異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
427 / 1,124
豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

8.暗色の出会い

しおりを挟む
 
 
   ◆



「あ゛ぁ……やっと業務が終わった……」

 打ちっぱなしのコンクリートならぬ打ちっぱなしの金属の壁に囲まれた、狭い部屋。質素な二段ベッドが複数置かれているだけの飾り気のない部屋で、俺は事前に割り当てられた自分のベッドに勢いよく倒れ込む。

 硬いマットレスによれよれのシーツだが、清潔だからもうこの際何も言うまい。
 というか、文句を言うより疲れ果ててしまって、俺は突っ伏さずにはいられなかったのだ。なんというかもう、今日は色々と疲れた。食事をする気力も無い。

 リーブ君や他の従業員達は夕食のために食堂に居るが、俺は食欲がわかなくて、とにかく横になって疲れを癒したかった。なので寝室にいち早く飛び込んだのだ。
 本来ならもう寝てしまう所だったのだが……どうにも眠気がやってこず、俺はベッドに突っ伏したままうごうごと蠢いた。

「なんかもー、どっと疲れた……これが一日目って色々ハードすぎる……」

 呟いてシーツに顔を擦りつけるが、心は休まらない。

 ……しょっぱなから支配人のあからさまなイビリに耐え、不機嫌顔の金髪兄さんにお酒をぶっかけられ、挙句の果てにはブラックにご奉仕……それだけでも初日に行うこっちゃないというのに、その後も色々と気疲れすることばっかりが巻き起こって……う、うう……もう考えるだけで明日も疲れそうで、働きたくなってしまう。

 別に客室係なのは良いんだけど、やっぱり慣れない環境で働くのはしんどいし、何より対人関係に難があるとより心が疲れてしまう。会う人が限られていて、しかもそのほとんどが俺に対して好意的ではないかそっけない態度だ。
 ブラック達は唯一絶対的に好意的だけど……あいつはスケベなことをしてくるから、その後支配人に何か言われそうなのが心配だ。
 そんな色々なことが重なって、俺は初日からすっかり気疲れしてしまっていた。

 特に、俺を目の敵にしているような厨房支配人と明日も顔を合わせるのが憂鬱で、つい溜息を吐いてしまう。
 ぶっちゃけ、俺の精神的な疲労は……支配人が大部分を占めていた。

「はぁあ……嫌われてるのは分かってるけど、もう顔を合わせただけで睨まれるようなレベルだと、取りつく島も無いしなあ……。それに……褒められても、それもやっぱ普通に褒められるワケじゃないし」

 あの支配人は、どうも俺の事が一から十まで気に入らないらしく、何故かずっと俺に対してだけ厳しい態度を取って来る。
 厳しいってだけなら俺も別に構わないのだが、その内容があからさまなハブりとかシカトなのがいただけない。そのうえ、その行為をわざと見せつけてくるのだ。
 ……俺は大人なので気にしないようにしてはいるが、結局それもまた支配人をイラつかせるみたいで……俺と支配人の関係は平行線をたどってしまっていた。

 そんな相手が上司では、もう何もかものリアクションを気にしてしまう。
 支配人の視線があるとロクに動けなかった。もうゲンナリだ。

 特にゲンナリしたのが、ブラックの「心付け」を報告した時の支配人の態度。
 あの小袋の中身は、どうやら俺の世界で言う所の「チップ」だったらしく、ブラックが気を利かせて持たせてくれたようなのだが、その金額が尋常じゃ無かった。
 なんと、金貨三枚というどうみても「心付け」ではない大金だったのだ。

 それを確認した厨房支配人は、その時ばかりは俺の前でも舞い上がって小躍りをするかのように喜び、俺に「よくやった!」だの「お前みたいなのが、よく金持ちに気に入られたな」だのと嘯いた。だが、それだけで終わるワケは無い。
 ひとしきりはしゃいだ支配人は、先程の喜びはどこへやらの態度で、またもや俺に「もっと稼げるはず」とか「俺以外の人間ならもっと相手に喜んで貰えただろうに」などと、嫌味を言い出したのだ。その後はもう、いつも通りの態度である。

「……あの人と仲良くなれる想像が出来ない……」

 俺が何かミスをしたってんなら仕方ないんだが、喜ばしい事が起こった時ですらあのような態度をとられてしまうのだ。そんな相手をどう懐柔すれば良いのだろう。
 揉み手をしてひたすら従うってのも良いのかも知れないが、客室係は休む時間こそあれど結構大変で、そんな気力なんて俺にはもうなくなってしまっていた。

 だからもう、こうやってベッドに突っ伏すしかなくなるわけで。

「…………でも、このまま寝たら悪夢見そう……。ちょっとだけ外に出ようかな……」

 業務外の時間であれば、従業員は限られたエリアを歩く事が許されている。
 限られたと言っても、一般の船客が行ける所ならどこでもオッケーだ。もちろん、夜の甲板を歩く事も禁止されてはいなかった。
 とはいえ、船の明かりだけが照らす時間に外に出たって、星くらいしか見えないので人も寄り付かず結果的に俺達が歩くのが許されているって所もあるんだが。

 まあとにかく、うだうだして寝るよりも散歩をして気分を少しリフレッシュさせたほうが健康に良いに違いない。そうと決まれば善は急げだ。
 俺は起き上がると、更衣室で私服に着替えて従業員専用のエリアから出た。

