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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
12.かしましい朝食
◆
「ふーん、それでツカサ君は僕に内緒でどっかの馬の骨と話してたんだ~」
「う、馬の骨って……いやでも突然の出会いだったんだし仕方ないだろ」
日が昇って翌日。
水の妖精であるというアグネスさんと色々な話をした後、俺は寝床に潜り込んで、朝食をとる段になってから二人に昨晩の事を話した。
……別に黙っていても大丈夫だったかもしれないが、こういう時に私利私欲で口を噤んでいると、後々大変な事になったりするからな……。
そうでなくてもブラック達は色々と聡いんだし、ヤバい事態になる前にさっさと嫌味をぶつけられるに限る。自分から正直に話すぶんには、なんだかんだ言いつつ二人も執拗な追及はしないからな。
まあ、その代わりこうやって面と向かってネチネチ言われるのではあるが。
とはいえ朝食のパンが飲み込みにくくなるぐらいは些細な痛手だろう。んがぐ。
しかし、俺達に重要な情報を伝えてくれたアグネスさんに向かって「馬の骨」は無いだろ「馬の骨」は。お前らは見てないから分からないんだろうけど、ホントに文字通りの透き通るような美人さんだったんだぞ。妖精だぞ。
それでなくとも、気のいい人をぞんざいに呼ぶのはいかがなものか。
さすがに諌めるが、ブラックは不機嫌そうな顔で頬を膨らませる。
「ツカサ君が悪いんだよ、僕と言う婚約者が有りながら逢引きみたいな真似して」
「いや偶然だったからね!?」
「それよりブラック、相手は馬では無くて妖精だぞ」
「いやツッコミ入れるトコそこ!?」
援護射撃してくれるのはありがたいけど、お前が引っかかったのはそこだけなのかクロウさんよ。まったくこのオッサンどもはなんでこうヘッポコな会話にするかな。
大体、アグネスさんから教えて貰った話は結構重い話なのに……。
「はー……。まあそこの駄熊は置いといて……そりゃたしかに色々興味を引かれる話ではあるけどさ、話だけじゃ信用出来るかどうか微妙でしょ? ツカサ君はお人好しだからすぐ信じちゃうけど、人外の語る話なんて基本は人族を惑わすものだよ。この状況でコッチの興味が湧く話をして来た時点で胡散臭いと思うけどなあ僕は」
「う、うーん……そう言われるとそうだけど……」
まあ確かにブラックが言う事にも一理ある。
というか、この世界の人の感覚としてはブラックの方が正しいのかも知れない。
俺の世界じゃ妖精や人外の人型種族なんてモンは空想世界の産物みたいなモノなので、滅多に会う事は出来ないから会話すらも想像できないけど……ファンタジーが日常なコッチの世界では人外は紛れもないリアルだしな。
妖精なんて魔族の方の「妖精族」しか見たコトが無い……しかもそっちですら人族が知り合う可能性は限りなく低いって話でも、万が一の場合の対処法が現実的なのは、間違いなくこちらのファンタジーな世界の方だろう。
それに……ブラックが言うように、確かにタイミングが良過ぎる気もする。
俺達は、数日前にアコール卿国で【緑の聖女】の話を聞いた。
その【聖女】がどのような存在だったのかは判然としないが、しかし俺達の中では無意識に「緑の聖女は、俺と同じ――つまり【黒曜の使者】として召喚された哀れな異世界人――のような存在なのでは?」という予想が有ったのだ。
聖女の出自に関しては情報が無かったので、検証しようと話し合う事はしなかったけど……俺だけじゃなく、ブラックもクロウも一つの可能性として考えていただろう。
だからこそ、アグネスさんの唐突な話は重要な情報になった。
アコール卿国の首都【ゾリオンヘリア】で聞いた聖女は【緑の聖女】だったが、それでも俺と同じ“デタラメな力”を使うのは俺と同じだ。
だからこそ、彼女の正体が気になってはいたのだが……そこにアグネスさんの話がドンピシャだもんで、つい俺は話に乗ってしまったのだ。
でも、考えてみればそれも凄い偶然と言うか、計ったようなタイミングだよな。
