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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
13.おおかみぐるまで昼と夜1
◆
食料も、冒険のための道具もキッチリ揃えた。
昨日の夜に慌てて何度も確認したし、買い忘れは無い。はず。
「ツカサくーん、もうすぐ手配した馬車が来るらしいから門の外に行こー」
「あ、ああ」
色んな意味でお世話になってしまったお宿にせめてもの心付けをして去り、俺達は早朝の日差しを浴びながら【ゼリバン・グェン】の門へ向かって歩いていた。
「はぁ……周囲は荒野で目の前は海かぁ……そりゃ寒いよなぁ」
ボヤきながら顔をだるだるに緩ませたブラックは、昨晩の酒が残っているのか、まだ眠そうな顔でふぁあとあくびをしながら口を開けている。
確かに寒いなと思いながら、俺も半袖の腕を擦って空を見上げた。
――荒涼とした世界に囲まれているせいか、ベーマス大陸の朝は人族の大陸よりちょっと寒い。南国なのにと驚いてしまったが、海が近いせいなんだろうか?
それとも、砂漠の話でよく聞く「砂漠は熱されやすく冷めやすい」ってことで、こちらの世界もその法則に則って夜から朝方までは熱が帰って来なくて寒くなるのか。
まあどちらにしろ、かえってこの方が目が覚めるというものだ。
なんてったって、昨日の今日でもう王都へ出立するんだからな!
ガハハハハ。ハハ、はは……。
……まさかここまでスムーズにいくとは思わなかったな。いや、昨日到着して今日出発する事になるとは、お釈迦様でも思うめえ。ブラック達だってそうだったから酒をがぶ飲みしてたんだろうし……お蔭で二人とも今朝は何だか眠そうなんだよな。
とにかく予定にない予定の早まりだったので、俺達はバタバタしながら宿を出たのである。酒が抜けきらないオッサン達が途中で気分を悪くしないか心配だったが、俺達に予定を伸ばす理由も無い。
だから、バタバタ荷造りをして出て来たんだが――――。
それにしてもまさかシーバさんが伝令を持って来るとは思わなかった。
俺達が手紙を書いて送る前に「もう来て良い」という回答をくれるなんて、この国の王様は凄く用意周到と言うか理解力が早すぎると言うか。
こうまで迅速に根回しをされると「何かあるのでは?」と疑ってしまいそうだったが、まあ今の状況を考えると早けりゃ早い方がいいんだよな。だって、グリモアの一冊である【銹地の書】は、今後【アルスノートリア】に対抗するために絶対必要なんだ。
その事情をアルクーダ王が汲んでくれたのだから、ならば俺達も「今日は疲れてるから明後日出ます」なんて言っている訳にはいかない。
王様のご厚意に報いるためにも、パッと行ってパパッと帰らなきゃな!
「……にしても……なんでその……双竜? って二人は帰って来たんだろう。王様の言い方だと、多分彼らとバッティング……えーと、鉢合わせしないように俺達を招待するつもりだったんだよな? 王族って予定ぎっちぎちだろうし、そんな急に帰ってくるなんて、ミョーな感じがするんだけどなぁ」
王宮の地下通路まで護衛してくれるシーバさんと、今日でお別れのナルラトさんに顔を向けて言うと、二人は素直に「うーむ」と悩んで空に視線を彷徨わせる。
「そこは……な、なーんでざんしょねえ」
「一般的に考えれば『王宮まで来ようとする不届きな人族を一目見てやりたい、威嚇してこちらが上だと分からせたい』だが……戦竜殿下と賢竜殿下は御二方とも武に優れたお方でありく、とても聡明でいらっしゃる。……そんな御二方が、突然に予定を切り替えて帰って来るのは、たしかにどうも妙だな」
「んがぐっ」
シーバさんが分かりやすく反応したが、今の台詞にヒントがあるのか。
いやでも、今のところ分かんないんだよなあ。昨日だって、ブラック達がシーバさんを問い詰めようとしたのに彼は何も知らないの一点張りだったし。
その双竜殿下達には、なにか思惑があるのだろうか。
彼らも間違いなく獣人だろうし、ケモミミに罪は無いんだから仲良くできるんならそうしたいんだけどなあ……俺別に獣人を恨んでるワケじゃないし、そもそも熊耳ついたオッサンを定期的に撫でる程度には好意を持っているわけで。
いやでもそういうのが嫌いな人達って可能性もあるよな。
王族なんてプライドが激高な人も当然いるだろうから、平民の、しかも常日頃から見下している種族に「仲良くしよ!」って言われたって嬉しくないのかも。
人族を鼻で笑うのは置いといても、俺らは不審な訪問者に見えるだろうしなぁ。
なんたってオッサンがそのままメイド服着てるのと、無精髭のだらしない中年二人が俺の横にいるのだ。これで警戒するなと言う方が無理なのかも知れない。
うーん……ここは、仲良くなるより警戒した方がいいのかなあ。
だってここは暴力が飛び交うとんでもない大陸だし、人族の居留地を一歩出れば、人族に対する風当たりも強いだろう。
シーバさんやナルラトさんは人族に友好的だけど、大多数はそうじゃない。
王都へ向かう道程だって、事前にシーバさんに渡して貰った簡易地図からすると、本当に最低限の村や町しか経由してないワケだしな。
むしろ王宮に到着してからが緊張の本番というべきなのかも知れない。
「……おっと。門から出ちまったな。……じゃあ、旦那方、ツカサ、俺はこれで」
ナルラトさんの声が聞こえて、慌てながら周囲を見やる。
