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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編
せっかく港に来たもんだから2
「えへへ、ツカサ君こっち行こ? ねっ?」
「ま、待てって……っ」
ううう……手をガッチリと握られているせいで、ブラックの言うがままに連れ回されてしまう。で、でも……大通りでずっと手を握られているのも恥ずかしいから、どこかに行くんなら、その方が良いのかも……。
そんな事を思いつつ、ブラックに引っ張られながら大通りを外れて東の方へ波止場を進んでいく。どうも人通りが少ない方へ行くようだ。
ディナテイルは商船だけでなく大陸を巡る船も多数停泊するから、かなり広い港になってはいるんだけど、船が止まっていない区域はやっぱり人通りが少ないみたいで、歩いて行くとどんどんすれ違う水夫も少なくなっていく。
しばらくすると、人気のない場所に辿り着いた。
「こっちは……あんまり人がいないんだな……」
特に迷いも無くずんずん進むブラックの背中を見つつキョロキョロと周囲を見回すと、ブラックはクスリと笑って肩越しに振り返る。
「こっちには滅多に船が止まらないっていうのもあるけど……向こうの倉庫と違って、商館の奴らが個人的に使ってる倉庫が多いからね。あのレンガの倉庫の中は、滅多に持ち出さない物ばかりで水夫もあんまり近寄らないんだよ」
「へー……でもなんか港にあるのって不用心だなぁ……」
「資材とかばっかりだから大丈夫なんじゃないかな。仮に水没しても、倉庫にあるままなら曜術で修復できなくはないからね」
「なるほど……」
俺の世界じゃ雨で水嵩が上がって浸水したらそれだけでもう大変なんだが、こっちの世界には魔法みたいなモノがあるから多少は大丈夫なのか。
でも、塩水や泥水をどうやって除去するんだろう。そういう薬でもあるのかな?
洗剤的なヤツだろうか……塩や泥が落ちる……なんか便利そうだし欲しいな。
「ツカサ君、ほらあれ見て。向こう側に小舟が沢山ある場所があるだろう? あそこはラッタディアの住民の船の置き場なんだ」
考えている途中にそう言われ、慌ててブラックの背中からヒョイと顔を出して前方を見やる。すると、そこにはいくつもの木製の桟橋と、数人だけが乗り込むような木製の小舟などが見えた。大きくても小型漁船くらいのレベルで、いかにも地元の漁船と言った感じだ……。アコール卿国側の街道からくると遠すぎて見えていなかったが、この異世界では大都会って感じの街でもああいう漁船ってちゃんとあるんだなあ。
俺の婆ちゃんの田舎でも、ちょっと山を越えた所に海が有って、ちっちゃいモーターが付いてるだけの船がぷかぷか浮かんでる光景を見た事が有るから、なんだか少し懐かしさを感じてしまう。
まあ、俺の世界とは違って曜術が発達してる世界だから、当然モーターとかの機械は付いてないんだけど……うーむ、なんか漁村って感じでノスタルジーだなぁ。
「やっぱこの世界でもフツーの人は小舟で漕ぎ出すんだなぁ」
コンクリートのようにしっかりと白く塗り固められた地面を歩きつつ言うと、ブラックは不思議そうに俺の横について顔を覗いて来る。
「ツカサ君の世界も小舟ばっかりなの?」
「いや、えーと……アレより大きい船とか、モーター……えーと、自動で走れる機能? みたいなのが付いてるのが多いけど、基本的に個人だとあんな感じかなって。勿論塗装とかしてあったり、船体の素材は別だったりするけど」
「もーたー……やっぱりツカサ君の世界は、この世界よりちょっと便利なんだねぇ」
「そんなもんかなぁ……俺からすれば、曜術とか付加術で色々動かせたり、純粋に力が強くてガシガシ漕げちゃう方が羨ましいけど……」
モーターだって壊れたら高いし、そもそも船も結構なお値段がする……と、婆ちゃんに聞いた覚えがある。それに潮の流れや動きにまで逆らえるような馬力を出せる船というとやはり高価になるし、それを考えるとこっちの世界のほうが良さそうだが。
しかし、ブラックは俺の羨望に「そうでもないよ」と首を振る。
