異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

19.それを貴方が望むなら

 
 
   ◆



 【武神獣王国・アルクーダ】の南東、荒野の終わりの山脈から流れ出る水源に寄り添うように存在する小さな都市【アクサベルデ】は、ひっそりと静まり返っている。

 外から見ても人気のない街だったけど、街に住んでいたメイガナーダの人達やその従者の人を集めても、全員で百人にも満たない少なさだ。

 それでも俺の世界の限界集落からすれば多い方なのだろうけど、その8割が親戚同士となれば、いかにここが閉ざされた土地なのか分かってしまう。……まあ、国境を守る各拠点にいる人達を呼び戻せばもう少し居るんだろうけど、それでもたぶん五百人も行かないんだろうなと思うと、この街がいかに特殊なのか分かってしまうな。

 過酷で楽しみのない土地故に他の種族が居つかず、近親相姦をせざるを得なくてメスが生まれにくい血族となり、どんどん血が濃くなっていく。
 この世界じゃ近親でも問題なく元気な子供が生まれるみたいだけど、それでも血が濃くなるというのは、それだけ特殊な事が起こりやすくなるようだ。

 いや、こんな場所に住むようになって環境に適応しようとしたから、必然的にこうなったのかも知れない。

 まあ俺は学者じゃないから正確な事なんて言えないんだが、ともかくスーリアさんがメイガナーダの領地を盛り立てようと必死に頑張るわけだよな。
 避難させようとして集めた領都の人達は、誰一人あぶれることなく館に招き入れることが出来るくらいしかいなかったんだし。

 ……でも、こう言っちゃなんだけど、今だけは、限られた人数しかいなかったことがうまく作用したみたいだ。とにかく全員避難させられてよかった。

 同じ熊族とはいえ、やはりその武力は王族として選ばれた人たちには劣るらしく、特に兵士として働いていない人たちは普通の獣人ほどの力らしい。
 なので、ビジ族にはとても敵わないんだとか。……俺としては、それでも普通の獣人より強いんじゃなかろうかと思うが……そんな相手でも負けるビジ族とは一体。

 なんだか背筋がゾクゾクしてきてしまったが、だからといって後退りは出来ない。
 俺はヤると決めたのだ。そのためにデハイアさんにも「やってみろ」と言わせたし、クロウや殿下も巻き込んだ。もうやるしかない。背水の陣ってヤツだ。

「いや、にしても、ホント……背水の陣って耳が千切れそう……」
「水が噴き出る所よりもうちょい下なのに、これだけの音とはねえ……こりゃあ、あの大瀑布よりも酷い音だ」
「キュ~……」

 俺達三人とロクとで耳を塞いで立っているのは、ちょうど大河が始まる所。あのダムの放水みたいに水が噴き出している“滝”と呼ばれる所よりちょっと下流の川なのだが……たぶん1キロくらいは離れてるだろうに、それでも耳がキツい。

 スーリアさんの消音装置がなければ、きっと獣人達は音の煩さで耳が使えなくなるか、それとも狂っていたかもしれない。

 というか……昔のメイガナーダ達はどうしてたんだろう。

 ブラックの横に居るクロウだって、手で熊耳を抑えてムッと口を引いて耐えていると言うのに、まさかノーガードで暮らしてたって事は無いよな。ホント、ヤなところの番人を押し付けられたもんだよな……クロウ達が無事で良かったよ。

 つい過去までさかのぼって心配してしまったが、今はそんな事を考えている場合ではないとばかりに、ブラックが少し大きな声で俺に問いかけて来た。

「ところでツカサ君、この水どうなの?! ちゃんと操れるくらいの曜気はある!?」

 滝の音のせいでお互いの声が聞こえにくいんだよな。
 俺は頷きつつジェスチャーで「確かめてみる」と示して、川のほとりに座った。

 ……なんというか……荒野の土はかなり硬いのか、全然崩れた感じがしない。
 普通、川ってのは山の岩や土砂が上流にあって、それが河口へ行くにつれて流れで削られて小さくなったものが蓄積してるイメージだったんだが……この上流には、岩も石も見当たらない。かなりの急流だというのに、まるでコンクリートで固められた人工的な水路みたいに、ただ大きなくぼみに沿って水が流れているだけだった。

