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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
17.あなたを心配しているの1
…………やっぱりおかしい。
辺りが暗くなってもクロウが帰って来ないなんて、普通に考えてありえない。
アイツは強いからってのもあるけど……その前に、食いしん坊な熊さんだったら俺が作る肉たっぷりスープの匂いにすぐに気が付いて、マッハで帰ってくるはずだ。
なのに、スープが出来上がっても帰って来ないなんておかしい。凄くおかしい。
いや、自分の料理の腕前が素晴らしいなんて言ってるワケではないぞ。獣人なら、スープの匂いで「今は夕食だ」と分かるだろうに変だなって話なのだ。
それに、クロウは武闘派とはいえ団体行動はキッチリ守る熊さんだし、何も言わずに夜まで帰って来ないなんて……どう考えても変だ。
もしかして、迷った……とか…。いやいや、獣人でそれはあるまい。
アグネスさんが「モンスターはいるけど少ないし弱いよ」と言っていたので、そんな奴らに負けるクロウでもないだろうし……となると……帰れなくなるレベルの問題が巻き起こって、俺達に知らせる事も出来ずに立ち往生しているのかも知れない。
だとしたら、凄く心配だ。
クロウがてこずる問題なんて、なんというか想像出来ないし……。
俺の後ろで心配もせずダラダラしてるブラックもそうだが、この二人は最強クラスに強いワケだから、モンスターに追いかけ回される事なんて滅多にないんだ。それほどの実力者だってのに、てこずってるってことは……えーと……何に立ち往生しているかは想像がつかないけど、とにかく心配なのだ。
やっぱ探しに行った方が良いよな……お腹だって減ってるだろうし、いくら強いとは言ってもクロウだって心細いだろうし……。
「……なあブラック、やっぱりクロウのこと探しに行かないか? やっぱこんなに暗くなっても帰って来ないってのはおかしいと思うんだけど……」
自分一人で飛び出してもどうにもならない事は重々承知しているので、ブラックの方を振り返ってお伺いを立ててみる。
しかしこのオッサンはクロウの事など微塵も心配していないようで、小指で耳穴を掻き回しつつ「えぇ~?」と気のない返事を漏らしやがった。
「んもー、ツカサ君たら心配性だなぁ……。どぉーせ道にでも迷ってるとかそんな感じだろうし、放っておけばそのうちのそっと帰ってくるって」
「でもクロウが夕食をすっぽかして帰って来ないとか普通じゃなくないか?」
そう言うと、ブラックも一瞬言葉に詰まったように動きを止める。
……ああそうだろう、そうだろうともさ。クロウは食いしん坊なのだ。「放っておけば帰ってくる」程度の事態なら、もうとっくに帰って来ているだろう。
だからこそ心配なんだよ俺は。異常事態と言っても良いだろコレは。
でも、ブラックもクロウの強さを認めているから、そのせいで余計に「大丈夫だろ」な態度になっちゃうんだろうなぁ。強い者は強い者を認める……とは言うが、この場合は信頼し過ぎだと思う。俺がもしクロウの立場なら、ちょっとは心配して欲しいぞ。
いや、真の強者はそんな女々しい事は考えないのかも知れないけども……。
ゴホン。と、ともかく、やっぱり探しに行くべきだと思うんだよ俺は。
そんな俺の真剣さは伝わったのか、ブラックは暫し考えた後――――ハァと大きな溜息を吐いて、椅子からゆっくり立ち上がった。
「まあ確かに、これだけ遅いっていうのは変だと言えば変かもね」
「一緒に探しに行ってくれるのか?」
立ち上がったってのは、そういうことだよな。
何だかんだ行動しようとしてくれたのが嬉しくて顔を見上げると、ブラックは複雑そうな顔をして、俺をじっと見つめた。
「……別に探しに行ってもいいけど、ツカサ君はお留守番だよ」
「えっ、なん…………いや、そうだな……俺夜目とか利かないもんな」
一瞬何でだよと言いそうになったが、考えてみれば俺は夜になると更に機動力が低くなってしまうのだった。ブラックは夜目も利くしどこでだって素早く行動出来るけども、俺はそうではないのだ。付いて行けば必ず足手まといになってしまう。
そう考えたら、ブラックが「お留守番」と言うのも仕方が無い。
でも、ちゃんと探しに行こうと考えてくれたのは嬉しいので不満はないぞ。
クロウの事を思うなら、一刻も早く探してやったほうがいいワケだしな。
そんな俺の物分かりのいい返事に、ブラックは弱ったような顔をして口をモゴモゴと歪めると、やがて我慢が出来なくなったのか俺にぎゅうっと抱き着いて来た。
「あぁ~~もう、ホントは探しに行きたくないんだよ!? でもツカサ君が気にするし、アイツを置いて行くと後で面倒臭そうだし、ツカサ君も怒るしぃいいいっ! 本当なら二人っきりでずっとイチャイチャしてたいんだからね、僕我慢してるんだからね!」
「お、おう……なんかすまんな……」
クロウのことを認めてはいるけど、ブラックは基本的にはこういうヤツなのだ。
だから、イヤだと言うのも本当だろうし、だからこんなにぐずるんだろう。
俺が探しに行けない以上、そんなブラックに頼むしかないってのが申し訳ない。
そんな気持ちの俺を知ってか知らずか、ブラックはぎゅうぎゅうと腕の中で俺の体を締め付けながら、慰めて欲しいと言わんばかりに菫色の瞳を潤ませてみせる。
「僕えらいよね? ツカサ君の代わりに探しに行ってあげる僕えらいよねえ?」
「あーはいはいっ! ありがとなブラック!」
「それだけ? ご褒美の一部とか先にくれたりしないのぉ……?」
だあもうチクショウ、すぐにこんなことを言いやがる。
でも無理を言っているようなモンなんだから、まあ……その……。
「…………」
「おっ?」
見上げている相手の胸ぐらを、抱き締められながら何とか掴んで下に引く。
本来ならそんな軽い動きでブラックの体が動くワケないんだけど、相手もなにかを期待しているのか、俺の方へ顔を近付けて来た。
なんか凄くニヤニヤしてるな。何かを期待しているのが丸出しの顔だ。。
その分かりやすい様子に顔の熱が引きあがりそうだったが、なんとか堪えて……俺は、間近まで下りて来た無精髭だらけのオッサンの頬に、触れるだけのキスをした。
「……ご、ご褒美の一部なんだから、これくらい……だろ……」
…………な、なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
ご褒美の一部ってなんだよ。全部ならどんぐらいの事をしなきゃいけないんだ。
そ、それに、何か自分が居丈高になったみたいで恥ずかしくて居た堪れない。
むしろ自分が代行して貰う側だというのに、こんなんで良いんだろうか。で、でも、俺が「サービスするぞ!」とか言うのも何か違うって言うか、流石にそこまでの自信たっぷりな発言は勘弁して欲しいというか……。
「ああんツカサ君もっとぉおお」
「ちょっ、ま、待てもう今日は終わりっ、えっち終わり!!」
ぎゃーっ、タコみたいに口をすぼめて近付いてくんな尻を揉むなあああ!
