異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編

12.愛しいものあればこそ

 
 
   ◆



 あれから、数時間後。
 二日目の翌朝――――を待つことなく、戦いは再び始まった。

 ……夜は睡眠タイムだとばかり思っていたのだが、それは俺の勘違いだったらしい。どうも、あの【綺羅笛】が時間を一度区切らない限りはそのまま「戦闘時間」になっているらしく、俺とクロウは再び殿下との戦いを余儀なくされてしまった。

 あの食事も、実際のところ【綺羅笛】で「お食事タイムだよ」と示されたワケではなく、単純に戦いが小休止に入ったからってことで持ってこられたようだ。
 じゃあヘタしたら戦闘中にメシ渡されてたって事か俺は。

 ま……まあ、そうならなかったんだからヨシ。あと腹も減って無かったし。
 むしろ今は、クロウのせいでなんか変に肌がツヤツヤしてる気が……だぁーもうっ、この流れナシだナシ! ともかく、その、休憩時間じゃなかったんだよ!

 コトが終わって一時間後ぐらいに襲ってきた怒りんぼ殿下にはビビッたが、そういう事なら多分、クロウが殿下から俺を取り返したのもセーフなんだろう。
 そのことには不覚にもホッとしてしまったが、しかし夜中も構わずに戦闘だなんて、本当にこの“三王の試練”は容赦がない。

 クロウがハスハスしてる時に襲って来られなくて良かった……いや、もしかすると、殿下も「男同士の絡みなんぞ見てられるか」って思ったから襲って来なかった可能性が……? もしかして、獣人ならこの距離程度じゃ丸聞こえだったりしたの……?

 ……………………ま、まさかな。
 ハハッ、ないない。絶対にない!

 あの、アレだ。たぶん殿下はお腹空いてたから、俺達がアレな事してる最中には肉を食べてたんだ。それが終わったからやってきたんだそうだそうに違いないそう思わせてください頼むから!!

 ぜーはー……と、ともかく。

 そんなこんなで唐突に再開された戦いは、夜闇の中でも熾烈を極めていた。

「クロウ……」

 月が出てきたのか、外に居れば薄霧の中で組み合っている二人が分かる。
 それでも影しか見えないし、俺には早すぎて二人がどう戦っているのかすら把握が出来ないけど……でも、クロウと殿下が戦っているのだけは確かだ。

 そんな二人を、俺はずっと見つめていた。

「お互いハラいっぱいだから、全然退かないな……」

 最早俺など戦った後で奪えば良いと思っているのか、殿下は俺に見向きもせずに、クロウに殴り掛かっている。数時間前みたいに殺意が籠った感じじゃないから、そこは安心だけど……気は抜けない。

 クロウも、その……い、いっぱい舐めたからか、試練が始まった時よりも動きがよくなってるみたいだった。むしろ、今の方が絶好調って言うか……。

「…………」

 別に、イヤとかじゃないし、俺だって普通のエロまんがでこういう感じの展開を見た時は「うおー! すげー羨ましい~っ!」とか思っちゃったけどさ、でも良く考えたら、なんでえっちな事した方が動きが良くなるのか謎だ。

 いや、クロウとか獣人族はモンスターの血が故か人族の肉が最上のご馳走で良い匂いだと感じるらしいから、そらまあ元気になるのはわかるけども。
 でも、でもさ、なんかこう、今更だが人情的に納得し切れないというか!

「うう……」

 考えたそばから恥ずかしくなる。そんな場合じゃないのに。
 だけど、あの生き生きしたクロウの動きが、恥ずかしい場所を散々舐めたがゆえのパワーなのだと思うと、なんか今ダイレクトに「俺達はえっちなことしました」って言うのを見せつけられてるみたいでもう、な、なんか顔が熱くて死にそうで……っ!

