操作するなんて事は全く経験していなかった。
なのに、そんなのダメモトでやったら自殺行為だ。
チクショウ、なんでこう経験してない事態が一気に押し寄せて来るんだよ、鍛錬をしていればなんて思うけど、今更後悔したって遅すぎる。
ブラックが手も足も出ない相手なんて想像もしてなかったし、俺自身チート能力を乗せた強力な術がこうも簡単に突破されるなんて思っていなくて、どうすれば相手を無事に大人しくさせられるかなんて、今じゃ何も思いつかなかった。
でもこのままだと間違いなく酷い事になってしまう。
どうしよう、どうしたらいい。
どうすればネレウスさんを救えるんだ。
抱えられたままで頭を抱える事しか出来ない俺の目の前で、巨人がどんどん速度を上げて街の方へと下って行く。もう、時間が無い。街がすぐ下まで迫っている。
もういっそ、足を崩す覚悟で相手を止めた方が良いのでは。そう思って意識を集中させようとしたが――――俺の判断は、遅すぎた。
「――――!!」
「ああ、もう気付かれちゃったか……」
街の方から悲鳴が上がる。もう、どうしようもない。どうしよう。
頭が真っ白になって、何をして良いのか解らなくなる。最悪の事態が頭を過ぎった途端にそればかりが思い浮かんで、俺は目を見開き震える事しか出来なかった。
どうしよう、このままじゃ冒険者の人達に巨人が攻撃されてしまう。
まだネレウスさんかどうかも判らない相手なのに、万が一殺されでもしたら。いやその前に、街の人達や敵わなかった冒険者達が危ない。
あの黒いローブが何を吹き込んだのか解らない以上、下手に刺激したら――
「うわっ! 馬鹿が!!」
ブラックが誰かを罵るようにそう吐き出したのに、咄嗟に前方を向く。
その瞬間、斜め前方から炎の玉のような物が幾つも巨人に着弾した。
既に何百メートルも離されていたせいで、火炎弾の衝突音すら小さくしか聞こえず“痛恨の一撃”だったような気がしない。
巨人もそうだったのか、衝撃を受けてその場に留まりはしたようだったが――
あの一撃で完全に周囲の人間達を敵と見做したのか、咆哮を放ち思い切り拳を振り上げて前方へと叩きつけた。
「あっ……!!」
どん、と音がして、街の入口よりほんの少しだけ遠かった俺達の体にまでその衝撃が伝わってくる。悲鳴と怒号が聞こえ、街の中で多くの人々が蟻のように逃げ惑い、方々に逃げていくが、それだけでは終わらなかった。
火炎弾が次々に放たれる。水弾、土の槍、風の刃に蔓まで飛び交ったが、巨人にはどれも通用しない。体中にある無数の目を攻撃に瞑りはするものの、それが致命傷になるわけもなく、己の指よりも小さな人間達に向かって再び拳を放つ。
足を踏み鳴らし地面を振動させて、今度は地面に着いた手で横に薙ぎ払った。
瞬間、いままで放たれていた曜術が消える。まさか、曜術師達が倒れたのか。
思わず声を失うが、まだ人間達の声は止まない。
街に突入し、徐々に近づく相手。軽く屈んだ相手に、これが好機と言わんばかりに数人の鎧をまとった剣士達が飛び上がった。
彼らは先程の攻撃を防いだのだ。けれど、百眼の巨人が見逃すはずもない。
俺が息を呑んだ瞬間、巨人の腕が彼らの死角から飛んできて、数人があっという間に吹き飛ばされて壁へとぶつかって落ちてしまった。
「あ、あぁあ……っ」
もう、駄目だ。もう穏便に済まない。
横目に流れる白い家々からは、街の人達が次々に出て行ってしまう。安全な場所を求めて混乱し、俺達とは逆の方向へ走って行くのが見えた。
目の前に見える巨大な体は、それをぎょろぎょろと目で見ながらも、冒険者達への攻撃をやめる事は無い。むしろ、攻撃されればされるほど激昂しているようだった。
だめだ、このままじゃ本当に「怪物」になってしまう。
ネレウスさんが殺されるか人が死ぬかとかそういう問題じゃない。
例え彼が元に戻ったとしても、もう彼はこの街にいられなくなってしまう……!
