異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

3.実力自信自己肯定

 
 
「ん? あのクソ熊なんか言ってるな」

 車の外なので聞こえ辛い……というか後ろ姿でなにを呟いているかなんて普通は分からないハズなんだが、ブラックは相手の頬や顎の動きで「喋っている」と察したのか、とんでもないことを呟く。

 お前どんだけ目が良いんだよとビックリしてしまったが、クロウがその言葉に応えるように、通訳を買って出てくれた。

 クロウは五感が鋭い獣人族だもんな。ある程度の距離なら聞き取れるんだろう。
 こういう時に気を使ってくれる、こういう所が優しいのに……ホントなんであの殿下はクロウの良い所を見もしないのか……って、それはひとまず置いといて。

「……試練の前の腕試しに丁度いい、と言っている」
「なーに調子のってやがんだ。人族風情とやらの僕に負けた癖に」
「茶々入れるなって!」

 三人とロクで一緒に一つの窓の外を見ているので、非常に苦しい。
 そんな俺達のことなど知らず、怒りんぼ殿下は“やる気十分”と言った様子で五体のビジ族を見て拳を掌に打つ。

 通常の獣人では一つか二つと言われる【特殊技能】――俺の世界で言えば魔法ではなくて生まれ持ったスキルという感じか――を持っている、クロウの兄。
 元々クロウ自身も「敵わない」と言うほどの実力者らしいが、その実力はどこらへんまで戻って来ているのだろうか。満タンじゃないのは確かだと思うけど……。

「囲まれたな。ビジ族は獣の姿のまま唸っているだけだが、兄上は“かかってこい”と言っているようだ」
「ああもう佇まいでわかるよ。なんだあの偉そうな腰に手を当てた余裕気取り」
「実況と解説の解説が厳し過ぎる……」
「キュゥウ……」

 怒りんぼ殿下には良い気持ちを抱いてないけど、さすがにこれは心配だろ。
 だって相手は凶暴なビジ族だぞ。しかも、もしかしたら腹を空かせて凶暴化してるのかも知れないし、そうなったら今の殿下じゃ勝てるか分からないじゃないか。

 まあ、こんな事を言っても、いざ殿下が危険になったらなんだかんだ助けてくれるんだろうが、それにしてもピンチになるまでが酷い。
 敵に塩を送るようで嫌だが、怪我とかしなけりゃいいな……。

 そんな事を思いながら再度見やった少し先の光景は、既に変化している。
 五体のビジ族が半円形に陣形を展開し、怒りんぼ殿下の前方から横までを塞ぐ。背後と言う逃げ道は用意されているが、左右から飛び掛かられたら背後に回避するのは難しいだろう。それに、逃げすぎると車に辿り着いてしまう。

 狩る側のビジ族からすれば、これほど効率のいい陣形も無いだろう。
 だが、五体も居て車やピロピロちゃんを襲撃しないのは何故なのか。普通、狩りをするんなら獲物を囲うだろうし、弱そうな相手から潰すはずだ。

 ピロピロちゃんが強いかどうかは未知数だけど、少なくとも車をガン無視で放置して殿下だけを狙うってのは、非効率的だよな。ハラが減ってるなら尚更。
 だとしたら……目的は別にあるのか?

 気になって、イタチとも熊ともつかない巨大で不思議な獣達を見ていると、五体ともが何かフンフンと鼻を動かして殿下のニオイを気にしているようだった。

 なんだアレは。殿下のニオイに引きつけられてる?
 ってことは、あいつらはメス……とか?
 ……いやいや、もしかすると強者のニオイってヤツを確かめてるのかも。

 少なくともメスならあんな風に威嚇する必要はないよなと思っていると、横からまたクロウの言葉が聞こえてきた。

「どうした、いつものように飛び掛かってこないのか? ……と、言っている」
「やっぱそうだよな……なにか警戒してるのかな」

 疑問を口にすると、ブラックが冷静な声で呟いた。

「……どうかな。僕には何かを確かめてるように見えるけどね」
「何か、って……」

 なんだよ、と、続けようとした刹那。
 何かが思いきり打ち付けられたような大きな音がして、俺は反射的にそちらの方を向いてしまった。すると、窓の向こうには――――吹っ飛んでいる五体のビジ族が。

 ……えっ、ええ!?