うわあっ、いつの間にか俺達はもう【ゼリバン・グェン】から出ちゃってたのか。
うう、また離れ離れになるなら、ナルラトさんともっと話しておきたかったな……。
残念に思いつつナルラトさんを見やると、相手は苦笑して俺の頭を優しくポンと叩きそれからわしゃわしゃと撫でた。だーっ、子供扱いはやめろっ。
「ナルラトさんっ!」
「ははは、そがん怒らんっちゃよかやっか。……んじゃ、またな」
「……はい……。用事がなくなって、ヒマだったらまた会いに来て下さいね」
そう言うと、相手は嬉しそうに目を細めた。
「うん」
短いけれど、それ以上ないナルラトさんの嬉しそうな言葉。
だけど、その細めた目の奥の瞳は、何故か少し暗く沈んでいるようで。
「…………出来れば、仕事で会いたくはねえな」
「え?」
「いや、なんでもない。じゃあ、俺はこれで。じゃあなツカサ。いっぱい食べんだぞ」
お前は体力が完全に回復したワケじゃないんだから、と最後は料理人らしい忠告をして、ナルラトさんは背を向けるとそれきり振り返らず歩いて行ってしまった。
最後まで、世話を焼いてくれる良い兄ちゃんだったなぁ。
出来ればもうちょっと……その……もうちょっとだけ、あの丸くて大きめのネズ耳を、遠慮なくモフらせて貰えるくらいの距離にはなりたかったが……。
「ツカサ君……また他の男のこと考えてるでしょ……」
「だ、だから人の心を読むなってば! あと俺が考えてたのはケモミミのこと!」
「ツカサは本当に獣人の耳が好きだな」
「ヘンな坊ちゃんザンスねえ」
うぐっ、シーバさんに笑いながら言われるとちょっとグサッとくる。
……いやでもまあ、獣人の立場を俺達に置き換えてみると、人族の耳の形に執着して耳を撫でたがる人って事になるのかも知れないし……って俺変態では?
大丈夫だよな。獣人はそういう常識も俺達とは違うよな? 違うと言ってくれ。
思わぬ所で自分の異常性を目の当たりにしたようになってしまい、ちょっと衝撃に心を貫かれてしまったが……い、いまは忘れよう。うん。
ともかく、これから出立だ!
「あっ、アレですアレ。申し訳ないんですが、今回は幌馬車ってことで……」
「別に良いよ、数日程度なワケだし。ツカサ君を野宿させるよりマシだ」
「オレ達は別に野宿でも構わんが、ツカサは夜露をしのげる場所が有った方がいいからな。安物だろうが、幌付きであれば重畳だ」
「ぐっ……」
だ、だからなんでそうこのオッサン達は妙なタイミングでそんな事を言うかな。
お……俺だって野宿できるんですけど。冒険者なんですけど!?
いや気遣って貰えることはイヤなんじゃないけど、なんかこう、き、気遣われる所が男らしくないというか守られてる感あってむず痒いというか……!
なんとも居た堪れなくてプルプル震えながら歩いて行くと――不意に、前方に馬も居ない幌馬車が置いてあるのが見えた。
もしかしてアレが俺達が乗る予定の馬車なのか。
俺はくたびれた感じを想像してたんだが、見た目は新品だし幌もパリッと張ってて車輪もしっかりした鉄製じゃないか。思ったよりすごくいい馬車だ。
前後を覆えば温かい寝床になってくれそうだし、このサイズならギュウギュウだけど三人で寝られるんじゃないのか。そう思って俺は感心したのだが……ある部分が無い事が気になってしまい、キョロキョロと周囲を見回してしまった。
「あの、シーバさん……馬はいないんですか? いや、この場合馬の獣人さんに馬車を曳いて貰うようにお願いするのかな……?」
「ああ引き手ザンスね! ふふふ、お任せください」
そう言って、シーバさんは二三歩大股で歩いて俺達から離れると――ボウンと白い煙を立てて、その身を隠した。これは……獣人が姿を切り替える時の煙だ。
どういうことかと思っていたら、煙を蹴散らして出て来た灰色の巨大狼シーバさんは、チャッチャッと爪で音を立てながら石材が敷き詰められた地面を進むと、馬が収まる所に潜り込んで座ってみせた。
「この不肖シーバ、クロウクルワッハ様御一行の引き手として頑張るザンス!」
……く、くそう……あのス○オみたいな声でザンス口調なのに、もっふぁもふぁの毛が気持ちよさそうな灰色狼になった瞬間に何もかも許せそうになってしまう。
あっあっ、尻尾降らないで下さいっ。たまらん、ああ、ちょっ、ちょっと頼んで一撫で。
「キュー!」
「うへふががロクちゃんごえんごめん、ほっぺ引っ張ららいへ」
「ロクショウ君も大変だなぁ……」
「主人を律するのも従者の役目とはよくいったものだ」
なんですか、なんで俺が悪いみたいな目線で見つめて来るんですか。
いやそりゃ俺の世界一可愛いトカゲヘビちゃんであるロクに嫉妬させてしまったのは俺が完全に悪いけど、可愛い物を愛でようとして何が悪いってんだ。
あれか、顔か。今顔が気持ち悪かったのか俺は。
「ははは、お三方とも相変わらずザンスねえ」
そう言いながらパタパタと尻尾を振るシーバさんは、やっぱり狼でもイケメンだ。
そんなにイケメンなら、頼んだら触らせてもらえたりしないだろうか。以前は俺の事を背中に乗っけたり普通に看病させてくれたりしたんだから、そのお礼って事で頭やブラッシングぐらいはさせて貰えるはず……ふ、ふへ……。
「はー……ツカサ君って本当可愛いとかモンスターのことになるとこうなるよねえ」
「今だけはちょっと寒気を感じるぞツカサ」
うるさいっ、普段から変態なアンタらに言われたくないわいっ!
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