「曜術も付加術も、結局はそれを使える素質がなきゃダメだし、鍛錬をすれば一般人も付加術は使えるけど効果には個人差があるからねえ。それに、本人の体力が尽きたら終了だったり……メスは大体使えてもオスよりだいぶ威力が落ちるから、そんな不確定な力にたよるよりも、僕としてはツカサ君の世界の曜具……機械だっけ? そっちのほうが素晴らしいと思うけどなあ。誰もが平等に使えるワケだし」
「うーん……言われてみれば確かに……」
自力で何でもできるっていうのは、こっちの世界だと「選ばれしもの」だ。
だから曜術師も持て囃されてるんだし、大地の気を操る付加術だけが使える人も一般人より強いから冒険者なんてやってるんだよな。
この世界の魔導具……曜具だって、基本的にはそういった術が使えない一般人をターゲットにして販売してるワケだし……そう考えると、俺の世界もこの世界も、一長一短って感じなんだろうか。うーん……夢が無いと言うか世知辛いというか。
でも、だいたいみんな力はガチで強いので、そこは羨ましい。
そこだけは俺の世界じゃ平等でも無いもんな……。いや、もしや俺が弱すぎるだけなのかもしれないが。そこはちょっと深くは考えたくない。
「まあでも……仮にこの世界に【機械】があったとしても……貴族やらなにやらが独占してしまうかもしれないけどね。そう考えると、平民からも生まれる曜術師達が道具を作れたり我が強くて御しがたかったりってのは良かったのかも」
ブラックは貴族の事になると、ついつい口が悪くなる。
けれど、今日のブラックは口の悪さと共に、不機嫌なような雰囲気が漂っていた。
俺にはそういう顔を向けて来ないけど、でも見上げた横顔は……さっきまでのデレデレした顔とは違って、どこか暗く沈んだようになってしまっていた。
「ブラック……」
思わず名を呼んでしまうと、ブラックは取り繕ったように笑う。
「まあ、こんな話デートにそぐわないよね! さ、散歩しようツカサ君」
そう言って、ブラックは俺の手を引きまた歩きはじめる。
でも、その表情は歩きはじめたばかりのウキウキした顔とはやっぱり違っていた。
……やっぱり、アランベール帝国の貴族が同じ船に乗って来るからピリピリしてるのかな……ブラック……。
ブラックは故郷のアランベールで色々酷い事をされていたらしく、国の貴族どころか国ごと忌々しいと思っているみたいだし、そこから来た奴が一緒だと聞かされたら、そりゃ気になってイライラもしちゃうよな。誰もが受けた痛みをすぐに許せるわけではないんだし……よっぽどの嫌悪なら、態度に出てしまうのも仕方ない。
だから、ブラックがちょっとトゲトゲしくなってしまう事に関しては、別に良い。
けれども、相手が嫌な気分になっていると言う所だけは気になるわけで。
……いや、別に話を聞きたいわけじゃないぞ。
何があったのかは、ブラックが話してくれるまで聞かないようにしているし。
でも、人情としてはやっぱり気になるじゃないか。ブラックが不機嫌そうになったり、顔から急に笑みを消したりするのはやっぱり心配だよ。
昔のつらい事なんて、思い出して欲しくない。
ブラックは、俺に過去の事を話そうとしたとき、凄く苦しそうな顔をしていた。そんな記憶を思い出させるくらいなら、どうにか今の楽しい事で忘れさせてやりたかった。
……それに、折角の、デートだし……俺に何か、出来ることは無いんだろうか。
いや、そんな、出来る事なんてたかが知れてるし、俺が何かやってブラックの心が晴れるなんて自惚れを言うつもりも無いけど。
でも……ずっとイヤな気分でいたら、船の中でまで気が滅入りそうじゃないか。
せっかくブラック達はゆっくり休めるのに、そんなの俺がイヤだ。
二人とも俺が居ない間に頑張って街道を進んでくれたんだから、せめて商船ではゴージャスなセレブみたいな感じで骨休めして欲しい。
だから……その、で、デートなんだから…………ええいっ、ままよっ。
「わっ! つ、ツカサくんっ!?」
いつの間にか緩んでいた手を振りほどいて、俺は……す、凄くこっ恥ずかったんだけど、必死に自分を抑え込んでブラックの片腕にぎゅっと抱き着く。
人がいない事に感謝しながら、俺はそのまま立ち止まってブラックの腕に体を寄せながらぎゅううっと抱き着いた腕を締め付けた。そりゃ、もう、痛いくらいに。
「…………っ」
「どっ、どほっ、どおしたのツカサ君!?」
う、うるさい、あからさまに興奮した声出すんじゃないよ。お前に抱き着いてる俺が恥ずかしくなるだろうが!!