今日は外でさんざんヤられたってのに、またサカられてたまるか。
断固阻止、阻止だっ。ブラックが探しに行ってくれるなら「ご褒美」とやらを考えても良いけど、こう連日スケベな事をされると精神が枯れ果てるからやめろ。
頼むからもうちょっと節度を持ってくれ、というかご褒美がそれでいいのか。本当にそういうので良いのかお前は。
色々と複雑な気持ちになりつつも必死に相手を制止すると、ブラックはあからさまに不満げな顔をして尖らせた唇を拗ねたように突き出すと、渋々俺を抱き締める両腕を解いた。ホッ……ひとまず助かった……。
「むうぅ……ま、今日は仕方ないけど……そのかわり、ちゃんと駄熊を連れて帰って来たら、たっぷりご褒美ちょうだいね?
「……わ、わかった……」」
何をされるか考えると恥ずかしくなりそうだったが、それを振り切って頷く。
するとブラックは機嫌を直して「えへへ」と笑い、外に出るための準備をし始めた。愛用の宝剣をとり、だらけた格好そのままで外套を羽織る。カンテラは必要かと問いかけたが、万が一があると困るのでいらないと言われてしまった。
確かに、明かりを点けているとあの暗い森ではかなり目立つ。
それに炎の曜気も操れるブラックには必要ないだろう。
――――というワケで、身支度を整えたブラックは調理場の勝手口から、森の方へと向かうべくドアを潜った。
「じゃあ行って来るけど……誰かが来てもドアを開けちゃ駄目だよ。きちんと本物の僕や熊公か確かめてからあけること」
「わ、わかってるよそれくらい! ……アンタも、気を付けて帰ってこいよ」
そう言うと、ブラックは嬉しそうに笑って、俺の頬にキスをして森に入って行った。
……ほ、ほんとに変なとこキザなんだったらもう……。
「…………俺も戸締り用心しておくか……」
ブラックに捜索を任せたのだから、留守は俺が守るのが道理だろう。
戸締り用心火の用心をしてから、台所で二人を待とうではないか。
そうと決まれば早速確認だ、と俺は広い宿屋の戸締りを逐一チェックして回り、毛布やタオルなどを三人分持って台所へと戻ってきた。
別に一人前でも良かったかもしれないが、クロウとブラックが帰って来たら温める物も必要だろうしな。それに、濡れ鼠で帰って来るかも知れないからタオルもいる。
あとは……温かいものをすぐに渡せるように、スープや飲み物の準備をするか。
一人で待つとは言っても、帰ってくると解っていると準備で忙しいな。
まあ……ポツンと一人っきりってのを自覚するヒマがないから良いんだけども。
そんな風に忙しく準備をしていると――――森の方から、ふわふわと綺麗な青の光の粒子を纏いながら、アグネスさんがやって来た。
あっ……そうだ、今夜も来てくれるって話してたんだっけか。
『こんばんはツカサくん』
「こんばんは。アグネスさん、あの……ブラックやクロウと会いませんでした?」
森の方から来たのなら、少なくともブラックとはすれ違ったかもしれないよな。
そう思って問いかけると、アグネスさんは何故か数秒間を置いて答えた。
『んー…………会わなかった、かな?』
「そうなんですか? おかしいな……別の方向に行ったのかな?」
アグネスさんがやってきた方向から森に入ったから、てっきり気配くらいは感じたと思ったんだけども……ブラックも一体どこに行ったんだろう。
そう思っていると、彼女は窓の木枠に手を掛けて部屋の中を覗いて来た。
『ねえ、それよりお話しましょう。ね、ツカサくん』
昨日も今日も話しこんだというのに、アグネスさんは未だ話し足りないようだ。
数十年人と話していないのだから、それも当然のことだとは思うんだけど……いやまあ良いか。アグネスさんが居てくれたら、俺も寂しくないし。
ブラック達が帰ってくるまで、会話に花を咲かせようではないか。
それに……美女と二人っきりってのも何だかんだ嬉しいしな……ふ、ふへへ。
『ツカサくん? ねえねえ、このカップはなーに? 今から何か食べるの?』
「あっ、それはですねえ……」
良かったら一緒に食べませんか、と用意していた物の説明をしながら誘うと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて大きく頷いてくれた。
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