異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

18.やっと見つけた

 
 
   ◆



「…………な、なんか……これはイカン気がする……」

 最初に入った時よりもだいぶ長くなった、細長い洞窟の道。
 土塊つちくればかりを山のようにんで猫車をゴロゴロ押しつつ、俺は呟く。

 毎日毎日ほぼ誰かと一緒の状態で、この瞬間しか呟くスキがなかったのだが、その理由を考えると気が重くて俺は息をかずにはいられなかった。……というのも。

「なんか、やっぱ……だ、ダメだよな……あんな近いのって……」

 昨日、不覚にもこっぱずかしい姿をセレストのオッサンに見せてしまいつつも、俺はお互いの誤解をいてオッサンとさらに仲良くなった。と、思っていた。
 なので俺を子供だと言いきって“あやして”くるオッサンとの同衾どうきんも、心を許したしるしなのだと思ってスルーしていたのだが……明けて今日一日の態度は、流石さすがに「仲良くなれてよかった」とスルーするのが怪しくなってきたのだ。

 ……だ、だって、起きてからもずっと距離が近いし、なんか作業中も昨日までとは全然違って、いつもなら俺が質問とか手伝いを頼むと、怒鳴ったり殴ったりしつつも手伝ってくれる……みたいな態度なのに、今日は全然違って「……まあ貸してみろ」とか言って、不器用だけど女子に優しい男子みたいな感じの態度で手伝ってくれたりするし。その時になんか背後から俺の体を包み込むような感じで、こうするんだって教えはじめたりするし……。

 いやそれ女子にするヤツ!!
 最悪でも小学生までだろ手取り足取り教えるのって!!

 な、なのに……あのオッサン、全然離れてくれないし、なんか距離近いし……な、なんなら、気が付いたら背後に立ってるって言うかそれでいつ抱き締められるんじゃないかってドキドキするっていうか、その……。
 …………俺の世界なら「まあ相手も子供扱いしてるからかな」とかで済む話だったんだけども……この世界じゃちょっと、事情が違うから……ヤバいんじゃないかなぁと思うワケでして……。

「だ……だって俺……この世界じゃ一応、捕食される側だし……」

 あんまり言いたくないが、俺は男でもメスだ。
 ウェルカムなオスの女子やいらんオスの男に襲われる側の人間なのだ。

 進んで自分でメスだと口に出したくはないが、それでもブラックに「そうだ」と言ってしまった以上、俺はこの世界ではそういう属性だと言わざるを得ない。
 ……現に、周囲は俺をメスあつかいしてくるし、そのせいでブラックやクロウだけではなくラスターやら色々な奴らに襲われたし……だからそこは認めるけども。俺もそういう意識を持てとブラックに言われているので、最近は気を付けているつもりなんだが……だからこそ、ヤバい気がするのだ。

 だって、もしセレストのオッサンが俺がメスだって事に気が付いていなかったら、あとで色々ゴチャゴチャしてきちゃうだろうし……。
 仮に俺をメスだと知っていたら、それはそれでなんかヤバい気がするし……。

「ガキに性欲が湧くなんて事は無いだろうけど……もし知らずにあんな事をしてたんだとしてたら、絶対後で気まずくなっちまうよな」

 こう言っちゃあなんだが、ブラックやクロウは普通の人とは違う。
 俺にとんでもない事をして来る奴ってたいていは曜術師だし、そもそもその曜術師という存在は、感情を高めて術を発動するというこの世界のルールのせいか、曜術が使えない一般の人以上に感情がたかぶりやすく、しかも妙なクセがあるのだ。
 クセっていうか……なんというか、理解しがたい性癖とか性格というか……。

 と、ともかく。
 そのせいで、一般の人に遠巻きにされたり、本来なら同属性であっても曜術師同士でつるむ事は難しいと言われてたり……とにかく気難しい存在なのだ。

 現にブラックは他のグリモアと全くソリが合わない。シアンさんが特別優しいので、他の人達もシアンさんには敬意を払っているが、それ以外じゃさっぱりだ。
 凄く強い曜術師が他の曜術師と仲良くしている所なんて、全く見た事が無かった。