まるで俺の心を読んだみたいだけど……そうだとしたら凄い話だ。
アグネスさんに悪意が有るにせよ無いにせよ、もしマジでからかわれただけなら、作り話がすごすぎる。……でも、そう考えると出会ってすぐに考えた話にしては、妙に詳し過ぎるし曖昧な所も有り過ぎる気がするんだよなあ。
「でもさ、ブラック……ここまで来ると、本当にあったような話過ぎない? ホラ話だとしたら色々と詰めが甘いし、アグネスさんは会話して普通に帰って行ったし……」
「まあそこが謎な所ではあるんだけど……」
「分からないなら、ツカサと一緒に会いに行けばいいのではないか。旅程が伸びるが、もし本当に有用な情報なら逃すのは惜しいし、嘘だとしてもお前が看破できるだろう」
御尤もな事を言いつつ、スープのお皿を軽々と片手で持って啜るクロウ。
そりゃそうだ……っていうか、そういやブラックは炎と金の属性を持っている【月の曜術師】で、他の五属性の曜術師と違い幻術とかの特殊な術が使えるんだっけ。
俺が持つ【日の曜術師】の称号も何か複数属性持ちだから特殊らしいんだけど、今は置いといて。とにかくブラックはそういうモノに強いんだ。
だったら、クロウが言うように話の真偽を見極めてくれるかもしれないよな。
まあ、幻術云々が無くたってブラックは凄く人の動きに聡いので、術に頼らずとも嘘を見破ってくれるだろうけども……。
でも、アグネスさんを試すようでちょっと気が進まないなぁ。
用心深い二人に信じて貰うには、そのくらいしなきゃなんだろうけど。
「俺は嘘じゃないと思うんだけどなあ……」
「んもー、ツカサ君はお人好し過ぎるから、いつもいつもゴミどもに付け込まれちゃうんだよぉ! ……はぁあ、仕方ないなぁ……。熊公の言うように、何かの手がかりになるかも知れないし……とりあえず信用するのは、確かめるだけ確かめてからだよ」
うーむ、明らかに「話を聞いただけじゃ信じられない」という態度だけど、まあ俺からの話だけで鵜呑みにしないのがブラックだし……そういう大人な対応をする相手に、俺も正直色々と助けられてきたからな。
頭ごなしに「ヤなヤツだ!」なんて思う程度で済む浅い付き合いでもなくなっている今は、ブラックが「確かめる」と言うだけで安心してしまう。……そんな簡単な自分が少々恥ずかしいが、相手が頼もしいんだから仕方ないだろ。
そもそもブラックもクロウも大人なんだから、そりゃ頼りがいがあって当然だし。
俺がつい二人の言う事に頷いてしまうのも仕方が無い事なのだ。うむ。
普段はスケベでどうしようもないオッサンなので、それを考えるとイラッとしないでもないんだが。何故こうも神様は不公平なのか。
「では、今日はここに滞在だな」
ムシャクシャしながらパンの残りをムシャムシャしていた俺を余所に、今後の方針が決まったのを知ってクロウが席を立つ。
もう既にパンとスープをペロリと平らげていたらしい。あっ、良く見たらブラックも既に食べ終えてるじゃないか。俺も慌てて口にパンとスープを放り込むと、クロウは自分の皿を片付けながら俺に橙色の瞳を向けて来た。
「ツカサ、慌てなくてもいいぞ。今日はここに留まるというのなら、薪が必要だろう? だから、雨に濡れても平気なオレがその役目を負おうと思ってな。別に急かしたわけではないから気にしないでくれ」
「モゴ……っ、えっ、じゃあ薪を集めて来てくれるのか……?」
薪拾いとかって普段の旅でも面倒臭いし、しかも雨ともなれば余計に疲れる結構な重労働だっていうのに、その役目を率先してやろうだなんて。
思っても見ない申し出にクロウを見上げると、相手はドンと胸を叩いて見せる。
「食事はなどは全てツカサに任せているから、こういうのはオレにやらせてくれ」
「く、クロウ……! ありがとうっ、なんて良い奴なんだお前は……!」
獣人は獣の体毛があるから雨も寒さも多少は平気だと言っても、大変な仕事には変わり無いだろう。なのに引き受けてくれるなんて、凄く助かるしありがたい。
うう、さっきはダメなオッサンだとか思ってごめんよクロウ。