「ああもう嫌だ、な、なんかしてないと死ぬっ! 俺に出来る事なんかないのか、二人の戦いを邪魔しない程度に出来ることーっ!」

 とはいえ、俺は何もする事が無い。
 俺はどうしてもクロウ寄りになっちゃうから、応援は出来ないし……そもそも獲物役だもんで、自分で動くのもな。ヴァー爺は、そこまで詳しくルールを決めてなかったけど、ボールが動くのは色々面倒な事になりそうだし。

 となると……俺には、今この場所でただ二人を見ている事しか出来ず。

 びしばしと鋭い音が飛ぶ薄霧の向こう側を見つめているしかなかった。

「…………」

 クロウの回し蹴りが相手の首を狙う、が、それを察知していた殿下は手で受け止め体を捻り、今度は自分が蹴りを食らわそうと動く。
 しかしクロウはそれも見切っていたのか、受け止められていた足をすぐさま動かし、回転しながら下から来る蹴りを躱した。

 早い。こんな戦いが、数秒の内に何度も繰り広げられている。
 まだ夜も明けず、月も全然下へ落ちる気配が無いというのに、こんなに激しい拳の打ち合いを続けても大丈夫なのだろうか。

 心配になるが、二人の勢いは衰えるどころか増すばかりだ。

 最初はクロウの方が劣勢で、格上に食い付くような途切れ途切れの攻防だったというのに……今の二人の戦いは、まるで――――演武を見ているような気さえして来る、高度で凄まじいやりとりで。

 ……ずっと見続けていると、心配すら忘れてしまう。
 それほどの息を呑む光景だった。

 ――――こんな戦いに、俺が入る隙などない。
 むしろ、クロウと殿下が真剣に戦っているのなら心配するのはヤボだろう。

 二人は今、暗殺も劣等感も関係なくただ戦うために相手に向かい合っている。
 誇り高い獣人として、自分の拳を振るっているのだ。

 ……殿下だって、もう暗殺なんて事は考えてないに違いない。
 だから俺は、ただ決着がつくのを黙って見守るしかなかった。

 薄明かりの中で打ち合い続ける、兄弟の姿を。

「――――――……」
「……あっ……」

 【綺羅笛】の音が、聞こえた。

 まさか、結構時間が経ってしまったのか。慌てて空を見ると、月が前に見た時よりもだいぶ傾いている。気が付けば、空が少し白み始めていた。
 夜が明ける。短くても一時間以上は戦っていたに違いない。

 だけど、気が付くと一瞬のようだった。

 まさか俺、そんなに真剣に二人の事を見てたんだろうか。そう思って体を動かそうとすると、硬直していて動かない事に気が付いた。
 やっぱり、あまりにも集中し過ぎて体が凝り固まっていたらしい。

 でも、それくらい凄かったもんな……クロウも……悔しいけど、殿下も。

 …………なんか、二人とも凄く怪我とかしてそうだな。
 ……休憩だし……もう、近付いてもいいよな?

 いや、別に心配とかじゃなくて……そりゃクロウは心配だけど、別に二人が大けがをしてないか気になるとかじゃなくてだな。って誰に言い訳してるんだ俺は。
 ともかく行ってみよう。

 痺れる足を叱咤してなんとか立ち上がり、俺は立ち竦む二つの影に近付いた。

「おい、大丈夫か?」

 俺の言葉に、薄霧の向こうの二人が同時に顔を向けて来る。
 双方はぁはぁと息を切らしていて、すごく苦しそうだ。
 二人に水を飲ませるくらいは……ルール違反じゃないよな?
 クロウも殿下も、さすがに飲まず食わずで動きまくるのはキツいだろうし……。

 そんな事を考えながら、水は要るかと問いかけようとした矢先。
 何故か怒りんぼ殿下がクロウに指をさして怒鳴り始めた。

「お前……ッ!! なんだその力はッ、俺を今まで謀っていたのか!?」

 肩で息をしながら怒鳴る殿下に、クロウはすぐに首を横に振る。

「ち、違う……っ。オレは、その……」
「その、なんだ!」
「ツカサに……。そう、ツカサを食わせて貰った。だから、もっと強くなったんだ」

 ちょっ、クロウ何言ってんだ!!
 大声でいう事かと慌てたが、殿下は俺の事など気にもしないで拳を握りしめて怒りに震える。相当苛立っているようだ。そのまま、吐き捨てるように続けた。

