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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
20.なんとも言えないその姿
しおりを挟む――――視界に入る大地全てが、鈍色をくすませたような死の荒野で埋まる。
泥のような生きている色ではない、生気を失った鈍い灰色に染まる土。
かつて土だったことを微かに示すように茶色が混ざっているが、ただそれだけの、固く栄養も無い地面。泥ですらない、死んだ土だった。
それをぼうっと見ていると、少し離れた場所にぼんやり違う物が見えてくる。
…………なんだろう。
あれは……人だろうか。
…………そう、人だ。
小さな人、いや子供が、そこに尻もちをついてぺたんと座っている。
この土地特有の、アラビアンナイトを彷彿とさせる豪奢な服を着た子供が、こちらに背中を向けてさっきからずっとペチペチと地面を叩いていた。
黒に近い濃厚な群青の髪に、薄紫の光を灯す不可思議な髪色。整えられているが、所々ピンと跳ねた部分が有る髪型は、自分が見知ったものとだいぶん違う。
恐らくサークレット状の冠であろう金の縁部分が髪の間から見えているが、彼もまた“二角神熊族”の王族なのだろうか。
考えて――いや、何を今更な事を、と、思った。
だって、俺は……その子の未来の姿を既に知っていたから。
……でも、その服装も、髪型も、大きさも、クロウとはまるで違う。
であの熊の耳も袖なしの服から伸びる褐色の腕も、髪色も一緒だけど、俺が知っているクロウとその子は……どこか雰囲気が違っていた。
子供だから当たり前だろう。
けれどそれだけじゃない。だってその子は泣きながら地面を叩いていたから。
……ぐずるみたいに「う゛ーっ」て唸って、両手で必死にぺちぺちしてて、なんというか今のクロウとは真逆の感じだ。
子供らしく感情を素直に出して泣いている、そんな感じがした。
しかし、何がそんなに悲しいんだろう。何に怒ってるんだろう?
唸るだけでは良く分からない。それに放ってはおけなかった。
けど、口も体も動かない。
ただ小さな背中を見つめるしか無くて、声すらかけられないんだ。
そんな俺の前で、子供の姿の苦労は鼻を啜る。泣いているのだろう。そんな相手の傍にいられないことが、もどかしい。
泣いている子供なんて放っておけないのに、どうして動けないんだろう。
そんな焦燥感に駆られていると――――小さな背中から、声が漏れて来た。
『ひっ、ぐ……ぅ……う゛ぅう……っ。なん、で……なんで、おれには……ないの……? なんで……なんれ、おれ……っ……でいぇう……ない…ぅ、うぅうう゛……っ』
責めるような声を出しても、責める相手がどこにもいない。
それを言葉に出す事で自覚して、また強い悲しみに襲われる。
――――そう。そうだよな……クロウは、デイェル……獣人なら誰もが持っている力である特殊技能という力を、発揮する事が出来なかったんだよな。
自分の兄が幾つもデイェルを持っている傑物で、周囲の大人も武力として振るえるデイェルを持っていた。なのに、自分は【土の曜術を使える】という、この死の大地では役に立たない能力しか持っていない。
そのせいで、悲しい事が起こる。
どこまでも役立たずと言う評価が付きまとってしまう。
子供心にその理不尽を突きつけられて、傷付かないはずがない。ましてや、そんな自分のせいで何か起これば……。
………………どうして、体が動かないんだろう。
目が、視界が滲んでくる。俺が泣いても仕方ないのに、悲しくて仕方がない。
クロウの悲しみを肩代わりしてやることが出来ないのが、そのことに寄り添えないのが――――何より、悔しかった。
「…………っ…………カ…………ツカサ、く……ツカサ君……!」
「……あぇ……え……?」
一気に、意識が覚める。
ハッとして……うん……あれ?
