異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

1.夢に見る

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 許して
 頼む、許して

 何故、怒る。どうして私をさいなむ。
 らぬものだったはず。断ち切れるものだったはず。
 なのに何故、そうまでして憎む。

 私が悪かったのか。私こそが悪かったのか。救えなかった私が。
 ならば、つぐなうべきなのか。この“私”が、つぐなうべきなのか。

 なぜだ。何故正しいことをして、罪を背負い、償わねばならない。
 私の信じた正義は間違っていたとでも言うのか。

 わからない。何度考えてもわからない。
 行く道が無い、闇しか見えない。答えが出てこない。

 苦しい 苦しい 許して
 償えば許されるというのなら、償う。償うから。

 だから、許して
 誰か 助けて

 愚かな私を、どうか 助けて
 神様
 なぜ、助けて下さらないのか

 私の進んだ道は、間違っていたというのか
 それとも、この世には、もう

 神は、存在していないのか



 だとしたら、私は――――













「――――ッ……!」

 自分の息継いきつぎの音で、目が覚める。
 見開いた目に映った天井は薄暗くて、一瞬どこにいるのかも判別できなかった。

「…………? ぁ……」

 無意識に、声が出る。
 それだけで、急に現実へ揺り戻されたかのような感覚を覚えて、俺は何故だか安堵あんどするかのように深い息を吐き出していた。

 でも、何故そんな事を思ったのかは自分でもわからない。
 何に安堵したのだろうかと考えて――ついさっきまで見ていた夢を思い出した。

「…………そうだ……悪夢見たんだっけ……」

 かすれた声、浅い息を吐くような小ささで呟く。
 まだ早朝にもなっていない、恐らく今も深夜の域なのだろう時間に起きるなんて、尿意を覚えるか奇妙な夢から覚めるかしかない。

 ということは、なにか夢を見たんだろうか。でも、思い出してもぼんやりとした頭では明確に思い出せない。確か……暗い所を、必死で走っている気がしたんだけど。
 でも、なんだか凄く悲しくて苦しい夢だったのは覚えている。その時の、言葉も。

「許して……誰か、助けて……」

 そればっかりが妙に頭に残っていて、俺は髪の毛を緩慢な動作で掻き乱した。
 よく解らないけど、何かに追いかけられる夢だったんだろうか。にしたって、俺は何もしてないはずなのに「助けて、許して」だなんて寝覚めが悪い。

 一昨日は、ゾンビのような恰好かっこうの人型モンスター……【コープス】の大群と大乱闘してたから、そのイメージでホラー映画か何かを思い出しちゃったんだろうか。
 にしたって、寝覚めが悪くて嫌な感じだなぁ……。

「はふぁ……」

 ぼやけた頭で色々考えて、やっと夢から目が覚めた体があくびを漏らす。
 金属が触れているせいか少しかゆい胸の真ん中を、服の上からボリボリ掻きながら起き上がる。と、横から俺の腰に巻き付いて来るナニカが出て来た。
 んなもん、もう考えなくたって分かるよ。俺は巻き付いてきた太い腕の主――隣でグースカ寝こけている無精髭ぶしょうひげだらけのオッサンをジロリとにらんだ。

「ったく……別々のベッドで寝ろって言ったのに……」

 昨日散々頑張ってキスしたのに、それでもまだ飽き足らないのか。
 そうは思うが、ブラックが尋常ならざる性欲をこらえて我慢している現状を考えたら罵倒も出来なくて、俺は溜息を吐きながら腰に巻き付いた腕を外そうとした。

 ……ブラックの一番強い欲は「性欲」だもんな……それを、俺の修行という一点で我慢させているんだから、やっぱり多少は俺も我慢せねばならん所もあるだろう。
 知らずの内にベッドに入り込んで同衾するくらいは、許してやらなければ。

「…………とはいえ、慣れちゃってなんだかな……」

 最初の頃は、デカくてヤバいオッサンと同衾なんて嫌過ぎて涙目だったんだけど、人間ってのはどんな状況でも慣れて「当たり前」になってしまうんだから恐ろしい。
 まあでも……仕方ないよな。

 そう思って、俺は胸元に触れて生暖かくなっているもの――服の中の指輪を、手で優しく抑えてその形を改めて思った。

 …………俺とブラックは恋人同士で、俺もを受け入れた。まだ慣れない部分も有るけど、ちゃんと恋人らしい事をしたいと望むくらいには、俺もブラックをいているんだ。一緒に寝る事に忌避感を覚えなくなったのだって……結局のところ、俺がこのだらしなくてしょーもないオッサンに、惚れてしまっているからなんだろう。

 なんか、凄くシャクだけど。そう思うと、納得する気持ちとイラッとする気持ちが同時に湧き上がってくるけどな。
 でも、まあ……こっ……婚約、指輪とか……受け取っちゃったし……。俺だって、ブラックのこと……それくらいは…………あ、ああもうもう良い。

 朝から何でこんなコト考えてるんだか。馬鹿じゃねーの俺は。つーか、もしかしてブラックがこうして俺に巻き付くから、悪夢を見たんじゃないのか。現実で体をギリギリ引き締められたら、そりゃ夢だって悪くなるでしょうよ。

