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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
32.目上の人とは出来るだけ話したくない
◆
シーツは自分達でこっそり洗いました。
……なんの話かって? 思い出したくないので忘れよう。
ゴホン。まあ……ともかく、開けて翌日。
凄まじい腰痛と、今もガバ開きしているようなケツの酷い余韻を、強い湿布と回復薬と下着でシメた俺は、這う這うの体でネストルさん達に対面した。
……のだが、よほど俺の顔が酷かったのか、それとも湿布臭が強過ぎたのか、執事に「……のちほどお話しましょうか」と言われて避けられてしまった。
今後の事を話す予定だったのに、昨日のアレでこのザマだ。
酷い。いや、そんな俺を見て上機嫌な顔をしているブラックが一番酷い。
スネを思いっきり蹴り上げてやりたかったが、しかし体中がギシギシ言っている俺の貧弱レッグスでは、攻撃力なんてあるわけがない。
だが俺は負けない。負けないのだ。
「じゃあ、今日は部屋でイチャイチャしてようねぇ~」なんてのたまうブラックを鉄拳制裁して、俺はしょげているブラックに乗り地下神殿へと向かった。
今日はネレウスさんから、あの“謎のローブ”の事を聞かなきゃならないんだ。もし“クロッコ”の時のようなヤバい何かが暗躍しているとすれば、見逃しては置けない。
とんでもない事になる前に、詳細を聞いておかないとな。
……それにしても……。
「どしたのツカサ君、あっ、やっぱり抱っこが良かった?」
「ちがうこのままでいい」
ブラックに俺を背負わせて地下階段へ降りる途中、考え込んでいた事に勘付かれたのか、相手がこちらを窺うように少し顔を向けて来る。全然反省してない顔だ。
ったくこのスケベオヤジめ、頬でもつねってやろうかコラ。
前を向けと睨むと、ブラックは拗ねたように口を尖らせた。
「ツカサ君のケチー。ちぇーっ、おんぶならツカサ君の可愛いおちんちんが当たるかと思ったのに、小さいから布に阻まれて全然感じないし……」
「バカー!! なにが小さいだこのアホッ、俺はそんな小さっ……つーか可愛いって何事だゴラァア!! こんちくしょっ、降りるッ、もう降りる!」
「わーっごめんごめん! 降りたらツカサ君歩けないよ、転げちゃうよ!」
どうどうと落ちつけられて、俺は唸りながら口を歪めて閉じる。
チクショウめ、俺がこんな情けない状態じゃ無かったら、ブラックなんて追い越して一人でネレウスさんの所に話を聞きに行ってたってのにぃ……。
それもこれも全部ブラックが俺に色々やらかしたせいだ。
ブラックの頬をつねりながら地下まで下りて、俺達は鼻の面倒を見ていたネレウスさんから例の“黒いローブ”の話を聞いた。
――――ネレウスさんの話は、こうだ。
あの“黒いローブの男”……どうやら声からして男らしいが、そいつは以前からこの館の周囲をうろついていたのだそうだ。
といっても、ネレウスさんだけしか目撃してないし、誰も何も言わなかったので、彼は死を告げる何某かだと思っていたと言うのだが……ある時、その黒いローブの男が二階のネレウスさんの部屋に、近付いて来たのだと言う。……浮遊、しながら。
そうして、男はこう言った。
『ああ……可哀想に。貴方は悲しい定めを受け入れておられるのですね。そして、それを愛する我が子に伝える事も出来ないでいる。なんと悲しい定めでしょう』
……まるで、何もかもを知っているような言葉。
ネレウスさんはその男を、いつしか「英雄が遣わした御使い」と思い込んで、身の上話を全て話してしまったらしい。百眼の巨人の姿になった今は「お恥ずかしい」と何の病の気配も無くションボリしていたが、しかし……あの時は、愛する息子を残し死ぬしかなかったんだから、仕方がないよな。
だって、ネレウスさんは、死にたくなかったんだ。
幼い息子を一人置いて消えるなんて、それを考えるだけでも耐えがたい苦痛だっただろう。なのに、苦しみを心の中にしまいこんで、一人で耐えていたんだし……その行動を責める事なんて、俺には出来ない。
気を落とさないでと励ますと、ネレウスさんは少し元気を取り戻してくれた。
んで、それからなんだけど……彼は日に日に酷くなる病状を案じ、自分の死が……いや、自分が「呪いで巨人の姿に戻る日」が近付いている事を感じていた。
そうして、自分が死んでしまう事に密かに怯えていたのだが……そんな時に、俺達が現れたのだと言う。回復薬は、本当にありがたかったのだと言ってくれた。
実際、体が楽になって、今までの苦しみが驚くほど和らいだのだと言う。
だけど、その事に浮かれて……最後の「望み」だった、自分の息子と散歩をしたいと外に出たのがいけなかった。
そこに現れたのが、あの黒いローブの男で、そこで――――ネレウスさんは、何かの「ことば」を囁かれて――――意識を失ってしまったのだと言う。
だけど、目が覚めて見ると、今までの事を全て思い出していた。
自分が暴れた事も、ここに連れて来られて俺を握り潰そうとしたことも、ぜんぶ。
