異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編

  来客

 
 
   ◆



「しかし、ホントに誰もなにも言って来ないな」

 厠で簡単な後始末をした後、気絶したツカサを恭しく抱いて廊下に出る。
 あれだけツカサが声を上げたのだから、普通は何者かが迷惑だと言いに来そうなものだったが……しかし外は何も変わらず、咎めて来る者も居ない。

 少し離れた場所でたむろしているやけに人数が多い獣人達がいるが、彼らはみな鼻を動かしチラチラとこちらを窺っているだけだ。
 中には、ブラック達が近付いて来ると、耳を伏せ怯えるような顔をする者もいた。

 そんな獣人達を見ながら、ツカサの下着を握り締めている変態女装中年熊が鼻息を満足げに噴いてむふーと音を漏らす。

「ム、うまくいったようだな。これでしばらくは大丈夫だろう」
「…………しばらく、ねえ」

 背後の変態熊の言葉に、ブラックは暗澹たる気持ちになる。
 ……というのも、今後の旅がいつもより面倒臭い事になりそうなのが、この周囲の様子で確定したからだ。予想はしていたが、実際に見ると頭が痛くなる。

(まさか、こうまであからさまとはねえ……)

 先ほどまで人の気配など微塵も無かった廊下やロビーに、獣人達がいつの間にか集まりたむろしているのを目の当たりにすると、あの酒場で駄熊が「提案したこと」が間違ってはいなかったのだと分かり、少々悔しい気持ちになる。

 だが、実際にこうなると最早意地も張っていられなかった。

 ……この、不自然に周囲に散らばっている多くの獣人達は、一言で言えば「ツカサの匂いに釣られてやってきたオスども」だ。
 ツカサは全く気がついていなかったが、この【ゼリバン・グェン】に入った時から、彼には多くの視線が向けられていた。……と言っても、遠くから獲物をジッと観察する類の視線で、恐らくブラックや駄熊でなければ気が付かなかっただろう視線だ。

 そんなものを、多数からツカサは向けられていたのである。
 だから、ブラック達は牽制をする必要があった。
 
 ――――酒場で駄熊に「周囲にソレと分かる形でツカサに自分達の匂いを刻めば、ツカサを狙うオスどもを牽制する事が出来る。やっておいてソンはない」と言われたので、久しぶりに思う存分ツカサを羞恥極まる場所で犯したのだが、まさかその行為でこれほど獣人のオスどもがあぶり出せるとは思っていなかった。

 さすがは、この駄熊に「最高の味だ」と言わせるだけの体をもつツカサだ。
 ブラックもそこに関しては否定の気持ちなど無かったが、しかし今はオスに狙われやすいその柔らかな肉体が少々憎らしい。

 今まではブラックだけが知っていた事だというのに、獣人の国では彼らの嗅覚だけでソレが理解されてしまう。ブラックの恋人であり婚約者であるツカサが、さぞや抱き心地が良いだろうと不特定多数のオスに舌なめずりをされているのだと思うと、嫉妬――いや、独占欲で、おもわず剣を抜いてしまいそうだった。

 だから、ブラックは駄熊の言うことを半信半疑ながらも聞き入れ、ツカサを狙う輩への牽制のためにワザとトイレで大声をあげさせて何度も犯したのである。

(まあ確かに効果はあったけどさあ、怖いくらいに……。でも、こうまで態度が変わるというのは、何だか信じがたいなぁ……)

 普通、人族ならこうもあからさまに態度を出す事は無い。力で奪い取ることが出来ないのなら、話術で何とか絡め取ろう……とすぐに作戦を切り替え、しつこさと狡猾さを発揮するので、基本的にめげることがないのだ。

 だが一般的なガラの悪い獣人達は、こうしてブラックと駄熊を見て一歩退いている。ツカサに自分達のニオイをしみつかせただけで、獣人達は何かを理解し自分から身を引いてしまっているのだ。