 まあ簡単に言えば、能力が高い曜術師ほど常軌じょうきいっした変人って事だな。
 こんな事を言ったらアレだが、事実なんだから仕方が無い。

 …………なので、ブラックやラスターが俺に対して嫁とかいうのは理解出来る。
 でも、そういう「普通じゃない」存在だからこそ、俺が「異世界から来た」と説明しても、すんなり受け入れてくれたり……あんなに俺を大事に思ってくれたりするんだろうけど……ゴホン。それはともかく。

 ともかく、ブラック達の行動はそれ相応そうおうのものなのだ。

 だけどセレストのオッサンは違う。この人はやとわれだったけど、それでも普通の人には違いないだろう。冤罪えんざいにかかった人達のように、俺みたいなヤツにドキッとするような事は無いし、気付いたってきっと「メスガキなら大人しくしてろ」的な、頑固ガンコ親父おやじ的優しさを発揮してくれるはずだ。俺はそう確信していた。

 でもさ……自分に置き換えると、こういうのって絶対気まずいじゃんか。

 俺だって「お、おまえ、本当は女だったのか……!?」みたいなシチュは嫌いじゃないけど、でも現実でやられたら気まずいにもほどがあるだろ!

 男として接してたのも女だったら失礼だったかなって思っちゃうし、俺自身が相手を女だと気付いてなかったのも何かいやだし、そもそも相手が女の子だと解った状態で今後付き合う事になったら、れしくしていた今までの記憶がよみがえって来て気まず過ぎるし……俺もう今まで見たいに友達になれる気がしねえよ……。

 だからたぶん、こっちの世界のメスってそういう事だよな?
 俺が思う女の子に対してのアレで合ってるよな!?

 だとしたら、今の状況は本当にマズい。
 いや、今の密着した状況がブラックにバレたら大変な事になるってのもそうなんだが、セレストのオッサンと気まずくなるのが本当に困るというか……っ。

「はぁ……どうしよう……いっそバラした方がいいのかなぁ……」

 でも、それで「知ってるが?」と言われるのも……ちょっと、怖い。
 だってそれって、俺がメスだって知っててこんなに密着してたって事だし……。
 まあ相手は子供扱いでべたべたしてるのかも知れないけど、ブラックに知られた時に何が起こるのかを考えると、その……正直あの……。

「なにをバラすって」
「ひえぇっ!?」

 う、うしろにいつのまにオッサンっ。
 やだなにこの人気配も足音も消すとか隠者いんじゃ丸出しじゃないのっ。ちょっとは普通の人っぽいことして下さいよ!

「あ゛ぁ? なんだお前青い顔して……」
「あっ……い、いえその……」
「重いなら無理すんじゃねえよバカ。ガキのくせに意地張ってんじゃねえ」
「いえいえ大丈夫ですから大丈夫!」

 あわてて歩みを早めると、セレストのオッサンは「なんだァ?」と言わんばかりに片眉を不思議そうにひそめたが、俺は構わず穴倉から出て土を捨てに走った。
 ぐ、ぐぬぬ……危ない……やっぱりコレはイカンぞ……。
 わかる人とわからない人がいるとはいえ、俺はメスあつかいされているんだ。こんな近距離での接触を続けていたら、いつオッサンが俺がメスだと気付くか知れない。
 メスだと気付いてたらもっとヤバい。

 やっぱり自分から言って、接触を避けて貰った方が良いんだろうか。
 いやでも何かそうすると俺が自意識過剰みたいで気持ち悪いって言うか……しかしブラックに「気を付けてよね!」て毎回散々怒られてるしなぁ……ぐぬぬ……。

 悩みながら猫車を押していると、チラチラと冤罪囚人の人達が俺を心配そうに見ている姿が目に入って来た。ああ、ここじゃ悩む事すら出来ない。
 あの人達はオッサンを敵だと思っていたから、余計に心配させちゃうよ。
 なんとか再び話が出来るまでは「大丈夫だよ」と態度で見せておかねば……いや、じゃあ俺いつ悩めばいいんだよっ。こんなんやってると病むぞ!?