 一体何が起こって……あっ、で、殿下が地面に拳を突き立ててる!?
 なんだあのマンガみたいな分かり易いヒビ割れたクレーターはっ。

「ちょっ、ちょっと待って、あの人あんな硬そうな岩の地面を割ったの!?」
「あんなこと僕だって出来るよ!」
「オレも出来るぞツカサ」
「だーもーそういう問題じゃないってば! アイツ半分の力でアレなんだぞ!?」

 あんな重そうなビジ族を五体いっぺんに吹っ飛ばすなんて、どう考えても半分の力なんてモンじゃない。アレで半分なら、全快したらどうなっちまうんだ。
 想像もつかない姿にゾッとする間にも、殿下は愉しそうにビジ族を薙ぎ倒していく。出会いたくないと言われるほどの最凶部族なだけあって、あれだけ派手に吹っ飛ばされてもすぐに体勢を立て直し殿下に襲い掛かってくる。

 恐らくは筋肉の塊なのだろう太い前足で怒りんぼ殿下の足を払おうとするが、その気配を読み取って大柄な体が軽々と飛ぶ。
 背後で括られた細縄のようなしなやかな髪束を靡かせるが、状況はそこまで悠長にしていられない。跳び上がった殿下を左右からビジ族が襲うが――――

「……!!」

 ボン、と爆発したような音が聞こえたと同時、白い煙が一気に殿下を包みビジ族達の視界が遮られる。だがそれも数秒の事、また彼らは吹っ飛ばされた。
 巨大な熊の姿に変化した、怒りんぼ殿下の体によって。

「へえ、獣人の変化ってこんな風に使えるのか」

 これにはブラックも感心したようだ。
 そういえば……クロウはこういう事は滅多にしないな。人前でやらないのであんまり気にしてなかったけど、そう言えばクロウは熊になると服が脱げちゃうので、戦闘時に変化出来なかったんだよな。

 でも……なりふり構わず戦闘で本気になれば、ああいう感じになるのか。
 確かに、ブラックの言う通り相手の体が急に変化するのはかなりのフェイントだ。特に人型だと目測を見誤るし、獣人は毛皮で爪や刃を防ぐ奴らも居るから、こうやって姿を頻繁に変えられたら攻めあぐねるだろう。

 計画的に襲ったのなら違っただろうが、どうやらビジ族は本当にいきなり襲ってきただけらしく、捻じ曲がった雄山羊の角のような一対の角を持つ熊に、ふみつけにされたり易々と体を噛まれたりして、五体も居るのに徐々に押されているようだった。

 その戦いは、俺がテレビで見たことのある“野生動物の戦い”そのものだ。
 武器が無くても獣人達には立派な牙と爪があり、時にはその体の大きさや重さすらも敵を圧倒する武器になる。特に、熊形態になった怒りんぼ殿下の毛皮や牙は……かなり強力なモノだったようだ。

 薄ら赤味を帯びている毛皮をぶるりと震わせ、巨大な二角獣は再び最初の陣形に戻ったビジ族をじっと見る。
 俺達から見えるのはその後ろ姿だけだが、左目に大きな傷を残す顔は血気盛んな表情をしているに違いない。興奮に膨らむ体毛が、それを如実に表していた。

「…………兄上は、やはり凄い……半分の力でもビジ族を圧倒している」
「そうか? 相手は全然戦意喪失してないようだけどな」
「ビジ族相手に無傷というのが凄いのだ。普通の獣人ではこうはならない」

 そう言って、クロウは無表情ながらも何かを堪えるように喉を動かした。
 ……正確な所は分からないけど、俺にもクロウの気持ちは少しだけわかる。素直に相手を「凄い」と言ってしまえる自分に、不甲斐なさや悔しさが込み上げるんだよな。
 自分が対抗できないと思ってるからこそ、認めてるのに劣等感が刺激されるんだ。そんな自分のチンケなプライドが、また余計に心をかき乱してしまう。
 素直に清々しい気持ちになれない、吹っ切れてない自分の心のせいで……。

