異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

26.正反対の恋人達

 
 
「クレーシャっ、何故逃げるんだぁあァアアア゛ア゛!」

 ブランティの語尾が、低く濁ったような音になっている気がする。
 それはまるで怨霊が本性を現したかのような声で、俺は背筋にゾクゾクとしたものを感じながらも、慌てながら階段を下りた。

「うわっあ、あっ、あがっ」

 手すりを持っていたおかげで二段跳び三段跳びで駆け降りる事が出来たが、最後に大きく跳び過ぎて足が思いっきり衝撃にしびれる。
 舌を噛まなかっただけ偉いが、そんな事を言っている場合ではない。

「うっ、うぐぐ……っ」

 今は数秒の硬直も惜しい。
 なんとか立て直すと、俺は背後の声から逃れるために外へと飛び出した。

「はぁっ、は……っ」

 キョロキョロと辺りを見回して、隠れる場所が無いかと探す。
 海洞かいどうダンジョンのボスである【麗しの君】……こと、怨霊ブランティに立ち向かうにしても、ある程度の距離と、こちらだけが相手を視認できる優位な地形が無ければ俺は一人じゃ何にもできない。距離を詰められたら終わりだ。

 俺だって、自分の力が貧弱な事ぐらい分かっている。
 認めたくないから普段は考えないようにしてるし、頑張って修行もしていたけど、それでも俺の能力が低い事はくつがえらない。ハッキリ言って未だに低レベルなのだ。

 だけど、俺には異世界人の特典ってヤツでチート能力がある。
 誰だろうが圧倒できるほどの力は、そんな低レベルな俺だって持っているのだ。
 それで一発逆転しちまえばいいって俺だって思うさ。

 でも、そのチート能力も……さらに言えば無尽蔵の曜気で創り出す曜術すら、俺が冷静にならなけりゃ宝の持ち腐れだ。俺だってあんまり認めたくないけど、でも自分自身のダメな部分は自分もうっすらとは分かっている。
 現に、今までチート能力を発動できた場面は、ブラックやサポートしてくれる仲間が居て、俺が安心して冷静さをたもてた場面ばかりだ。

 気合を入れてドカン――なんてのも記憶にないではないけど、アレは相当な覚悟を決めた時で、そこまで追い詰められたら術が成功するかどうか未知数としか言えない状況だった。そんなの、何度も上手く行きっこない。
 だから、怖いんだ。一発逆転を狙って不完全な力でボスに立ち向かって、失敗したその時が。どう考えても低レベルな俺が切り返せない状況になった時が……。

 ……自信が持てないのだって、そういった不安を払拭ふっしょく出来ないからだ。
 自分で自覚している低レベルさが、結局そこに繋がっているのである。
 だから俺は、至近距離で一か八かの無鉄砲な攻撃なんて仕掛けられずに、そのまま逃げてしまったのだ。
 けれど、自分を「分かっている」というのはそう言う事なんだよな。

 俺のちからりなさは、俺が一番分かっている。
 そう思ったから、俺は自分で出来るだけの事をしようと決心したのだ。
 正直今の俺で相手をどうにか出来るとは思えないけど……しかし、どのタイミングで逃げたとて結局こうなっていただろう。

 だったらもう、りないなりに立ち向かうっきゃない。
 自分に自信が持てないなら、今できる範囲の事をやるだけだ。

「くっ……」

 大通りから路地に入り、どうにか相手の目をあざむこうと何度も角を曲がる。
 入ったことも無かったシムロの街の細い路地は、家の高いへいに囲まれていてまるで迷路のようだ。古びた階段が上がり下り、段々どこを走っているのか解らなくなる。

 しかし、ブランティは何とかいたようだ。
 俺はハァハァと息を切らしながら、目についた塀が低く崩れた場所をまたぎ、その塀の裏に座り込んで息を整えた。

「はぁ……はっ…………はぁ……」

 そう言えば、こっちの世界に来る前も俺はこうやって隠れてたっけ。
 あの車は恐らく進行方向が一緒だっただけだろうけど……でも、思えばアレだって俺が必要以上に怖がっていたから起きた事なんだよな。