さすが多数の部下を従えてただけはある頼りがいのある熊さんだ。料理をするにも薪は必要だし、そう思うと本当にありがたいよ。素直に感謝すると、クロウはいつもの無表情ながらも嬉しそうに熊耳をぴこぴこと動かすと、さっそく出かけると言い、食べ終えた食器を持って洗い場へ行ってしまった。
「ちぇっ、駄熊めいいカッコしやがって」
「イイカッコってお前なあ……ブラックも一緒に行ってくれたら助かるんだぞ?」
「一日分の薪なら、二人で行くと採りすぎちゃうよ多分。それに、この雨の中の薪じゃ乾燥させなきゃ使えないだろうし、そういう地味な作業は僕がやるんだろうしさあ」
確かに、いつも濡れた薪なんかを炎の曜術でブラックが乾かしてくれてたな。
生木だと火が付きにくいからとか何とか……そう考えると、ブラックも中々に細かな気が使える大人だ。ここでスネずに、後でこそっと乾燥してくれてたら思わずドキッとしちゃってただろうけど、まあ素直に文句を言うのがブラックらしいわな。
でも、ブラックが言う不満も実はちょっとわかる。
男同士の会話とは言え、やっぱ格好いいセリフを言われて颯爽と一抜けされたら、そりゃあ同類としては悔しいモンだ。頼りがいのあるところを見せられるのも、自分の中のコンプレックスを刺激してしまって、競争してる訳じゃないのに負けたような気がしてしまう。俺としては嬉しいけど、でもやっぱ「くぅっ……!」となってしまうワケで。
それがブラックの立場なら、まあ余計に気に入らなくもなるだろう。
俺が言うのもなんだけど、二人は仲間であり多少信頼し合っている関係のに、俺が絡んだらギスギスしだすくらいには仲が悪いし競い合っているのだ。
この関係性だと、自分の役割に不満が出て来るのも仕方ない。
まあ、乾燥させる作業って本当に地味だしなあ……。
「……じゃあ、俺と一緒に山菜でも探しに行く?」
「えっ、いいのう!?」
俺が提案すると、すぐにブラックは顔を明るくしてこっちを凝視して来る。
変わり身の早さに思わず苦笑してしまったが、俺は頷いて言葉を続けた。
「雨だけど、ずっと何も無い部屋の中に居るのも退屈だろうし……俺も、食料を節約しておきたいと思ってたからな。アグネスさんの家である湖も探したいから、クロウにも薪集めと探索を頼んで、二手に分かれようかなって」
「そ、そうだねっそれがいいねっ! うへっ、ふ、ふへへ、二人っきり……!」
「変な笑い声出すな! あとヒゲにパンくずついてるぞお前!」
なんでこうコイツは毎回毎回その美形のツラを台無しにするのか。
だらしない顔で口を歪めるオッサンは軽く恐怖だったが、しかし俺はその前に相手の無精髭にくっつくパンくずが気になってしまい、思わず手を伸ばしてしまう。
大人相手にこんな事をする自分も大概だと思うが、でもブラックは普通の大人じゃないし、だらしないし放っておけないんだから仕方ない。
エヘエヘと変な笑いを漏らすブラックの頬や口元を拭うと、相手は嬉しそうな表情を更に崩して、先程の不機嫌が嘘のように浮かれた様子で俺に抱き着いて来た。
「えへへ、ツカサ君ありがと~」
「いや自分で気付けよなパンくずぐらい……」
「だってツカサ君がお世話してくれるんだもん。甘えたいんだよぉ~」
そんな事を言いながら、チクチクと痛痒い頬を摺り寄せて来る。
朝から暑苦しいのでやめろ……と言いたいが、せっかく機嫌が直った相手を再度不機嫌にはしたくない。
いつもの事なので、クロウも呆れ顔で了承してくれるだろう。
それもまた少々気恥ずかしい気がしたが……まあ、いいか。
「そうと決まったら、早く準備して出かけようよツカサ君っ」
「あーはいはい! だったら早く離れんかいっ」
さっき「頼りがいがある」と思ってしまった相手だが、正直な所を言うと……こうして素直に笑っているブラックの方が、俺としては……その……好きって、いうか。
だから、邪険に扱おうとするのだがどうしてもブラックを振りほどけなくて。
結局俺は、オッサンを引き摺りながら皿を洗い場に戻す羽目になってしまった。
→
※ちょい遅れました…!!
修正は相変わらず遅くて申し訳ない…もうちょっと待っててね…!
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