ここ、どこ……あっ、そ、そうだ……俺、確か【黒曜の使者】の能力を使って、クロウが巨大落とし穴を作りやすくするために“大地の気”を広げて、それからすぐに水の曜術で、ロクが落としてくれた水を倍増させて…………ああ、そうか……今日だけで何度も力を使っちゃったから、気絶しちまったのか。
だけど、なんちゅう夢を見るんだよ。
せっかくクロウが自信を取り戻して頑張ってくれてたのに、真逆の夢を見るって……それは男気を欠いてるだろ。ダメすぎる。
まだちょっとボヤけていた意識がハッキリしてくると、自分が今見ていた夢の内容に恥ずかしさを感じてしまう。クロウの幼少期でなんちゅう妄想してるんだ。
クロウだって立派な王族の一員だし、あんな事すら我慢してた可能性も有るのに。
話を聞かない内から妄想してたら世話ないよ。くそっ、俺って奴は……。
「ツカサ……?」
う、うう、ブラックとは反対側から俺を覗きこんでいるクロウの顔が見られない。
クロウの子供の頃の事を変に妄想した事が申し訳なさ過ぎて、ただでさえ暑いのに体が余計にカッカして来てしまった。ぐ……こ、こんな炎天下に熱い地面に倒れてんのに、これじゃ干物に成っちまう……。
何だかもう色々気まずくて視線を外してしまうと、ブラックが手を伸ばしてきた。
「ツカサ君たらっ、もう……心配かけて……! 体は!? 体はなんともない!?」
「え……えぇ? 体……えと……死ぬほどだるいけど、なんとか……?」
俺を強引に抱き起して、ぎゅうぎゅう抱き締めたり体を離して確認しまくるブラック。その忙しない行動の理由が分からなくて、俺は驚いてしまったが……まあ、今は体が脱力してうまく動かないだけで、特に問題は無い。
次第に体に力が戻って来て、ふにゃつきつつも動かせるようになったのを見せたら、ブラックはやっとホッとしたように表情を緩めてくれた。
「もぉ……っ。ツカサ君、ホント無茶なことばっかりするんだから……」
「ご、ごめん……でも、上手く行ったみたいで良かった……っと……」
立ち上がろうとしたが、まだ足は完全に力が入ってないのかうまく立てない。
そんな俺をブラックは軽々と横抱きにして、穴の方へ近付いてくれた。……お姫様抱っこは恥ずかしいが、俺の願いを汲んでくれるのはありがたい。
今は恥を忍んで、改めて自分達が作った穴を見やる。
「……我ながらデカい落とし穴だな……いや作ったのはクロウだけど……」
「ムゥ……中はもっとえげつないぞ」
横に付いて来てくれているクロウの言葉に、穴の中を恐る恐る除く。
太陽の光にぬるついた光を放つ穴の底では……罠にかかったビジ族が、必死に壁を登ろうとしてはズルズルと落ち、水が張った底に浸かるという地獄絵図だった。
もう既に数人のビジ族は脱出する気力も失っているのか、泥水に浸かってグッタリと体を投げ出している。死んではいないけど疲れ切ってしまっているようだ。
この陽気なら低体温症にはならないだろうが、生温い泥水と言うのもヤバい。
最後まで抵抗している、そういえば一回り大きいビジ族も徐々に這い上がる腕力を失い始めているようだった。
…………アレは食欲による暴走ゆえの馬鹿力なのか、それとも意地なのか。
どちらにせよ話せないので分からないのだが、なんだか可哀想になってきた。
「おお、我が妹よ目が覚めたか。……よくこんな突飛な作戦を思いついたな。お蔭で、ビジ族に誰一人襲われること無く、街も破壊されずに済んだぞ。見事な妹だ」
「おいツカサ、なぜ気絶した! 良く分からんがお前はまた何かお転婆なことをしたのだろう! 心配をかけて人を怒らせるな!」
デハイアさんの良く分からん称賛も中々キツいが、ビックリマーク付きまくりで怒ってくるカウルノスの声も頭に響いてツライ。さすが怒りんぼ殿下。
でも結果として敵すら傷付かなかったから良いじゃないですかあ。
「い、生け捕りに出来たし良いじゃないですかぁ……」
「バカもの!! メスのくせにオスより危険な事をするんじゃないっ! 気絶するほどの労働なんぞメスのすることか!」
「おいコラ、ツカサ君に難癖つけてんじゃねえよ脳筋三流バカ王子!」
「わーもー収集つかないから落ち着けってば! と、とにかく俺より、このビジ族はどうします……? デハイアさん、彼らに話とか聞けるんですかね……」
喧嘩に一番関係ないデハイアさんの方を見て、助け船を求める。
が、相手は目も口も真一文字に閉じて反応しない。何故だ、と、思ったが……ある事を思い出して、俺は再び恥を覚えながらも言い直した。
「お……お兄ちゃん、ビジ族とお話するんですかね……」
「うむ、そうだな妹よ。とにかくあいつらから事情を聞かねばならん。早い所、服従させなければな」
ふ、服従……なんか穏やかじゃない言葉だな。
でも相手はケモノもケモノって感じの種族だから、そこまで言わないといけないのかも知れない。しかし、服従ってどうするつもりなんだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、デハイアさんはコクリと頷いた。
「まず、今から話をしてみる」
言うなりデハイアさんは穴を覗き込み――――人間の口から出せるとは思えない、獣の唸り声みたいな音を穴に投げかけはじめる。
ガウとかゴァオとかいう猛獣ならではの凄まじい声に思わず俺は硬直してしまったが、その大声は穴の中に届いたのか、同じような声が返ってきた。
しばし、デハイアさんはその威嚇するような声と何かを話していたが……やがて、俺の方をチラリと見ると、また一言二言交わして頷いた。
「……うむ。我が妹よ、今から代表の若頭が出て来るから、そいつと会って欲しい」
「え、俺ですか……? それはデ……お、お兄ちゃんの方がいいんじゃ……」
「いや……あの男達が望んでいるのは、この戦を主導したものだ。その相手が前に出なければ、話をしないと言っている。ああそれと、襲われる心配は無いぞ。相手は負けを認めているからな」
そ、それは本当だろうか。
だけど、ビジ族と顔を突き合わせるのは怖いな……何度も追いかけられたし、その時の追われてる感覚がゾワッと蘇ってくるし……。
でも、俺じゃないとダメって話なら仕方ないよな。
……ちょ、ちょっと怖いけど……やるしかない。
「分かりました……。ごめんブラック、降ろして」
「えぇ……ツカサ君、ほんとに大丈夫ぅ……?」
まあブラックが心配するのも分かるが、抱っこされたままじゃ格好つかないしな。
大丈夫だからとブラックの方をポンポンと叩くと、相手は渋々と言ったような表情をしながら俺を降ろしてくれた。
「ウム、それでこそ我が妹だ。安心しろ、ここまで強いオスがいるのだ。たかがビジ族一匹、しかも消耗した相手になど負ける気はせん。守ってやるから安心しろ」
「は、はひ」
デハイアさんは未だにクロウとは確執が有るけど、でもそういう約束を守らないような人じゃないからそこは安心かな……。
ともかく、会わなきゃ何も始まらない。大丈夫ですと頷くと、デハイアさんは上空から降りて来ていたロクに手を振って、ビジ族の一人を持って来てくれるように頼んだ。
……デハイアさんは、準飛竜の姿で威厳たっぷりのはずのロクに対しても普通に接してくれるんだな。……やっぱマハさん達がちょっと苛烈なのでは……?
