異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編

25.過失にむせぶ

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 ……そう言えば……別れて行動する前に、ブラックは「酷い術を使っても、嫌いにならないで」って言ってたっけな。
 あれ、じゃあ今のがブラックの術だってのか?

「今の……その……術だったのか?」

 先程さきほどまでの地獄のような光景と、二度と遭遇したくなかったの事を思い出し少々身震いしてしまった俺を、ブラックは再びぎゅっと抱きしめてほおを俺の頭に擦り付けてくる。

 ひげが頭皮に触れて痛かったけど、何だかいつも以上におびえているようなブラックの様子が気になってしまって、俺はとにかく落ち着かせようと背中に腕を回した。

「ブラック、落ち着いて……ホントに俺、大丈夫だから」
「でも……」
「嫌いにならないって言っただろ」
「でも、聞いたらツカサ君、僕のこと軽蔑する……」
「しないってばもう! そんなに俺がヤワだと思ってんのか、怒るぞ!」

 人をあなどるのも大概にしろと背中を強く叩くと、頭の方からグエとかいう音がして、渋々ブラックは俺の頭から顔を離した。
 相変わらずおびえたような顔をしているけど、それが俺を甘く見ている証拠なんだと思うと我慢ならなくて、俺はブラックの片頬かたほおを思いっきり引っ張った。

「いひゃひゃひゃっ、ひひゃひうああうぅ」
「痛いツカサくぅんじゃないよ! ったくもう妙な時にばっか気弱になりやがって、俺の事が信用ならないってのかお前は! あ゛!?」
「うひうぅ……」

 ああもう話が進まないな。
 ……まあでも……ブラックが怖がるのも仕方ないか。
 現に俺は今さっきまで“酷いもの”を見たし、しっかり怯えてしまった。もしそれをブラックが見てたとしたら……俺に対して罪悪感を持ったとしても不思議じゃない。

 ……冒険者達を巻き込んだ事に対しては何も思っていないのかとは思うが、しかしブラックはそういう奴だ。わかやすいくらい、他人に興味が無い。
 興味が無いけど……俺の、ことだけは……時々、凄く臆病になるくらいに考えて、苦しんだりしている。それを俺自身が言うのは自惚うぬぼれてるのかも知れないけど、実際そうなんだから仕方がないよな。う、うん。ブラックは、そういう奴なんだ。

 そういう奴だから、俺みたいなガキ一人にこんなに怯えてるんだ。

 だから、俺が……ちゃんと、ブラックを安心させてやらないと。

「…………ブラック、ここ触って」
「ふぇ……」

 ほおからブラックの右手をつかえて、俺はその大きなてのひらを自分の胸に当てる。
 ブラックは「つっ、ツカサ君っ!?」と狼狽ろうばいしたが、かまわずに俺はブラックの手を押し付けたまま、じわじわと熱くなる顔を必死で引き締めながら二の句を継いだ。

「ここに、アンタと同じのがあるだろ」
「ぁ……」

 ブラックのてのひらに、俺の胸の真ん中で揺れている指輪を押し付ける。
 そう、これはアンタの左手の薬指にはまっているモンと同じ物だ。どこに行ったって絶対に手放さないその指輪と同じ物を、俺もずっと首にかけてるんだよ。
 その指輪の向こう側にある俺の心臓は、アンタのことを微塵みじんも拒否してない。ドキドキしてるけど、それは嫌いだからとかそういう事じゃないんだ。
 それが、分かるよな?

 祈るようにそう思いながら、俺はブラックの顔を見上げた。

「確かに術は怖かったけど……それは、ブラックには関係ない事だ。そうだろ」

 そう言うと、ブラックは泣きそうに顔を歪めたが――その顔を一度ぬぐうと、俺の胸に当てていた手を離して、うつむきながら自分の左手の指輪を弄り始めた。
 まるで、それが精神を安定させる唯一の道具だとでも言わんばかりに。

「……でも……あの術……やっぱり、あの力は……ツカサ君を怖がらせたよ。僕、やっぱり駄目だ……」
「どうしてそう思うんだよ」
「だって、あの術は……僕の“紫月しげつのグリモア”の力だから……」

 紫月のグリモアの力……ってことは……あれが【幻術】なのか?

 ――――グリモアってのは『この世界の頂点に立つ力』で、【黒曜の使者】を唯一討伐とうばつ出来る。俺とは並々ならぬ関係性がある称号なんだよな。

 だけど、この称号は簡単に貰えるものではない。
 を持つ最高等級の曜術師しか読む事の出来ない“魔導書”によって、その称号は初めて人のものとなる。俺を殺せるだけあって、その称号もウルトラレアだ。
 なんせ、その魔導書は七つしか無くて、再び本が戻って来るにはグリモアの称号を持つ人間が死ななければならないんだからな。