 その理由はおそらく……獣人の嗅覚にあるのだろう。
 ただ相手のニオイを嗅ぎ取るだけではない、彼らの特別な鼻が。

(このクズ獣人どもでも、強い物を嗅ぎ分けるハナはあるらしい。だから、僕のニオイが強く付着してるツカサ君を襲おうとする気が萎えたんだろうな。……とはいえ、ヤジウマがこんなに出て来るのは予想してなかったけど……)

 そう思って見渡すと、あからさまにブラック達と距離を取っている獣人達はサッと目を逸らす。自分達が集まって来たくせに、どうもブラックと熊公が怖いらしい。
 だというのに、この獣人達は逃げようとしない。まったく図々しいものだ。

 思わずイラつきが湧いたが、しかし、抱かれて眠るツカサとブラック達を交互に見て露骨に残念そうにする獣人どもをみていると、優越感が湧いて来ないでもない。

(ふふん。羨ましいかヤジウマどもめ。お前らが狙ってる獲物は僕のものだ。お前らには一生縁のないモンなんだからな。……でもまあ、ここまで分かりやすい態度だと、逆に感心するよ。さすがは人族の上を行く欲望直球型の獣人族だ)

 性欲も支配欲も何もかもが剥き出しで、それゆえに感情が沸騰する感覚も短い。
 駆け出してすぐに速度を上げる事の出来るモンスターのようなもので、そこだけは己の地に忠実なのだなとブラックは思った。とはいえ、半分がモンスター由来の存在なのだから、油断はできないのだが。

 ツカサを深窓の姫君のように横抱きにして階段をのぼる間も、獣人達はジッと自分達の姿を見つめている。羨望と妬み、そして……中には、諦めの悪い視線も。
 これだけ当てつけられて折れないのは大したものだが、正直面倒だった。好ましい存在を追いかける気持ちは分からなくもないが、今となってはそれも鬱陶しい。特にツカサにその気持ちが向けられているのであれば……殺意しか、湧かなかった。
 実行する気はないが、心の中では八つ裂きにしているところだ。

(……僕も丸くなったなぁ。ツカサ君が悲しむからやらなくなったけど、昔ならサクッと半死半生くらいにはしてただろうに)

 鬱陶しい視線は慣れっこだったが、初めての旅をしていた時が一番、その視線に敏感になっていたのかも知れない。あの頃にツカサが居てくれたら、必要以上に返り討ちにしていなかったのだろうか。

 ふと考えて、ブラックは別の事に思考を切り替えようと駄熊に問いかけた。

「ところで……遠慮せずに思いきり厠で騒いだけど、大丈夫なのか?」

 ようやく二階に上がって部屋に戻り、ツカサの体を洗ってやろうと洗い場へ向かう。それにノコノコとついて来たお邪魔虫は、ブラックの問いにコクリと頭を動かした。

「問題ない。ここは人族のために作った街だから街中では見かけないが、先程のように厠で“匂いづけ”をすることは珍しくないからな。この【アルクーダ】国でも、村などでは人前で平気で行われることだ。誰もそれを恥じてはいないし、恥じる方が弱者だと思われ良いように扱われる」
「…………そう言う所がわかんないんだよなあ、獣人族って……」

 さすがに、街中や道端で女の胸に手を突っ込んで揉んだり性行為をするような事は人族も遠慮しているのだが……どうも、獣人族は性行為の考え方が違うようだ。
 “匂いづけ”と言っていたが、だとしたら恐らくそれは「セックス」とは別物の行為なのだろうなと考え、ブラックは妙な気持ちになった。

 その気持ちは熊公も何となく理解していたようで、さもありなんと続ける。

「人族からすれば全て性行為に見えるだろうが、オレ達からすれば子作りの交尾は神聖なものだ。“匂いづけ”は、言わば日常行為というか……他のオスに対して己の所有物を誇示するための行為に近い。例え肉棒を肉穴に入れようが、それは一種の支配行為で普通は隠す事もしないのだ。……さすがに街や掟の違う所では自重するものではあるがな」
「なんか不貞の言い訳みたいだなあ……」

