異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

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   ◆



「ふぅ……綺麗になったねツカサ君っ」

 己でもはっきり分かるほど弾んだ声で呟きながら、恭しく抱えた恋人に話しかける。
 ツカサは疲れ切ってついに眠ってしまったらしいが、彼の事だから夕飯時になれば腹の減りに耐え切れず目を覚ますだろう。

 それまではこの無防備な状態を堪能しようと思い、ブラックはシャツと下着だけの姿となったツカサをベッドに優しく降ろしてやった。

「あは。我慢できずに五回くらい出しちゃったからお風呂に時間がかかったけど、ここまでやると流石に曜気過多状態のツカサ君でもこうなるもんなぁ。たまには、ツカサ君がシラフの状態でやってみたかったんだけど……まあ、仕方ないか」

 シャツから伸びるまだ成長しきらないしなやかな脚を見て、にんまりと表情をゆがめながらブラックは同じようにベッドに体を投げ出す。
 まだ疲れたわけではないが、思う存分ツカサの雌穴を味わって満足のいく快楽と達成感を得たこともあり、体は心地よい感覚に包まれている。時間が許すのであれば、自分もツカサを抱きしめて就寝したいところだった。

 だが、まだ眠るわけにはいかない。
 ブラックは横で寝息を立てる愛しい姿を見つめながら、ベッド横の小棚に置いていた手記を手に取った。

(まあ、ツカサ君にしっかり読めと言われたし……起きるまで時間があるだろうから、ここで“遺物”の確認でもしておくか)

 一国を滅ぼしかねない巨大な物体が向かってきているとなれば、さすがに自分達も傍観はできない。……ブラックとしては、国がどうなろうがどうでも良かったのだが、手を貸さなかった時のツカサの反応と、後々シアン達【世界協定】に何を言われるか分からないことを考えたら、協力しないワケにもいかない。

 特にツカサに失望されたとあっては、自分でも自分がどうなるか不明だ。
 ツカサが自分から逃げ出す……などと言うことは万が一にもないだろうとブラックは確信しているが、ツカサの場合はこちらではなく自分自身を責める傾向が強い。

 仮にブラックが悪徳に染まったとしても、ツカサはブラックだけを責めるのではなく、その倍以上自分を責めてしまうだろう。最悪の場合、それによって世を儚むという事にもなり得る。

(まあ、ツカサ君が【黒曜の死者】であるかぎり僕からは逃れられないんだけど……。それでも、ツカサ君って時々僕の予想もつかないことするからなぁ)

 ブラックからすれば、ツカサのそういった自己犠牲精神は理解できないものだったが、その純粋な部分につけこんで恋人の座に収まったので馬鹿にはしない。
 ツカサは、気にかけたもののためなら、すぐに身を投げ出せる少年だった。

 けれど、ツカサからの愛を疑ったことなど一度もない。
 彼が向けてくれる嘘のない純粋な表情や、下手くそな隠し方のせいですぐ分かってしまう自分への恋慕は、彼のその生来の愛情深さと誠実さを示している。
 しかも、唯一持っていた「男」という自尊心も、ブラックのために捨ててくれたのだ。自分のことを“特別に”愛してくれていることも痛いほどに感じていた。

 ……そもそも、自分を殺そうとした相手にまで同情してしまうような少年である。
 もし自分が悪人になったとしても、ツカサは自分を見捨てられないだろう。むしろ、罪の重さによっては己の命を賭してでも、こちらを止めてくるかもしれない。

 ほかの誰に対する感情よりも強い感情で。

「…………ツカサ君に殺される、かぁ……」

 仰向けの姿勢で無防備に眠る、幼さの残る体を引き寄せる。
 力なく自分にしなだれかかる体に再び熱がぶり返しそうになったが、構わずに手を彼の素肌の脚へ伸ばした。

「っ……んぅ……」

 わずかに開いた唇から、無防備な声が漏れる。
 さっきまで散々貪った体だというのに、緩く合わさった脚の間に手を差し込んで、腿の感触を味わっているだけでも下半身が疼く。

 片方を揉めば、その男らしからぬ肉感的で柔らかい感触と、未成熟な時期特有の体温の暖かさが一気に感じられて、手だけではなく己の腰も震えた。

 ――――あまりにも、柔い。

 力もなく、体はこれほどオス好きのする柔く淫らなメスの体で、年は成人とも言える範囲なのに、彼の体は未だ男の体になる前の未成熟な状態を保っている。
 ……同じ世界の住人であるあの眼鏡神のことを考えると、きっとこれはツカサが人よりも成長がゆるやかということなのだろう。
 おかげで実に抱き心地が良いが……それは、置いといて。