 そんな特殊な称号の一つが、ブラックの【紫月しげつのグリモア】なんだ。

 そして、そのグリモア達は他の曜術師達と違って、特殊な能力を持っている。
 【幻術】というのも……ブラックのグリモアが持つ特殊能力なのだ。

「あれが、幻術……? でも、俺が見た時は、あんなじゃなかったような……」

 俺は過去に二三度【幻術】を見た事が有るが、その時は「本物みたいなのに、人を傷付ける事が出来ないさわれる幻影」だったり、相手を眠らせるだけだった。
 あんな地獄みたいな幻影なんて、見た事が無い。思わず目を丸くした俺に、相手は申し訳なさそうに眉を下げて口を曲げた。

「…………僕の【幻術】は、グリモア以外の生物なら目を見ずに無条件で発動できるけど……今回は、目が多過ぎて制御できなかったんだ……。だから、ツカサ君だけを術から外す事が出来なくて……やっぱり……ぅ……うぅ……っぐすっ……やっぱり゛じっばいじじゃっだ……っ」
「ああもう泣くな泣くなって! じゃあ……本当に【幻術】だったんだ……」

 大人の癖にグスグス泣いているブラックの顔を布でふきながら、俺は周囲を今一度確認した。すると、やはりそこらじゅうに寝転がって苦しんでいる冒険者達がいて、巨人はと言うと……地面にひざをつき、天をあおいで歯を食いしばっていた。
 彼らはまだ幻術の中にいるのだ。

 こんなに恐ろしい術だったとは……実際に喰らって見ないと解らないモンだな。
 いや、でも、ブラックは失敗したって言ってたんだっけ。
 しかしアレは失敗だったのかな。結果的に全員を戦闘不能にしてるしなあ。

「こんなの本当の【幻術】じゃないよ……ほんとは、ほんとはもっと顕現けんげんできるような術なのに……僕、ぼ、僕っ、ツカサ君のことあんな怖い目にあわせてぇえ……」
「だーもー……だから、気にしてないってば……」

 大粒の涙を流す情けない中年に優しくそう言うが、相手はぐずぐずち鼻を鳴らして首を振る。何をそんなにかたくなになっているのかと眉根を寄せる俺に、ブラックはしかられた犬のような顔でボソリと呟いた。

「だって……僕がかけたのは……対象が“最も恐れているもの”を相手に見せる術だったんだもん……。だから、僕……ツカサ君が術にかからないように頑張って制御したつもりだったのに、でも、結局出来なくて……」

 “最も恐れているもの”を相手に見せる術。
 なるほど……それで俺は兵士達が現れる悪夢を見せられたって事なんだな。

 ……くっ……なんか、自分の弱い所を突かれたみたいでヤだな……。そりゃまあ、確かに俺はあの時の事を思い出したくも無かったし、自分でも驚くぐらいトラウマになってたようだけどさ。
 でも……あれが「最も恐れているもの」だなんて……なんか、嫌だ。

 俺が本当に怖がってるものは……あんなものじゃないのに。
 本当に「怖いもの」は、目の前のこのオッサンが持ってる物なのに。

 それを思うとくやしさ半分恥ずかしさ半分な気持ちになってしまい、俺は破れかぶれでブラックに言葉を吐き出していた。

「…………ばーか」
「ぅえ……」

 俺の暴言に、ブラックが顔を上げる。
 その間抜け面に、俺は笑ってやった。

「そんなのどうだって良いよ、誰だって失敗するもんだしさ。それより、この状況を何とかするのが先だろ。後悔するんなら、俺が後で一緒にヤんなるくらいやってやるからさ。……まあ、何に後悔するんだって話だけど」
「……ツカサ君……」

 そんな顔するなよ。
 アンタいつも、俺が何かやらかすと「なんだそれだけか」って笑ったじゃないか。
 俺だって、そうだよ。アンタに何されたって別に構わないんだ。こんな事なんて、俺にとっても些細ささいな事なんだよ。アンタが俺の悩みを笑い飛ばしてくれたくらいの事なんだ。俺には余裕でスルー出来る事なんだよ。

 それを感じ取るくらいの余裕は、今のアンタにだってあるはずだろ。
 だから心配するなと満面の笑みを見せてやると、ブラックは情けない顔で笑った。

「さて……この状況どうするかな……。なんとか足は止められたけど……」
「う、うん……そうだね……。でも、ホントここからどうしよっか……移動させるにしても大変だし、このまま転がして置くワケにもいかないし……」

 まあ、そうだよな。
 ブラックの【幻術】をいつまでも発動させてる訳にもいかないし、そもそもこんな場所で冒険者達が大勢転がっていたら、街の人達がなんて思うか解らない。
 でも……この状態で巨人を移動させるワケにも行かないしな。
 …………ホントにどうしよ……。

「どうにか巨人をここから動かす事が出来ないかな……」

 そう思いながら、巨人を見上げた。
 ――――と。

「グゴッ、オ゛ォオ゛オ゛オオ!!」
「――――!?」

 急に巨人が叫び、腕を強く動かし始めた。

「なっ、なに、どうしたの!?」
「あっ、ああっ、ぼ、僕が気弱になったから術が解けかかってるんだ……!」
「なにぃ!?」

 お前何故そんな重要な事を早く言わないんだ。
 思わずツッコミを入れようとした、刹那。

「オオオオオオオオオオ!!」

 地面を響かせるような恐ろしい咆哮を響かせて――――巨人が、立ち上がった。













 
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