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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
27.三つの愛情
◆
井戸で思わぬ時間を喰ってしまったが、そこは有能な俺、なんとか人に見られずにブラックをいなして戻り、当初の予定通りにきっちりミルクティーをごちそうした。
ふふふ、俺ってば有能の極みだな。
ウィリットもフェリシアさんも喜んでくれたし、元気が出たって言ってくれたし、これはもう大成功と言っても良いだろう。本当は突っ返されるんじゃないかと物凄く不安だったが、二人が優しくて良かった。……いや、気を使わせてたらヤダな。
つ、使わせてない。きっと使わせてないはず……。
「…………使わせてたかな……」
「うぅ~ん……? ふかひゃぐぅ……らにぃ……?」
ランプの明かりも消え暗くなった室内で、すぐ近くに居る影がもぞりと動く。
ベッドに入ってかれこれ一時間ぐらいは経っているだろうか。こういう時にはすぐ寝てしまうらしいブラックは、俺の目の前でむにゃむにゃと口を動かしていた。
独り言でもこんなに近くちゃ聞こえちまうわな。
申し訳なかったなと思い、なんでもないと頭を撫でると、相手は再びむにゃむにゃ言いつつ再び深い眠りへと落ちて行った。そんなブラックの間抜けな顔を見て、また溜息が出そうになる。
薄暗かろうがこんだけ距離が近くちゃ表情もボンヤリわかるし、ブラックの大人の威厳ゼロな寝惚け顔も確認できるし、そりゃ、独り言を言えば気付かれるよな。
なんだかんだブラックは凄腕の冒険者だったから気配には聡いし。
そんな相手と、俺は今日も同衾しているわけだし……。
「…………」
こうしてるのは嫌ではない……というか、慣れてしまって当たり前のように思い、ブラックが傍にいてくれることに対して鬱陶しいと言えるレベルで一緒に居る。
それを、ブラックも良しとしてくれているんだ。
……そう思えば、フェリシアさんへの罪悪感のような物が湧いて来て。
「うむぅ……むにゃ……」
別に、優越感とかを感じてるんじゃない。ただ、つり合いと言うところから行くと、俺よりも彼女の方がブラックとお似合いだし、見ていて「完璧だな」と思ってるだけだ。見た目とか、その、いろいろ……。
可愛らしくて献身的になってくれるだろう美少女と、整えさえすればちゃんと格好いいはずのオッサン。歳の差はあるけど、それでも傍目から見れば最高のカップルだ。仮に、俺がブラックの立場なら喜んで彼女の好意を受け入れるだろう。
美少女にベタボレされるなんて最高の栄誉じゃないか。どう考えたって羨ましい。それに……あの子となら、ブラックは過不足ない生活を送れるかもしれない。
……だって俺は、生まれてこの方イケメンと言われた事もないし、いっつも実年齢以下のガキ扱いされてるし……そもそも、女にモテたことなど一度も無い。
ブラックほど好きになった相手も今考えればいなかったように思うし、それに、俺がこの異世界での「メス」であるとして、それはそれで完璧なメスとは言えない。
家事はするけど主婦には敵わないし、料理もシェフ並ではない。ブラックを守ると言っても現状守るどころか守られてばっかりだし、それに……ブラックがえっちな事をしたいと言っても、俺は……自分の【黒曜の使者】の能力や制約に振り回されて、好きに触らせてやる事すらも出来ない。男の意地で拒否する事もしょっちゅうだ。
つまり……俺は、ブラックを満たしてやる事すら出来ていないワケで。
…………それを考えると、自分の事が酷く価値のない存在に思えてくる。