 ちくしょう、毎度毎度好き勝手しやがって……鼻つまんでやる。

「ふが……つがしゃくふぅん……」

 ええいもうムニャムニャうるさいオッサンだ。
 ……な、名前を呼ばれたって何とも思わないんだからな。よだれを垂らしてだらしない寝顔を披露しているオッサンなんて見ても、可愛いとか思わないんだからな!
 あーやだやだもうやだ起きる、起きるぞ俺は。支度したくして朝飯を用意するんだ。

 どーせブラックとクロウが起きたら、二人の髪をかしたり服とか色々と用意してやんなきゃいけないんだ。お前らのカーチャンかっての俺は。クソっ、考えたら余計に恥ずかしくなってきた。

「ぐぅう……しかし、いつ考えても納得いかん……」

 別にブラックとクロウの髪をいじるのは嫌いじゃないし……どっちかっていうと好きだけど……でも段々と所帯じみて来ているような気がするのが嫌なんだよな……。
 異世界って言うと美少女にお世話して貰うイメージだったんだけど、何故俺が中年の男を世話しなきゃならんのだろう。どこで道を間違えた。

 とは言え、もう今更なんだけどな。はぁ。俺もなかば無意識で、クロウが寝ているそばに畳んだ服を置いてやってるわけだし。でも、放っておいたらこのオッサンどもは服すらギリギリになるまで着ないんだし仕方ないじゃないか。
 クロウなんて、服がなければナイでフルチンで平気で歩くんだぞ。見せつけられる俺の身にもなれってんだ。

 だからこれは仕方のない行動なんだ……などと今日も自分を強引に納得させつつ、俺は一足先に身支度を整えて、朝食を作ろうと一階へ降りた。
 昨日は勉強もひかえめだったせいか、ちょっとだけ頭がすっきりしている。

 これなら今日は少し凝った朝食にしても良いかな……なんて思って台所へ向かい、戸棚からパンを出そうとしたのだが。

「……ありゃ、パンがない」

 昨日まで色々といそがしかったせいか、戸棚に買いだめしていたパンがすっからかんになってしまっていた。おかしいな、もっと量があったはずなのに……。
 さてはオッサンのどっちかがつまみ食いでもしたか。ありそうな話だ。

「ま、金は有るんだし買い足しに行けばいいか……」

 むしろ、朝に買いに行ったら焼き立てのパンが買える。回復薬を売った金が有るので、今回はちょっとリッチなのだ。焼き立てならパンだって更に美味しいだろうし、ブラック達も喜んでくれるだろう。みんなが寝ている二階を見上げ、俺はお金を持って玄関へと向かった……のだが、階段に差し掛かったところで声が近付いてきた。

「キュゥ~」
「ロク! まだ寝てて良いんだぞ?」

 パタパタと小さな蝙蝠こうもり羽をはばたかせながら階段から下りて来たのは、可愛い俺の相棒……ロクショウだ。漆黒の滑らかなうろこに、しっかりした後ろ足と小さな前足を持った緑青ろくしょう色の瞳。いつみても可愛くて笑顔が止まらなくなっちまうぜ。

「キュッ、キュゥッ」
「ついて来てくれるのか? うう~んロクは優しいなあ! じゃあ一緒に行こうか」

 ロクとおでかけするのも、そう言えば久しぶりだ。
 ずっと家で留守番して貰っていたから、たまには一緒にお散歩してもいいよな。
 俺は首の後ろを経由してロクを肩に乗せると、ねぐらにしている治療院から出た。

「ん~、空気が清々しくて良い天気だなぁ!」
「キュゥ~!」

 久しぶりの散歩に、ロクも嬉しそうだ。ヘビ特有の長い首を伸ばして、気持ちよさそうに目を細めている。もちろん、ロクが嬉しいと俺も嬉しい。
 そういやこうやってゆっくり歩くヒマも無かったからなあ……。修行三昧ざんまいの毎日だけど、たまにはこうして息抜きしないとな。うむ。
 そう思いつつ、まだ日が昇ったばかりの街を、広場へと歩き出す。

「日が昇ってるから、もうお店も開いてるよな」
「キュウ!」

 元気に返事をするロクのあごを指で撫で、俺は古いレンガ道の先を見やった。

 ――――このシムロの街は、少し変わった構造をしている。
 街の中央には枯れた噴水を中心とする円形の小さな広場が有って、そこから商店街とか住宅街とか、色んな区域に行くための道が放射状に広がっているんだ。……ただし、どこへ行っても街の風景は古びた家や廃虚がポツポツ出てくるような感じなんだけどね。

 でも、この前まではさびれた漁村のような活気のなかったこのシムロの街に、数日前から大勢の人がやって来て、今はごった返して大盛況になってしまっていた。
 広場前の冒険者ギルド出張所兼酒場だって、こんな朝から人であふれている。噴水の前には、宿を取れなかったのか平気で地面に寝転がる冒険者達も居た。

