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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
8.警告は忘れるべからず
「……では、私はこれにて。くれぐれも道中お気をつけて」
「はい。本当にありがとうございました、ヨグトさん」
一通り話が終わって、相手を見送る段になった。
個人的な事を言えばもっと話をしていたかったけど、ヨグトさんにも用事がありそうだし、長い間引き留めておくわけにも行かない。
そんなワケで、俺だけは席を立ってヨグトさんを見送ったのだが。
……オッサン二人は席から立たなかったんだが。まあそれはともかく。
チクチクした視線を背中に浴びながらドアの手前でヨグトさんを見上げると、相手はブラック達よりも渋みのある顔で薄ら微笑んで俺を見返した。
「ナルラトの言った通り、貴方は本当に優しい方だ」
「いえ、これは一般的な礼儀ですし……」
「自然と身に付いた他者への敬意は、既に優しさですよ」
そんなもんなんだろうか。お見送りしただけで褒められるのはちょっと怖いぞ。
小説とかだと笑って見ていられるけど、実際に自分がやられるとなんというか……俺は三歳児ではないぞと反発してしまいそうになるから困る。
ヨグトさんはそんな気なんてないんだろうけどなあ。
ちょっとだけ複雑な気持ちになっていると、ヨグトさんは何故か笑みを治めて俺の顔をじっと凝視して来た。
「……ツカサさん」
「ど、どうしました?」
戸惑う俺に、ヨグトさんは何とも言えない表情で少し眉根を寄せると、俺だけが聞き取れるような小さな声で呟いた。
「どうか、黒い犬に気を付けて。……それと……カンバカラン領には、長く滞在しないで下さい。……貴方達が巻き込まれるのは……我々の本意では……ありません」
「……え……」
それは、どういう意味だろうか。
今度は俺がヨグトさんの顔を凝視するが、相手は答えてくれない。深く頭を下げて、相手は無言のまま部屋を出て行ってしまった。
「ツカサ君、どうしたの」
俺とヨグトさんの様子が少し変化したのを見て、ブラックとクロウが近付いて来る。
素直に言っていいものかと迷ったが、二人が後ろにいることはヨグトさんも知ってたワケだし、きっと話しても良いんだよな。だから、さっき忠告するように言われた台詞を一言一句間違うことなく伝えたのだが。
「…………なんだかキナ臭いね」
目を細め、ブラックが自分の無精髭を指でなぞる。
何が、と思う俺の横で、クロウが何もかも分かっているかのように頷く。
「闇の仕事に通じている“根無し草”の鼠人族が『巻き込みたくない』と言っていたと言う事は……もしかしたら、カンバカラン領に何らかの有事が起こるのかも知れん。もうオレには権限が無いとはいえ、このまま放ってはおけん」
それってつまり、カンバカラン領で何か良くない事が起きるってこと?
だとしたら、確かにこのまま放ってはおけない。でも、カンバカラン領って……あの怒りんぼ殿下の家の土地なんだよな。それなのに「放っておけない」なんて、本当にクロウは優しい。やっぱ俺よりクロウの方が褒められるべきだと思うんだけどな。
「ともかく、変な時期に鉢合わせしたら面倒だ。……あの鼠人族の話しぶりからして、嘘を言うとは思えないし……何か関わる事が無いか調べてみるか」
「ウム。ピロピロが休憩し終わるまで、まだ数刻ある。……強者が消えているという件も何か関連があるかも知れん、出来るだけ情報を集めよう」
……こういう時のキリッとした二人は、ちょっと格好いいんだけどな。
なんでこういつもはだらしないんだろう……いや、まあ、今更なんだけども。
「ええと、じゃあどうする? ヨグトさん以外に物知りな人っているのかな」
「ベーマスでは、情報屋というものは滅多にいない。だが、店を営む者は案外目敏くてな。手間はかかるが、酒場や宿屋、食料品を売る店を頼ればいいだろう」
「ハァ……未開の地域かよ……」
呆れたようにブラックが言うが、まあこれは仕方が無いだろう。
獣人達は敵も味方も自分達で判断できるし排除すら容易い。殴り合いで解決する事が多いからこそ、ヘタな小細工なんて必要ないって話なのかも。
しかし、色んな場所に行くってのは確かに手間かも。
こんな時に自分が分身出来ればと思っちゃうが、そんな事が出来れば今頃はロクにお留守番を任せずに済んだわけで……はあ、地道に行くしかないか……。
ヨグトさんに聞いた話だけでも“天眼魔狼族”の集落に行くのは大変そうだし、聞き込みついでに必要そうなモノを揃えておくか。
どうせ金は王族持ちだしな!
