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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
16.仕事初日は何かと疲れる
ラクシズには、高級娼館が数件存在すると言うが、その館のどれもがお金持ち……いや、ハイソなお方や羽振りのいい商人の客ばかりなのだと言う。
潜入する前に聞かされた話によると、初合わせという最初の指名の時にもトンでもない金額を払わされると言うので、何回も館に通うとなると必然的にかなりの金持ちしか利用できなくなってしまうのだろう。
それはまあ、高級娼姫とお知り合いになれるというステータスを考えれば当然の事だろうし、彼女達だってたくさん勉強して誇り高く商売やってるんだから不当な金額ではないと思うんだけど……庶民の俺には大金が動くのが恐ろしいとしか思えない。
俺、お小遣い二千円もらえたら喜ぶような一般のご家庭育ちなんですけど。
金額について行けないんですけど!
これ絶対館の中とかめっちゃ高い調度品ばっかだよな!? どう考えてもどっかをちょっと傷付けたら法外な弁償金払わなきゃいけない奴だろこれ絶対!
く、くそう、三つの事件に関係があるかも知れないからと【薄紅の館】に潜入したは良いものの、とんでもない事態になっちまったぞ……。
こんな事なら、何でもこなせるブラックかクロウに代役を頼めばよかった。
いや、あいつらにはこんな仕事なんて出来そうにないんだけどさ……。
「……というワケで、君にはお客様の注文した品を届ける係をやって貰う」
「は、はい」
娼館……というと【湖の馬亭】のように裏は結構ゴチャついてるイメージだったんだが、やはりさすがは高級娼館、バックヤードも普通にお高そうな部屋ばっかりだ。
そりゃ俺が以前ちょこっとバイトしてたコンビニや親しみやすい娼館じゃないんだから当然なんだけど、しかし比べてしまうと妙に居心地が悪くなってしまう。
こういう所で働くのなんて、絶対ある程度覚悟決まった人だけだろうしなぁ……。
俺みたいなハンパな気持ちで入ったヤツが仕事を覚えられるんだろうか。……などと不安になっていると、それを察してか、先程から更衣室で俺に説明してくれている背の高い輪郭細めなイケメンお兄さんがニッコリと笑った。
「緊張しなくても大丈夫だよ。要は、給仕係のもっと簡単なモノだから。部屋からの注文は受付が取り次いでくれるし、キミの仕事はソレを運ぶだけ。上手くしたら手間賃を貰える時もあるから楽に稼げ……いや、キミはそんな目的じゃないんだったね」
「は、はい……」
「ジュリアの件……どうにか僕達も探し出したいとは思ってるんだ。でも……見ての通り館の娼姫達は互いに好敵手だと思ってて、火花が散ってるからね……。長い間、仕事を共にして来た僕達だと、聞き出せない所も有るんだ」
「うーんお察しします……」
ウィリット・セグ・ラウンドという陰気な貴族から逃げ出すために、女将さんの所へと避難する予定だった高級娼姫であるジュリア・ドネールさん。
だけど、彼女はある日突然失踪してしまった。
最近ラクシズでは娼姫が行方不明になる事件が多発していたから、その事に関係が有るんじゃないかと言う事で、今までの事件と繋がりがあるのではと調べに来たんだけど……よく考えると、そこらへんが未だによく分かんないんだよな。
俺達はラクシズに着いて早々ヘレナさんの誘拐未遂事件に遭遇したし、その次にはゴーテルさんの酷い事件を教えられた。
そのうえ女将さんが心配している【ジュリアさんの件】とくれば、関連していると言う気持ちになってしまうのも無理はないけど……でも、幾らラクシズで「娼姫行方不明事件」が多発しているとはいえ、絶対的な確信は無いんだよなぁ。
女将さんやブラックが言うには「娼姫が行方不明になるのは珍しくない」って言う話だし、それにそれぞれの事件は全く別の事なのかも知れない。
ゴーテルさんを襲ったのはポッと出の殺人鬼だったのかもしれないし、ヘレナさんを誘拐しようとした男だってただの変質者かも知れない。
ジュリアさんがウィリットを恐れて失踪したとすれば、それは自分から望んだ失踪である可能性も捨てきれない。……勿論、誰かに攫われたって事も十分あり得るんだけど……でも、やっぱり今の状況で三つの事件を一緒にして一つの事件にするのは、危険な気がするんだけどなぁ。漫画でも結構そういう展開ってあるし。
でも、そうやって否定するのもまだ早い訳で……やっぱ、何だかんだでやってみるしかないよな。今は俺に出来ることをやるしかないか。
――――色々と考えてしまったが、とにかく頑張らないとな!
