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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
暗渠の淵2
「あ、ぁ……」
笑う男に制止されたフェリシアさんは、一瞬戸惑うような表情になったが……黒いフードの男に見つめられたせいか、怒気を失くしてナタを下ろした。
あのオーラが見えるような錯覚すら起きた激しい怒りが、一瞬で消えるのか。
驚くが、自らを【アルスノートリア】と名乗った男はくつくつと笑いながら、俺達の方へゆっくりと体を少し捻じ曲げた。
「おかしいですね。目星を付けて来たはずなのに、何故それほど驚くんです?」
人を小馬鹿にしたような声。
こちらの動揺を見透かしているような相手に、無意識な苛立ちが湧き起こったが、ブラックは気にもせずに冷静な言葉を返した。
「驚く? ああ、そうだな。こんな姑息な手を使って騒ぎを起こした真犯人が“敵対に適う”存在だったことになら、驚いているかも知れない」
「おやおや、ずいぶん評価を落としてしまったようですねえ私は。……ですが、その理由が解せませんね。私に何か“好敵手”に値しない落ち度がありましたか?」
ぼうっと立っているフェリシアさんの横で、男は笑う。
俺には、この男が何の理由で彼女に付いていたかよりも……フェリシアさんの様子が少しおかしいような気がするところが気にかかる。
もしかして、何かされたんじゃないのか。
――――さっきは急に弾かれて驚いたけど、いつでも動けるように準備をしておく事は無駄じゃないはずだ。
あの男が、もし……ブラックの言う通り【菫望】の【アルスノートリア】だとしたら、俺の「木の曜気」は見えていないはずだ。ならば、隙さえつけばウィリット達を助け出す事が出来るはず。なんとか、相手が大人しくしている内に隙を突かないと。
再び曜気を籠め始めた俺の前で、二人の冷えた問答は続く。
「杜撰にもほどがある。田舎娘の好き勝手にさせて分不相応な化粧をさせたことも、他人が見ているかも知れない街中で迂闊にも“変貌”を解いた事もな」
「…………」
そう、変貌。それは、ブラックから聞いた【菫望】の使用する能力だ。
言ってみれば変身と同じような物なのだが、その仕組みはまるで違い、この場合は「指定された人に術で作った膜を纏わせ、声も姿も変えてしまう」というものだ。
つまり、自分の姿を偽るための薄いキグルミを着ている状態で、その「キグルミ」の部分が【菫望】の術たる力の具現であり、デタラメな能力なのだ。
――ブラックが言うには、術で「他人の視覚を騙す」事は出来ても、使用した存在の「姿形そのもの」を偽る術は普通なら使えないらしい。
それは【紫月のグリモア】であるブラックでも、上手く行かない事なのだそうだ。
この辺の仕組みは俺にはよく解らないんだが、ともかくそんなデタラメな術を使う事が出来るのは、やっぱり【アルスノートリア】しかいないわけで……。
だけど、本当にそんな術が使えるんだろうか。
それが事実だとしたら、ウィリットがあの時フェリシアさんの事をジュリアさんだと間違えた事だって説明が付くし……ヘレナさんを襲ったローブの「男」も、フェリシアさんが変貌した姿だって事になって、すんなり行くような気がするけど。
それに……ゴーテルさんが連れ去られた時に聞いた「女の発狂した声」と、冷静な男の声っていうのにも繋がるし……そしたら、連続殺人事件も「フェリシアさんが【変貌】して、ジュリアさんの香水を纏い娼姫達を次々に殺していた」となって解決するし……。
…………解決、するんだけど……何でそんな事をしたんだろう。
そう、その肝心な所を聞けていない。
なんで無関係なはずの娼姫達を次々に攫って酷い殺し方をしたのか。どうしてお姉さんに罪をなすりつけるような行為をしたのか。何故……その【アルスノートリア】と、こんな事をしているのか。
まだ、何も分からないのだ。
だからこそ、俺は今も彼女を思いきれないでいた。
けれどもブラックは、彼女達に突きつけるように次々に言葉を放つ。
「姉の香水を使って犯人に仕立て上げようとしたのも悪手だな。固有の物を使うのは、ソレを嗅ぎつけられた時点で、犯人が『その物が何であるかを知り、また、使い方を知っている者』に限られ焦点が絞られる。仮に犯人だと旗印を立てられていないにしろ、疑われるのは必至。そんなバカ女に好き勝手に化粧をさせるなんて馬鹿じゃないのか」
ば、ばかって……。
思わずブラックの強い言葉に慄いてしまうが、今回はかなり手間を掛けさせられて怒っているのかも知れない。それにしたって言い過ぎだと思ったが、黒いローブの男もフェリシアさんも態度を変えず、ただじっとこちらを見つめていた。
「ハハハ! これはこれは手厳しい……まあでも、私もさすがにこれほどまでに彼女が愚かだとは思っても見ませんでしたよ」
笑う黒いローブに、ブラックは忌々しげに吐き捨てる。
「白々しい……嗤ってたんだろう」
「おや……流石は私の倒すべき【グリモア】ですね。他人とは言え抱える物が同じであれば、私が愉しいとする事も分かって頂けるようだ」
何を言ってるんだ。
お前とブラックが同じだなんて、そんな事あるわけないじゃないか。
ブラックは、そんな風に他人を操ろうとしたりしない。酷い事に手を貸して、人を笑うような事なんて絶対にしない。俺が信じてる男を、馬鹿にするな。
こいつ、ムカつく……っ!
