異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

11.骨食みの谷を越えて

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   ◆



 ――――音を聞くほど海に近い【海鳴りの街】から出て西へと進めば、草もまばらな岩盤の荒野の向こうに第峡谷が見えてくる。

 大陸の一部を分断するように南から北に伸びていると言う巨大なナイリ山脈だが、その高く険しい山の群れは唐突に一部分だけ切り取られているのだ。
 それが、俺達が今から通ろうとしている大峡谷……その名も“骨食みの谷”だ。

 …………ほねばみ。骨を食べるってことだよな。
 まあ、その峡谷の荒々しく険しい様子から「巨人が掴みとって削ったようだ」とか、他の言い方はあるらしいんだけど……この通称が一番使われているらしい。
 風葬の荒野と言い、何故そんな物騒な地名ばかりなのか。

 いや、でも、地名って危険な場所だから気を付けろよって意味も含んでるし、それを考えると“骨食みの谷”というのはこの上なく正しい名称なのかも知れない。
 ……そんな場所に今から突入しようとしている事実には、目を背けたいが。

 暗澹たる気持ちが胸の中で重く渦巻くが、ここを通らなければカンバカラン領に行くことが出来ない。窓から見える巨大な峡谷の入口を見つつ、俺は溜息を吐いた。

「キュキュー。キュ?」
「どうだろうねえ……何も出なければ良いんだけど……」

 喋る事は出来ずとも、ロクは人の言葉が理解出来るしジェスチャーも得意だ。
 可愛すぎてみんなを魅了してしまうこと請け合いなのが心配だが、今はそんなロクの可愛さに救われながら俺は相槌を打つ。

 ロクの言う通り、モンスターか盗賊でも出そうな雰囲気だ。

 俺がテレビなどでよく見る「谷間」ってのは、大概は日本の緑に溢れた広い道幅が存在するもので、狭い道はあまり見た事が無い。
 二車線道路並みの狭さの峡谷なんて、アニメや漫画などで見かける程度だ。

 まあ、こっちの世界でなら以前似たような道を見た事があるけどな。
 人族の大陸で俺が見た限りの話だけど、あちらの大陸では大地が押し上げられたように周囲の土地が隆起している地形の谷で、山を削り取ったようなものではなく崖に挟まれている……という感じだった。

 でも、ナイリ山脈を分断する“骨食みの谷”はというと……そういう感じの、大地が自然に変化したようなものではなく……なんだか、異質な感じがした。

「両側の崖がなんだかボロボロな感じだな」
「キュウッ。キュキュ?」

 ロクが小さなお手手で何かをひっかくジェスチャーをする。
 確かに、ロクが言うように「何かの獣が爪でひっかいて崖を剥した」感じだ。

 遠くから見ているのでそう見えるのかも知れないが、俺達が人族の大陸で見た崖とは少し違って、ずいぶんと両側の崖のあちこちがデコボコになっていた。
 ……ナイリ山脈は岩山だって話だし、岩の一部分が取れて落ちちゃってあんな風になったのかな。あの狭そうな谷間の道にも、岩がそこそこ落ちてるみたいだし。

「ツカサ君なに見てるの?」
「あ、ブラック。いや……なんか随分荒々しい崖の谷だなぁと思って」

 それと名前が怖くてヤだ、とか軽口を叩くと、ブラックは俺を自分の体で覆って逃げ場を奪うように窓に近付くと、わざわざ俺の顔の横から首を伸ばして窓を覗いた。
 ぐ、ぐぬぬ……なんでそんなわざとらしい行動するんだお前は。

「ふーむ……。ガタガタなのは、多分人の手で山を削ったからじゃないかな」
「え……そ、そうなの?」

 思っても見ない回答に思わず相手の横顔を見ると、ブラックはニコッと笑って更に体を寄せて来る。だっ、だからくっつくなってば。
 こ、こんなの日常茶飯事なんだからドキドキとかもうしないんだからな。
 してないんだからな!?