 ちくしょう、せっかく冤罪の人達とも話が出来てオッサンとも親しくなれたっぽいのに、ホントにままならないなぁ。
 ああ、俺がメスじゃなかったら良かったのに……。

 何だかもう自分の存在が面倒くさくて、息を吐きつつも俺は元気に(しているように見せて)気まずい穴倉の中へと再び突入した。
 ――――と……。

「…………ん?」

 あれ、オッサンの声じゃない声が聞こえて来るぞ。
 誰かがここに入って来たのかな。何か聞き覚えがある声だけど、一号監督じゃないみたい。誰なんだろう。鑑定してた金の曜術師の人とかかな。
 不思議に思いつつ、細長く続く道を戻ると、少し先の方……まだ水琅石すいろうせきのランタンを付けていない最深部の暗がりに、二つの影がるのが分かった。

 どちらも背が高いが、セレストのオッサンにくらべて片方はほっそりしている。
 あんな体型の人、採掘場にいたかなと思いつつ近付いて――――俺は、アッという声を思わず出してしまった。
 だってそこにいたのは…………諸悪の根源かもしれない相手だったのだから。

「おや十六番くん。ごきげんよう。キミは今日もしっかり働いてくれてますねえ」
「えっ、あっ、も、モルドール……さん……ど、どうしてここに……っ」

 暗がりでセレストのオッサンと何か話していた相手。
 それは、昨日も会ったばかりの……デジレ・モルドールだった。

 思わず足が止まる俺に、相手が近付いて来る。
 ほぼ敵だろうと考えている奴の動きに思わず体が反応してしまったが、モルドールよりも大股で早く近付いて来る影が有って、俺は思わずそっちを見てしまった。
 せ、セレストのオッサン。なんで雇い主を追い越してこっちに……などと考えてる間に、オッサンは俺の前に立って背中で俺を隠してしまった。

「……アシュテッド、どうしたんだい? 私に可愛い彼を隠すようなマネをして」
「…………コイツは関係ないだろうが」

 雇い主に対してこの粗暴な物言い。
 よほど対等な関係なのだろうかと考えていると、モルドールはクスクス笑った。

「別に良いじゃないか、その子に見られたってさ。別にやましいものでもないし……彼には全く関係のない事なんだから。ねぇ。……ほらキミ、おいでよ。今から、良い物を見せてあげよう」
「えっ……あっ」

 横からスーツの腕が伸びて来て、そのまま腕を引っ張られる。
 俺より細いんじゃないかと思ってしまうような腕なのに、ちからは俺よりはるかに強い。えっこれオッサンなみにパワーあるんじゃないの。
 このちからの強さも異世界特有の「スレンダー女子なのに怪力」みたいなデタラメさの恩恵だとでも言うのだろうか。ちくしょうそのちからを俺にも分けてくれ。

 いや、そんな場合じゃ無かった。でものがれられない。
 必死に後ろを付いて来るオッサンの足音を聞きながら、俺は強引に穴倉の最深部へと案内される。今までセレストのオッサンが掘っていたそこの目の前に来て――
 ある事に気が付いた。

「あれ……なんか、濡れてる……?」

 そう。今まで岩壁に在ったものは、岩に土に時々鉱石というかわいた物ばかりだったのに、一番深く土がえぐれている場所からは、じわじわと水が染み出して暗い色になっていたのだ。
 こんな色をしているって事は、かなり湿しめっているって事だよな。

 でも変だ。ここまで濡れていれば、周辺の土もそれなりに湿っているだろうに、パッと見てもそれらしい感じはしない。他の乾いた土と同様に、湿気などなかった。
 そのことに気付いた俺に対してモルドールは満足げに笑うと、俺のすぐ背後に居たセレストのオッサンの方を向いて、景気良さげに声をあげた。

「さあアシュテッド、ここをもう少し掘ってくれ! そうすればやっと……やっと、我々が探していたものが手に入るぞ!」
「………………」

 探していたもの。探していたものって、アレか。
 炎帝の力を封印したという、水妖すいようの水……それが結晶化して鉱石になったという、おとぎ話の中の宝石みたいな伝説のシロモノのことか。