 ともかく、何もかもが未熟で弱いモンスターよりも脆弱だ。

 そんなツカサが、いつか……

 いつか悪人になった時に、思いもよらない力を発揮して自分を殺す。

 自分への愛情と罪悪感ゆえに。
 ブラックの事を愛しているからこそ、命に代えてでも止めようとする。

 もし、そうなるのなら。

(…………そうなるなら……ツカサ君が、僕と一緒に死んでくれるなら……ツカサ君に殺されるのも、良いかもしれない)

 あの時――――忘れ去られた都市の遺跡で、あの神の分身から「グリモアだけが、ツカサを殺すことができる」と言われたとき。
 自分はその執着の終着点に狂喜し絶頂した。

 ならば、もしツカサに殺されることがあるなら。
 その時も自分は……異なる執着の終わりに絶頂してしまうのかもしれない。

「ふふ……。まあ、当分指名手配されるようなことをするつもりはないし、ツカサ君の望みを放置するなんてこともしないけどね」

 考えた時に、思わずツカサの体にむしゃぶりつきたくなったが、己の悪辣で狂った欲望も困ったものだ。さすがにツカサを絶望させるのは趣味ではない。
 今のところは。

「さて……ツカサ君で癒されながらもう一度手記を調べてみるか……」

 相変わらず片手はツカサの柔らかな脚を揉んでいるが、まあこれは後処理のお礼として許容してもらえるだろう。
 再び、やけにしっかりした革表紙を開き、あまり劣化の少ない紙をめくる。

 おそらく【空白の国】の技術に相当するものが使われているのだろうが、書籍にまで対劣化処理を施せるとは、毎度のことながら驚かされる。

(それに……過去の獣人達が、人族と同じ古代文字を使っているのも妙な話だ)

 ツカサ達には「前に見た古代文字と文法が同じ」と言ったが……――
 これは、一部の【空白の国】で見つかった書籍と同じ文字だ。

 恐らくはその時代の人族が獣人達と交流を行ったのだろう。正確な年代は獣人と人族ともに記録が消失していて判断がつかないが、駄熊の父親が数百年は生きているという話ならば、少なくとも五百年以上は前だろう。

(まあ、それだけならツカサ君達にそう説明してもよかったんだけど……)

 そう出来なかったのは――――

「…………ムッ。なんだブラック、ずるいぞツカサを独り占めにして」
「……チッ。帰ってくるなり面倒くさい……」

 考えている途中で気配を感じてはいたが、そのまま黙って居間にでも行っていればよかったのに。そう思いつつ、ブラックはぶすくれた顔で嫌々ながらも入り口の方――正確に言うと、入口のところに立っている駄熊とロクショウを見やった。

「キュー?」
「ム……子供は見るものではない。居間に行って待機していろ」
「キュ~」

 邪心がないがゆえか、それともツカサが主であるせいか、ロクショウは駄熊の言うことすら素直に聞いて、首をかしげながら居間の方へ飛んでいく。
 ブラックが言うのもなんだが、主の股の間に手を突っ込んでいる自分に対して「何をしてるんだ」とも思わないのは少し問題かもしれない。

(まあ、ロクショウ君にとっては、僕もそれだけ信頼に足る人物なんだろうけど……。お供としてはどうなんだろうなアレは)

 心配しつつもツカサの太腿を満喫する手の動きをやめないでいると、その羨ましさに我慢が出来なくなったのか、駄熊がベッドに近づいてきた。

「オレ達が真面目に話し合いをしてきたというのに、ブラックだけツカサを思う存分に喰ったなんて……せめてツカサの精液を残しておいてほしかったぞ」
「保存できるか駄熊め!! それになじられる筋合いはないぞ! 僕はツカサ君の恋人だし、そもそもお前らが何してるかってところに気をやらないようにするためのセックスでもあったんだからなこれは! むしろ感謝しろ、感謝してどっかいけ!」

 しっしと手で追い払おうとするが、駄熊はあろうことかツカサが寝ている方にわざわざ回り込むと、床に膝をついてツカサをじっと見つめる。
 これだけ邪険にしているというのに懲りない熊だ。睨むブラックだったが、相手は先ほどの言葉を思い出したのか、ちらりとこちらにも目配せをしてくる。

「……十割ただツカサと交尾したいだけだった気もするが……まあ、確かにそう言われると、助かった気はする。……今の状況では、戦以外のことまでツカサが知れば混乱するだろうからな……」
「ふん。……それで、どうだったんだよ」