「結局メスの力を借りたのか軟弱者め……。我が一族の面汚しがッ!!」

 ああまたクロウに対して失礼な事を。
 どこが面汚しなんだ、と言おうとして思わず口を開けたが――

「愛しいメスの力を借りて何が悪い! オレは掟に反していない、ツカサは俺のことを受け入れて身を委ねてくれた。それはオスにとって誇らしいことだ、愛しいメスの力をオスが使うことは獣人としてなんら恥じる事のない当然の行為だ!」

 俺の声を遮り、クロウが言い返した。

 クロウが……初めてハッキリと、兄貴の怒りんぼ殿下に……カウルノスに、ちゃんと顔を見て言い返したんだ。

「クロウ……!」

 ナントカなメスとか言われるのは恥ずかしいけど、でも、それより嬉しい。
 クロウがちゃんと怒って、怖がらずに自分の言葉で相手に言い返した。それだけの事だけど、でもクロウにとっては重大な事だったはずだ。

 今まで恐れていた相手に立ち向かい、戦い、抗っている。
 “いつものクロウ”のまま委縮せず、長年恐れ続けてきたのだろう相手に……!

 う……な、なんだか、目が熱くてじわじわする。泣きそうなのか俺。
 だけどこれは男泣きだ。クロウが乗り越えてくれたのが嬉しいんだ、だから良い。

 今はただ、クロウの姿が嬉しくてたまらなかった。

「ッ……!! 貴様……俺に口答えを……ッ」
「兄上、オレは貴方と争う気など無い。戦う気も無かった。……昔のオレは貴方達の言う通り、とてもみすぼらしく弱い、恥さらしだったから。……だが、今は違う。オレは、愛しいもののおかげで、友のおかげで強くなれた。オレはオレのままで良いのだと、受け入れて貰えるのだと知った。だから、もう貴方達の言葉に頭は垂れない」

 いつものクロウの口調とは違う、どこか若さを含んだような言葉。
 弟として兄に伝える言葉は、俺達に使う気を使わない大人の言葉とは違う。それが昔のクロウが使っていた言葉なのだと思うと、なんだか胸が締め付けられた。

 そのクロウの独白を、殿下は黙って聞いている。
 拳を震わせている、薄霧の中の顔はきっと歯噛みをしているのだろう。だけど、弟の真っ直ぐな目を受け止めて睨むくらいのプライドは、殿下も持っているのだ。

 殿下が何に憤っているのかは、俺には分からない。
 けれどなんだか……今は、クロウの方が大きく、殿下の方が小さく見えた。

「オレは、もう、貴方達と戦う事を避けたりしない。だから言う」

 すうっ……と、息を吸う音が聞こえる。
 そうして――――クロウは告げた。

「己の感情も制御できず、相手を知らず、ただ傷付けるだけの兄上には……オレの愛しいツカサは渡さない。
 ……オレが“持っているもの”を、簡単に奪えると思うな」

 強い、誰にも異を唱えさせないという意思が伝わる、凄むような声。

 まるで殿下の中の「なにか」を見透かしたような、俺には少し理解の出来ない事をハッキリと告げたクロウに、殿下は驚き息を吸うように背を伸ばす。
 荒々しい毛並みの熊の耳が、膨らんだような気がして、そして。

「なにを……戯れたことを……」

 怒りんぼ殿下らしくない、震える声が漏れた。

 ――――……どういうことだ?
 殿下、なんでそんな動揺したような声を……。

「兄上は、他人がどう思っているかを拒まずに聞き、知るべきだ。……だが、それでも、オレはツカサを渡さない。絶対に……この試練は、勝つ」

 クロウは、ただその場に立ち静かに告げる。
 その声は静かだが、しかし絶対に折れない何かがあるように思えた。

 傍観者の俺すら息を呑むような、強く凛々しい何かが。

「…………」

 クロウのそんな声を聞いて、殿下は――ただ、目を逸らすように顔を俯けた。









 
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