 なんというか……妙な感じだ。
 でも、人工的に見えてもこれは自然に作られた物なんだよな、たぶん。

 土や大気に「気」が存在していなければ、土は解れず固まり死の大地になる。金属が曜気を失って脆くなるのとは反対だけど、そのせいで自然的なサイクルみたいな物が崩れてしまっているんだろう。

 こんな川では、いくら大河になっても水以外の恵みは受けられまい。
 大河の近くですら草木がほぼ生えないってのも、ホントのことなんだなぁ。

「……水の曜気……」

 なら、そんな中でも水は曜気を保っているんだろうか。
 水は流れる物だし、空気中に存在するものだと俺は思っていたから、水から曜気が消えるとどうなるのか想像しにくいんだけど……どうなんだろう。

 まあなんにせよ、この大陸の水に曜気が無かったら早急に手を打たなければならない。そう思い、俺は急流に目を凝らした。

「どう!?」
「…………速くて手を伸ばすのも危ないせいで、ハッキリとは見えないけど……ソレらしい光はあるよ! でも、やっぱり凄く弱々しいみたい!」

 けど、水の曜気が少ない水ってどんな弱り方をするんだろう。
 うーん……あの放水の感じとか考えると……もしかすると、水が勢いよく流れる事が有っても、何かを削ったりするような威力が衰えるのかな。だから、あの穴から急に水が出てくる感じでも山肌が崩れたりしないのかも。まあ、予想でしかないが。

 ちょっと川から離れようと指示をして、やっと普通に話せる距離まで移動すると、俺達はそれぞれ耳に当てていた手を離した。

「えーと、さっきのって少しは曜気が有るって話で合ってる?」
「あ、聞こえてたんだな。そうそう。多分あるとは思うんだけど……やっぱり、曜気はかなり少ないみたい。アレじゃ、水の壁作戦は難しいかも」

 ロクの耳が有る部分をさすりつつ返すと、クロウがムゥと声を漏らす。

「そうか……ツカサが提案した、水の壁があればビジ族も容易に進めないと思ったが、やはりツカサだけに負担を強いる方法は使えないな」
「ま、まあそれが一番誰も傷付かない手っ取り早い方法ってだけだったし……俺一人で出来るんなら、その方が良かったんだけどね」

 別に俺に負担が掛かっても、そこは大した問題じゃない。
 力を使い果たして気絶してしまいかねないって所は問題だけども、クロウはそこには言及せず俺を慮ってくれるのが気恥ずかしい。

「まあ、水の壁と言っても正面切って突っ切られたら意味が無いし、相手の体力すら未知数な今は避けた方が無難だったろうね」
「でもまだ策はあるぞ! ブラック達にも協力して貰う事になるけど……俺としては、そっちの方が本命だし」

 幸い、俺の体力もまだ尽きていない。
 しかしそんな俺の様子を見て、何故かオッサン二人は遠慮がちに身を縮めて。

「……僕思うんだけどさあ、ツカサ君って時々すごくゾッとすること考えるよね……」
「ウム……よほどの術師か武人でなければ実現不可能な策とはいえ、オレはツカサがちょっとだけ怖くなったぞ」
「な、なんだよオッサン同士でヒソヒソして! 別に誰でも思いつく作戦だろ!?」

 特に、幼稚園ぐらいの怖い物知らずな幼稚園男児なら考えずともやることだ。
 それをスケールアップしただけの作戦に「ゾッとする」などとは外聞が悪い。つーか俺からすればアンタらの方がよほど考える事が怖いんですけどね。

「僕、ツカサ君の世界の学び舎がちょっと心配だよ」
「ムゥ……まともな兵法が教えられているのか疑問だな」
「す、好き勝手言いやがって……でも、これが一番確実な方法だろ!? ブラックや、怒りんぼ殿下には囮になって貰う事にはなるけど……」

