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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編
8.責任と言う言葉は重い
「あの、向かいながらで良いんで、レイドがどうしたのか教えて貰っていいですか」
ペコリア達とロクショウにはお留守番を頼み、俺はブラックにおんぶして貰って、慌ただしくねぐらを出た。今回の外出はクロウも一緒だ。荷物の持てない俺に代わり、回復薬を入れたバッグを持って同行してくれている。
しかしまあ、おんぶに付き人とずいぶんと間抜けな格好になってしまったが、今は自分の不甲斐なさを恥じている場合ではない。
とにかく早くレイドの所へ向かわないと。……でも、このままでは何が何だかよく分からない。今の内に、ちゃんと話を聞いておかないとな。
ってなわけで、俺は飛び込んできた姉さんに今の質問をしたのである。
僧侶っぽい服装をしているお姉さん――――イデッサという名前の彼女は、俺達にしきりに礼を言いながら、駆け足で先導を担っている。よほどレイドが心配らしく、途轍もなく焦っているようだった。
仲間を思いやる感情からの焦りなんだろうが……くぅう、レイドが羨ましい……。
……ゴホン。それは置いといて。
おんぶされている恥ずかしさを振り払いつつ、イデッサさんの言う事に集中し聞き取った話では、なんだかレイドは妙な事になっているようだった。
「熱が有るのにどんどん青ざめて行く?」
「ええ……そうなんです……熱いはずなのに肌の血色が良くならなくて……」
「だがそれだけでは、医師や薬師を呼ぼうと駆けずり回るほどではないのでは」
この世界ではよくある事なのか、それとも獣人の国では普通なのか、クロウは冷静に返す。いや、熱が有るのに青ざめるって……結構重傷じゃない?
この世界だと熱が出たら赤くなるだけなんだろうか。
またもや「異世界の常識、俺の世界の非常識」って言うヤツなんだろうかと考えていると、イデッサさんは少し頭を下げて続けた。
「そうですね……毒草や、モンスターから受けた状態異常によっては、そうなる事も不思議ではありません。ですが……今回は、そう言った原因は一切なかったはず……なんです……」
「それは、えっと……」
どういう事なんですか、と、問いかけようとしたところで道を曲がり、俺達が普段は足を踏み入れない場所へと案内されていく。
商店街でも、冒険者達がたむろしているエリアでもない。住宅街だ。
何故こんな場所に入ったのだろうとイデッサさんを見ると、相手は先程の俺の問いに逡巡しているのか、数秒黙っているようだったが――やがて再び口を開いた。
「私達は……と言いますか、レイドは、今回第六層のコープス達を狩るために、昨日から海洞ダンジョンに潜っていました。第六層を目指すために」
「そ、そんなところに」
「ええ。……このダンジョンを攻略する気で行かないと、そこの熊人族の方には勝てないと言って聞かなくて……。それで、我々は最下層を目指すべく進んでいたのです……ですが、階層を降りるごとに……レイド、の様子が、おかしくなりまして」
さっきは「坊ちゃま」とか「レイド様」なんて言っていた気がするが、もしかしてアレは聞かなかった事にしておいたほうが良いのだろうか。
もう既に色々と気になる所がたくさんあるのだが、イデッサさんは続けた。
「最初は何事もなかったレイドが、階層を降りるごとに……どうも、正気ではなくなってきて、最終的には前後不覚と言いますか……まるで、混乱状態になったみたいで……そのせいか、第五層に到着したと同時に倒れてしまいまったのです……」
「それから、苦心して街に戻って来たんですか……」
「はい……。幸い、私は緊急用のモンスター除けを所持しておりましたので、それを使用して何とか地上に戻る事が出来たのです。けれど……レイドは街に戻っても一向に目を覚まさず、それどころかどんどん顔色が青くなって……」
イデッサさんの声が震えている。もしかして、泣いているんだろうか。
……女性が泣いていると、やっぱり「やってやらねば」という気になってしまう。俺が救う事が出来るのなら、頷かないなんて出来ようはずもない。
正直な話、レイドのこと自体は「他の高名な薬師に頼めばいいのでは……」と思うんだけど、しかし彼女が俺を呼んでいるんなら答えなきゃな!