「手掘りってのは難しくてね。例えばああやって山を削って道を作るにしても、その土の性質によって掘り方も違って来るし、危険性も段違いになる。粘土質の土とすぐに崩れる砂岩じゃ、歩くにしても対応の仕方が違うでしょ? あの渓谷は、そういった土の性質を知らない奴が、崩落の危険も気にせず強引に掘ったんだろうね。いわゆる素掘りってヤツだ。そのせいで、落石が多いんじゃないかな」
「なるほど……でも、どうやってあんなでっかい谷を……手でイケるのかな?」

 そんなの、いくら獣人でも難しいんじゃなかろうか。
 顔を見合わせた俺に、相手は何がそんなに上機嫌なのか、そのまま顔を近付けてい、いきなりキスをしてきやがった。テメこのっ。

「あはは、ツカサ君たら顔真っ赤で可愛いっ! ……イテテ怒らないでごめんごめん。まあ、アレじゃない? 昨日のバカみたいにデカい獅子族とか象の獣人も居るんだし、掘ること自体は難しくなかったんじゃないかな。掘削の知識があったかはともかく」
「うーむ確かに。でっかい獣人なら、あの高い山もなんとか出来そう……」

 ドービエル爺ちゃんのあの熊の姿の時のデカさを考えれば、そういう巨大な獣人が寄り集まって谷を作る事も可能かもしれない。
 素直にその解説に感心したが、ブラックはまた余計なひと言を付け足した。

「でもまあ、腕力でゴリ押ししたからあんな風にボロボロになったんでしょ。そういう所は所詮獣って感じだね」
「お前なあ……」
「キュゥ~」

 言い方ってもんを考えなさいよお前はもう。
 ボロボロだろうが、山一つ刳り貫いたのは普通に凄い事なんだからな。俺の世界のトンネル工事だって、すっげー危険で大変だって話だったし……安全第一でやってる俺の世界の人達ですら未だに慎重になることだって考えれば、偉業だぞコレは。

 しかしブラックは、俺とロクの呆れ顔に肩を軽く竦めて眉を上げる。

「だって、普通の山なら土の曜術師が集まれば安全に道を開けられるじゃない。まあ一級くらいのヤツじゃないと出来ないかもしれないけど、例えば熊公くらいの力なら、一人でも時間を掛ければ出来るんじゃない? ただの山を削るくらいはさ」
「……そういえばココ、そういう世界だったな……」

 エルフのみならず竜まで存在するんだから、そういうのも当然だよね……。
 魔法って、制限はあるけどつくづく便利だなぁ……はは……。

「ほらほら、話してる間にもう突入だ」
「えっ、うわマジだ……な、何事も起こりませんように……」

 大きな岩が谷の両端に落ちている、巨大な渓谷。
 ピロ車は大体が普通の車輪ではなく、謎生物の皮を使ったキャタピラのような楕円の幅広い車輪になっているので、仮に岩が落ちていても乗り越えることは可能だろうが……やっぱり例の地名が気になってドキドキしてしまう。

 近くで見ても、やっぱ不気味だ。
 もはや崖のてっぺんも見えなくなってしまったほど近付いた“骨食みの谷”は、太陽がギラギラと照りつけるこの大陸にそぐわない、薄暗い細道を奥へ伸ばしている。

 日陰で良いじゃないかとは思うけど……こんな、二車線道路並みの道幅しかない谷を走って、何者かに襲われやしないだろうか。
 ピロピロちゃんの大きさを考えると、向こう側から来る同程度の車とすれ違う程度の余裕しかないんだけども。こんな所で襲われたら、Uターンすら難しいのでは。

「だ、大丈夫かな……」
「んもーツカサ君たら心配性だなぁ。地名を気にするのも良いけどさ、それより今は、僕とのイチャイチャする時間に集中してよ」
「そんな時間にした覚えはない」

 何を言っとるんだとブラックを引き剥がしにかかっている内に、とうとう車は薄暗い谷へと突入してしまった。うう、こうなったらもう腹をくくるしかない。
 鬼が出るか蛇が出るか……出来れば出て欲しくないし、こんな所でクロウのお命を頂戴しようとする輩が出て欲しくもないが……こんな格好の強襲ポイントで何も襲って来ないってのも想像出来なくて安心し切れない。