 そこは素直に申し訳ない。
 だが、軽口を叩きつつも二人は笑い、それぞれに俺の方にポンと手を置いた。

「まあ、ツカサ君の頼みだしね。そこまで買って貰えるんなら囮だって喜んでやるよ。そのかわり……終わったらご褒美ちょうだいね!」
「オレはツカサのためなら何でもするぞ。兄上もきっとそうだろう。伯父上だって、その作戦に賭けたから了承してくれたのだ」
「キュー!」

 ブラック、クロウ、ロクショウ。それぞれが、俺に向かって笑いかけてくれる。
 自分で用意した突飛な作戦だったけど、それでもみんな俺のその作戦に賛同して、頷いてくれたのだ。

 ブラック達が、信じてくれないとは言っていない。
 だけど、無謀と一蹴されてもおかしくない事を冷静に考えてもなお「できる」と俺に示してくれたのが、俺はとても嬉しかった。

 思わず胸にじんとくるものを覚えていると、クロウが言葉を継いだ。

「何も心配する事は無い。オレ達が、全身全霊でお前の策を成功に導いてやる」
「クロウ……」

 まだ色々と悩む事が有るだろうに、それでもクロウはもう迷ってはいない。
 兄であるカウルノスと理解し合えたことが少なからずクロウに自信を与えているのか、いつもみたいに俺を励ましてくれていた。

 ――――そんな風に格好つけられたんじゃ、俺も胸を張るしかないよな。

 失敗しても、その時はその時だ。
 俺が文字通り死力を尽くして、ビジ族を止めればいい。その覚悟は出来ている。

「チッ、格好つけたこと言いやがって……」
「まあまあ。……じゃあ、行こうか」

 最後の確認は終えた。
 あとは、俺の体力とブラック達への支援次第だ。

「キュー」
「ロクも、大変だろうけどよろしく頼むよ」

 ロクには危険が無いだろうけど、それでもロクも大変な役目が有る。
 頑張ってくれと撫でると、ロクは嬉しそうに頷いてくれた。






 ――――――そして、半刻。

 地平線から、横一列に伸びたものが近付いて来る。
 その姿をやっと視認して、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……ツカサ、本当に体は大丈夫なのか?」

 唯一隣に残ってくれているクロウが、俺を心配する。
 さきほど【緑化曜気充填装置】に力を籠めるためにクロウへ曜気を渡した事が、今でも懸念の種になっているらしい。

 だけど、今の俺は不思議なほどに疲れていないんだ。
 ニッと笑い帰してやって、俺はおどけたように力こぶを見せるようなポーズをした。

「大丈夫! 俺がへこたれちゃ、どうしようもないからな。それより……俺がヘマして、倒れちまったら……後は、よろしく頼むよ」

 その言葉にクロウは無表情のまま数秒黙った後、ゆっくりと頷いた。

「わかった」

 会話を終え、二人して正面を向く。
 ――――ここは、アクサベルデを望む高台。領主の館の屋根の上。

 何よりも高い場所で、街を守るように三方に待ち構えた小さな人影を見ながら、俺は深く息を吸って背筋を伸ばした。

「……ツカサ」
「ん?」

 緊張してないと言えば、嘘になる。
 だけど、今はカチコチになってヘマをするわけにはいかない。

 出来るだけ自然に見えるように再びクロウの顔を見上げた俺に、相手は無表情で、だけど真剣な雰囲気を纏ったまま――――続けた。

「全てが……アルクーダを危機に陥れる元凶全てが斃せたら……その時は……オレの、どうしようもない昔話を……寝物語でいいから、聞いてくれるか」

 昔話。
 それって…………。

「…………うん。クロウが話してくれるなら、聞きたい。聞かせてよ」

 どんな話だって、アンタが覚悟を決めた話なら受け入れたい。
 少なくともその橙色の目は、怯えた色でも我慢するような色でも無い。
 ……いつもの、何を考えているか分からないけど……優しくて、強い色だから。

 そんな瞳を見ていると、不思議と俺の緊張も消えて行った。











※ちょっと遅れてしまいました(;´Д`)スマン

 
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