「うーん、やっぱこうしてみると豪華な船だよなあ……」

 俺が出てきたのは、船の一階部分。つまり、お客様が日々移動するロビー付近だ。広いロビーはところどころに華美な装飾がなされていて、中央に二階へと登る二つのらせん階段が絡み合っている。吹き抜けのロビーは、かなりの広さに思えた。
 まさに豪華客船って感じの様相に、俺の心はワクワクした気持ちに少し癒される。

 やはり気分転換をしに出て来てよかったと思いつつ、俺はらせん階段を最上階まで登って、重たいガラスの扉を開けると甲板へ出た。

「んん……っ、うわ……風が気持ち良いな……!」

 遮るもののない海からの風は少し強いが、耐えられない物ではない。
 むしろ夜の冷えた空気に潮の香りが流れて来て、やっと自分が船の上に居るのだと言う気分が出て来て嬉しくなる。どういう動力で動いているのかも知れない船の音も、外に出ると聞こえて来てなんだか楽しい気分になった。

 そうそう、やっぱり外に出るのは最高だ。
 いくら体が健康になっても、心が疲れていたらどうしようもないからな。
 こういう時は非日常を目一杯楽しむが吉なのだ。

 風で足元をすくわれないように気を付けながら、俺は船の縁を囲う手すりを握って、暗く沈む海を見る。やはり夜の海は何も見えなかったが、巨大な商船は窓も無数にとりつけられており、その窓から漏れる光のおかげで船の周囲に白波が立っているのは見えた。揺れもしないけど、やっぱりここは海の上なんだなあ。

 今更ながらに自分が巨大な船に乗っている事に感動してしまって、星空を見上げながらその感動に浸って…………いた、ところに。

「やあ、もしかして君は……」
「……ん?」

 声が聞こえて来て、俺は見上げた顔のまま目を瞬かせる。
 誰かが甲板に出て来たみたいだ。だけど、甲板には他にも人が……というか、俺が呪いたくなるようなカップルが複数出てきているし、気にする事じゃないな。
 というか何故俺がカップルどもの動向に耳をそばだてなきゃならんのだ。

 関係ないんだから無視だ無視。

「いやだなァ、知らないふりをして……。それとも忘れてしまったのかな?」

 さっきよりも声が近い。なんだこのイケメンボイス。女を口説いてるのか。
 何で俺がそんな声を聴かなきゃならないんだ。もうちょっと別の場所にいこうかな。
 さっきからカップル達のいちゃつくはしゃぎ声も入ってくるしな。……別に泣いてなどいないぞ。羨ましくない。羨ましくなんかないんだからな!

 ともかく人のいない場所で心を癒そう。そう思いながら、歩き出そうとして――
 誰かに、腕を取られた。

「えっ!?」
「んもう、無視しないでくれよ。それとも忘れてしまったのかい?
「え、えぇ……?」

 これ……さっきの口説くようなイケメンボイスだよな。
 ってことは、こいつは今まで俺の事を呼びつけていたのか。いやでも俺にはこんな声の知り合いなんていないぞ。従業員の誰かでもないだろうし……だったら、この声の主は誰なんだろうか。

 妙に思いながら振り返って――――俺は、想像しても居なかった相手の姿を見て目を思いっきり剥いた。

「ああ、やっとこっちを振り向いてくれたね! やっぱりキミだ。いやァ、こんなところで出逢うなんて奇遇だね……というか、これは運命なのかな?」
「う、運命……」

 ひいぃい……ぞわぞわする言い方……こ、これは間違いない。
 この男は間違いなくアイツだ。一度だけの出会いだったので気付くのが遅れてしまったが、俺はこのヤケに顔が整ったキザったらしい相手を知っている。

 なんせコイツは、強烈なインパクトを俺に残して行った相手なのだから。

「一瞬見間違いかと思ったけど、やっぱり小生の記憶は間違いではなかったね」

 薄らと目を細めて笑う、片目を隠した独特の髪型の青年。
 今は煌びやかな衣装に身を包んでいるその男は忘れられようハズも無い。

 ――――出会ったのは、デリシア街道。俺がスープを作っている所に唐突に現れて強引に味見をした挙句に「キミ、見込みありだね」なんてサブイボが立つような台詞を告げたのだ、この謎の男は。

 『小生』という今まで現実で聞いた事の無かった一人称のせいで、強烈に頭の中にあの出会いがこびりついてしまっていたのだ。

 だけど、一度きりの出会いだと思っていたのに、こんなところで遭遇するなんて。

「あ、あんた一体……」

 思わずつぶやいた俺に、己の事を小生と称する相手は口を笑みに歪めた。

「ああ、そうか。小生はあの時、名乗らずに帰ってしまったんだっけ。……まあ、そのような出会いも悪くない。なにせ、正装でキミに改めて名を名乗れるんだからね」
「ヒ……ひぃい……」

 だからそのサブイボが立つようなセリフ回しをやめてくれ。今すぐ帰りたい。
 そうは思うが、もう相手は俺をロックオンしてしまっているのか、腕を離してくれそうになかった。

「とりあえず……ここは肌寒いから、お茶でも飲まないかい?」

 …………どうせ、拒否権は無いのだろうな。
 しっかりと腕を掴まれていては、どのみち逃げられなかっただろうが。







※初登場は第二部『デリシア街道 24.自分で思っていたよりも』です。

 今回も遅れました…すみませぬ……(;´Д`)センキョデツカレタネ…

 
しおりを挟む
感想 1,249

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた

木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。 自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。 しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。 ユエ×フォラン (ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~

荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。 弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。 そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。 でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。 そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います! ・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね? 本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。 そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。 お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます! 2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。 2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・? 2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。 2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。

処理中です...