「ツカサ君?」
「あ、す、すみません。えっと……ともかく俺がそれとなく聞ければ……」
「うん、そうだね。僕達もジュリアのことは本当に心配してるから……キミの本当の役目がバレないように、それとなく協力して貰えるように言っておくよ」
「はい……。それにしても、ジュリアさんって凄く慕われてたんですね」
そう言うと、お兄さんは少し寂しそうに笑って頷いた。
「ジュリアは……肌が凄く白いせいでそばかすが目立ってる欠点は有ったけど、でも笑顔が可愛くて凄く心が綺麗な子だったんだ。誰にでも優しくて、気位の高い娼姫も彼女と一緒に居れば心が不思議と和らいだ。本当に、野に咲く花のような子だったんだよ。……だから、彼女はこの【薄紅の館】の最上階に相応しかった」
「最上階……」
意味はよく分からないけど、たぶんトップとか第一位の子……みたいな事かな。
欠点があってもそれを愛嬌として曝け出せる人か。ジュリアさんの天性の才能……というか、その性格が色んな人を認めさせていたんだろうな。
「だけど、ジュリアは……ある日から、一番懇意にしていたラウンド様を避け始めて、ある日急に『通さないで』と拒否し始めたんだ。そうして、まるで何かに怯えるように馴染みのお客にも会わなくなって、新規のお客様と触れ合う事も次第に減って行って……。とうとう、半狂乱で逃げたいと言い出したんだ」
「それで……湖の馬亭に」
「ああ。僕や館主は、昔から女将さん経由で蛮人街の人達に色々と助けて貰っていたからね。ジュリアを完璧に守れる所と言ったら、あの無法地帯しか考えられなかったんだ。それくらい貴族の力は強力だからさ……」
分かる気がする。
いくら強固な城に籠ったとしても、この国は意外としっかりしていて『立てこもり犯』を捕える術も当然用意している。しかも、それを行使するのは警備兵や貴族だ。一般市民や位の無い人は、法律の知識も無いからどうしようもないだろう。
……例え有ったとしても、魔法のような物が存在するこの異世界では、正攻法では守り切れないに違いない。
女将さんもそれを理解していたから、避難場所を引き受けたんだろうな。
「でも……ジュリアさん、何に怯えていたんでしょうか。急に上客達を拒むなんて、相手が何か地雷……えと、やっちゃいけない事をしたとしか思えませんよね」
そう問いかけると、お兄さんもそこが疑問のようで腕を組んで唸った。
「うーん、そうなんだよなぁ……。僕達も未だにそこが分からなくてさ。ジュリアは男を包み込むような子だったから、何か変な性癖を見せつけられて驚いた訳でもないだろうし……それに、ラウンド様とジュリアは本当の夫婦みたいに仲良かったんだ。だから、最初の頃は『痴話喧嘩かな?』と思う程度の大人しさだったし……」
「……? 離れている内に急にジュリアさんが苛烈になったんですか?」
俺のその言葉に、初めて気づいたかのようにお兄さんは目を丸くした。
「そういえば」と言わんばかりだったけど、毎日相手を見ていると当然のように思ってスルーしてしまう事もあるらしい。
「確かに……そうだよね、急にジュリアの拒否が激しくなって性格が変わったみたいになったのは、ラウンド様を避けて部屋に閉じこもった後だし……。僕達はラウンド様が来ているのを報告してなかったから、そう言われるとおかしな話だ……」
なんだろう。
閉じこもっている間に、余計に怖くなっちゃったのかな。
それとも……もしかして、ジュリアさんの体に何か異変が有ったんだろうか。
仮に俺の予想が正しいとすれば、病気のせいで引き籠りになって、その苦しさから性格が変わったようになり、そんな自分の姿を見せたくなかったから、愛しい相手を突き放した……って事になって、一応筋は通るんだけども。
うーむ、しかしそれも予想でしかないしなぁ。