 いや、戦うことがイヤってんじゃないけどさ、やっぱ俺は小市民なので……。

「それにしても、ホントに落石が多いな……そこかしこに骨も見えるし」
「…………」
「ほらツカサ君あそこの暗がりとか」
「言わんでいい!」

 もうクロウの所に避難するぞと睨むと、ブラックはワザとらしく眉を困ったようにハの字にして、だらしない笑顔で俺に抱き着いて来る。

「そんな意地悪言わないで~。もっと恋人らしく一緒にいようよぉ。ねっ、ねっ?」
「ムッ。交尾するならツカサの精液はオレにくれ」
「テメェは囲炉裏の灰でも見ながら蜂蜜舐めてろ殺すぞ」
「だーもー仲良くしろってば!」

 なんでそうアンタは一々クロウに対して喧嘩を吹っかけるんだ。今時暴言系のツンデレは流行らないぞ。頼むからもうちょいクロウに優しくしてあげろ。
 しかしブラックは俺を抱き締めたまま話すことなく、クロウに見せつけるかのように窓からずりずりと移動して、わざと向かい側に座った。
 もちろん、俺はブラックの硬い胡坐のうえだ。とてもケツに優しくない。

「ったく……なんでこう四六時中顔を突き合わせて座って無きゃなんないのかねえ。これなら歩いて移動してた方がまだマシだよ」
「砂漠なんだし仕方ないじゃん。この谷を越えたらまた砂漠なんだよな?」

 クロウに問うと、相手は俺が作り置きしていた麦茶を飲みながら頷く。

「ウム。岩荒野地帯はナイリ山の東側だけだからな。骨食みの谷を越えたら、そこは再び砂漠になる。ツカサは少し驚くかもな」
「え……どういうこと?」
「砂の色が違うのだ。……そういえば、昔何かの本で『それこそがかつての呪われし国の所業』とも言われていたな」

 な、なんですかそれ。怖い話ですか。
 変な事を想像してしまい硬直するが、背後から抱き締められて体が跳ねる。そんな俺の方にちくちくした顎を乗せつつ、ブラックが興味なさげに問うた。

「ここに在ったっていう滅亡した国か? どんだけ怖がられてんだよその国は」
「オレも詳しい事は分からん。だが……昨日の話からしても、ずいぶん評判の悪い国だったようだな。それを踏まえると、まあ誰もが呪いと考えるのもわかる」

 あくまでも「そういう砂」と言う話で、呪いなど関係ないだろうが。
 そう言って何事も無く茶を飲むクロウに、俺は少しホッとする。ようするに、迷信的な話だってことだよな。よくあることだ。なら、きっと何でもない砂のはず。

 ピロピロちゃんも安全に通れるだろう。
 窓の外を見てしきりに首を傾げている可愛いロクをみながら、俺は僅かな緊張感を持ちつつ早く“骨食みの谷”の風景を見続けた。

 ――――だが、意外な事に薄暗い谷では何も起こる事が無く。

 気が付けば、進行方向からは強い光が差し込み出口が迫っていた。

「……なんにも起こらなかったな」
「ハハハ、そんな何度も襲われることなんてないよ。ダビだかゴビだかって獣人族が特別だったのさ。……それより、どんな砂漠なのか一緒に見てみようよ」
「うおっ、そ、そうだな」

 抱え上げられて、浮かされたまま再びロクのいる窓に連れて来られる。
 クロウも一緒について来たので、またもやかなり息苦しい光景になってしまったが、喧嘩になるよりはいいかと気にせず窓の外を覗く。

 強い光は薄暗い谷を照らし、徐々に車は光の中に入って行く。
 暗い場所から出た事で目が眩んでしまい、俺は思わず目を閉じる。何度やってもこの感覚には慣れないな。指で瞼を擦り、もう大丈夫かと外を見る。

