異世界日帰り漫遊記!

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

4.いざ往かん、大海を往く船……の裏側を

 
 
   ◆



 祝砲なのかよく解らない音が、ぽんぽんと立て続けに空に放たれる。

 客を乗せた船が出港する時はこういうお祝いが行われるらしく、その華やかな光景を船から眺めていると、なんだか俺の世界の昔のアニメを思いだすようだった。

 なんかこう……昔のアニメとかでは、船が出る時にみんなが紙ふぶきを撒いたり、何か色の付いたテープみたいなのを乗客と見送り人が引き合ってたりして、現代の船出とはちょっと違う感じがしたんだよな。

 いや、俺の世界でだってセレモニー的な奴は有るんだけど、紙テープとか見かける事もないわけで……ともかく、ちょっとレトロなお見送りって感じで、俺はまるで過去の時代にいるかのような気持ちになったのだ。

 まあ、自分の服装を鑑みればそんな気持ちも吹っ飛ぶのだが、今はお仕事として、接客乗務員らしく笑顔でいるほかあるまい。

 ――そう。今日はついに船出の時。

 この豪華商船【サービニア号】が、とうとう獣人達が支配する大陸【ベーマス】へと帆を進める最初の日なのである。つまり、俺の「おしごと初日」でもあるわけで……。

「…………あ、なんか胃が痛くなってきた」

 お見送りの人達を船窓からこっそり見ながら、俺は胃の部分を手で押さえる。
 なんでも“はじめて”は緊張するものだが、しかし今の俺の服装を考えると、真面目に緊張しているのもギャグにしか見え無さそうでゲンナリする。

 だって、俺の仕事着は……メイド喫茶で良く見るような短いスカートと白いエプロンドレスが眩しいメイド服なんだもんな……。

 しかも、ヘッドドレスとかいうフリルのついたカチューシャみたいなのも「制服だからね」と強制装着だし、白いニーソと黒いぴかぴかのストラップシューズは定番すぎて泣けてくる。……いやこれ、本当十七歳男子の俺が穿くもんじゃないっすよね?

 研修中は私服だったので忘れてしまっていたが、船での最終チェック二日間でイヤと言うほどこのメイド服で歩かされると、もう恥ずかしいと言うより自分が哀れだ。

 もっと似合う人間は他にもいるだろうに、何故俺もメイド服なのだろうか。
 今更嘆いても遅いのだが、しかし自分の姿を見るとついそう思ってしまった。

 客室係の仕事を叩きこまれるのはいいんだけど、低くともヒールのある靴で堂々と歩く方法とか知りたくなかったぞ俺は。しかもスカートでの立ち振る舞いとかも教えて貰ってるんですよ。ははは……俺って性別なんだっけ……。

 今まではそんな細かい事まで言われてなかったから気にしてなかったけど、こうも「女の子っぽい仕草」求められたら、女装を何度もやらされた俺でも頭を抱える。
 そもそも俺は女装の趣味もないし、メイドさんにはお世話されたいんだってば。

 なのに、どうしてこうなっちまったのか……シクシク泣きながら船が離岸する光景を見つつ、ハァと溜息を吐いた。

 ……まあ、どうしてって、俺が余計な事に首突っ込んだからなんですけどね。
 でも、幼いリーブ君が借金地獄を味わわないように……とこの船での仕事を決めたのは自分なんだから、クヨクヨしてても仕方ないよな。

 頬を叩いて気合を入れ直すと、俺はそそくさと厨房へ向かった。

 普通の接客をする人達は、出港時は甲板に出て見送り客に手を振っている。
 だが俺は黒髪なので、黒髪をめちゃくちゃ嫌がっている【アランベール帝国】の人々が不安にならないように、こうして船の中にいることを許されたのである。

 俺としては、このどぎついメイド服姿を衆目に曝さなくて済んでホッとしているんだが、俺の他にもいる黒髪の従業員はやっぱりちょっと悲しいらしい。

 二日間の総仕上げ船上研修で話しかけてくれた黒髪の人達は、厨房や機関部と裏方の仕事をしている人ばかりで、俺みたいな接客係にされる黒髪は珍しいらしい。お仲間さん達は冗談めかして言ってたけど、でも露骨に「出るな」と言われるのは、分かっていても悲しくなるよなあ。