だから最初は酷く後悔したんだそうだ。とても酷い事をしてしまったと。
……しかし、そこまで鮮明に思い出しても……あの男の最後の言葉は、どうしても思い出せなかった。他の事はいくらでも思い出せるのに、その最後の一言だけが、頭の中をいくら探っても思い出せなかったのだ。
なんとも不思議だが……アイツはどみても普通じゃ無かったし、なにか術を使って「あの言葉」を完全に記憶から消したとしても何もおかしくは無い。
でも残念だな。
ネレウスさんが暴走した原因の「言葉」が判明すれば、あの黒いローブの男の正体に一歩近付けたかもしれないのに。思わず臍を噛んだ俺だったが、それを切っ掛けにしてか、唐突にネレウスさんが妙な事を言い出したのだ。
「……あ……。でも……彼が何度か、執拗に繰り返していた言葉が有ったよ」
そう言って、ネレウスさんは記憶を探るように全ての目をギョロギョロと動かし、何かを思いだそうと天を見上げた。
「確か……『神の如く甦られよ』と……あと……『定められし運命に抗うことは、人の最大の栄誉である』とかいう……文言だったかな……」
……神の如く甦られよ。定められし運命に抗う事は、人の最大の栄誉である。
一度聞いた限りでは、ただの励ましの言葉だ。
でも、俺は……その言葉に、言い知れない怖気を感じずにはいられなかった。
――――次の日、驚くほど速く王都から使者がやって来て、調査兵達が街を調査し始めた。もちろん、そうなると俺達にも尋問の手が及んでくる。
そう見越していたので、俺は事前に執事さんに頼んで、貴族専用の伝達手段で王様に「今回の件」を手短に報告していた。
お蔭で、彼らは俺達にそれほど深い事は聞かず、館の中での尋問に留めてくれた。まあ、俺がこれ見よがしに見せびらかした“王様の庇護の証”である【庇護の腕輪】の効果も有るんだろうけどな。ハハッ……。
色々と思う所は有ったが、まあ無事に済んだので良い……と思ったのだが。
「国王陛下並びにシアン様から、伝令水晶が届いております」
「ですよねえそうなりますよねえ」
目の前に立っているのは、俺達とシアンさんの伝達役である金髪巨乳毒舌エルフのエネさんだ。相変わらず黒いローブでエルフの耳を隠しているが、彼女の巨乳とその美しい顔は魅力を隠しきれていない。
ああでも今回だけは会いたくなかったです……。だって、この状況って要するに、「陰険国王とシアンさんからテレビ電話が繋がっております」状態なんだもん。
まあそりゃ、報告しなきゃいけないとは思ってましたけど、せめて書面だろ。
遠距離通信で直接対話とかファンタジーでも中々ないだろ!?
なんで考える暇も与えてくれねーんだよォ!!
シアンさんだけなら喜んで洗いざらい話せたってのに、この陰険国王が隣にいて手を振ってたら、どう考えたって取り繕えなくなるだろうがああああ!!
『なんだツカサ、余に会えてとても嬉しいようだな? そのせいか些か緊張しているようだが……また直接会いに行ってやれば、笑顔を見せてくれるのか? ん?』
「すみません違いますこれだけで十分嬉しいです申し訳ありません」
ネストルさんに応接室を貸して貰ったが、やはりこの状態でも緊張する。だって、机の上に置かれた綺麗な水晶から扇形に放出された光の中には、仲良くキンピカ王とシアンさんが座っているんだから。
本当は優しくて美しいシアンさんにだけ目を向けていたかったけど、地位の関係上俺は王様の方に目を向けねばならない。
だけど、俺の女の子大好きな血が邪魔をする。
あのいけすかねえイケメンだけは見たくないと目が、目がっ。
「もうそういう茶番どうでもいいから早く話済ませてくれる? 面倒臭いんだけど」
アッ、ブラック、なんてタイミングの良い……。
失礼極まりないけど、ブラックのこう言う所がいつも俺を助けてくれるよ。うう。
とは言え、隣に座っている本人はマジで王様と会話するのが不快なようで、俺の肩を抱いたまま物凄く顔を嫌そうに歪めていた。
こういう時ばかりでアレだけど、やっぱり大人って頼りになるなあ。うん。
『こら、ブラック! 国王陛下に無礼な口を聞いてはいけませんよ! ……だけど、そうねぇ、あまり話が長引くと道具に負荷がかかるから、手短に済ませましょう』
さすがはシアンさん、ブラックを窘めながらも話を進めてくれる。
なんとか陰険王のイジワルを受けずに済んだとホッとする俺に、銀を散らした妙な金の瞳を持つ相手はつまらなそうに鼻を鳴らしたが、とりあえず話を切り出した。
『それで、お前達の話だが……今回の件は、一体どうなった? クレオプスのことも、きちんと解決させたのだろうな』
それを言われると、ちょっと苦しい所も有ったが……今回ばかりは、包み隠さずに全ての事を話す方が良いような気がする。
「…………分かりました。俺達が見たこと……ぜんぶ、お話しします」
姿勢を正して背を伸ばした俺に、ブラックは「仕方がないなあ」とでも言いたげに、ハァと溜息を吐いた。
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