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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
6.目で見て耳で知り1
――――その昔、この【カキーレ村】の周辺は、貧しい村ばかりが点在していた。
というのも、かつて起こった、全ての大陸の国の歴史に刻まれている「モンスター達の大襲撃」によって土地は荒れに荒れ、邪悪な気に満ちて草木が育たぬ死の草原と化してしまっていたからだ。
モンスター達は人族を襲い、虐げ、大地すらも蹂躙した。
その後遺症で、平和になった今も人々は苦しめられていたのだ。けれども、それはライクネス王国の多くの土地が……いや、大陸すべての地が陥っていた病であり、国も未だ“全ての民を助ける力”を取り戻すまでに至っていなかった。
人族とモンスターの大戦争は、大陸の全てを極限まで疲弊させていたのだ。
しかし、そんなことは村の人々には分からない。当然、それを改善する力も知恵も無く、彼らはただ死んだ大地と共に生き短い生を終えようとしていた。
そんな絶望の淵に居た彼らのもとに――――ある時、旅の一行が訪れた。
黒髪の幼げな少女と、輝く金の髪を持つ美しい青年、そして数人のお供とおぼしき人々を連れた彼らは村の現状を見て驚き、特に黒髪の少女な嘆き悲しんだ。
だが、その悲しみはただの悲しみでは無かった。
その涙が地面に落ちた瞬間、荒れ野と化していた大地は見渡す限りの豊かな草木に包まれ、長く“光なき夜”となっていた夜は、再び膨大な【大地の気】が湧き起こり、生命に満ち溢れた常春の国を呼び戻したのである。
これに村人達は喜び、少女達を讃え敬った。
だが少女は決して礼を受け取らず、それどころか「我々が行ったことは、当然の事である」とその場を去ってしまったと言う。
こうして、デリシア街道は再び草木溢れる豊かな地域に戻る事が出来た。
だが、これで話は終わらない。
――その数年後、村人達はあの少女が女神ナトラの化身であったことを知り、周辺全ての村が彼女を崇める事を決めたのと同じ時期、あるナトラ教の信徒が宿を借りに来た。なんでも、この先の【三つの国が重なる国境の山】に行くのだと言う。
そんな危険な場所にどうしてと問うと、信徒は「そこに総本山がある」と答えた。
これを知った村人達、いやデリシア街道にある村の全ての住人が、女神ナトラへの感謝と恩返しをすべく街道を自分達で整備し、信徒が休める村を作ったそうだ。
これが今のデリシア街道の始まりであり、今に続く巡礼路の始まりである……。
「――――で、その伝承の少しあと……またモンスターが活発化した時期があったのですが、その時に女神ナトラが遣わした信徒の方が現れまして……特にモンスターによる被害が酷かったこのカキーレ村に、小川などの様々な恩恵と“ある植物”を植えて村を守って下さったのです」
「ほぉ……」
何だか「あの木の情報を知る」より先に、みっちりと女神ナトラ様の御威光昔話を聞かされてしまった感じだが、まあそこんとこも興味深かったので良い。
ともかく、なんでこの村が大木に囲まれているのかは分かったけど……そもそも、詳しい事はなんも分かってないような。
破邪の木が何で破邪の木なのか分かってないぞ今んとこ。
「あの……その破邪の木なんですけど、どういうモノなんです?」
「おっと、これは失礼をいたしました。アレは【セウの樹】と言いまして、村を襲撃しようとするモンスターを退ける性質のある木なのです。我々には感じられませんが、その葉から発されると言う匂いでモンスターを寄せ付けないようにしているようです。そして、仮に幹を傷つけられたとしても、樹液によってモンスターを撃退すると言われています。ナトラ教の総本山へ向かう山道も、このセウの樹が守護しているお蔭で安全に登れるんですよ」
あっ、そうだった。
今俺達が旅をしている大陸は、それぞれの国境が【国境の山】という不可解な山脈を基準に作られており、アコール卿国やベランデルン公国といった他の国から領土を賜った国以外は、現在になるまでその領土を守っているんだよな。
だから国境を越える時は、いくつかの山脈が途切れた場所に作られた【国境の砦】を通って行かなきゃならない。
まあ関所を通らずに山を越えて行こうと思ったら、地上のモンスターとは比べ物にならないレベルのモンスターとぶち当たらなきゃ行けなくなるから、そんな危ない事をするヤツなんて滅多に居ないだけなんですけどね!
……まあ、あの、ブラックとかクロウは普通に国境の山を越えられるみたいだが、あいつらは普通のオッサンじゃないからな……それは置いといて。
国境の山のモンスターは、冒険者ギルドの判定で言えばランク5以上、つまり街が一つ潰されてしまうレベルの奴がうじゃうじゃしてて、それ以上も居ると言う。
今は判定基準が違うかもしれないが、俺が聞いた話ではランク8が伝説級の強さを持つとされているらしいが……そんな奴すら居る可能性があるんだとか。
そんな恐ろしい存在が何故山の中でだけ暮らしているのかと疑問が湧くけど、まあ異世界だし何かちゃんとした理由があるのだろう。
ともかく、国境の山と言うのはとんでもなく恐ろしい場所なのだ。
なのに、ナトラ教はそんな山に総本山を作っているワケで……どうやって普通の人を迎え入れているんだろうと思っていたが、そういう並木道があるんだな。
俺はてっきり、なんか凄いエレベーターか何かがあるんだと思ってたよ……。
まあともかくあの【セウの樹】のお蔭で、この村は平和になってるワケだな。
「セウの樹って、この街道特有の植物なんですか?」
「ええ。他でも植樹されているそうですが、その苗木は総本山の聖なる土でしか育成出来ないそうなので……」
なるほど、だったらリッシュおじさんの植物メモに載ってるな。
お兄さんに延々と説明させるのも仕事の邪魔になるだろうし、今回はこのぐらいでやめておこう。あとお風呂の用意を頼もう。
そう思い、そこで話を打ち切ってお風呂の用意を頼んだ俺は、お湯を沸かし終わる間、外を散歩しようかと思ったのだが……既に日が傾きかけているのをみて、仕方なく部屋に戻る事にした。むう、件の【セウの樹】を間近で見てみたかったのだが、夜じゃあ細かい所まで見えないからな……。
今戻るのは何かシャクだが、ロビーをうろついていても変に思われるだろうから、こうなってしまっては部屋に戻るしかない。
出て行った手前、戻りにくかったが……渋々、俺は来た道を戻りドアを開けた。
「ツカサくぅううううんっ!!」
瞬間、体にとんでもない衝撃と共に何かデカいのがぶつかって来て……
ってオイ、こんな事するヤツなんて一人しかいねーよ!