 俺としてはありがたかったけど、今後はこの俺の地毛が客に対して予期せぬ感情を湧き立たせる可能性もあるんだ。慎重に行動しなきゃな。
 そう思いつつ従業員用の扉に入って船の裏を進み、更衣室兼休憩室を挟んで厨房へと抜ける。この【サービニア号】にも当然従業員用の通路が張り巡らされており、俺や他のメイドさん達は基本的にここを使う。

 まあ、見目が良かったり人気が高かったりするメイドっ子は堂々と表を通って、乗船客達の眼を癒したりするらしいんだけど……俺には関係のない話だ。

「ちわーっす」

 滑らないように気を付けながら、俺は遠慮なく厨房に入る。
 と、既にもう朝食の下ごしらえを始めていた料理人のなかの一人が振り向いた。

「おん? なんや、どげんしたとやツカサ、お前も甲板に行かんばやったろ?」

 独特な方言っぽい喋り方に、俺はニコリと笑って近付く。
 今まさに丹念に裏ごししたスープを煮込んでいるその男は、以前俺が色々と助けて貰った人だった。そう。彼の名は……――

「ナルラトさん!」

 ――――背が高く、ほどほどの筋肉が付いた、料理人にしては鍛えている相手。
 ちょっと怖そうな醤油顔の顔立ちに、切れ長の目。黒に近いダークグリーンの直毛を片方だけ垂らした、東洋系の侮れなさそうな雰囲気の青年。

 だがその青年が頭に巻いているバンダナの中には、大きなネズミの耳が有る。
 大人の掌くらいの大きさが有る、どこかで見たような獣の耳が。

 ……彼は、鼠人族のナルラトさん。

 かつて、命がけで俺を救ってくれた鼠人族のラトテップさんの弟なのだ。

 以前他の場所で会ったのだが、まさかこんな所で再会できるとは思わなくて、乗船研修の時からついついこうやって二人で話してしまうのである。
 もちろん、ブラックとクロウにも伝達済みだ。

 オッサン達も最初は俺一人の仕事に不安がっていたけど、顔見知りのナルラトさんが同じところで働いてる解ったら、妙に安心してくれたっけ。

 まあとにかく、せっかく再会できたということで、ナルラトさんと俺はこうして初日から連携を取ろうと仲良くしているのである。

 いやあ、それにしても優しいよなナルラトさん。口調はべらんめえな感じだけど、兄であるラトテップさんと同じくらい俺を気遣ってくれるし、俺の事情を知ってからは色々心配してくれるし……。そういうとこが、なんだか嬉しい。

 ちょっと照れくさく思いつつも、俺は頬を掻きながらナルラトさんを見上げた。

「へへ……俺はホラ、黒髪だからさ……。隠れてた方がいいってことで、お見送りの儀式は免れたんだ。おかげでこんな服を見られずに済んだってワケ」
「ったく“やぐらしか”こったい。黒髪ぐらいで……俺なんぞ、獣人……だってのに」

 ちょっと気分が高揚したり動いたりすると、ナルラトさんは方言のような口調になる。俺の世界でも聞き馴染みが有る喋り方だが、彼はそれが少々恥ずかしいのか、咳をオホンとこぼしてから普通の口調に戻した。

「まあでも、ナルラトさんもバンダナで隠してるだろ? 厨房は全員、ナルラトさんの事を把握済みだってのにさ」

 そういうと、相手は拗ねたように口を尖らせてバンダナをモコモコと動かす。

「ううむ……そりゃそうだがよ……お前はあいつらと同じ人族なのになあ。最初っから接客に選んどいてそりゃねーっつうか」
「物は考えようだって。俺はこの格好で歩き回るの恥ずかしいし……だから、客室係になって良かったなって思ってるよ」