「お前なんかと同じもんか……!」
「ツカサ君」
ブラックの背中から少しだけ顔を出し、ローブの男を睨む。
存外嬉しそうな声に少し意気が衰えてしまったが、しかしそれでも我慢がならず、相手を見据えた俺に――――黒いローブの正面が、向いた。
「…………言いますね。災厄を撒き散らす、生贄奴隷風情が。【グリモア】の“支配”を受けて貪られる餌が、口を聞けるとは驚きだ」
「ッ……口が減らないのはどっちだよ……!」
激昂しそうになるが、抑えて歯を噛み締める。
そんな俺に、鼻から下だけ見える顔でニヤリと笑うと――――黒いローブの男は、フェリシアさんにボソボソと何事か囁いた。刹那。
「あっ!!」
「おい!」
急に、ウィリットと執事さんの体が空中に浮き上がったかと思うと、黒いローブはフェリシアさんを連れて通路から見えない右側へと消える。
何が起こったのかと俺達はすぐに駆け寄るが、そこにあったのは……通路からでは見えなかった、どこかに続く通路だった。
そうか、この小部屋のような場所は、横に広くて通路から端が見えなかったんだ。
だけどそんな事を考えている暇なんてない。
俺達は追いかけようとその通路へ入る、と――急に通路の左側から冷えた空気と水音が聞こえて来て、横を向く。と……小部屋からのかろうじての明かりで、そこには奥が見えないほどの水たまり……いや、池が広がっているのが分かった。
そうか、水は枯れたけどここに地下水が溜まっていたのか。
うっかりすると落ちてしまう。これじゃ、絶対に助からないだろう。その前に手を打たねば。俺は【ライト】の術を発動し周囲を強い光で明るく照らすと、前方を走っているだろう敵を見た。
――姿が見えない。完全に撒かれてしまったのだろうか。
焦った俺の横で、ブラックが片手を目の前に突き出した。
「我が力を乗せ邪な壁を引き裂け――【ディノ・ウィンド】!!」
力強く発された声と共に、付きだした腕に美しい黄金の光の粒子が纏い集まって、一気に風となり前方へ飛ぶ。
瞬間、暗い闇に呑まれる一本道が続いているはずの光景が歪んで割れ――その先に闇の中で蠢く人影が見えた。少し遠くなってはいるが、あいつらに間違いない。
さっきは気配すらも感じなかったのに。
これはもしや……ブラックの【紫月のグリモア】と同じ「幻を操る術」なのか?
疑問に思いながらも駆け出すが、ブラックは余程腹が立っているのか、戦闘の時にいつも見せている冷静な表情にはそぐわない声を漏らして舌打ちをする。
「しょうもない手を使う……!!」
ブラックが相手の行動にイラついている。
だけど、なんだかいつもの感じじゃないみたいだ。
……自分と同じ【幻を操る能力】に、何か思う事があるんだろうか。
でも、ブラックは相手の術に負けていないはずだ。なのにどうして苛立つような顔をしているのか解らず、俺はただブラックとクロウと共に相手を追うしかなった。
このままどこまで逃げるのか解らないが、逃げ続けてはいられないはずだ。
人質を持って行っている以上、何か策があるはず。油断は出来ない。
だけどせめてウィリット達だけでも解放してくれたら、まだ安心できるのに。
そんな思いが綯い交ぜになって焦り、少し遠い場所に居るフェリシアさん達を見て――――……急に、彼らが止まったのに思わず急停止した。
何だ。何故止まった。
目を向いた俺に、黒いローブの男は笑みを見せ。
そうして……左側にずっと続いている池へ、足を踏み出した。
「なっ……え……!?」
あ、歩いている。真っ暗な水の上を、あいつら歩いてやがる。
何が起こっているのか解らないが、人質を浮かせた黒いローブの男と、何故だか口もきいてくれなくなったフェリシアさんは、水の上をどんどん奥へ進んで行った。
いや、あれは絶対仕掛けがある。見えない道か何かがあるんだ。
そう思い彼らがいた場所に辿り着いたが……そこに、道はない。
真正面に見る黒いローブの男とフェリシアさんは、数十メートル離れた水の上で、何の支えもなくまるで地面にいるかのように立ち……余裕の笑みで俺達を見ていた。
「ふふ、驚いてます? これは【幻】じゃあないですよ」
「…………どういうつもりだ」
「いえ、別にねぇ、今回は貴方達に危害を加えるつもりはないんですよ。私はただ、この醜悪で可愛らしい哀れな乙女の力を借りて、術の修練に少しばかり付き合って貰っていただけ……ですので」
言っている意味が分からない。
顔を歪める俺達に、黒いローブの男はフェリシアさんに何事かを囁いた。
すると、彼女はまるで人形のように素直にこちらを向いて、軽く首を傾げる。その姿は、まるで……魂を失った、首も据わらない「いれもの」のようだった。
「ふぇ……フェリシアさんを、どうしたんだ……」
訊きたいと思う。だけど、声が勝手に震えて強い勢いが出ない。
ただ相手を見つめる事しか出来ない俺に対し、黒いローブの男は笑って答えた。
「どうしたとは人聞きが悪い。私はただ、この哀れな乙女の願いを叶えて差し上げただけですよ? ……そう、とてもとても……面白いくらいに愚かな願いを、ね」
「……ッ」
動けない。
それは、この後に予想される最悪の展開を全員が考えているからだろうか。
だけど俺はそんな事を予想したくなくて、無理矢理に唾を飲み込んだ。
緊張をほぐして、なんとかウィリット達と……フェリシアさんを、あいつの魔の手から救えないだろうかと。
そんな俺の心を知ってか知らずか、黒いローブの男は再び口を笑みに歪めた。
「久しぶりに自分の足で走ったので、私も少々疲れたんですよ。……なので、休憩をする間に少しお話をしましょう。……私が大好きな、この乙女のおはなしを」
昏い水の上に立つ、着飾った美しい少女。
そんな彼女の事を話そうとしているのに――――その笑みは、醜悪だった。
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