妙な疑惑にザワつきつつも、ロクが巨大穴に入って行くのを見届ける。
すると――――何故か、穴の中から犬が怯えるような悲鳴があがった。
えっ、な、なに。どうしてワンちゃんがよく出す悲鳴が穴から。
キャウンキャィイインみたいな情けない声が聞こえてくる中、ロクがどうやらビジ族のリーダーを掴むと、また一際悲鳴が上がる。
スーッと上昇して来たロクが掴んで連れて来た大きなビジ族は……目を潤ませてガタガタ震え、後ろ足をキュッと縮めた可哀想な姿になっていた。
…………か、カワ……いや、ダメだ、敵にそんな事を思ってはいけない。
相手は凶暴なビジ族なんだぞ。敵のキンタマを引き千切る怖いヤツなんだぞ。
お鼻をピスピスさせながら縮こまってる姿なんて、姿なんて……ッ!
「か、可愛い……」
「ツカサ君本音、本音がでてる」
ハッ! くっ、くそっ、なんて凶悪なケモノなんだ!
涎が垂れてないか気になって口を拭いつつも、俺はロクショウが連れて来てくれたビジ族に近付く。地面に置かれた相手は、泥だらけでへちょ……と倒れ込んでいた。
いや、っていうか、なんかボイルされたエビみたいに丸まって転がってると言うか。
ウルウルしてふて寝みたいになってるのがまた可愛い……いやいや。
「えーと……あの……どうすれば……」
「……参ったな。尊竜様のご威光が凄すぎて、ビジ族が委縮してしまっている。……とりあえず、小さなお姿に戻って貰えないだろうか」
「まあ無理もないな。ザッハークの尊竜様など滅多に御尊顔を拝めるわけもないのだ、学のないビジ族なぞこうなって当然と言える!」
冷静とは言え、やっぱりデハイアさんもロクの事は敬ってくれるんだな。へへ。
カウルノスの崇拝っぷりは怖いが、でも可愛いロクが褒められるのはいい気分だ。
なんたって、ウチのロクショウは可愛いし格好いいし強くて優しいからな!
「グォン」
「ロク、おいで!」
「グォオッ!」
両手を広げると、ロクは白い煙を広げると、すぐにその中で小さな黒いトカゲヘビの姿に戻って俺の方へ飛んでくる。
ううっ、元の姿も可愛いけどやっぱりこっちの姿も捨てがたいっ!
俺の頬に自分の顔をむぎゅっと押し付けて甘えてくるロクの背中を撫でつつ、俺は改めて転がっているビジ族に近付いた。
「あの……大丈夫ですか?」
怯える犬みたいな相手に流石に高圧的には出られなくて、とりあえず問う。
すると、俺に気付いた相手はハッとして――――ボウン、と、白い煙の中に己の体を隠した。……これ、ロクと同じで獣人が姿を変化する時に出る煙だ。
じゃあ、ビジ族が人型になるってことか?
「――――っ」
すぐに、その場の煙が散る。
己の煙を吹き飛ばした相手は――――俺とロクに対して、跪いた。
「……お前タチ、に、オレタチは、負ケた。なんナリと、従オウ」
人型になったビジ族。
その姿は、モンスターに最も近いと言われてもピンと来ないほど、他の獣人と何も変わりがない屈強な巨体を持つ人族そのものだった。
→
※ツイッエックスで言ってた通り遅くなりました
でも思ってたよりは早かったです(;´Д`)ヨカタ…
仕事納めの人が多いですかね? お疲れ様でした…!
_(┐「ε:)_ ワイも疲れました
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本当に、ありがとうございます。
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