思わず罵倒してしまいそうになる口をグッと押えて、俺は顔が痛いくらいに熱くなるのを自覚しながらブラックの体をぐいぐいと押す。
ここでなんかちょっと気の利いたセリフでも言えれば格好いいオトコって奴だったんだろうけど、もう正直恥ずかしくて無理。だって外でこ、こんなくっつくとか、しかも俺の方からくっつくとか、そ、そんなのガラじゃないし大体こんな女みたいな……っ!
あーっやんなきゃよかった恥ずかしい俺がやってもドンビキだっつーの!!
でも言葉で慰めたってどうしようもないし、ぶ、ブラックなら、ちょっとぐらいは元気になってくれるかなって思ってだから意を決したけどもう駄目だ死ぬ恥ずか死ぬ。
でも何か言わなきゃ。このままだと俺はただ抱き着いた変なヤツだ。
なんとかしてブラックに貴族の事を忘れて貰わないと……!
「で、でででデートなっ、なんだかりゃっ、デートのことだけ考えろい!」
ぎゃー噛んだ格好悪い!
なんで俺ってばこう格好つかないかなぁチクショウ!
くそう、お、俺がブラックより背が高くてデカい男だったら、ブラックがいつもしてくれるみたいに……ぎゅっとしたり、肩とか、寄せたりして……慰められたのに。
「…………ありがと、ツカサ君……僕、とっても嬉しい……」
「……ぅ……で……でーと……だし……」
ブラックの嬉しそうな言葉が耳に入って来るのに、恥ずかしくて顔が見られない。
もう頭が茹りそうで、シャツ越しに抱き着いたふとい腕の感触が伝わって来て、もう何を言ったらいいのか考えても分からなくて、単語しか言えなくなる。
そんな無様な俺に、ブラックはクスリと笑うと――拘束されていない方の手で俺の顎を簡単に掬って自分の方を向かせてきた。
逆光越しに、キラキラと光る綺麗な赤いもじゃもじゃの長い髪と、影が掛かっているのにそれでもハッキリと鮮やかな菫色の瞳が見える。
ブラックの瞳は俺の輪郭をぼんやり映していて、自分がどんな顔をしているのかが分かりそうな程で、俺はあまりの熱さで痛い顔を歪めた。
いつも、いっつも、ブラックに見つめられたら、何も言えなくなる。
恥ずかしくてドキドキして、胸が痛くてなんて言ったらいいのかわからなくなる。
なのに、ブラックは自分だけ余裕の笑みで笑って……俺に、キス、してきて。
「ああ……だめだ、ツカサ君たらもう……たまんないなぁ……」
「んっ……んぅっ……」
熱のこもった息を台詞と共に吹きかけられて、そのまま口を塞がれる。
何がたまらないのかと問いかけたかったが、ブラックはキスをしたまま俺の体を軽々と抱え上げてそのまま歩きだしてしまった。
な、なにっ、どういうこと。なんでキスしたまま……っ。
「んんっ……んもー、ツカサ君暴れないでよぉ」
「っは、はぁっ、はっ……な、なに、なにキスしたまんま移動して……」
「だって、ツカサ君が可愛い事ばっかりしたり言ったりするから……もう、ツカサ君のせいなんだからね?」
「だ、だから何が!?」
というかこの状態でどこに歩いて行こうとしてるんだよお前は。
何だかヤバい予感がしたので、自分で歩けると暴れてブラックの腕から逃れようと必死であがく。しかし、平民以上の腕力を誇る凄腕冒険者のオッサンの腕と俺では勝敗など火を見るより明らかで。
あれよあれよと言う間に、赤レンガの倉庫が並ぶ奥の細くなった路地に入り込み、でっかい木箱が重なって袋小路になった場所に連れて来られてしまった。
な、なに。ここどこ。何で俺をこんなところで立ち止まるんだよ。
嫌な予感に冷や汗を垂らしてブラックを見上げると。
「そんなの……言わなくたって、ツカサ君なら解ってくれるよね……?」
ニタリ、と、実に楽しそうにブラックの顔が笑みに歪む。
そりゃあもう、上機嫌な感じで。
「…………わ、わかんないです……」
何故か敬語になってしまったが、そんなことなどもう関係ない。
少なくともブラックは、俺がどういうかなど気にもしていないようだった。
「ツカサ君……」
「っあ……!」
熱い吐息を零して、ブラックが俺をぎゅっと抱きしめて来る。
分かんないという体で居たかったのに、相手のギラついた目を見るだけで、今からナニをするのか理解してしまって、俺は無意識に足をぎゅっと閉じてしまっていた。
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