 みんなグースカ寝てるけど、このままだと昼まで寝てるんじゃなかろうか。
 起こさないように、街の住人達と同じく冒険者達を避けつつ、俺は商店街に続く道に入ってパン屋を目指した。

「そういや、焼き立てって言っても、雑穀パンの焼き立てって食べたこと無いんだよなぁ……。アレも焼き立ては結構おいしいのかな?」
「キュ~?」

 この世界で一般的に食べられているパンは、浅黒くてちょっと硬い雑穀のパンと、高級で柔らかい白パンの二種類だ。
 白パンは俺の世界のパンと一緒で、まんま美味しい食パンみたいな物なんだけど、問題は雑穀パンの方だ。こっちは雑穀と言うだけあって、硬いし悪い意味で穀物感のある風味があるし、パサパサした触感の濃い焦げ茶色の中身をしている。
 俺の世界で言う黒パンとはちょっと……いや、だいぶ違うな。

 サンドイッチとかにすると、具材のおかげも有ってわりと美味しいんだけど、単体では正直美味しいモンではない。なので普段はスープに浸したりして食べている。
 ブラックは異様に白いパンが好きだけど、そう言う事情も有るので仕方ないよな。

 まあ、普通に買ったら高いから、俺らも自費では滅多に食べないんだけどもね……なんて思いつつ、店が並ぶ商店街の道をしばらく歩いていると、先の方に目当ての店が見えてきた。

「お、あったあった……」

 吊り看板にパンの絵を掲げているお店からは、白い煙が上がっている。
 それを目当てに、住人のみならず冒険者も店に詰めかけているようだ。菓子パンもない、パンなんて一種類しか無くて形が違うだけなのが普通なのに、これだけ見たら大人気のパン屋さんのようだ。

 まあ、この世界の……って言うか、この大陸の人の主食だから、当然だよな。
 俺もキチンと並んでパンが配られるのを大人しく待つ事にした。

「ちょっと我慢しててな、ロク」
「キュゥ~!」

 おりこうさんで返事をしてくれる可愛さ最上級のロクになごみつつ、徐々に進む列に従っていると――――前の方で何やら世間話をしていた冒険者達の声が、ふと耳に入って来た。

「いや~、昨日の夜は何かヘンだったよなぁ」
「まったくだ。おかげで眠れなくて徹夜だったぜ……ふあ~ぁ……。ダテに屍鎧しがい族の出るダンジョンじゃねえって事なんだろうな……」

 シガイゾク? 死骸ってこと?
 よく解らなくて耳をすませると、少し前の方に居るらしい冒険者二人は、眠そうな声で話を続ける。

「ゾッとしねえなあ。まあここの【コープス】は弱いから良いけどよ、金を貰う前に呪いでも受けたら大変だぜ」
「んなこたないだろ。そもそもコープスは低級モンスターだぜ? 呪いなんて迷信、今日日きょうびガキでも信じねえぞ」
「しかしよ、ここの住人は信じてるみたいだぞ」
「はぁ?」

 片方の男が「なにを言ってるんだ」と言わんばかりの声を漏らしたのに、もう片方が声を潜めたような感じでボソボソと喋った。

「なんか、コソコソ噂してんだよ。俺達をみてよぉ、見られてる、見られてないって感じの言葉をブツブツ言ってんだ」
「ハァ? 見られてるって、そりゃ見られたら見返すだけだろ」
「だよなぁ……でも、あんな風に見られてたら、俺ぁなんか呪いでも背負ってるんじゃねえかって気が気じゃなくてよ……」

 その気持ちわかるよ、お兄さん。
 目の前でコソコソされたら、自分に何かあるんじゃないかって思うよなぁ。

 でも、それだけじゃ呪いがどうこうって話にならないと思うんだが……やっぱり、この世界でも死者に鞭打つとバチが当たる的な認識はあるから、そこが引っかかっているんだろうか。まあ、コープスがよこしまな念と“魔素”で出来た存在とは言え、人型のゾンビに見えるのはどうしようもないもんな。
 相手が死体じゃなくても、そんな気持ちになっちまうのは仕方がないか。

 俺だって、アイツをたおしたら、その生々しさで悪夢をみちゃいそうだし……。
 そんなモンスターをザクザク退治している冒険者を見たら、そりゃあ住人達だってヒソヒソ話くらいはするか……だって、何も知らない人から見れば、死人を斬ってるみたいにしか見えないしな。

 はぁ、今日もまたダンジョンに入るってのに、嫌な話を聞いてしまった。
 俺は直接コープスとは戦わないけど、いざとなった時に躊躇ためらってしまいそうだ。
 この異世界でも生きると決めた以上、同じ人間であろうが命を奪うことをいとわずに戦うって、そう覚悟を決めたはずだったのに。

「はぁ……なんだか朝から憂鬱ゆううつになってきた……」
「キュゥ~」

 ああ、心配させちゃってごめんな、ロク。
 でも大丈夫だ。こんな弱気なんてダンジョンに入れば霧散するんだからな。
 しかし、俺達も彼らのように白い目で見られているかと思うと、気が重いなあ。

 パンを購入して即座に帰路に着きつつ、俺は深い溜息を吐いたのだった。











 
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