大体、病気なら病気で館の主人には知らせてるだろうし、隠す意味がないもんな。もしかしたら誰かに「呪い」を受けたって事も有るかもだけど……呪いという物は、この世界ではいわゆる“失われた技術”だから、滅多にない事だし。
そうなると本当に謎だ。
でも、予想してばっかりじゃ始まらないよな。
「ともかく俺、何か変な所が無いか気にしながら仕事してみます」
「うん、そうだね。僕達も改めて気付いた事が無いか話し合ってみるよ」
と、ちょうど良いタイミングで、リンリンとベルが鳴る音が外から聞こえた。
どうやら俺の出番が来たらしい。
俺は着替えたばかりの仕事着――白いシャツに黒いベストとズボン。それに蝶ネクタイと言う、凄く安心する普通の男用の格好――を軽く整えつつ、少し緊張しながら部屋を出た。
イケメンの先輩お兄さん(名前はアイリックと言うらしい)が言う通り、物を運ぶ仕事――娼館のボーイの仕事は、俺でもなんとかこなせる楽な仕事だった。
部屋数が結構あるし、四階建てと言う巨大な館なので上り下りが凄く大変だけど、そう頻繁でも無くお盆もデカかったのでまあ、なんとか……。
……いや、でも、運ばされるモノがどれも高そうな酒とか料理とか贈り物とかで、俺としては精神的に疲れた方が大きいかも知れない。
初日と言う事で、アイリックさんにしか話が聞けなかったけど……まあ、初日から話を聞けるような奴なら俺だってこんな容量悪くねえわな! ガハハ!
うん、まあ、ガハハじゃないが。
ゴホン。それはともかく。
久しぶりにバイトらしいバイトをした俺は、凄くクタクタになって【高等区】から【一般街】まで馬車で送り迎えして貰い、やっとのことで街に帰って来た。
ああ、外が暗い。出来るだけ人が少ない時間にってことで朝から夕方までの約束で館に潜入させて貰ってるけど、なんだかいつも以上に疲れた気がする……バイトしてた時も思ったけど、仕事って本当疲れるモンなんだなぁ……。
俺がもし娼姫を続ける事になっていたとしたら、ああいう人対人の仕事を続ける事が出来たんだろうか。コンビニだけでもヘロヘロだったのに、何か自信ないぞ。
人の話を聞くぐらいは出来そうだけど……そもそも勃つのかなぁ俺……。
えっちな仕事をする人ってやっぱすげえよなぁ……。
……なんて事を思いつつ、薄暗くなった停車場に立っていると、すぐに少し遠い所から、デカい二つの影が早足でやって来た。
「ツカサくーん!」
「あっ、ここだよここ」
歩いて近づくと、すぐに合流したブラックとクロウは俺の体を確認し始める。
おい、嗅ぐな。変なところ嗅ぐなオッサンども!
「……香水臭いけど、まあ何かヘンな事はしてないみたいだね」
「涙のニオイもしない。初日はなんとかこなしたのか」
「ぐ、ぐうう……」
なんでそんなに見透かしたような事を言うんだ。
つーか涙のニオイって何!
変な事を言うなと睨むと、オッサンどもは俺を見下ろしてニッコリと笑い、いつものように左右を固めて俺を真ん中に挟んできた。
「夜は一般街でも危険だからね。さ、早く湖の馬亭に帰ろう」
「その前にメシだ。たくさん喰うぞ」
「ったくもう……」
俺の怒りは無視か。抗議は無視か。まあ分かってましたけども。
にしても信用ねえなぁ……初日からすぐやらかすと思われてたって事だよなコレ。ホントに失礼だなこのオッサンどもは。もうちょっと俺を労ったらどうなんだ。いやそんな事しないのがコイツらなんだけども。
自由過ぎるオッサン達に思わずため息が出るが――――暗い道を一人で帰るのかと思えば、二人が迎えに来てくれたのは素直に嬉しいワケで。
「…………」
「はーぁー、僕はツカサ君の手料理が食べたいなぁ……」
「むぅ。同感だが、無理をさせたらまた倒れるからな」
俺の事を考えているのかいないのか残念そうなボヤキだが、それすらも何だか妙にむず痒くて、俺は自分の頬が熱くなるのを感じて肩を竦めた。
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