 堂々と歩いていれば、何事もなく済ませることが出来たのかも知れない。
 臆病なのは悪い事じゃないけど、臆病のはいけないことだ。
 あの時みたいに震えている時間は無い。俺はロクショウをひざの内側に置いて、自分の体を必死に触り、なにか持って来ている物は無いかと探した。……と。

「……!」

 ズボンのポケットに何かくしゃりとした感触が有った。
 慌てて取り出すと。

「……呪符……!」

 そうか、何も持って来る事が出来なかったと思っていたけど、これだけはポケットに突っこんだままだったんだ!
 これがあれば何とか戦えるぞ。でも曜気を込めたらすぐに発動するから、暴発させないように気を付けないとな。

「よし、これが」
「クレーシャ、なんだいそれは」

 ――――――低い声。
 聞いて、全身に怖気おぞけが走った。

 ……ぎこちなく、上を見る。
 そこには、高い塀と偽物の空が見えるはずだ。なかば願うようにそう思いながら、ぎこちなく動く首を動かして高い塀を見上げると。

「やっと、追いついた……」
「――――――~~~~~ッ!!」

 身長よりも高いはずの壁を両手でつかんで、首をぬうっと伸ばしている、青白い顔をしたブランティが……そこに、いた。

「っっっ!! っあぁっ!? あっあぁああ!!」

 なんで。な、なんで、声も何も聞こえなかったのに!!

 驚き過ぎて自分でも変な声しか出なくて、それでも体はあわてて壁から離れる。
 足がガクガク震えて上手く立ち上がれなくて、土が剥き出しの地面をケツで無様ぶざまこすりながら必死に距離を取る。だけど、相手はまるで爬虫類はちゅうるいか何かのように高い塀に手をぺたぺたと貼り付けて、体全体を動かしながら身を乗り出してきた。

「ひっ……!!」

 まるで、ヘビだ。
 へびみたいに体が奇妙にうねっている。そのうねりを動力にするかのように、うつろな顔をした相手は目をギロリと見開いたままで、こちらを凝視しつつ塀をつたって来た。
 あんなの、人間が出来る事じゃない。まるでトカゲじゃないか。

 その異質な行動に硬直してしまった俺に、相手は奇妙な動きを存分に見せつけてゆっくりと塀から地面に降り立った。

「ねえ、教えてくれよクレーシャ……どうして僕から逃げるんだい……? そんなに僕が憎くて嫌いになってしまったの? どうして……? クレーシャ、君は僕の事が愛しいと、必ず幸せにすると言ってくれたじゃないか……それなのに、どうして……どうして……? こんなに僕は謝っているのに……こんなに……こんなに愛してるって言ってるのに……!!」

 一歩ずつ、近付いて来る。
 どうしようこのままじゃ捕まる、だけど怖い、動けない。
 動かなきゃ、動かなきゃ動かなきゃ動け動け動け動け……!

「っ……う、うぅ……っ!!」

 ずり、と靴が音を立てて地面を擦るが、動けない。
 眠り続けるロクショウを抱えて、なんとか立ち上がろうとしているのに、足が完全に力を失くしてしまっている。このままじゃ、ブラック達が来る前にオダブツだ。

 そんなのダメだ、動かなきゃ。なんとか、なんとか相手を牽制けんせいして……っ、そっ、そうだ呪符っ、呪符を使うんだ、ええと、つ、使える奴俺が使える奴使える奴はっ。

「クレーシャ……ねえ、クレーシャぁあ!!」
「ひぃいっ!! みみみ水っみずみずミズ水水ぅう!」

 震える手で必死に一枚の呪符を取り出し、近付いて来るブランティに突きだす。
 そうして情けない声と共に、水の曜気を一気に押し出すイメージを発動させた。
 いつも体を通り抜けて行く、清廉でやわらかくて本当にかすかな青い感覚。もう忘れる事も無いくらいに感じた水の感触を、強く込める。

「っ……!」

 呪符の青くきらめく紋様が輝き、周囲を一瞬で青い光に包む。
 その刹那。呪符を掲げた範囲から――――膨大な量の水が、ブランティに向かって鉄砲水のように噴き出したではないか。

「えっ、えぇええ!?」

 思わず驚きの声を漏らすが、しかしそんな場合ではない。
 とにかくこの場から逃げて、もっと距離を離さなければ。そう思い、俺は反対側にあった家の入口から逃げ出すと、今度は大通りの方へくだった。