 既に谷を抜けた車は、もう既に砂漠に突入していた。
 遠くに、巨大な壁を持つ都市と海辺が見える。
 だが……その周囲に広がる砂漠は、その巨大な壁よりも衝撃的な物だった。

「あ……赤い……!?」

 そう。赤い。
 ピロピロちゃんが突き進む砂漠は、黄土ではなく赤く染まっていたのだ。

「これ……ど、どういうこと……?」

 驚いたけど、しかし不自然に鮮やかな赤という訳でもない。
 どちらかというと赤錆色に似ていて、濃いが落ち着いた色の赤だ。太陽の光にキラキラと光っている所からして、液体に染まったり光の加減でそう見えるのではなく、砂そのものが赤いのだろう。不自然な色じゃないけど……でも、これは確かに異様だ。

「赤い砂漠なんて初めて見たな」

 ブラックも想像しなかった光景なのか、ちょっと驚いているみたいだ。
 そんな俺達に、いつもの無表情なクロウはこくりと頷いた。

「何故なのかは今もよく分かっていないが、この西の果ての砂漠は古くから赤い砂で満たされているのだそうだ。毒性もなく、海が近いせいか塩辛いと言われているが、歩く分には特に害も無いので旅人は気にせず通っている」
「日常になると慣れちゃうんだなぁ……」

 そりゃまあ、害が無ければ放っておこうってなるのは分かるけども……なんというか浪漫とかそういうモノはないのだろうか。
 いや砂漠は生活するだけでも大変なんだから、旅人みたいに浪漫とかを追ってる場合じゃないんだろうけども。でもちょっと悲しい。

「まあ、詳しく知りたければあの領地に行けばマハ様が教えてくれるだろう。あの方は、武術だけでなくそういう分野にも造詣が深いからな」
「マハ様?」

 誰なんだろう。初めて聞く名前だ。
 クロウに問いかけるように見上げると、相手は何故か少し目線を下に向けた。

「……マハ・カンバカラン。……兄上の母君だ」
「えっ……ええ!?」

 兄上、つまり怒りんぼ殿下のお母さんって事はお妃様だよな。
 それなのに王宮に棲まずにこんな所で暮らしてるの!?

 なんで、お妃様なのにこんなところに居て良いのか!?
 ドービエル爺ちゃんは家族ラブな人なのに、なんでそんなことに。
 ま……まさか別居とか……いや、まさか、そんな事は無いはず……。

「ハァ? 何で妃がこんな所に居るんだ」
「カンバカランは王族の中で武術……力を司る一族だ。特に、マハ様は腕力と知力が一族の中で最も優れた女性だった。そのため、この辺境の地を任されたのだ」
「使えるヤツはお妃でもお構いナシってことか。獣人ってヤツはとことんまでチカラで判断するんだなぁ」

 ブラックは呆れた声を出すが、その気持ちは正直ちょっと分かる。
 あの良いトシしたオッサンのお母さんを働かせるなんて、実力主義にしたって少々やりすぎではなかろうか。お妃様だって国の事を考える役目があるんだし、そのぶん王宮で労わるべきだと思うんだけどなぁ……。

 こういうところは獣人の腕力イズパワーな感じが良く出ているけど……あの都市に怒りんぼ殿下のお母さんが居るなら、ちょっとは安心出来るかな。
 さすがに殿下もお母さんの前で暗殺とかは考えないだろうし……それに、爺ちゃんが愛してる人がそんな事をするとは思えない。……息子はちょっとアレだが。

 ともかく、お妃様として立派な人のはず。

「あそこで一息つけると良いんだけど……」
「さーて、どうかな。むしろアッチの方が“鬼が出るか蛇が出るか”なんじゃない?」

 そんな怖い事を言うなよと言いたかったけど、その可能性も捨てきれない。
 やっぱり、クロウ暗殺計画を絶対阻止できるまでは安心できないよなぁ。

 はあ……どうかマハさんは素敵な人でありますように……。
 溜息のような息を漏らしながら、俺は赤い砂漠の都市を見つめ続けたのだった。










 
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