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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
8.不可解な狂人
ヘレナさんという娼姫のお姉さんが、無事帰って来た。
いや、無事っていうか……ドレスが可哀想な感じで汚れたりビリビリに破けていたけど、とにかくヘレナさんがずっと気にするような傷は無かった。
襲われたとは言っても、引っ張られてこけたりしただけらしい。
でも、怖かったのには変わりないよな。夜中に誰とも知らない奴に誘拐されそうになったんだから、女の子なら怖がって当然だ。
俺がその場に居たら、絶対に守ってあげられたのに……と、自惚れた事を言いそうになるが、まあその、気概くらいは買って欲しい。
ともかく、俺や女将さん、それに娼姫のお姉さま達が囲んで、温かいお茶やお菓子で一生懸命励ますと、ようやくヘレナさんも人心地着いたようだった。
【湖の馬亭】は、女将さんがしっかり守ってくれてるんだもんな。それに、ヘレナさんには一緒に働いている仲間がいる。もう外敵に怯えなくて良いんだ。
まだ恐怖はあるだろうし、夢で魘されるかも知れないけど、一日も早く普段通りのヘレナさんに戻って欲しい物だ……なんて思っていたら、女将さんが「一体どうしたんだい」と状況の説明を求めだした。
まだ早いんじゃないかと心配だったが――しかし、ヘレナさんも一人の立派な娼姫だったようで、少し眉端をきりりと上げると、それまでの経緯を話しだした。
彼女の話は、こうだ。
――――友人である一般街の娼姫が体調を崩したと言うので、とても効くと評判の回復薬を持って見舞いに行ったその帰り。色々と不都合があって、日が落ちる寸前の時間になり、早く帰らなければと焦っていた。
当たり前のことだが、一般街は蛮人街とは違い、宵の口であれば女性が一人で道を歩いていてもほとんど危険は無い。しかし、さすがに夜中は危険だ。
通行証を持っているため、門の警備兵に伝えれば通用口は開けてくれるが……と、言うか、面倒を起こさぬために蛮人街の住人は必ず門を通行して「帰って来た」事を記録して貰わねばならないので、帰りの心配は無いのだが……蛮人街では常に屈強な男と同伴するか馬車で移動していたヘレナにとって、夜の一人歩きは何かと不安だ。暗くなると道の見当も危うくなり、そのため少し迷ってしまった。
そうこうするうちに、どんどん見知らぬ静かな通りに入ってしまい困っていた所――不意に、背後から誰かが付いてくるような気配がしたのだと言う。
最初は気のせいかと思ったが、角を曲がるたび、背後の何物かはヘレナを見失わぬように軽く駆けて来るのだと言う。
何度角を曲がっても、その行動は同じだった。
それが段々気味悪くなってきて、早く人のいる場所に行かなければと早足で、背後の相手を引き離すように歩こうとした、と、同時。
なんと、業を煮やしたのか相手はヘレナに駆け寄って来て、路地に引きずり込もうとしたのである。これには、蛮人街の気丈な娼姫も震えあがった。
一般街とは言えど、荒くれ者が居ないとは言えない。
別に性交する事は怖くなかったが、ヘレナにとっては暴力を振るわれる事が何よりも怖かったのだ。
そして、その相手と抵抗する内に、不意に相手が何かに気付いて逃げ出し……
「なるほど。そんで、あのお二人に助けられたんだね」
熟女、いや美熟女と断言できる顔のシワすら魅力的な妖艶美女のお姉さまが言う。なんか薄くて下着っぽいワンピース?(シミーズとか言うらしい)で煙管を吹かすという、まさに娼館の色っぽい女ボスという感じだが、そんな煙管お姉さまに、ヘレナさんは気弱な感じで頷く。
「もう駄目だと思っていたから、本当に助かりました……」
「ほんと、アンタが変なヤツにヤられてなくて良かったよ。ナカを壊された日にゃ、商売あがったりだからねえ……」
「そうそう、ツカサちゃんが傷は治してくれるだろうけどさ、さすがに内臓ってのは回復薬でも効き目が遅いらしいし」
他のお姉さん達も俺をアゲつつヘレナさんを慰めているが、やっぱり娼姫の人達が心配するのは女の子の大事な部分のケガなんだな……。
いや、逆に言うと、どんな傷が在っても立派な娼姫になれるって事なのかな。この世界では、ある程度は市販の回復薬で直せるから、傷に対する忌避感があんまり無いのかも知れない。まあ、いわゆる「魔法の世界」なんだし、傷を治す手段なら他にもいっぱい有るんだろう。
だけど、やっぱ内蔵系は治りが遅いのか……。俺の回復薬でも駄目かな。
そういう事態にはなって欲しくないけど、俺の薬で良かったらお姉さま達にはもう無償でバンバン作っちゃうんだけどなぁ。ほ、報酬はキスとか、も、もし良かったらえっちな事とかして貰っちゃったりなんかして……へ、へへへ……。
…………いやそういう話じゃなくてっ!
