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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
11.大切なひとを思えばこそ
正直透明人間になって外に出たいと考えていたが、俺は隠密スキルどころか、この世界で一応姿を隠せる【隠蔽】すらも使えないのでどうしようもない。
数分悩んだが、恐る恐る厠から出て部屋に戻る事にした。
……出ないと話が進まないし仕方が無い。そもそも、ぐずぐずしている時間は無いのだ。恥ずかしいけど我慢しなければ……うう……。
「ツカサ、帰って来たか。腹の具合は大丈夫か?」
俺が戻るなりすぐに声をかけて来たクロウ。
さっきはドタバタと音が聞こえたし、怪我をしてないか少し心配だったが、幸いどこにも傷などは無かったようだ。ナルラトさんも無事だな。ホッとして二人に近付く。
「シーバさんは……」
「俺がちょっとシメて気絶させた。興奮状態じゃ話にもなんねえからな」
「安心しろ、怪我もないし後遺症が残るようなことはしていない」
ナルラトさんが「シメたのはあっちだ」と親指で示す方を向くと、俺が寝ていたデカいベッドにシーバさんが横たわっている。どうやら本当に軽く気絶させただけのようだ。
クロウも俺が何を心配しているのか分かっていたらしく、双方怪我が無い事を教えてくれた。ちょっと気恥ずかしいが、ありがたい。
ともかく血が流れなくて良かった……と思っていると、ベッドの方からごそごそと動く音が聞こえる。再びシーバさんの方を見ると、相手はまさに起き上がる所だった。
「うう……」
「シーバさん……体は大丈夫ですか?」
俺が問いかけた途端にシーバさんはハッとしたが、俺の後ろにクロウが立っている光景と今までの事を思い出したのか、観念したようにガクリとうなだれ答えた。
「……大丈夫ザンス。やっぱり……アタシみたいなのはこういうのに向いてないってことザンスね……」
いつものシーバさんだ。
初対面の時は失礼ながら冗談かと思ってしまった口調と声だったが、今は懐かしい気さえする。やっぱり、無理した普通の口調じゃなくて、何も無理をしていないこっちの方がシーバさんらしいや。
なんだかちょっと嬉しくなってニヤついてしまう。そんな俺を見たシーバさんは、眉を上げて微苦笑するかのように口角を上げて息を吐いた。
笑ってくれた。さっきまでの重い表情はもう見えないみたいだな。
「…………シーバ、お前の気持ちは嬉しいが……オレは再び王族として軍を率いるつもりはない。あの時負けたことはオレの力不足でしかないし、お前達が後悔する事は何一つないんだ。……だが、その結果お前達の居場所を奪ってしまったのは、詫びなければならないな」
「そんなっ! クロウクルワッハ様が謝る事などなにもありません!! アタシのような、どこにも居場所が無い奴を拾って武人として育てて下すったこと、アタシだけじゃなくスクリープもタオウーも感謝してるんです! だから……」
「だからこそ、王位簒奪を考えたってのか? 恩返しにしちゃ血生臭すぎるぞ」
まるで謝るようにクロウに訴えるシーバさん。
そんなシーバさんに、ナルラトさんは鋭い言葉を刺したが、相手は「そう言われても仕方が無い」とでも言わんばかりに軽く俯いて黙り込んでしまった。
……シーバさん達は、やっぱり色々あってクロウに拾われてたんだな。
どんな扱いをされても兄弟の事を恨めなかったくらい優しいクロウのことだ、きっと、彼らの事も立派な武人にすべく厳しくも優しい父親のように鍛えたに違いない。
だからこそ、シーバさんはクロウが今まで誇っていた物を失った事を深く恨み、自分が何も出来なかったことを悔やんで、謀反なんかを起こそうとしたんだろう。
誰かを深く思う気持ちは大事な事だと思う。「好き」の気持ちでも「尊敬」の気持ちでも、温かい思いならそれは双方にとって幸せになるから。
だけど、行き過ぎるのは危険なんだよな。
相手の事を考えず、自分の考えに取りつかれて突き進んでしまったら、自分が大事にしていた人達も悲しませるかも知れない。大事な人と話し合いさえしていれば、と、悔やむ事態になるかも知れないのだ。
シーバさんだって、クロウと顔を突き合わせてきちんと話をしていれば、こんなことを起こそうとはしなかったかも知れない。
やっぱ……話し合いって大事だよな……。
でもともかく、シーバさんがヤバいことをやらかす前に止められてよかったよ。
「シーバさん、クロウの事を思うなら……名誉だけじゃなくて、クロウの気持ちや……自分自身のことも、大事にしてくれよ」
頼むからさ、と、ベッドの脇に膝をついてシーバさんを見上げる。
声特徴からは想像出来ないほど爽やかな美形の彼だが、今は不安そうに俺の事を見返している。狼の耳も、心なしかすこししょげていた。