 思わずいきんだが、セレストのオッサンは何故か無言になり、モルドールの言葉に逆らわずツルハシを手に持って降り始める。
 だがその手つきはかなり慎重しんちょうになっており、特定の部分だけを少しずつけずるように、ガツガツと細かな音を立てながら土をのぞいていた。

「ああ、すぐだ……もうすぐだよ……」

 モルドールの薄気味悪い独り言が聞こえる。
 だが腕をつかまれたままで動けない俺は、そのまますくんでいるしかない。
 せめて顔を見ないようにと思い、セレストのオッサンが最後の掘削を行う姿を静かに見守っていると……不意に、ガツ、と聞き慣れない音が聞こえて、俺は硬直した。

 目の前で、オッサンも手を止めている。
 だが、その大柄な輪郭りんかくの向こうから徐々じょじょあわい光がはじめて――――
 セレストのオッサンの体をかこうように、ゆらゆらと揺れる赤い光が小さな金の粒子をともなって染み出し始めているのが見えた。

「あはっ……はははっ……! 素晴らしい……素晴らしいよ、これほどまでとは!」

 にわかに興奮しだすモルドールの声を聞いて、セレストのオッサンが体を引く。
 途端とたん、その光がこちらへ強く向かって来て、俺は思わず片腕で目をおおった。
 いままで暗がりだった世界を急に照らされて目が追いつかない。
 だが高笑いが聞こえて、それがどうにも恐ろしくて見ずにはいられず、恐る恐る光に慣れ始めた目を向けて……絶句した。

「これが炎帝の力の結晶……まさに“失われし神炎晶しんえんしょう”じゃないか! ハハッ……これならば……私の地位も名誉も思うまま……!!」

 取りかれたような目をして、モルドールが水晶に近付く。
 だが、そのくだんの水晶は……あまりにも、巨大すぎた。

「ツカサ、こっちにこい」

 引っ張られて、数歩下がる。
 そのままめられたが、しかし俺は拒否する事も出来なかった。

 だって、今俺が見ているものは……今発掘された、水晶は…………
 掘り進めてきた穴倉の壁いっぱいに露出した、まるで一つの壁のような巨大な水晶だったのだから。

「こ、こんな、カベみたいなもの…………どうやって……」
「……壁じゃねえよ。これは神炎晶しんえんしょうのほんの一部だ。俺にはわかる……本体は、採掘場をまらせちまうくらいでけえ水晶のかたまりだってな」
「採掘場いっぱいの水晶のかたまり!?」

 そ、そんなの……どのくらいの大きさだというんだ。
 小山ほども有るんじゃないかと考えたら、目の前で揺れている赤々としたマグマのようなものが恐ろしくなる。青みがかった水晶に閉じ込められているが、あの赤い炎にも似たちからの結晶は、本来どのくらいのものだったのだろうか。

 もしこれが炎帝の力の象徴とするなら……炎帝が大地を割って陥没させ、あの大叫釜だいきょうふを作ってしまったって話も、信じられるかもしれない。
 それどころか、もしかしたら一国を滅ぼすほどの……――――

「ふふっ……ふふふ、はははっ! あぁ、ようやく見つけられた……! これで依頼のひとつは達成ですね。我々はひとしく報酬を得る……まあここも鉱脈がきて来ていたようですし、丁度良かったですねえ」

 あっ、そうだ。これが見つかれば囚人も解放されるんだよな!?
 じゃあ、廃鉱になった事でみんな平和に外に出られるはずだ。
 冤罪の人達も、とりあえずは解放されるはず。冤罪なんかはそれから汚名をそそぐ事だって出来るんだから、なんとかなるよな。

 目的が達成されたなら、さっそくみんなを出して貰おう……などと、考えて。
 俺は、自分の思考に違和感を覚えた。

 ………………あれ。なんか変だな。
 なんか、根本的に間違っているような気がする。

 そもそも俺、冤罪えんざいは許せないって思ってたし、ここにいる奴らが結局は悪人なんだと理解していたはずなのに…………どうして「みんな解放される」と思ってるんだ?
 でも、使命が達成されたら……いや、違う。そうじゃない。違うだろ。