 手記を閉じて一応話を聞く体勢になろうと横臥すると、相手は語りだす。

「ウム……。さきほど、兄上がナルラトと一緒に再度飛んできたが……やはりツカサ達の報告はほぼ正確だった。しかし、あの砲門は古代遺跡の下水設備という可能性も捨てきれない。結局、攻撃してみないと分からんという事だった」
「ふーん。……それで、お前はやるのか」

 端的に返すと、相手は少し黙った後頷く。
 意外なほどあっさりとした返答だった。

「ツカサの“蔦”が何を引き起こすか判らない以上、あまり戦わせたくない。だが悠長に構えてもおられんからな。遠距離で攻撃できるオレと、火炎を吐くことができる兄上とでロクショウに乗せてもらう」
「げ……あいつそんなことも出来たのかよ……」
「あくまでも獣の姿の時だけだ。人の姿では喉が異なるから吐けないらしい」

 いくつか特殊技能があるとは聞いてはいたが、それにしても出鱈目な熊だ。
 それを言えば、この目の前の無表情な駄熊もそうではあるのだが。

 ともかく、出撃が決まったのであれば言うことはない。
 息を吐いて、ブラックは再び問いかけた。

「だが、本当にツカサ君には黙ってていいのか? 僕はどっちでもいいけど、万が一怪我をして帰ってくればツカサ君はめちゃくちゃ怒るぞ」

 別に、ブラックからすればこんな横恋慕熊は帰ってこなくても構わない、むしろ自分達の前から消えてくれた方が清々するのだ。

 しかし、ツカサはそうは思っていない。
 むしろ、以前よりもこの駄熊を大事にしているフシがある。

 だからこそ腹立たしいし、いつか絶対に排除してやろうと考えているのだが、それは今ではない。こんな状況で戦死でもされたら、ツカサが絶対に忘れてくれないではないか。だからこそ、ブラックも心配せざるを得なくなるのだ。

 『ツカサに無断で“敵の能力を試すため”に出撃して怪我でもしたら、ツカサは暫く駄熊を構い続けるだろう。そして、無断で出撃したことへの怒りが自分にも向かってきて、おあずけを食らうのではないか』……と。

(このクソ駄熊のせいで僕までとばっちりを食らうのはごめんだ! ロクショウ君の事なら仕方ないけど、コイツの尻拭いだけは絶対にしたくない……)

 そもそもツカサの大事なロクショウまで黙って連れ出すのだ。
 いくらそれがロクショウの意志だとしても、彼が傷ついて帰ってくればツカサは世の母親のごとく激怒するに違いない。……ロクショウではなく、自分達二人に。

 例え相棒が“準飛竜”という恐ろしく強力な存在になろうと、ツカサにとってはいつまでも可愛くて健気な存在なのだ。それゆえ矛先は全部こちらに向かってしまう。
 まあ、いい大人が何を黙ってと言われたら怒られても何も言えないのだが。

 そんなことなど駄熊とて百も承知だろうに、それでも意志を曲げる気はないのか。
 無言で問うブラックに、相手はコクリと頷いて自分を見やった。

「……二人を巻き込んでしまったし、ロクショウの手を借りることになってしまったが、それでも……これは、オレ達の国の戦だ。危険な状態かもしれないツカサを戦場に頻繁に連れ出すことは出来ない。なら……オレが、なんとかするしかないだろう」
「自分を追放してあざ笑う国でもか?」

 嫌な言葉が、不意に口からこぼれる。
 言うつもりもなかった意地悪な言葉に、ブラック自身も驚いてしまったが――

 それでも相手は気にせず、もう一度力強く頭を縦に振った。

「ここで何も成果を持って帰れないのなら、ツカサに相応しいオスなどと名乗れない。お前の群れの二番手という力の誇示さえ出来ないだろう。……だからこそ、無残な姿で帰る気はない。オレがどうなろうと、ロクショウだけは無傷で返す」

 そういうことではない。
 ツカサが起きていたら、泣きながらそう言って怒っただろう。

 やはりこの熊は、根本的な部分がポンコツだ。いつまで経っても変わらない。
 そんな部分がツカサの心を引き留めているのだろうが――――これで、弱い部分を見せてツカサが一層駄熊に傾倒するかと思うと、我慢がならなかった。

「……はぁ……ったく、仕方ない……」
「ブラック?」

 ツカサの太腿を名残惜しげに手放すと、ブラックは体を起こす。
 そうして、ボリボリと頭をかきながら駄熊を睨んだ。

「この状況で【索敵】も“金属”の解析も出来ない上に【障壁】の一つも張れないお前が出て行っても、相手を逆上させて帰ってくるだけだろうが」
「……?」
「僕が行く。お前はツカサ君を守ってろ」