 いやホント、食堂でお貴族様にジロジロ見られながら給仕なんてゴメンだって。
 リーブ君みたいな女装が似合いまくる可愛い美少年ならまだしも、俺は本当に「俺に女物の服を着せた」以上の何かがないんだもの。確実にダメなヤツなんだもの。

 自分でもアカンと思う服装で人前に出続けるなんて、どう考えても拷問である。
 そう力説する俺に、ナルラトさんは微妙そうな顔をしつつ肩を竦める。

「お前がそう言うならまあ良いけどよぉ……」

 不満げに言いつつも、ナルラトさんはしっかりと鍋をかき混ぜている。さすがは流浪の料理人だ。鼠人族は基本的に暗殺業を生業としているらしいが、ナルラトさんってどこに行っても料理人として働いているっぽいし、この船のオーナー達にも認められているみたいだし……それを考えると、かなりの腕ってことなんだよな。

 何故この船に乗ったのかは聞いてないけど、もしかしたら獣人の国に帰省する途中なのかもしれない。ううむ……それだけだとしたら、料理人として乗り込むって言うのも何と言うか凄く「一流」って感じで、なんだかもっと畏敬の念を抱いてしまう。

 だって、それだけのために貴族を唸らせる料理人として雇われてるんだぜ?
 そりゃあスープだって片手間のように見せつつも、しっかり混ぜちゃうって。

 やっぱり一流はどんな事をしていても料理をおろそかにすることは無いんだな……などと考えていると、厨房に食堂を取り仕切る【厨房支配人】がやってきた。

 【厨房支配人】とは、食堂や厨房などのことを司る偉い人のことだ。俺の世界で言うと、店長とかそのままホテルの支配人だとかかな。
 とにかく、俺達が従わなければいけない人なのだ。

「……あっ、おいクグルギ」
「は、はいっ」

 呼ばれて近付いて行くと、ちょっと厳しめに吊りあがった目で支配人は俺を見下ろしてくる。なんだろう、出港早々失敗したとは思えないんだが。
 しかし睨まれると気分が悪い。嫌な意味でドキドキしていると、支配人はフンと鼻息を吹いて片眉を上げた。

「早速仕事だ。……お前に任せるのは非常に不安だが、お前しか手が空いている奴がいないからな……」
「ウスッ、頑張りますっ」
「チッ……なんで黒髪が客室係なんだか……私にはクレスタリア様のお考えが理解出来ん! ……ええい、とにかくこの酒を運べ、大至急だ!」

 そう言いながら、支配人は金属製のカートにお酒とグラスが乗ったお盆を置く。
 カートの中には備品が一式用意してあるが、これでいいのだろうか。おつまみとか何か持って行くとかないよな。

 支配人から部屋番号のメモや白紙の受領書を受け取りつつ、他に何か持って行くものは無いかと聞くと、実に嫌そうな顔をされた。

「ええい、良いから早く持って行かんか!! お客様を遅らせたら罰金だぞ!」
「はっ、は、はいぃ!」

 即座にカートを掴んで、俺は厨房から引き返して従業員通路を進んだ。

 色々と思う所は有るが、今はこのお酒をお客様に届けなければ。そう思いつつメモに書かれた部屋番号を見て、俺は少し心配になる。何故ならその部屋が有る階は、とても位の高い人間が宿泊するエリアだったからだ。

 ブラック達もそのエリアの一室に部屋を用意されているんだけど、でも俺達の部屋とは番号が違う。これはたしか……王族とか、なんか近寄りたくない人達が使う部屋だったんじゃないっけ。それがマジなら、困った事になったぞ。

 「……アランベール帝国の貴族って、確かここらへんだったよな……」

 クレスタリアさんが心配して俺を客室係にしてくれたワケだが、こうなってしまうと、その「黒髪を忌み嫌う人達」と鉢合わせする可能性が高くなる。
 だけどメイド服でほっかむりする訳にも行かないし……困ったな……。