 でも、クロウだって。

「アンタらも充分だけどね。二人で簡単にビジ族を倒しちゃったじゃん」
「ふふーん、まあねっ」
「……そうだろうか」

 俺の事実に基づいた言葉に、ブラックは喜ぶがクロウは目を伏せる。
 窓の外では、獣の咆哮を響かせながら自分の兄がビジ族を簡単に牙で捕え、己は怪我一つせずに薙ぎ倒している。そんな外の様子を見て、また自分と相手を比べてしまったんだろう。……思ったより根深いなぁ……。

「クロウ」
「ん……」
「実際倒したのはホントだし、俺はアンタが強いと思ってるんだからな? ……だけど自信がないってんなら、丁度良い教材があるじゃん。勉強させて貰おうぜ」

 励ましたり「俺はお前の力を信じてる」って言うのは簡単だ。
 俺は本気でクロウの事をブラックと張り合えるくらい強いと思ってるけど、今のクロウは自信を取り戻したけどまだ自虐的な所がある。
 そうやって褒め続けたとしても、真面目なクロウは一層落ちこんでしまうだろう。

 なら、少しでも前向きにさせるしかない。
 怒りんぼ殿下やルードさんは必要な本以外読まなかったと言ってたけど、クロウは軍記や色んな本を読んでたって前に言ってたじゃないか。

「クロウは、本を読んだり学んだりするのも得意だろ? だったら、きっとあの人の技も盗めるようになるよ。そんでさ、自分の使いやすいように変化させて、力じゃなくワザで追い抜いてやろうぜ!」
「ツカサ……」
「なーに、すぐに追い抜くさ。アンタの強さは、俺達が一番知ってるからな。ブラックもロクも、もちろんシアンさんや他のみんなも!」

 だから、クロウはクロウなりに研鑽すれば良い。
 今のクロウに必要なのは、たぶん俺の慰めじゃなくてこういう言葉だ。勤勉なクロウなら、きっと自分なりに解釈して納得できることを見つけ出せるはず。

 そう信じてクロウの顔を見上げた俺に……クロウは、口をもにょもにょと動かして、顔を何となく面映ゆそうに歪めていたが、すぐに近付けてき……。

「わーっ!! この駄熊なに僕のツカサ君に許可なくキスしてんだー!!」

 ち、ちゅって言った、めっちゃ顔近くなって何かと思ったらキスされた!
 ふっ不意打ち過ぎて駄目だ、顔がどんどん熱くなってくる。絶対これユデダコだ。

「ツカサが愛おしくなったのでキスしてしまった。すまん」
「そうかそれが最期の言葉だな? よーし真っ二つに切り殺……」
「だーもーやめーって! ああもうほらっ、ビジ族がなんか後退してるよ!」

 もうこれ以上話を広げて欲しくないっていうか、殺伐とした喧嘩はやめてくれという気持ちでムリヤリ二人の喧嘩を中断させる。
 俺も突然のキスで驚いてしまったが、ま、まあクロウが元気になったならヨシ!

 ともかく殿下だ、な、なにか大変な事になってないかちゃんと見てないと。

「ツカサ君てば本当に話し逸らすのヘタだよね」
「もういいからっ、ああもうなんか見ない内に周囲に血が散ってる……」

 いつの間にこんな流血沙汰になったんだ。
 相変わらずこちらに背を向けているので怒りんぼ殿下の傷の具合は分からないが、ビジ族達は噛まれたり爪で攻撃されたりしていたのか、毛皮に血が滲んでいる。

 殿下の毛皮に付着した染みとは全く違う感じだ。色が深く濃い。殿下の毛皮の血は多分返り血なのだろう。

「ムッ……ビジ族が何か言っているぞ」
「な、なんて?」
「お前じゃない、お前は違う……と、下手な言葉で言っている」

 クロウの報告に少し首を傾げたが、たぶん「カタコト」って感じかな?
 でも「お前じゃない」ってどういうことだろう。

 不思議に思っていると、殿下がグルルルと唸る。
 その声に、ビジ族は一歩二歩と後退し――――脱兎のごとく逃げ出した。

 まるで蛇のように地面を這うような低姿勢で動くビジ族は、その素早さであっという間に遠ざかってしまった。来る時も凄かったが、撤退も早すぎる。
 今回は殿下が相手だから良かったけど……自分が一人で相対するとなった時は、死ぬのも覚悟しなきゃ行けなそうな相手だな……嫌過ぎる……。