と、ともかくヘレナさんが酷い怪我をしなくて良かったんだよ! うむ!
「ヘレナ、他に気付いた事はないかい? アンタの客に似てたとかサ」
美熟女の煙管お姉さまがと言いかけるのに、ヘレナさんは素朴で可愛い美貌を少し歪めて一生懸命考える。まだ気が動転しているだろうに、大丈夫かな。
怖さの揺り戻しが来た時に対応できるように、と、こっそり【ウォーム】で麦茶を温めつつ、ヘレナさんの動向を慎重に見守った。
だが、その優しげで穏やかな印象とは裏腹に、ヘレナさんは芯が強かったようで、薄らそばかすの見える頬を緊張させて、煙管お姉さまの方を向いた。
「私のお客様に、似たような人が居た覚えはないです……けれど、あの黒いローブの人は、間違いなく男の人だと思います」
「体格でそう思ったのかい?」
「いえ……今やっと飲み込めたんですが……その人、変な事を言ってたんです。その声が、間違いなく男の人だったし……手も女性では無かったから」
「なんて言ってたんだい?」
無理に答えなくて良いからね、と煙管お姉さまは優しく言うが、ヘレナさんはそんな優しい仲間に応えたいのか、ふるふると首を振って震える口を開いた。
「あ……あの人……こう、言ってました……。
『お前か、お前だろう。返せ、俺の……』えと……喚いてたから、何と言ったのか聞き取れなかったのですが……とにかく『返せ、正体を現せ』と繰り返していて、私が抵抗し続けていたら『ここでは埒が明かない』と、拐かされそうに……」
何だそれは、めっちゃ怖い。
薄暗い路地で黒いローブの大人に半狂乱で詰め寄られるなんて、そんなん男だって怖すぎて泣くわ。しかも訳の分からないことを言われるとか俺ならちびる。
ヘレナさんよく頑張ったなぁ……。
「変な奴だね……今流行りの気狂いって奴かねぇ……」
「最近多いらしいものね。ココでも三日前に刃物振り回したヤツが捕縛されてたし」
「やぁんこわぁい……。そーいえば、一般街でも暴れてたぼーけんしゃが捕まってたわよねぇ。リッケちゃんもうお外歩けなぁい」
「アンタ足技得意なクセしてよく言うよ」
「リッケちゃんのアシワザは、お客さんを喜ばせるためのものだもんっ」
長い髪の下の方がお嬢様のようにくるんくるんと緩い縦カールになっている、見た目も喋り方も可愛くて甘い感じのお姉さんは、もうっと腕で胸を寄せて拳をその前に立ててみせる。「怒ったゾ!」とやっているが、可愛いのでブリッコもヨシ!