「ブラック、降ろして! 俺他の人の手当てするから!!」
「はぁっ!?」
「頼む、時間を稼いで、お願い……っ」
もうすぐ巨人に近付くという所で、彼を取り囲む冒険者達の輪が見えてくる。
彼らは一様に巨人の方を見て、一歩も退かぬようにその場で足を踏ん張っていた。
きっと、街の人達が避難する時間を稼いでいるのだろう。遠目から見ても、彼らの様子は「モンスターを狩ろう」としているのではなく、何らかの脅威を食い止めようとしているような緊張感が見てとれた。そう、これはただの戦いではない。
彼らにとっては、巨人はもう「斃さねばならないもの」になってしまったのだ。
巨人に戦いを挑んで破れ、周囲に倒れている冒険者達によって。
…………そうなってしまっては、もう遅いのかも知れない。
だけど、もし彼が元の姿に戻れるのなら、俺にだって出来る事が有るんだ。
この状況を終わらせる事が出来るかどうかは分からない。だけど、彼らが命を落としてしまわぬように食い止める事で、最悪の結果は抑えられるはずだ。
だから、少しでも。頼むから時間を稼いでほしい。
そういう思いでブラックを見上げた俺に、相手は何故か凄く困ったような顔をしたが――――冒険者達の囲いの前で止まると、俺を素直に降ろした。
そうして……何故か、言い辛そうに目をそらす。
丸眼鏡の奥の青い瞳が、何故か怯えたように揺れているが……どうしたのか。
「ブラック……?」
問いかけると、相手は少し間を置いて、俺を見た。
「…………ツカサ君……。もし、僕が……」
「……?」
「僕が…………酷い術を、使っても…………嫌いに、ならないでくれる……?」
術。酷い術。
それで、どうして俺が嫌いになるんだ?
何故、それを今言うんだろう。
よく解らないけど……でも、一つだけ言える事が有る。
俺は息を吸って冷静さを留め、しっかりとブラックを見て頷いた。
「今更だろ。それでアンタを嫌いになるんなら、俺はアンタを好きになってない」
素肌の胸に触れる指輪は、伊達や酔狂で貰ったんじゃない。
アンタとずっと一緒に居たいから、全部を受け入れる覚悟で受け取ったんだ。
今更何が有ったって、俺は離れようなんて思わない。それだけは確かだ。
そんな気持ちを込めてブラックに答えると、相手は……泣きそうな顔で笑った。
「あは……もう……ほんと、ツカサ君…………なんでそんなこと言うかなぁ……」
声まで泣きそうで、なんだか何かを我慢しているような感じだった。
なんでだろう。どうしてそんな声を出すんだろうか。
今の状況も忘れて手を伸ばしそうになった俺に、ブラックは首を振って「大丈夫」と示す。そうして、眼鏡を外すと、袖で目の部分を拭った。だが、再び眼鏡をかける事は無く、畳んだそれを胸ポケットに入れ込んでしまう。
この街では忌まれる紫の……菫色の綺麗な瞳を、隠す事も無かった。
「えっ……ぶ、ブラック?」
どうしたんだろう。目を瞬かせる俺に、ブラックは緩く笑うと再び剣を抜いた。
「ツカサ君のお蔭で、ちょっと元気出た。……ツカサ君のために、僕頑張るよ」
「ブラック……」
「だから、ツカサ君も変な奴に色目使っちゃ駄目だよ」
そう言って、俺の頬にキスをすると、ブラックは冒険者達の囲いの中へと一人で入って行ってしまった。
き、キス、こんな所で! いや、っていうか……。
「……な、なんで……?」
なんで急に、そんな事をしたんだろう。
どうして突然、怯えたような感じの事を言い出したのか。
解らない。数秒その事を考えて、俺はやっと我に返った。
あっ、そ、そうだ、俺もやるべき事をやらなくちゃ。折角ブラックが作ってくれたチャンスを逃すワケにはいかない。倒れた人達を救助して、早く手当てをするんだ。
慌てて駆け出すと、俺も囲いを迂回して目的の場所へと向かった。
→
※遅れて申し訳ないです…!。゚(゚´Д`゚)゚。
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