「いや、今は見送り行事が終わって、まだみんな甲板とかで歓談をしてるはず……俺以外のメイドさんが帰って来ないってのは、お客さんの相手をしてるからだろうし」

 それなら、ササッとお渡ししてササッと帰ればなんとかなるのではないだろうか。
 初日から冷や汗をかきそうでまいったが、もう、そうするよりほかは無い。今の俺はリーブ君の借金を軽くするために働く身だし、トラブルは少ない方がよかろう。

 俺は金属の通路をカンカンと靴音で慣らしつつ、気合を入れ直した。
 ……よしっ、こっから自動昇降機で階をあがって早く済ませてしまおう。

「にしても、外はあんなに豪華な洋館みたいな作りなのに、裏側は金属でがっちがちの工場みたいな通路だなんて……なんか未来の秘密工場みたいでちょっといいな」

 スカートが妙に短いメイド服でこのような場を歩くというのは少々頂けないが、その恥ずかしさを差し引いても、サービニア号の従業員用通路はワクワクする。
 網目状の床は、下を見るとシュウシュウと蒸気が横に走っていて、機関部で動力が動いているのを感じられるのがまたたまらない。

 何がどうなっているのかは探検してみないと分からないけど、どうやらこの商船は蒸気を発するようなエンジンで動いているのだろう。
 ヒマがあったら機関部にもお邪魔してみたいな……いや、邪魔しちゃいけないんだけど、許可が下りれば是非とも……やっぱ曜具とかなのかなあ。

 そんな事を考えていると、さっきの憂鬱な気持ちもなんとなく軽くなってくる。
 初日から大変だけど、楽しい事も有りそうだし……不安になっていても仕方ないんだから、気分をアゲて仕事しなきゃソンってもんだよな!

 そう思いつつ、自動昇降機……俺の世界で言うエレベーターにカートごと乗って、お貴族様専用のフロアに到着すると、俺は従業員用の通路から出た。

 外から見れば、従業員用の通路は壁に埋没していて、パッと見くらいではそこに扉があるとは分からなくなっている。この世界では、こういった「隠し扉」を使う事が多いみたいなんだよな。客にとっては景観を損ねるものがなくて良さそうだけど……俺は帰り道を忘れないようにしないとな……。

 デカい金属のカートをコロコロと動かしつつ、大きな部屋ばかりが並ぶ貴族専用の宿泊エリアを進んでいく。豪華なシャンデリアと落ち着いた色の緋毛氈に足音を消しながら進んでいくと――――扉の感覚が広いエリアに入った。

 ここが、正真正銘のハイグレードなお客に用意されている部屋だ。
 その中からメモにあった番号を刻む小さな金プレートを掲げる扉を選び、俺は一度立ち止まって深呼吸をすると――――控え目にノックをした。

「…………入れ」

 中から、少し無愛想な声が聞こえる。
 気難しそうなお客さんだったらどうしよう……いや、臆するな俺っ。ここで失敗しても接客さえちゃんとしてれば、なんとかなるはず。唸れ俺の研修済みスキル!

「失礼いたします」

 扉の前でもきちんと頭を下げて、それからゆっくりと扉を開く。
 バンと勢いよく開けるのはいけない。まず扉にさりげなくストッパーを噛ませて、それから金属の大きくて重いカートを部屋に入れる。扉を閉める時も仕草に要注意だ。

 なんとか入室の作法をやり切った俺は、再度「お待たせしました」と言いながら、背を伸ばして綺麗な姿勢で短い廊下から部屋に入る。
 するとそこは広いリビングのようになっていて、中央には足や背凭れに施された金装飾が眩しいソファがでんと置かれていた。おお……す、すごい部屋だ……。

 しかも、なんか花が飾られてるし、ティーセットが常備されてるし……壁の一面には大きな窓が嵌め込まれていて海が一望できる。かなりのリゾートなお部屋だ。

 思わず圧倒されてしまったが、グッとこらえてソファに近付く。
 すると、相手がこちらを向いた。

「……テーブルの横につけろ」

 そうぶっきらぼうに言う、相手。
 彼の顔を見て、俺は何故か……息を呑んでしまった。











※やぐらしい=鬱陶しい、うるさい、面倒臭い…等々の意味が有る方言
 
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