かつての恋敵に宣言したように、ブラックと別れられないと思うくらい「コイツが好きだ」という自覚はあるけど、自分に恋人として満足できるような完璧さがあるかどうかと聞かれれば自信は無かった。
いや、そうじゃなくて……自分自身、呆れてるし情けないと思ってるんだ。どうしようもない俺の幼稚さとワガママに。
だからこそ、フェリシアさんという俺から見て魅力的な女性が現れて、ブラックへの好意をこれみよがしに見せつけられていると、考えてしまうんだ。
――俺といるより、彼女と暮らした方がブラックは幸せになれるのではないか、と。
そんなこと思ったって、本当に諦められるわけじゃないのに。
「…………」
でもさ、一人でフェリシアさんにミルクティーを持って行った時に、ブラックの事を凄く知りたがって俺に質問して来た彼女の目を思うと、どうにもなあ。
ブラックの好きな食べ物は何って所から始まって、冒険者としての強さとか、定住しているのかとか、身なりが良いからお金があるのかとか……ともかく凄かったな。
目なんてキラキラして、俺に詰め寄って来た時はジュリアさんの香水の匂いが強く漂って来て、年上の色気ってヤツでクラクラしちゃったもんなぁ……。
俺より年上だとは言え、あんな美少女に言い寄られるなんてブラックが羨ましい。
でもそれと同時に悩ましい……ううぅ……。
前に同じような事があって、その時も俺は相手に「ブラックを諦めたくない」って一丁前に啖呵切っちゃったんだけど、ブラックを本気で好きになる女の子ってホントに綺麗で、心が強くって可愛いんだよなぁ……なんかイラついてきたぞ。
くそっ、なんで俺がお前を羨ましがらなきゃいけねーんだよ!!
あーもうチクショウ、こんなしょうもねえ顔で寝てるオッサンのくせに!
「ふへ……ふひゃひゃ……つかひゃくぅん、もっと舐めへぇ……」
「ぐぅうう」
ああもうクソッ、それもこれもお前のせいなんだからな!
フェリシアさんのハートを奪いやがってくそぉおおそれ普通異世界人の俺の役じゃないのかよっ、だあもうムカツクうううう。
フェリシアさんは夜中でもお前が会いに来ていいように化粧してたってのに!
「…………化粧……」
そういや、フェリシアさんに近付かれた時、香水の匂いに混じって強い香りがしたなぁ。婆ちゃんの家で嗅いだ事あるなぁと思ってたけど、そういやアレだ。
婆ちゃんの化粧台の上に乗ってた、ジャムの瓶みたいにデカい白粉のやつだ。
母さんの持ってる化粧道具と違ってデカかったから、ガキの頃は小麦粉かなとか思ったり、なんか毛玉に取っ手が付いてる奴の手触りが良かったので、ついつい遊んじゃって婆ちゃんに大目玉喰らったっけ。
アレは白粉をはたくための道具だったらしいが、そういやあの匂いだ。
ブラックの「化粧が濃い」という発言はそういう事だったんだなぁ。そう言われてみれば、ランプの明かり程度でも判るレベルで彼女の肌は白かったかもしれん。
ジュリアさんは周囲の人が「そばかすが見える」と言っていた所からして、あまり濃い化粧では無かったみたいだが、フェリシアさんは結構派手好きみたいだな。そう言えば、結構値段が張りそうな華やかな服も着ていたっけ。
へへ……たぶん街に来るからって精一杯おめかしして来たんだろうな。
化粧が濃かったのだって、それもまあ化粧慣れしていない女の子だと思えば可愛いじゃないか。田舎出身の女の子の純朴さって奴だ。
ああ、俺もデートの時にハリキリ化粧されて「ふふっ、お前気合入れすぎ」なんて笑って、イケメンのように「お前は、素顔だけで充分可愛いぜ……!」なんて言ってキュンとかさせたーい! あーモテたーい!!