 そう言った刹那、駄熊が珍しく目を見開いて髪の毛をぶわっと膨らませる。
 獣人特有の獣めいた驚き方だったが、相手は気にせず慌てて追い縋ってきた。

「まっ、待てブラック。これはオレ達の……」
「もうそんな段階じゃないんだよクソ熊が。お前達が百が一、いや十が一にでも失敗したら、その不利益を被るのは結局僕なんだぞ。中途半端な力自慢なら、その貧相な腕を閉まってまた部屋にでもこもってろ」
「だ、だが……」
「くどい!!」

 報告する勇気もない、己の力に自信もない男に、危険なことを任せるのは気分が悪い。なにより、そんな見下げ果てた下郎にツカサが注目することになるだろう未来を考えると、非常に虫の居所が悪くなった。

 自分で出撃するようなことを言っておいて、隠し通せる気もないのか。
 ならば、最初から託すべきではなかった、と。

(ああ。イライラする)

 だがそのイライラは、相手の考えなしで惰弱な態度に対してだけではない。

 非情な言葉を脳内で並べ立てるが、その端々に浮かぶ“嫌な感情の仮定”に、己でイライラしてしまう。ツカサが心底嬉しそうに微笑みながら「ブラックも、やっぱ仲間を大事にしてくれるんだな!」と言うだろう“嫌な感情”が本当にあるような気がして、自分に苛立ちを覚えてしまうのだ。

 ブラックは、ただ「お前達に任せられないから自ら出る」と言いたいだけなのに。

「ぶ、ブラック……」
「ああうるさいっ! 何も言うな殺すぞ! いいか、僕の言葉を良い意味に取るなよ。僕は、たとえツカサ君に恨まれたって構わない。まあ、そんなはずないけど、ツカサ君が僕を想ってくれるなら良いとすら思ってるんだよクソが」
「…………」
「そうとも思えないヤツに、ツカサ君の大事な相棒を任せられるか」

 死ね、とでも付け加えたかったが、今言っても仕方がないので飲み込む。
 そんなブラックに、駄熊は呆けたような顔をしていたが――明確に熊の耳を伏せて、どうやら反省したようだった。いつみても耳が動くのは気味が悪い。

 なぜ中年のこんな動きにツカサは心を射抜かれているのだろう……と思っていると、相手は何故かキリッと引き締めた顔をして、自分を見上げてきた。

「……わかった。ありがとうブラック」
「は?」
「適材適所、ということだな。……確かにオレは、お前のように多種多様な術を使う事など出来ない。だが、土の曜術という一点に置いてはオレに分がある。……ツカサがメイガナーダ領で使っていた防衛術など、できることもまだあるはずだ」
「…………」
「みなに認められて、いつの間にか気が急いていた。……オレは、空の上でツカサのロクショウを守り切れる自信がない。だから……ここで、ツカサを守る。お前達が無傷で帰ってくるまで」

 ――――ロクショウを守り切れる、自信。

 そう言われるとそうだが、ブラックにとって今まで駄熊を詰っていた言葉は、そんな御大層な正義感を持った言葉ではなかった。

「……で、出発はいつだよ。すぐか?」

 ベッドから降りて、支度を始める。
 そんなブラックの背中に、駄熊が説明を始めた。

 いつ、どういう経路で誰と“試す”のか。

 冒険者の頃に協力者と何度も打ち合わせしたようなことを語られながら、ブラックは無言のまま上着の袖に手を入れた。

(別に、お前のためでもロクショウ君のためでもない)

 もし。

 ――もしいつか、ツカサが自分を憎んで殺そうと思うのなら……

 それもまた、素晴らしい。


 ……そんな馬鹿げたことを真剣に考えるほど、他のことなどどうでもいい。
 だが、彼がそう思うほどの失態を自分が犯すこともないことを、知っている。

 今ブラックが動いている理由は、たったそれだけのことでしかないのだ。

(そういうのも、覚悟って言えるのかな?)

 ツカサに思われてさえいれば、殺されることなど至福の道でしかない。
 自分がツカサの生殺与奪を握ったと確信した時の絶頂と同じその思いは、きっと誰にも理解してもらえないだろう。だが、確かにそう感じているのだ。

 それを覚悟というのなら、もうずっと自分は覚悟しているのかもしれない。

(…………ああ、そうだな……そういえば、あの黒い犬もそんな感じだったな)

 初めて見た時から、なんだか何とも言えない雰囲気があったあの犬。
 今考えてみると、そんな風に見えたかもしれない。

 ……ならば、己の死すら至福と言える一念をあの犬も抱いているのだろうか。
 考えながら、ブラックは自分のどうしようもなさに自嘲した。










※ツイ…で言っていた通り遅れました(;´Д`)

 
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