 大通りに出たら攻撃されやすくなるのではないかという心配もあるが、今の相手は一人で追って来ている。まだコープスのような存在を出してきてはいない。
 だったら、見晴らしの良い所まで誘導して、距離を取ってなんとか拘束するんだ。

 どうやって見つけ出されたのかは分からないけど……考えてみれば、ブランティは海洞かいどうダンジョンの家主やぬしみたいなモンだ。俺が居場所が分かるのは当然のことなのだ。
 音も無く俺に接近できたのは、そこらへんが関係しているからに違いない。
 なら、俺はもう隠れる場所も無いって事だ。ロクショウだって、今手放したら相手に人質ひとじち……いや蛇質へびじちとして捕えられてしまうかも知れない。

 だから、もう、ブランティを拘束して持ちこたえるしかない。
 そのためには、相手がどこからやってくるかが分かる開けた場所に行かねば。
 こんな入り組んだ狭い路地では、今の俺には不利でしかないんだから。

「ちっ……ちくしょっ……冷静だったら術をぶっぱなしてやんのに……っ」

 そっちのほうが威力も桁違けたちがいだし、さっさと拘束も出来ていた。
 ああもう、でも、出来ないんだから仕方がない。チクショー、俺の役立たず!

「ぐぅううう……ッ!」

 上がる息を喰いしばってこらえつつ、なんとか足を動かして商店街のある元の大通りへと出ると、俺はそのまま通りを駆け抜けて枯れ噴水の広場へ向かった。
 今は綺麗な噴水……過去の姿だけど、ここから下り坂へ向かえば港だって事は俺だって覚えている。そう。港。この街で一番開けた場所というと、あそこしかない。

 そこまでなんとか辿たどいて、相手を待つんだ。
 だが、そうは上手く行かないようで。

「クレーシャァアアア!!」

 人間とは思えないほどに口を縦に開き……いや、あごが溶けたかのような恐ろしい姿で俺に「俺じゃない名前」を叫ぶ相手が、目の前に立ちはだかっている。
 だが、もう止まれない。俺は二枚目の札……炎の呪符を取り出して突き出した。

「そこどいて!!」

 今度はこっちが叫び、赤い紋様の呪符へと熱を帯びた炎の曜気を流し込む。
 と――先程さきほどと同じように、考えている以上の炎が呪符から飛び出し、轟音とともにブランティへと向かって行った。

「――――――!?」

 形容しがたい悲鳴を上げて炎にかこまれる相手を横目に、炎の壁に隠れながら俺はその場を突破する。下り坂でこけそうになるが、ロクをかかえている事でなんとか踏みとどまれたようで、一気に港へと降りる。
 最早息も切れ切れだったが、俺はなんとか広い港へと到着した。

「ハァッ、はっ、ハァッ、ゲホッ……ゲホッ、グッ……ウグッ……」

 息を吸いこみすぎて、せきが出てくる。
 だけど、呼吸に合わせて休んでいるひまはない。俺はムリヤリ深呼吸を繰り返して肺を強引に落ち着かせると、今まで下りて来た道を振り返った。

「クレーシャ……ぐれ゛ぇじゃぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!」
「…………!!」

 ゆっくりとこちらへ歩いて来るブランティは、炎のせいか溶けかかっている。
 アンデッドの弱点は炎だとは言うけど、それを如実にょじつしめすように、体のあちこちがアイスのように溶けて、どろどろとしたたり落ちていた。

 だけど、その体をおおう黒が混じった紫色の炎は絶えてはいない。
 それどころか、さっきより強く、大きくなっていて――――

「ユ゛ル゛ザナ゛イ゛ィイ゛イ゛……!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 人間の声のようで、そうではないような不可解で気味の悪い声。
 また背筋に冷たいものが走り、鳥肌が立ったが……だけどもう、この状況で相手を怖がっていられない。こうなったらもう、やるしかないんだ。
 ロクを首にかけて、真正面から相手を睨みつけた。