「自分を……大事に……?」
「うん。だってさ、クロウは凄く仲間思いだろ。仲間のためなら名誉だっていらないって言い出しかねないくらい、優しいだろ? シーバさんだって、そういうクロウの背中を見て来たから慕ってるんだよな」
「はい……」
「なら、シーバさんが人から恨まれるようなことをしたら、それが自分のためだって事が分かったら……クロウが悲しむって事も……わかるよね」
だって、シーバさんも同じように優しいから。
優しさから、変な所で道を間違って暴走してしまったんだから。
――――俺がそう言うと、シーバさんは瞠目して俺とクロウの顔を交互に見た。
見開いた眼は、後悔を現すかのように潤んでいる。
そんな部下に、クロウは無言のまま小さく頷いた。まるで、何もかも分かっているとでもいうかのように。そんな尊敬している相手に、シーバさんは大きく鼻を啜ると――深々と頭を下げて、謝罪した。
「みなさん……すみまぜん、っ……でした……」
「もう良い。お前の思惑は未遂で終わった事だ。……この戦自体も、正当な国盗りであれば何も問題は無い。アルクーダは武神の国だ、正々堂々と相手が戦うのなら、そこに血が流れようと罪ではない」
……そうだな。獣人族はそういう種族だ。
今の状況は「謎の敵」で「目的が分からない」から混乱しているだけで、国家転覆を狙う別の種族との戦は人族に「内乱」と言われるほど多数起きている。
だけどそれは、真っ向勝負なら罪ではないしむしろ正当な権利なのだ。
強者同士で戦い、勝った者が正義。力が強い獣こそが誇り高い獣。
それが獣人達の核になる思いで、この大陸の常識なのだから。
けれど、クロウのその言葉を聞いてシーバさんはハッとして口を噤む。
まるで「今やっと何かに気が付いた」かのように息を飲み、数秒硬直していたが――何か伝えるべき事が有ると思ったのか、やけに真剣な顔で俺達を見てきた。
「あの……そのことなんザンスが……少しおかしなことがあったんザンスよ」
「おかしなこと? なんだ、人族が協力してるってトコか?」
話がひと段落ついたのを見計らって、ナルラトさんが問いかける。
だが、シーバさんはそうではないと首を振った。
あれ、変だな。獣人族の戦に人族が参加してる事が「ヘン」じゃないのか。
だったら、シーバさんは何に対しておかしいと思ったのかな。
三人して不思議に思いつつベッドの上のシーバさんを見やると、彼は注目される事に少し居心地が悪いようにフサフサの尻尾をぱったんぱったんと動かしながら、どう説明したらいい物かと頬を掻きつつ口を開いた。
「その……まあ、人族を傭兵として雇っているようなのは、ありえる事かなぁと思っていたんザンスが……相手の首領がどうも見かけない獣人で、しかも……なんというか、おかしなことばかり命令してきまして」
「見かけない獣人?」
「なんだいそりゃ。どういうヤツだったんだ」
クロウとナルラトさんの問いに、シーバさんは困惑した表情で答える。
「狐と兎の中間くらいの、ピンと立ってる鉱石みたいに黒い耳の犬です。メスみたいに綺麗な顔ザンスが、なんだか見た事も無い服で……ともかく変な感じなんザンス」
「黒い……犬……?」
何故か、その単語に引っかかる。
けど「どうして」と考える間もなく俺は“ある言葉”を思い出し、息を飲んだ。
「あ……」
そうだ。知ってる。俺は、その単語を知ってるじゃないか。
ある人に「気を付けて」と教えて貰ったんだ。
――――黒い犬に気を付けて。
貴方達を巻き込むのは、我々の本意ではありません。
ナルラトさんとラトテップさんの師匠である、ヨグトさん。この【海鳴りの街】で出会い俺達に色々と教えてくれた彼が、そう忠告してくれた。どこか深刻そうな顔で。
……あれは……そういうことだったのか。ヨグトさんは、既に情報を知ってたのか?
いや、だけど、そうだとすると何だかおかしいことになる。
事前に知ってたって事は、もしかして……。
そこまで考えて首を振り、俺はその「嫌な予想」を掻き消した。
仮にそうだとしても、悪い方へ考えるのだって先入観だ。それに、俺達は未だ触りの方しか教えて貰ってないじゃないか。
今回の目的は、シーバさんの謀反を止めて敵の情報も教えて貰う事。
これだけでは何も分かっていないのと一緒だ。だから。
「シーバさん、相手のこと……詳しく教えてくれませんか」
そう問いかけると、シーバさんは大きく頷く。
クロウの為に謀反を起こそうとして、クロウの為に反省したシーバさん。
誠実で真っ直ぐな相手の情報を疑う気はなかったけど、どうしても俺の中には何かモヤモヤした黒い不安が渦巻いて、消えてくれなかった。
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