つーかなにっ、何でまた抱き締められてんの俺!?
「ぎゃぁあっ! ドア開けるなり抱き着いてくるなあああ!」
「だってだって、ツカサ君ひとりでお風呂に入っちゃうと思ったからぁっ! ふんふんっ、ん~、まだ入ってないんだねっ安心したよぉっ」
だあぁ何ヒトのニオイ嗅いでんだバカっ!
いや、待て。もしかして俺、そんなに汗臭いの!?
思わず自分のニオイを確かめるが、自分だイマイチよく分からない。
と言うか、なんならブラックの服のにおいとかに気を取られてしまって、自分の事がよく分からなくなってしまっていた。
いや、ブラックがクサいと言いたいんじゃなくて、その……い、いっつも、一緒に寝たり、抱き着かれたりしてるから、無意識に「ああ、ブラックのにおいだな」とか思っちゃうと言うか……その、まあ、どうでもいいなそれは!
ともかく早く離して欲しい。臭うなら尚更。
そんな思いを込めてブラックを押し返すが、相手は俺から離れるどころか更に深く抱きこんで来て、ずりずりと部屋の中に俺を引き摺りこんでしまう。
相手の胸に押し付けられて状況がよく判らない中、背後で「ガチャ」と鍵が締まる音がしたのを聞いて、俺は「ヤバい」と直感した。
だが、ヤバいと思ってもどうなるワケでもなく。
「ツカサ君……っ、はぁ、はぁ……つ、ツカサ君って良い匂いするよねぇっ」
「ぎゃあっや、やめろ嗅ぐなっ、汗臭いからやめろって!」
どこが良い匂いがするってんだ。
クロウが言うんならまだしも、同じ人族のブラックが俺の頭に鼻を突っ込んで良い匂いとは、どう考えても変態な感じにしか思えない。
つーかマジで嗅がないでほしい。絶対汗臭いって、風呂入ってないんだってば!
「ブラックばっかりズルいぞ。オレもツカサを嗅ぎたい」
「くっ、クロウまで……っ」
「うるさいな、お前は僕のあとだあと! はぁあっ、ツカサ君……っ」
「うわっ!?」
急に体が傾いて、ブラックが上に乗っかる状態で俺はベッドに沈み込む。
いつのまにベッドまで来ていたんだと思ったが、慌てるヒマすら与えられない。
頬に息が掛かったと思った刹那、鼻を鳴らすような音と共に肌を触る空気が一方向に動いたのを感じて、俺はゾワッと腕に鳥肌を立ててしまった。
「つ、つ、ツカサくんっ、ツカサ君のにおい……っ」
「やだってば! な、なんでそんな嗅ぐんだよ変態かお前はぁっ!」
「だ、だって、ツカサ君とこんな感じでいちゃいちゃするの、僕もう三日も我慢してたんだも……っ、ああっもう、やめらんない……!」
「ひっ、ぅ、ううう……っ」
鼻を鳴らす音が聞こえて、頬に唇とも違う柔らかいが硬めの弾力がある何かが押し付けられる。それがナニかなんて、もう決まり切っている。
頬にニオイがあるのかと問い質したくなったが、しかし……体を密着させられて、足の辺りに何か熱くて硬い物が押し付けられているのを感じると、何かを言う事すら恐ろしくて何も言えなくなってしまう。
だって、こんなの何か言ってヤブヘビつついたら大変な事になるじゃないかっ。
俺は今回は禁欲で行くと決めたんだっ、絶対流されないんだからな。
そ、そのためには何とかブラックを押し退けないと……っ。
「あぁ……ツカサ君、ツカサ君いい匂いがするよぉ……」
「ど、どこが……っ」
「だってほら……首と顎の付け根とか……あぁ、耳の裏とか……」
「ぅやっ、あ、ま、待ってちょっと! く、くすぐったい……っ!」
鼻が顎沿いにつつっと上がって来て、耳の裏に押し付けられる。
髪の毛を掻き分け、あまり人が触らない場所に手ではない何かが触れる。
そんなの、初めて感じた感覚過ぎてどう対応して良いか判らない。
というか、嗅がれているという事実も相まって、何だか凄く恥ずかしくて。
「ツカサ君……はぁっ……すぅうっ、はぁああ」
「く、口で言ってんじゃねえよバカぁ……っ」
どうすりゃいいんだこんなの。
スケベって言ったら、俺の方が何か言われてからかわれそうだし……。
ああもうっ、何でコイツ毎回毎回変な方向で興奮するんだよぉおっ!
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