――ってなワケで、俺達は酒場に戻ると、へべれけに酔って奥さん達に介抱されているファザナさんに改めて礼を言うと、酒場の人に話を聞いてから外に出た。
あまり有益な情報は得られなかったが、それもこれからだろう。
ともかく、俺達は酒場と雑魚寝の宿屋を色々と回ってみることにした。
「えーと……一番近いのはあの雑魚寝宿屋かな?」
「とりあえず、最近変な事が起こってないか聞いてみようか。ツカサ君は、僕の傍をぜ~ったいに離れないようにね」
「は、ハイ……」
ブラックにマントの裾をムリヤリ持たされてしまったが、まあ俺は獣人に負けること請け合いのレベルなので仕方が無い。
恥を押し殺しつつ、海の家みたいに柱と屋根だけしかない開放的すぎる宿屋に俺達三人は足を踏み入れた。
カウンター以外は、ホントにゴザみたいな敷物が並べてあるだけだ。
そこに酒で潰れた獣人達が寝ているもんだから、風通しが良くてもなんだかお酒の匂いが充満してるように思えてしまう。
下手に近付くと殴り飛ばされそうだから、距離を取って置こう。
ブラックにひっついたままカウンターに辿り着くと、虎耳の屈強な店員が俺達を見て妙にニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「ダンナがた、スキモンですねえ」
「は?」
「そんな美味そうなメスを連れて来るってことは、ココで“匂いづけ”してくんでしょ? やあ、安いッスけどここじゃ他のオスに全部丸見えになっちまいますからねえ」
えっ、いや、何言ってるんですかこの虎オッサン。
やめろ、なんか変な事を言うのはやめろ!
「ホウ、そういう趣味の奴もいるのか」
「それは興味深いね」
「へへ、ご存じない? お客さん上品そうっすもんねえ。まあ珍しい話じゃねえですよ、ここいらは他の所より食うか食われるかが強えぇから、他の奴も狙ってるメスだと宿で食ってるところを敢えて見せつける……なんてこともありやしてね」
だあああ話に乗っかるなオッサンどもおおおおおお!!
虎オッサンもニヤニヤしながら続けるなー!
なにその「見せつける」って、何そのエロ漫画みたいなやつ!
そ、そんな行為をする一行だと思われてるってのか俺達は。やめてくれ、ブラックはともかく俺は一般人にしか見えないだろ。健全中の健全野郎だぞ俺は。
なんで急にそんな話をするんだよマジでやめてくれ、お、オッサンどもは何でこんな恥ずかしい話を外でベラベラ話してるんだよお……。
「なるほどなあ。匂いづけすると共に所有物だと見せつける……実に合理的だ」
「万が一オスのニオイが途切れた時も有効だろうしな。それに、こんな場所で無防備に行う物など腕に自信があるものしかいないだろうし」
だからって、見せつけえっちが良い物だとは俺にはとても思えないんですが。
なんでアンタらはそんなに外でスケベな事をしたがるんだよ。
冒険者だからか。冒険者だからなのか。そんな冒険マジでやめてくれ。
「ふーん、じゃあ基本的に強い奴だけなんだな。でも、ざっと見た限り、そういう気概のある奴はいないみたいだけど」
いつもならスケベな話には乗り気のブラックだが、急に話が少しズレる。
目を瞬かせる俺の前で、虎オジサンは「そうなんですよねえ」と顔を歪めた。
「いやあ、オレ達も見てて楽しかったんスけどねえ。最近は、この街の名だたるヤツらが急に宿に来なくなりやして……嚇猿族のファザナは相変わらずなんですが、土竜族のオーザや飛鼠族のレザイルなんぞは最近めっきりで……」
お、ファザナさんの名前が出た。やっぱりあの人凄く強いんだな……。
他のオーザとかレザイルって人も、この無法の街ではかなりの実力なんだろう。
しかし、そういう人達が居なくなったって……どういうことだ?
「一気に居なくなったのかい」
「まあ、数日置いてって感じですけど……でもおかしいっしょ? お蔭でオレ達宿屋も売り上げが減って困ってましてねえ。一体どこ行っちまったんだか……。残る奴ってなると、もう獅子族のアイツしかいねえしなあ」
「獅子族?」
クロウが問いかけるのに、虎オジサンは頷く。
どうやら、かなりの実力者しいけど……なんでクロウが食い付いたんだ。
「ええ、ここいらじゃ珍しいでしょ獅子族なんて。ゼルって大男なんですが、羽振りが良くて商売するメスどもに人気なんすわ。でも、アイツも数日出かけるっつってたな」
「どこに行ったかわかるか?」
ブラックが問いかけるのに、虎オジサンは片方の耳をピンと動かし、何やら悪巧みを思いついたように片目をつぶってニタリと笑う。
あからさまにイヤな予感がして一斉に顎を引いた俺達に、相手は言い放った。
「分かる、と言ったら……ちょっとオレのお願い聞いてくれますかね?」
「……なんだ、取引か?」
クロウの言葉に虎オジサンは頷いて、ピッと人差し指を立てる。
ニヤつく相手の口から飛び出たのは――――とんでもない言葉だった。
「じゃあ、ちょっとでいいんで……ウチの店、手伝って貰えますかね? そこの可愛いメスっ子を貸して下さいよ」
…………うわあ、何か物凄く嫌な予感がするう……。
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