 出来ればもう二度と会いたくないな、と思っていると、また目の前でボウンという音と共に白い煙が発生した。殿下が人型に戻ったんだ。
 あれっ、じゃあ殿下はもしや真っ裸……じゃないな。煙から出て来たのは、いつもの筋肉見せつけ裸ベストを羽織ったオッサンだ。クロウと違って服は脱げないのか。

 ……服が脱げるのと脱げないのの違いは何なんだ?

 あまり関係のない所が気になってしまったが、殿下が車に帰って来たので、疑問を頭の中から消して迎える。なんだかんだ言っても相手は王族だし、それに危ない奴を追い払ってくれたのは確かだからな。

「お、お疲れ様です」
「む……そう思うなら冷たい物の一つくらい用意せんか」

 そう言いつつ、自分の席にどっかと座る怒りんぼ殿下。
 相変わらずだなあと感謝の気持ちが萎みつつ、とりあえず【リオート・リング】に大量に保存しておいたアイスを渡すと、殿下はパクつきはじめた。

 ブラックとクロウも物欲しそうにしていたので、ロクと一緒にデザートとして渡す。
 ったくもーこのオッサンどもは……。

 ……にしても、怪我をしてる感じじゃ無さそうなのに、かなり服に血が付いてるな。
 ほぼ返り血だろうけどその姿で落ち着けるなんて凄い胆力だ。特に、右足のスネの部分なんて今もじわじわと血が……――ってそれ普通に怪我じゃんか!!

「ででで殿下怪我っ! 足ケガしてますって!」
「ん? ああ、このくらい食事をすれば治る」
「だからって放置して良いモンじゃありませんってば! ああもう仕方ないな!」

 背後で「敬語……」とかまた煩いことを言っていたが、そんなもん無視だ。
 俺は【回復薬】をバッグから取り出すと、殿下にびしっと突きつけた。

「なんだソレは」
「回復薬です! 自己治癒能力を促進させる薬! だからさっさと服を脱いで下さいついでに洗濯もしますから!!」
「お前、敬語を使わんでも良いと……」
「その話は後で聞きますから脱げっ!!」
「ツカサ君コイツ放っておこうよ。失血死したいならさせればいいじゃない」

 アンタは不謹慎なコト言うの禁止っ。
 とにかくまずは怪我の手当てだと殿下を睨む俺に、相手は片眉を上げて微妙そうな顔をしていたが――――アイスの器を置いて、渋々ズボンを脱ぎ始めた。

 パンツまで脱ぐ、という古典的なギャグをしないだけありがたいなと思いつつ、俺はふんぞり返って胡坐をかく怪我人の足に回復薬を掛ける。
 薄めた方じゃなくて俺特製の方の回復薬だから、傷はすぐに塞がるはず。

 だけど、どれくらいの時間、傷が開いていたのかが気になるな。
 回復薬は傷を治してくれるけど、流れ出た血を戻してくれるわけじゃないんだ。
 ならば、血を増やすためにも夕飯はしっかり食べて貰わないと……。

「たかが怪我で大げさなヤツだな」
「怪我を甘く見ると死にますよ!?」

 けっこうパックリいかれてるのに何を言う。そういう軽い気持ちが大変な事になるんだからな、と再度睨んでしまったが、怒りんぼ殿下はまた微妙そうな顔をした。

「…………まるで母上みたいな事を言うな、お前は」

 キイッ、この期に及んでメス扱いするなってば!
 ホントにもうムカツクなこの殿下はー!

 いいから黙って治療されてろ!







 


※ツイッターで言うてた通り遅くなりました…(;´Д`)
 まだまだちょっと遅れがちになる日が多いと思いますが
 ご了承いただけると幸いです…!

 
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