とにかく病状を見て見ない事には分からない。早くイデッサさん達が定宿にしている場所に着かなければ……なんて思っていると……居住区の大通りの先に、なんだかデカい建物が見えてきた。
このシムロの街の建物と同じくかなり古い感じだけど、でも遠目から見た限りは窓も割れてないし三階建てだし横に広いし、完全に「豪邸」という感じだ。
まさか、あそこに泊まっているんじゃなかろうな……なんて言う、嫌な想像が頭を過ぎったが、しかし残念ながら俺の「なかろうな」は現実の物になってしまった。
「あの建物です、あっ、ご安心ください門番には申し付けておりますゆえ」
「いやあの、い、イデッサさん、あの建物って……」
「この街の長の館です。間借りをしています! さ、お早くこちらに!」
あぁあああ……やっぱりそういうヤツだった、そういう建物だったぁああ……。
なんでこう毎回毎回偉い人の家にお邪魔しなきゃ行けないんだよ! どう考えても偉い人の家に行ったら何かに巻き込まれる確率が高いってのに!!
「うわぁ……帰りたくなってきた……」
「同感だ……」
ああもうほらぁ、ブラックもクロウも嫌そうな顔をしてるじゃないか。
特にクロウは無表情にも関わらず、器用に眉間と鼻の付け根に皺を寄せて、威嚇顔をする動物みたいな感じで顔を歪めていた。
毎回、色んな場所で「えらいひと」に振り回されているから、よっぽど嫌だったんだろうなぁ……。
でも、行くと約束したんだから行かなきゃいけない。
オッサン二人の「やだなぁ。ツカサ君が行くって言ったせいで嫌な事が起こりそうだなぁ」なんて言いたげな雰囲気を感じながらも、俺達は屋敷の敷地内に入った。
豪邸……とは言ってもやはり元々寂れているシムロの街だからか、前庭には「庭」と呼べるほどに草花が生えておらず、ただ、老いた色をした芝生が広がっている。
馬車を的確に回すための役割も果たす玄関の前の豪華な噴水も、やはりとうの昔に枯れ果てて、中はカラッポだった。
このうえ外壁も褪せた色のレンガなもんだから、余計に寂しい感じだなぁ……。
今まで見て来たどの洋館よりも侘しいと思いながら中に入り、一階に在る客室へと駆け込むと……そこには、椅子に座っている魔法使いの青年と、ベッドに横たわっているレイドらしき膨らみが見えた。
ええい畜生、良い部屋を間借りしやがって。
こちとら廃虚を綺麗にして済んでんだからなくそう。
ちょっと心がささくれつつも近付くと、やはりレイドはベッドで眠っていた。
……けれど、その様子は……。
「これは……なんていうか……」
「なにこれ、コープス?」
ブラックがヤバい言葉をオブラートに包まず放り込むが、しかし、残念ながら俺達が覗き込んでいるレイドは、その言葉を肯定せざるを得ない状態になっていた。
確かに、顔が青い。……いや、青いと言うか……青紫の、色だ。
まだ生きている人間らしい肌のハリは有るけど、それが余計に妙な感じに思える。
だって、色は完全にゾンビ系なのに、そうじゃないんだ。口の中は赤いし、レイドは息をしている。ニオイも……腐った感じはしない。
なのに、どうしてここまで普通とかけ離れた肌色になってしまったんだろう。
俺には症状の理由が見当もつかないんだけど……これ、回復薬で治るの?
……なんか、俺じゃなくてカーデ師匠に頼んだ方が良いんじゃなかろうか……。
「あの、イデッサさん。俺じゃなくてカーデ師匠……えっと、この街には“薬神老師”と言われる凄い人が滞在しているので、その人に頼んだ方が……」
俺達の背後で祈るように手を組み合わせているイデッサさんを振り返るが、彼女は俺の提案に緩く首を振る。
「ギルド長にその事は聞きましたが、ご不在との事でした。言伝は伝えて下さるそうですが、いつ帰って来るかも判らないとの事で……なので、この街にはもう……薬師も医師もおらず……頼みの綱はツカサさんしか……っ」
あっ、あっ、泣かないで下さいイデッサさん!!
解りましたやってみます、俺がナントカやってみますからあ!