 しっかりしろ、するんだ。違うだろ。
 俺は、冤罪だ。モルドールは、ギルド長の女の人は、警備兵達は悪人なんだ。
 だったら違うだろ。そう上手くいくはずが無いだろ。

 全部が終わるってことは。
 目的が達成されたって、ことは――――

「お…………俺達、を……」
「……ん?」

 モルドールが、振り返る。
 意地悪な猫みたいに嬉しそうに目を細めるその悪意に満ちた顔を、見て。

「俺達を……殺す、つもりか……?」

 もう、ほとんど考えられず……
 無意識に、その言葉を発していた。

「……おや? 変だね……ちゃんと“やって”なかったのかい? アシュテッド」
「え……」

 急に全てが静まり返ったような気がして、心が急に冷えて来る。
 恐る恐る自分を抱き締めている存在を振り返ると、そこには何か堪えるような表情をしたセレストのオッサンがいた。

「キミには、その毛色の違う少年まかせていたはずなんだけどね。また失敗かい?」

 また失敗って、なに。
 真っ白になった頭の中で反芻はんすうして、何故かある単語が思い浮かぶ。
 冤罪の囚人達が失ってやんでいた人の名前。ビリーと言う人……サルビアさんの息子さんだった、優しい人の名前が。

 どうして。
 自分自身に問うが、もう答えは分かっていて。
 だけど納得したくなかった。そう結論付けたくなかった。だって。

 そうだとしたら……ビリーという、人も……モルドールに命令された、セレストのオッサンが……なにかを「してしまった」という事になってしまうから。

「お……おっさ……」

 勝手に震える声で、相手を呼ぼうとする。
 だが、そんな俺にオッサンは大きく動揺して。

「つ……ツカサ、俺は……っ」

 俺は――――なに……?

 答えを聞くのが、怖い。
 どうすべきなのかと息をんだ、と、同時。

「――――――っ!!」

 どん、と大きな音がして大きく地面が揺れる。
 その動きに全員が対応し切れず姿勢をくずした途端とたん、外から叫び声が聞こえた。
 悲鳴、何かから逃げるような声。その声の合間あいまに爆発音がする。
 なにかが壊れる音や、逃げ惑う多くの足音が地響きのように空気を震わせた。

「なっ、なんだ!? 何が起こった!!」

 動揺する空気の中。
 冷たくなった肌に、なにか温かさが触れて俺は咄嗟とっさに下を見やった。

「…………あ……」

 分厚く薄汚れた服の中でうっすらと光る、なにか。
 まさかと思い、その光にすがるように服を引っ張って自分の裸の胸を見ると、そこには確かに紫色むらさきいろの温かい光を放つ指輪があった。

 むらさき……いや……菫色すみれいろの、光。
 綺麗な光が強く、短く、一定の方向を指さしている。

「おい、ツカサ……」
「っ……!」

 光が呼んでいる。間違いなく光が差し示す先、すぐそこにいる。
 そう思うと、もう何も考えられずに俺は立ち上がって足を動かした。

「ツカサ! 待てっ!!」

 後ろから声が聞こえる。だけど、申し訳ないけど、もう振り返れなかった。
 振り返ったら足が止まってしまう。それだけ遅れてしまう。
 なによりもう、俺は、怖い事しかない場所にとどまりたくなかった。

「ハァッ、はっ……はぁ……はぁ……!」

 息が切れる。さっきまで冷えていた体が熱くなって、穴倉の終わりを告げる外の光が見えてくる。その光に飛び込むようにして轟音が響く方向を見た。
 その、先には。

「ツカサ君!!」
「ツカサ!」

 トロッコが消えて行くはずのトンネルが破壊され、大きな穴が出来ている。

 その信じられない光景を背にして、綺麗な赤い色の髪がなびくのが見えた。

「ッく……ブラック! クロウ!!」

 こんなに叫び声や怒号が飛び交っているのに、崩れ落ちる音が聞こえるのに、それでも俺の耳は確かに二人の声を聞いた。
 もう、それ以上のものは何も聞こえない。

 逃げ惑う人の流れに逆らって走り、俺は――――

 両手を広げた二人に、ころぶ事も考えず飛び込んだ。











 
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