ぐぅうう……ああもうヤメだヤメ、考えてるとイライラして寝られそうにない。
ともかく、フェリシアさんの事は明日考えるとして。
それより問題はウィリットの方だよ。
ミルクティーを持って行って、最初はお互いに落ち着いた話をしていたんだけど、ジュリアさんの事を話すウィリットの顔は……昨日の顔とは全然違っていた。
幸せそうな懐かしそうな顔じゃなくて、明らかに恐れているようだったんだ。
何に恐れているのか。
それは間違いなく……ジュリアさんが一連の事件の犯人ではないかという、真実であってほしくない疑念に対しての表情だ。
あの下水道で香水の匂いを嗅いでしまった時から、ウィリットは心の中に生まれたその「あってほしくないこと」を必死に否定したかったのかも知れない。
だからこそ、真夜中に一人で出歩く事を決めて、焦って、結果的にフェリシアさんの事を怖がらせてしまったのだろう。今思えば、あの時のウィリットの様子には鬼気迫るものがあった。当然だろう。だって、彼はジュリアさんを愛してるんだから。
「…………」
愛しているから嘆いて、憔悴して、狂って、必死に探していた。
人に迷惑をかけても、たった一人の愛しい人を見つけて抱き締めたかった。
そんな感情、俺には解らないと思っていたけど……この世界に来てからは、あのウィリットの気持ちも痛いほど分かるようになってしまった。
俺だって、もしそうなる事があるとしたら、自分の手で相手を探し出してやりたいと思ってしまう。それは男の意地でもあるけど、それだけじゃない。
……本当はただ……もう一回だけでも相手に会いたくて、たまらないんだ。
罪に手を染めて欲しくない。だけどその前に、会いたい。
好きな人が何もかも変わり果てていたとしても……
それでもただ、相手を抱き締めたいと強く願ってしまうんだ。
――――そう思ってしまうほどに、愛してしまっているから。
だから、ウィリットもああやって動いてしまったのだろう。
それを思うと……今日のゴーテルさんの一件を話すわけには行かなかった。
今のウィリットは危険だ。何か手がかりを知ったら、考えなしに飛び出してしまいそうな感じがする。だから、女将さんに厳重に監視していて下さいとお願いして来たけど……でも、大丈夫かな。
そもそもウィリット自身も誰かに狙われる可能性があるんだから、この事件が解決するまでは大人しくしていてほしいもんだが……。
…………はぁ。なんとか手がかりを掴まないとな……。
「ふむぅ……? ふあ……つかしゃく……まだ寝ないのぉ……?」
「え? あ、ご、ごめん起こした?」
再び横からむにゃむにゃと声が聞こえてきたのに謝ると、ブラックは目を擦りつつ「ううん」と甘ったれたような声で言って、俺を抱き込んできた。
大きな体と逞しい腕に包まれて思わず息を呑んだ俺の頭に、ブラックは自分の顔を突っ込んで来てうにゅうにゅとか言いながら擦りついて来た。
「つかさくぅん……んむぅ……」
ったくもう、い、いっつも甘えて来て……暑苦しいったら……。
こんな風に硬いだけの胸板に押し付けられたって寝られるワケないだろ。
でも……。
「…………」
何の憂いも無くこうしていられる事が、今日は何故か胸を締め付けるみたいで。
その苦しさが恥ずかしくなって、俺は思いを振り切るように目を閉じた。
――――――月夜によって、中庭の影が濃く明確になる。
そんな淡い青を混ぜた白と黒の世界で、冷えた空気が風に乗り庭の草を揺らした。
だが、それを見ている者は外に居ない。
四方を囲まれた小さな中庭は眠りに静まり返り、それらの壁に張り付いた庭を臨む窓はすべて締められ、明かりを消していた。
誰も、その光景を知る者はいないはずだったのだ。
けれども、そんな庭に二つの影が在った。
「お前……やはり……っ!!」
睨み付ける、黒に近い中途半端に長く縮れた髪を揺らす男の影。
その影に相対するもの――――――女は、静かに佇んでいた。
「何故……何故だ、何故お前が……!!」
男の影は苦しそうに声を漏らし、苦難に痛む胸を片手で掴んでいる。
だが、女の影は何も言わず……いや、何かを言うどころかクスクスと笑い出し――終いには肩を揺らして大きく嗤っていた。
まるで、男のその姿を嘲笑するかのように。
そんな女の影に、男の影は怒り心頭に達したのか手に銀光を握り締め構えた。
ナイフだ。
だが、その凶器は怒りか恐れか判断の付かない感情に震えていて、女の影を一度も振るわせる事は出来なかった。
ただ、一言。
「あなた、邪魔なのよ」
そう女の影が冷たい声を発した刹那――――
月夜の闇から這い出た黒い影が、男の影に覆い被さった。
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