というか本当に【湖の馬亭】って色んな娼姫のお姉さんが居るなぁ……。
まあ俺としては、多種多様な女の人に構って貰えるのでニヤニヤしっぱなしだが、それは置いといて。最近ラクシズも物騒みたいだな。
俺はブラック達と一緒でなきゃ外に出ないけど……こうなってくると、お姉さま達が心配だ。何か用事が有ったら、出来るだけ俺が肩代わりしたいな。
前はベイリーがお姉さま達の小間使いもやってたみたいだけど、今は寿退社で居なくなっちゃったみたいだし、なんとかして彼女達を守らないと。俺だって女の子を守れるくらいの力はあるんだからな。
そう思い、お姉さま達にその事を話すと――――やぁんツカサちゃん可愛いっ。と、感謝と共にぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。
へ、へへへ……うへへへへ……。
おっ、おっぱいがいっぱいっ良い匂いがふへへへ……――――
ン゛ッ、ンンンッ! ゴホンゴホン!
いや、俺は下心が有ったんじゃなくて純粋に美しくて優しいお姉さま達を守りたいと思ったわけで、これは不可抗力だ。感謝の気持ちによるハグなだけなんだからな!
だから俺も嬉しさでいっぱいになってついおっぱいとキスまみれで最高でしたいや違う、あの、まあ勃起はギリギリ回避したから許して欲しいなあ!
ともかく!
これ以上の話を聞くのはヘレナさんもキツいだろうと言う事で、いったんお開きにして、お姉さま達は自分達のお部屋に。俺は中庭の平屋に戻る事にした。
ブラックとクロウは、先に平屋に帰っている。疲れたし事件にも興味無いから……なんて人でなしな事を言っていたけど……まあ、ついさっきまでヘレナさんを探す為に走り回ってくれたしな。今回ばかりは許してやろう。こんな事ならお酒のおつまみでも買っといてやるんだった。
そんな事を思いつつ、すっかり暗くなって少し肌寒い中庭に出て平屋の扉を開く。
と――――。
「…………ツカサ君香水くさいっ。女くさい、精液くさいよ」
「いや何で精液!? 出してないけど!?」
家に入った途端、不機嫌そうに目を細めるブラックにそう言われ思わずつっこむ。
だがブラックはムッとしたままで俺に近付いて来て、フンフンと俺の体を嗅いだ。
「……やっぱり女の匂いがする。ツカサ君、さては……」
「いやなんもしてないって! 本当にフツーにヘレナさんから話を聞いてただけで」
「じゃあ証明できる?」
俺の言葉を遮り、鼻がくっつきそうなほど顔を近付けるブラック。
証明って……何すりゃいいんだよ。なんか嫌な予感がするんだが……でも、ここで怒っても事態が悪化するだけだしなあ……はぁ、仕方ない……。
「証明って、どうすんだよ。俺は抱き着かれただけだぞ?」
そう言うと、今度はクロウが近付いてきた。
「簡単だ、オレ達に見せればいい」
「見せればって……」
そう言いながら見上げた二人の顔は……妙な陰が掛かっていて。
……あ、これ、ヤバイ。
瞬間的にそう思ったけれど、この距離では逃げる事も出来ない。
段々と顔が青ざめて行くのを自分でも感じたが、両肩を二つの逞しい腕でそれぞれ掴まれて、もはや動く事も叶わなかった。
こうなってしまったらもう、後は決まっている。と言うかこの状況でされる事なんて、そんなもん一つしかないだろう。だって……。
「見せるって……そりゃあ、穴の奥まで。……ね?」
目を見開いて邪悪な笑みを見せつけてくるブラックの顔は、どう見てもえっちな事を考えているような色に歪んでいたのだから。
…………あのね……お前らは忘れてるかも知れないが、俺もう既に何回もお前らに弄繰り回されてんですけどね。馬車の中で酷い目に遭ってるんですけどね!?
→
※【ウォーム】
ツカサオリジナルの口伝曜術(オリジナル魔法みたいなもの)。
対象を術者のイメージ通りの熱さで温める。
○度と指定しても、イメージが伴っていないと思い通りにならないので
あまり数値などを思い浮かべても意味は無い。お風呂とかに便利。
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