「やるぞ……」

 そうだ。もう、やるっきゃない。
 俺は大きく息を吸い、呼吸をもう一度整えて――――ゾンビのように体を揺らして近付いて来るブランティに、両手を突き出した。
 温かく穏やかな光が両掌りょうてのひらを包む。それと同時に、そこから半透明の緑光によって形作られたいくつものつるが、俺の手首から巻き付き肩から首ぎりぎりまで巻き付いた。
 いつもの力――――俺の、デタラメな【黒曜の使者】の力だ。

 なにも、間違う事は無い。
 何百もの力強く太いつるを想像しうる限り想像し、目の前の敵を睨みつける。
 そうして俺は、強い声で詠唱を吐き出した。

「我が力によって、みどりす力をここに召喚する。眼前に立ちふさががる敵を大地の縛めで封じしずめよ……! ――――【グロウ・レイン】!!」

 刹那。
 俺を中心として、地面に円形と幾何学きかがく的な線を組み合わせたような魔法陣がいくつも展開し――ブランティを囲うように、数えきれないほどのつるが地中から轟音を立てて飛び出してきた。

「ガァアアアア!!」

 最早声とも言えぬ慟哭を漏らしたブランティを、何百ものつるが拘束する。
 波止場で船のつなをぐるぐるに巻かれた支柱のようになったブランティは、自分の体が動けない事に気付き、必死で抵抗しているようだった。

「っ、く……っ」

 ちゃんと修行したから分かる。相手は途轍とてつもない力だ。
 集中してないと、これほどの拘束でも簡単に解かれてしまうかも知れない。
 歯を喰いしばりながらこらえ、絶対に逃さないと腹に力を込めていると――。

「グ……ァ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!」

 禍々まがまがしい炎が揺らめき、高く立ち昇る。
 こちらを睨む相手は、その形相に比例してどろどろと顔が溶けていくのに、さっきよりも力が強くなってきて俺の腕を苦しめる。

 まるで、腕をその場でねじって絞られているみたいだ。
 骨までギシギシと鳴りそうなくらいの抵抗を受けて顔を歪める俺に、ブランティは口を大きく開けて、怨霊そのままの顔で高く雄叫びを上げると……なんと、体に巻き付く何百ものつるを無理矢理に退けようとしてきた。

「うっ……う、そ……っ!?」

 あれだけ拘束したのに、手ごたえも有るのに、相手の抵抗やまとわり付いている光が強くなって俺を押し返そうとしている。

 かなり、痛い。骨を折られるみたいに腕に負荷が圧し掛かっている。
 歯を喰いしばって力を込めるように指を曲げると、あまりの力の強さに俺のひじから下の腕や手には、付けた覚えのない小さな切り傷がいくつもにじんでいて、いつの間にか血が流れ出てしまっていた。
 これが、抑えきれないほどの相手を拘束した時の代償だとでも言うのか。

 だけどここで負けるワケには……っ。

「う゛、ぐ……ぐうう゛……!!」

 痛い、耐え切れない。もう駄目かも知れない。
 でもブラック達が来るまで耐えなければ。

 信じてる。来てくれるって、絶対に思ってるんだ。
 だから俺はあきらめない。こんな傷なんだってんだよ、俺はチート持ちなんだ、どんな傷を受けたって再生するんだ。だから、耐えられる。絶対に耐えて見せる……!

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「――――!!」

 ひときわ強くつるを押し返された瞬間、両腕の傷から勢いよく血が噴き出す。
 こんなの、映画でしか見た事無い。こんな傷、みた、ことも……っ。

「グレ゛ェ゛エ゛エ゛ジャ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 だけど、もう……うで、が…………っ。

 ああ、ちくしょう、俺……。

「……ッ!」

 いや、あきらめない。ここで拘束を解かれたとしても、俺にはまだあと二枚、呪符が残ってる。何度だって立ち上がれる。ロクさえ逃がせば、俺はどうなってもいい。
 きっとブラックが助けに来てくれる。諦めない。
 絶対に、絶対に……――――!!

「ツカサ君!!」

 ――――――絶対、に……。

「ぁ…………」

 一気に力が抜けて、自分の腕に絡みついていた光のつたが消える。
 同時に魔法陣が消えて、その場にへたり込んだ俺の前に――――大きな影が、俺を守るように現れた。

 その、大きな影……大きな、背中は…………。

「ツカサ君、ごめん遅くなって……!」
「ブラッ、ク…………」

 来てくれるって、信じてた…………俺の、恋人だった。












 
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