 セックスをしても、ソレは交尾のための行為ではないから堂々とやっていい。
 ……なんて風習を人族が知ったら、すぐにメス遊びのための都合がいい言い訳に使われてしまうだろう。なまじ出産方法が人族と同じであるがゆえにタチが悪い。

 けれど、それがこのベーマス大陸では当たり前の掟なのだ。
 獣人族の一般的な認識では、厠で激しいセックスをしても「匂いづけご苦労さま」と労わられるし、人前で己の恋人の体を弄り回す明らかな不審者行動も、誰にも咎められはしないのだ。

 けれどそれは危険な掟でもある。
 浴槽に湯を溜めながらツカサの服を改めて脱がし、ブラックは今後のことを考えて眉間に皺を寄せた。

(セックスがメスに対しての一種の支配行為であるなら、当然それを悪用する獣人も存在するだろうな。……この世界じゃ弱い奴は食い散らかされるんだから、ツカサ君だって何をされるか分かったもんじゃない。その時僕らが居なかったら……)

 考えて、ゾッとする。
 仮に、ツカサが誰か他の男に強姦されたとしても、獣人達は助けないだろう。それどころか、支配行為を上書きするように群がってくる可能性もある。だが、これは何も間違った事ではない。少なくともこの国では当たり前の事なのだ。

 それが当然の、徹底的な強者に有利な世界。
 獣人大陸ベーマスは、人族の倫理観とはあまりにかけ離れた場所だった。

「はぁ……まあでも……そうならないように僕が“匂いづけ”してずっと一緒に居ればいいのか。……今日は危険が少なそうだったからネズミ男に任せたけど、これからはそうも行かないな……僕が、ツカサ君を守るために……ふ、ふふ……に、匂いづけを、してあげなくっちゃね!」

 今日一日でたくさんセックスが出来たことを思い返し、ブラックは頬を緩める。
 厠と言う場所が気になり、最初は声を我慢していたツカサが、徐々に快楽に溺れて行き可愛らしい絶頂の声を何度も喉から引き絞っている様は、本当に可愛かった。

 久しぶりのセックスだったせいか、ツカサの雌穴は再び処女のような頑なさに戻ってしまっていたが、それでも教え込まれた快楽は着実にツカサを淫らで従順なメスに引きずりおろそうとしているようだ。
 ブラックが触れてしまえば、ツカサの体はもう抗えない。

 その事を思い出すと頬の緩みが収まらず、山賊のように気味の悪い顔でニヤニヤしながら、ツカサの服を脱がそうと裸ベストに手を伸ばした。
 ……――――と、ドアをノックする音が聞こえた。

「…………?」

 振り返ると、いつの間にかメイド服の気持ち悪い中年熊がいない。
 偽物であることが丸わかりの硬い胸でも直しに行ったのかと思ったら、ドアが開く音が聞こえた。どうやら来客の対応をしに行ったらしい。

 執事の真似をしていた頃の習慣が抜けないのかと思ったが――――次に聞こえてきた声を聞いて、ブラックは訝しげな顔になると一旦ツカサを寝かせ声がする方へと近付いて行った。玄関先で、駄熊が誰かと話している。

 その「誰か」の姿を視認して、ブラックは思っても見ない人物に目を丸くした。

「ああっと! そこにいらさるのはブラックの旦那サンじゃねえですかっ! お久しぶりザンス、ようこそベーマス大陸【武神獣王国・アルクーダ】にお越しくださいました!」

 特徴があり過ぎる妙な口調と、見覚えのある短く刈り込まれた灰色の髪。
 その頭頂にピンと立つ狼の耳を見て、ブラックはゲンナリした。

「ああ、まさかそいつ……」
「覚えていて下すって、アタシ感激ですよ! そうです、アタシがシーバです!」

 女性の「私」という言い方とも違う、独特な一人称。
 そんな口調の存在など、人生で一度しかあった事が無い。

 クロウクルワッハの元部下、シーバ。

 …………何の役職の部下だったのかは知らないが、その男は確かにそういう名を名乗った三つ目の狼の獣人だった。









 
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