「う、ううん……とにかく……まずは普通の等級の回復薬を使ってみるか……」
クロウに持って来て貰っていたバッグから回復薬を取り出して、飲みやすいように急須っぽいガラス瓶に入れて強引に口を開け飲ませてみる。
相手は眠っている状態だが、喉を動かす事は出来るらしくゴクリと薬を呑み込む。
一瞬、回復薬が体に行き渡った事を示す金色の光が閃いたが――――それでも、彼の顔色は変わる事が無かった。やっぱり普通のじゃダメか。
ちょっと不安だけど、でも……俺が作った、何のハンデもなしの回復薬を使おう。
「強い薬は使い方によっては人を脅かす」と師匠に言われたけど、見た目からして危ない状態だろう相手を見捨てるなんて、俺には出来ない。
あまり関わりたくない相手だけど、でもそれとこれとは別だ。
目の前で人が苦しんでいて、俺に何かできるかもしれないのなら、やらなくちゃ。
「あの……強い回復薬を使っても良いですか?」
イデッサさんと青年――ホーディーというらしい青年に、強い薬を使えば副作用が起こるかも知れないと言う事を伝えたうえで問うと、二人は了承してくれた。
……これ以上、彼をこのままにしたくない。そんな強い意志を感じさせる顔で。
うん……俺だって、ブラックやクロウがこうなったら、そうするよな。
心配がないでもなかったけど……俺は、回復薬を使ってみる事にした。
「頼む……これで治ってくれよ……」
呟きながら、軽く起き上がらせた状態のレイドに“俺特製の回復薬”を飲ませる。
ゆっくり、相手が嚥下するのを待ってから地道に喉へと流し込む、と……――
「……!」
レイドの体が、今までにないくらいの黄金の光を帯びる。
その、刹那。
「えっ……?」
呟いたと同時、レイドの顔色が一瞬にして――――元に、もどった。
「ああっ、坊ちゃま!」
「良かった坊ちゃま、これでもう安心だ……!」
二人はベッドの傍に駆け寄って来て、俺の違和感を掻き消すぐらいに喜びレイドの手をそれぞれに握って涙している。
その喜びように俺もホッとしたけど……さっき見た物が気になって、素直に喜ぶ事が出来なかった。
だって、さっき何か……レイドの体が光に包まれたと同時に、ほんのちょっとだけ紫色に光が変わったような気がして……。
…………でも、何ともないもんな……呼吸も穏やかで落ち着いてるし、表情も苦しそうな感じじゃなくて安らかだし、やっぱり見間違いだったのかな。
でも、やっぱり気になる。自分の薬のことだし尚更。
「さーもう用は済んだよねっ! 帰ろっかツカサ君!」
「そうだな、留守番させたペコリア達も待っているぞ」
ブラックとクロウが「やっと解放された!」と言わんばかりの清々しい声音で俺に帰宅を促して来たが、俺はその言葉に頷く事は出来なかった。
「あの、イデッサさん。一晩だけでいいので、俺達も部屋を借りられないか……街長さんにお願いして貰えませんか? 万が一の事がレイドに起こらないとも限りませんし、そうなった時に備えて近くに待機しておきたいんです」
「ええっ!?」
「ツカサ……またおまえは……」
背後から失望したような声が聞こえるけど、今回ばかりは撤回出来ないよ。
俺は薬師になるんだ。それはすなわち、自分の仕事に責任を持つって事だ。
だから、このまま「大丈夫だ」と楽観視して帰るわけにはいかないし、レイドの目が覚めて体調を確かめるまでは、ここに居なければならない。
誰からも認められる薬師になって、ブラック達を後衛から完璧にサポートしたいと思うんなら、自分のやったことの結末はちゃんと見届けないと。
だから、帰る事は出来なかった。
「それは、こちらとしても是非お願いしたい申し出ですが……けれど、良いのですか? ツカサさんも本調子ではないご様子なのに……」
「俺のことは大丈夫です。ただの筋肉痛みたいなモンなので……。とにかく、そうと決まったら荷物と……あの~、ペコリア達も連れて来ても良いですか……?」
そう言うと、今までこわばった表情だったイデッサさんは笑って頷いてくれた。
――よし、俺の体は未だバキバキで自分一人じゃうまく動けないけど、でも二日も休みを貰ってるんだから明日には動けるようになるだろう。
動けないし修行もままならないんなら、せめて人の役には立たないと。
師匠がいなくて不安だけど……俺一人だって、やってやらなくちゃ。
自分のケツは自分で拭く。この世界では、それが当たり前なんだから。
俺は改めて気合を入れ直すと、今日は徹夜だなと深く決意したのだった。
→
※遅れてしまって申し訳ないです…!。゚(゚´Д`゚)゚。
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